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百九十九話 当分カニを食う気分になれそうにない

 4月23日



 脳内PCの時間は13:22。

昼食が終わって少ししたくらいの時間だが、俺は昼食を食べていない。

……というか、とてもそんな気分にならなかった。

原因は俺のすぐ横にある。

今、俺の左横に血肉の塊が山のように積み上がっている。


 朝食後、森に行ってデカネズミやオークなどを狩ってきて、ここで解体……。

その成果物が、ここに積み上がっている正視に堪えないスプラッタな物体である。


 こんなのを眺めながらおいしく昼飯食えるかって話だ。

驚いたことに、俺以外の三人は一切動じることなく、(むせ)かえるような血の匂いの中で飯を食っていた。

ピリカの結界がなかったら、血の匂いのせいで周辺から次々と魔物が群がってきそうだ。

この状況で食事が喉を通らない俺のメンタルが脆弱なのだろうか?

いや、絶対にそんなことは無いはずだ。


 さて、(俺以外の)腹ごしらえが終わって作戦開始だ。

さっきまで食事をしていた河原から大きく後退して、今、俺達がいるのは川から200mぐらい下がった場所。

岸まで遮蔽物は無く、足元は砂利が敷き詰められている。

ヴィノンの話だと雨の多い夏の終わりから秋にかけての季節は俺達が立っているこの場所まで水が来るそうだ。

その時期はここも川の底に沈むらしい。

木々が生育していないのはそのためだろう。


 とにかく、ここならカニ共が川から上陸して来たらすぐに発見できる。

ピリカの言うカニが密集しているエリアはここからさらに下流……。

俺達はカニの生息場所から100m以上、上流に陣取っているわけだ。


 ……。


   ……。


 全ての準備を整えた後、俺とピリカ、ヴィノンの三人で川岸ギリギリのとこまで来ている。


「それじゃ、始めるか…… ヴィノン」


「了解…… はぁ…… ハルトきゅんの頼みじゃなかったらこんなの絶対にやらないんだけど……」


 ヴィノンは足元に転がっているデカネズミの骨付き肉を拾い上げる。


「この期に及んで、そんな愚痴をこぼしてるんじゃない。さっさと始めてくれ」


「ワアルミコワハガルワイヲタシズイノバガマクルヤタハル」


 ヴィノンが呪文を詠唱する。

戦闘時はヴィノンがブーメランを操作するのに用いている魔法【マリオネット】だ。

飛び道具を操るという意味ではリコの超曲射に似た魔法のように思えるが、ヴィノン曰く、似て非なるものらしい。

リコの超曲射は術者の決めた軌道上を正確に突き進んでいくだけだが、【マリオネット】は対象が術者の手を離れても魔力(マナ)の繋がりが切れることがないため、術者の意思で操作できる。

ただし、スピード・射程距離は超曲射(魔法名は【エクレール】というらしい)の方に軍配が上がるので、投擲武器を使う冒険者は好みや役割に応じてどちらを習得するのか決めるのだそうだ。


 今、ヴィノンが魔法を使ったのはブーメランではなく、デカネズミの骨付き肉だ。

それらを次々と川に向けて放り投げていく。

一つ目の肉はカニの群れがいると思われる場所の鼻先、ここから下流100m先。

二つ目は90m先…… 三つめは80m先……。

このペースでヴィノンは次々と肉を放り投げていき、最後の肉がほとんど川岸の浅瀬にポチャリと落下した。


「こんなのでほんとにうまく行くのかい?」


「ああ、多分な。さっさと下がるぞ。いつまでも ここに突っ立っていると俺達もカニのエサになるかもしれない」


 俺とヴィノンはアルド達が待機している200m後方まで駆け戻る。


「ハルト! 早く早く! もうすぐ上がってくるよ!」


 俺が預けたオペラグラスを使って川面を監視していたアルが、俺達を急かしてくる。


「もう来てるのか?」


「うん、うじゃうじゃとね。ほら」


 アルからオペラグラスを受け取って川の方を見ると、カルキノスが次々と上陸してくるのが見えた。

こちらの思惑通り、血肉の匂いに誘われてものすごい数のカルキノスが岸に姿を見せている。

30…… 40…… 脳内PCがカルキノスの数をカウントしているが、まだまだその数を増やしている。

泥ミミズ(マッドワーム)同様、本能でしか行動できない生物相手ならシンプルな仕掛けでも十分な効果が期待できる。

展開自体は思惑通りではあるが、効果がてきめんすぎだ。

もう少しゆっくりできると思ったけど、甘かった。

脳内PCがカウントしているカルキノスの数は最終的に86匹になった。


「これはもたもたしていられないな。ピリカ!」


「はーい」


 ピリカに合図を出しつつ、俺は準備していた【クリメイション】の術式を五枚取り出す。

同時に脳内PCの弾道計算アプリが弾道を弾き出す。

今回の弾道計算は瞬時に終了した。

ペポゥ討伐の時のように正確な命中精度が必要ないからだ。

ある程度狙ったところに当たってくれれば、十分な成果が出るはず。


 ピリカが術式を発動させる。

術式によりカルキノスに向けて風が吹き始める。

風速にして3m程度のものだ。

これは敵にダメージを与えるためではなく、常に俺達が風上の利を取り続けるためのものだ。

何しろ【クリメイション】が炸裂したときにまき散らされる火山ガスは猛毒だ。


 200m弱……。

【クリメイション】を炸裂させる上で、十分すぎるほどの安全距離ではあるが、ピリカの風魔法は念のための保険だ。


「ピリカ、結界を解除しろ」


「はーい」


 岸に積み上がっているデカネズミやオークを解体して作られた血肉の山を覆っていた結界が消失する。

この瞬間、カルキノスたちは山となっているエサの存在を認識して殺到する。


「うわ…… キモっ……」


 地球ではカニ料理は大好物だったが、このデカさと数で血塗れになって肉を貪るカニの光景を見ると、当分カニを食う気分になれそうにない。

おっと、そんなことを考えている場合じゃないな。


 俺はカルキノスが群がっている場所に向けて【クリメイション】を五発全て発射した。

数秒後…… 俺達の目には見えないが、カルキノスが群がっている場所で無色透明の1000℃の火山ガスが炸裂する。

高熱の毒ガスをまともに受けて、カルキノスたちの錆色の甲殻は、一瞬で真っ赤に変色してひっくり返って動かなくなった。

カニである以上、奴らも原則はえら呼吸と推測する。

肺呼吸していないカニ相手に、火山ガスの毒性がどのくらいの効果があるのかは怪しいが、1000℃の熱そのものには絶対に耐えられないと思っていた。

【クリメイション】によって大半のカルキノスを倒すことが出来たが、高温ガスの影響を免れて生存した個体が俺達の存在に気付く。

俺達を敵と認識したカルキノスたちが一斉にこちらに向かってくる。

脳内PCが生存した敵の数をカウントする。

12匹か……。


「アルド!」


 俺の合図と同時にアルドが呪文の詠唱に入る。


「コルムワナシャヲミモニイノソハババタメノツノテアヲヤクイウガタム。アタヤイナヨケハトテニコバリキド」


 詠唱を終えると同時に、【クリメイション】【プロパゲイション】を併用した必殺の斬撃を放つ。

アルドの斬撃は迫るカルキノスに命中し、一匹、また一匹とその数を減らして行く。

しかし、カルキノス達の勢いは衰えない。

動かなくなった仲間の屍骸を平然と乗り越え、先頭のカルキノスが事前に決めていた40m先の警戒ラインを越える。

このままだと、10秒足らずでカルキノスは俺達のいるところに到達するだろう。

だが、そこは想定通り。

事前に取り決めていた通り、アルドは一旦攻撃の手を止める。

残ったカルキノスは7匹。

奴らが恐怖を感じることは無い。

仲間が何匹死のうが怯むことなく、こちらに突進してくる。


「アル!」


「うん!」


 アルが鎧の左肩に術式が刻まれたプレートを差し込んで魔力(マナ)を込めた。

目には見えないが即座に【ファランクス】が発動して、槍衾の防壁が展開される。

もちろん、この防壁は突っ込んでくるカルキノス達にも見えていない。

数秒後、先頭のカルキノスが全速力で俺たちめがけて突進する。


 ドシャッ!


 いやな音を立てて、カルキノスが串刺しになる。

当然、後続のカルキノスも止まれない。

さらに立て続けに2匹のカルキノスが串刺しになって動かなくなった。

突き刺さった3匹のカルキノスが邪魔になって、【ファランクス】の殺傷能力が失われてしまう。


 残り4匹。


 生き残った4匹が見えない壁を乗り越えようとして、【ファランクス】に足を引っかけて障壁を登り始める。

子供の頃、飼っていたサワガニが水槽から脱走しようとして、こんな行動をしていたのを思い出した。

異世界の魔物とはいえ、所詮はカニということか……。


「チノハムハヒリカハヲバミワチミノバシモガシナナスルンク」


 アルは作戦通りに次の呪文の詠唱を始めている。

突撃槍にはミスリルの立方体に刻まれた術式が四つぶら下がっている。

アルドも障壁をよじ登るカルキノスから目を話すことなく剣を構えている。


 ここで俺は【プチピリカシールド】の術式を二枚用意して発動させる。

対象はもちろんパーティーの前衛役、アルドとアルのアルアルコンビだ。


「それじゃ、【ファランクス】を解除するから」


 俺が【プチピリカシールド】を使ったことを確認したアルがミスリルのプレートを鎧から引き抜いた。


【ファランクス】が瞬時に消失して1.5m程、障壁をよじ登っていた4匹のカルキノスは足場を失い、真下に落下する。



「やあっ!」


 目の前に落ちてきたカルキノスにアルが突撃槍を突き入れる。

貫通力が極限まで強化された槍の前にカルキノスの甲殻の防御力は無いに等しい。

まるで豆腐に箸を突き刺すように容易く、アルは一撃でカルキノスを仕留めた。


「ふっ!」


 アルドもバランスを崩して落ちてきたカルキノスに斬撃を見舞う。

今のアルドの斬撃は物理防御不可の必殺剣と化している。

為す術無くカルキノスは動かなくなった。


 これで残り2匹……。


 初撃の対象にならなかった2匹はそれぞれ、アルとアルドに襲い掛かり、ハサミを振り下ろす。

即座に【プチピリカシールド】が発動してカルキノスの攻撃を受け止める。

力の強いカルキノスの攻撃をいつまでも受け続ければ、【プチピリカシールド】は破られてしまうかもしれない。

だが、1匹の攻撃を一撃だけ、最初の数秒を防ぐくらいなら【プチピリカシールド】は十分すぎる魔法だ。

これだけの時間があれば二人は体制を立て直し、次の攻撃を残った一匹に叩き込んでもおつりが来る。


 ラスト2匹の息の根が止まり、上陸してきた全てのカルキノスが片付いた。

討伐したカルキノス86匹……。

こちらの損害は皆無……。

上々の成果と言える。


 前回の投稿から、評価ポイントを頂きましたが、

反面、ブックマークが2剥がれてしまいました……。


がはぁ……。


 一撃で2剥がれたのはいつ以来でしょうか……。

地味に堪えますね。


 まぁ、腐っても仕方がないです。

離れた読者に戻って来てもらえるよう頑張ります!


 と、言うわけで、ブックマーク・評価・いいね

引きつづきよろしくお願いいたします。

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