二百十六話 このジジイ、おかしいだろ……
シュルクが無防備に俺達の方に歩いてくる。
奴の全身を炎上しているように見せている汚染された魔力の温度や質量を脳内PCは一切検知していない。
たしかに直接触れても火傷を負う心配はなさそうだ。
また、脳内PCはシュルク自身の表面温度が20℃にも届いていないと表示している。
もし体内もこの温度だとしたら、爬虫類でさえ生命を維持するのは難しい。
この分だと血液も十分に循環していないと思われる。
ピリカの言う通り、こいつがゾンビやグールに近い存在というのは的を得ているようだな。
「ようやく勇者と呼べそうな者が出てきたか。しかし、老兵とはな。こちらの力を測る捨て駒にしても、人間どもはもう少しましなのを出せないのか?」
しゃべったな。
ラライエ第一共通語で……。
声の感じは中年の男のようだが、あの肉体はガシャル達の肉塊も材料になっている。
本当にシュルクが男なのかは疑わしい所だ。
まぁ、どちらが生き残るにしてもこいつとは二度と会うことは無いだろうから、どうでもいい事だ。
「ふん、そんな心配は無用だ。なぜなら【セントールの系譜】であるこのわしが貴様をここで終わりにするからな」
「……そうか。忌々しいセントールの末裔か……。 確かに貴様とそこの小娘の波動にはセントールの面影がある。そういうことなら話は変わってくる。セントールにするはずだった返礼…… 貴様に受け取ってもらうとしよう」
「御託はもういい 。行くぞ、魔将シュルクの成れの果てよ!」
「よかろう、来るがいい。勇者セントールの血を引く老勇者!」
「ずあぁっ!」
気合を発したと同時に俺の視界からガル爺の姿が消えた。
スコォーーン!
次の瞬間、ボウリング場でプロボウラーがストライクを取った時のような響きの衝突音が耳を突き抜けた。
もっとうまい例えがあったのかもだが、この音を聞いた瞬間にぱっと頭をよぎった印象がこんな感じだった。
気が付いたらガル爺がシュルクのみぞおち、古流拳法で言えば【水月】と呼ばれる急所に右の肘鉄を叩き込んでいた。
なんで肘鉄が当たってこんな音が響くんだ?
意味が解らん。
肘鉄をまともに食らったシュルクはその衝撃で、そのまま後方に吹き飛んでいった。
背後の木々をバキバキとなぎ倒しながら、再び森の中にその姿が消えた。
まじかぁ……。
ツッコミどころが満載だ。
ガル爺の凄まじい威力の攻撃を受けてシュルクが後方に吹き飛んだ。
ここはまぁ、100歩譲って良いとして…… いや、地球の物理法則的には良くは無いのだが…… ここは異世界だし受け入れるとしよう。
しかしだ……。
吹き飛んだシュルクが背後の大木に衝突してなんで木の方が砕けるんだ?
通常、二つの物体が衝突した場合、当然強度の弱い方が破壊される。
この結果になるのは水分・タンパク質・カルシウムが主成分のはずのシュルクの肉体に大木をはるかに上回る強度がある場合だけだ。
訳が分からん。
もし、ガル爺の攻撃で吹き飛んだのが俺だった場合、大木に衝突した瞬間に熟したトマトをコンクリートに叩きつけたように爆ぜて終わるだろう。
そして戦闘開始時、ガル爺とシュルクの間にはまだ20m近い距離があった。
にもかかわらず、気付いたらゼロ距離で必殺の肘打ちだ。
ということは、俺の知覚能力を上回る速度であのジジイはシュルクとの間合いを詰めたということになる。
地球人類の脳が認識出来うる反射速度を超えて攻撃したとすれば、ガル爺が動き始めて攻撃が命中するまで遅く見積もっても0.05秒以下ってところか。
このジジイ、おかしいだろ……。
瞬間的に秒速400m以上…… 音速を越えて移動した計算になる。
生身の人間なら急加速と急停止の衝撃で普通に死ぬぞ。
マジモンの音速拳とか…… どこの聖闘士だよ。
そんな速度が乗った魔法で強化された物理攻撃を食らったら……。
その結果が俺の眼前に広がる光景というわけか……。
「いや、これは凄いね。確かに全盛時のガル爺以上かもしれないね」
ヴィノンはえらくあっさりとした感想をもらす。
「いや、凄いというか、これはもう勝負あったんじゃないのか?」
とりあえず、ガル爺と物理のケンカをしてはいけないという事が俺の中で決定した。
「そんなわけなかろう。この程度で倒せるなら、ガシャルに同行していた小娘の勇者が戦った時にシュルクは討伐されとる」
ガル爺は俺の言葉をバッサリと否定してくる。
「これが二つ名持ち勇者の実力なのか。これ程だったとは……」
アルドも初めて二つ名持ち勇者の本気を目の当たりにしたのだろうな。
ガル爺の戦いに釘付けになっていた。
まぁ、序列402番のセラスは俺でも何とかなる程度の実力しかなかったからな。
この世界の勇者というやつは本当にピンキリだ。
「ぼやぼやするな! そろそろお前たちの相手が来るぞ。わしはシュルクの相手にかかりきりになる。ピンチになっても助けに入ることは出来んからな」
はるか向こうにすっ飛んでいったシュルクと入れ替わるように【クリメイション】の爆撃を生き延びた魔物達が森を抜けてきた。
敵の規模はドローンが追跡しているのでわかっている。
後方に飛ばされたシュルクが数体の魔物共を巻き込みながら飛んで行っているのでうまい具合に敵は二分されている。
俺達の方に12体、アルド達の方に14体。
ほぼ同数に割れてくれた。
手強そうなのは俺達の方にカルキノス、アルド達の方にオーガがそれぞれ一体ずつ残っている。
カルキノスの甲殻を【フルメタルジャケット】で破るのは難しい。
俺が直接戦うには相性の悪い魔物だ。
ちょっと引きが悪かったが、このくらいならまぁ誤差の範囲だ。
他はデカネズミやゴブリンなどの小物ばかりだしな。
とにかくシュルクの力が未知数過ぎる。
こんな奴らに構ってはいられない。
悪いが俺とアルの見せ場は一切なしだ。
「ピリカ、前方の魔物どもを速攻で始末してくれ」
「はーい!」
ピリカは容赦なく【ピリカビーム】を連射する。
魔物達は為す術無く次々とその場に倒れて動かなくなった。
カルキノスだけは甲殻類という特性上、【ピリカビーム】で即死しない。
【ピリカビーム】で内臓を焼かれて弱ったカルキノスに向かってピリカが滑空して接近する。
そしてすれ違いざまに【美利河 碑璃飛離拳】でバラバラに切り刻んで止めを刺した。
ピリカが12匹の魔物を全滅させるまでに20秒もかかっていない。
「えっ、もう終わりなの? やっぱりピリカってちょっと普通じゃないんじゃ……」
アルの突っ込みを気にしている暇はない。
「よし、俺達はこのままガル爺の援護に……」
スコォーーン!
ガル爺を援護するために術式の準備に入ろうとした時だった。
ついさっき聞いたガル爺の肘鉄炸裂時そっくりの音が聞こえた。
「ぐおっ!」
同時にガル爺が小さく呻いたと思ったら、後方に飛んでいった。
ほぼライナー軌道で湖まで吹き飛び、湖面を三度、四度と跳ねる。
まるで水の石切遊びのようだ。
そして最後に激しく水面に叩きつけられて数メートルの水柱を上げる。
「おじいちゃんっ!」
アルの悲壮な叫びが響く。
さっきまでガル爺が立っていた場所には、いつの間にか戻ってきたシュルクが全身から赤黒い汚染された魔力を噴出させて立っている。
軽く腰を落として、右拳を突き出している。
古流拳法で言うところの【開足中段突き】に似たフォームだ。
と、いうことはシュルクは一瞬でここまで戻って来て、さらにガル爺に正拳突きをお見舞いしたというのか?
敵の接近が全く分からなかった。
脳内PCもシュルクの接近を全然補足できていない。
今は最大レベルの警戒を促す警告メッセージを表示しているが、今更警告が出ても手遅れもいい所だ。
これは冗談抜きでヤバいかもしれない。
「まずは一匹……」
そう言ってシュルクは俺達の方に向き直る。
迷ってはいられない。
棒立ちは最悪の悪手だ。
マジに秒で死ぬぞ。
俺は【レント】と【フルメタルジャケット】三発を同時に発動させた。
これ程のバケモノにデバフが効くと思えないが……。
少しでも効果が出て奴の動きが遅くなってくれれば儲けものだ。
とにかく奴の行動が知覚できない事には為す術がない。
そして【レント】と同時に放たれた弾丸は正確にシュルクの眉間、心臓、左肩に命中 ……したはずだが、噴出している魔力のせいで効果のほどは分からない。
さすがにこれで死ぬなんておめでたいことは考えていないが、少しぐらいはダメージになっていて欲しい。
そんな期待も虚しく、シュルクは何事も無かったかのようにこちらに歩いてくる。
ですよねー。
知ってた。
これは、最終手段の出番かも知れない。
「ハルト! 危ない!」
そんなことを考えていると、突然アルが飛び出してきて俺とシュルクの間に割って入った。
ボゴォォーン!
アルが飛び込んできたと同時に轟音を上げてすさまじい土煙が巻き上がった。
煙の中に回し蹴りを繰り出しているシュルクの姿が見える。
しかし、その足はアルを捉える直前で止まっている。
「ほう…… 我が蹴りを止めるか……」
アルは飛び込むと同時に【ファランクス】を発動していた。
不可視の魔力障壁がシュルクの攻撃を防ぎ切ったのか。
さすがはピリカが作った術式だ。
これで【ファランクス】はシュルクの攻撃を防ぐことが出来る事が分かった。
だが【ファランクス】には決定的な弱点がいくつかある。
弱点は奴に悟られないようにしないとな……。
そして、シュルクの蹴りを防いだ【ファランクス】を見て重大なことに気が付いた。
前面に突き出しているはずの魔力の棘がシュルクを全く貫けていない。
シュルクの仮初めの体はどんだけ丈夫なんだよ。
これ、本当に物理的な手段で破壊可能なんだろうな。
すいません。土日に投稿できませんでした。
月末月初のタイミングは色々と想定外のこともあるもので……。
一応、三章のラストバトル開始です。
ハルト自身は決して最強でも何でもないので、こういう戦闘の
表現は地味に辛い所だったりします。
察しの言い方は本章の落ちが見えて来ているかもですが
引き続きよろしくお願いいたします。




