二十話 もう俺は我慢してやらないことにしたからな
「……江名、いい加減にしろ……。もう俺は我慢してやらないことにしたからな」
「あぁん? 大山のくせに何イキってんの? やる気か? おら!」
「大山、お前死んだぞ! 江名クンを呼び捨てにしやがって」
この江名といういじめっ子のリーダー、悪名は学校に知らぬ者なしだ。
隣の小学校にも江名に逆らえる奴はいないとか……。
すでにどこかの暴走族からもスカウトがあるとか……。
こんな真偽のほどが怪しいものから……。
小学生でありながら、すでに万引きで数回補導されたとか……
引き起こしたケンカでは負けなしといった、公然の事実まで悪評に事欠かない。
俺は黙って江名に対して、右足を少し引いて、古流拳法の中段構えの姿勢を取る。
「なんだそりゃ? ブルース・チェンの物真似か?」
「アチョー! ってか? ギャハハ!」
江名の取り巻きたちが、俺の挙動をはやし立てる。
「お前ら、手出すなよ! 俺に生意気な態度取った大山をタイマンでボコってやんよ!」
江名が取り巻きにそう息巻いて見せる。
「江名クンが、大山とタイマンだってさ!」
「一分で終わるぞ、こりゃ」
「おーい、江名クンと大山のタイマンが始まるぞ!」
「見たい奴は早く来いよ! すぐ終わるからな!」
かなりのギャラリーが集まってきていたが、気にしていられない。
俺は目前の江名に集中していた。
相手は学校最凶の江名だ。
学校最凶 VS 学年最弱
一瞬たりとも気は抜けない。
すでにこの認識が盛大な勘違いなのだが、当時の俺には知る由もなかった。
俺の習っている古流拳法の【調息】と呼ばれる呼吸法で、全身の筋肉に酸素を送り込む。
即座にフルスロットルで動けるように、ボルテージを高めていく。
ヨガや座禅などにも同じ名前の呼吸法があるそうだが、まぁ似たようなものだろう。
スポーツ科学的に正しいのかは知らないが……。
古流拳法においては基本中の基本で、入門すると最初にこれを叩き込まれる。
江名はへらへらと肩をいからせながら、構えらしい構えも取らず無防備に接近してくる。
俗にいうケンカ殺法という奴だろうか?
それとも、某有名マンガ&アニメに出てくる南の帝王が使う、構えすらない必殺の拳法なのか……。
それにしても江名の奴、あまりにも隙だらけで無防備だ。
カウンター狙いで誘っているのか?
……にしても、いくら何でも嘗め過ぎだろ。
無防備な状態で江名が俺の攻撃範囲に踏み込んできた。
俺はすかさず、トップギアで江名の顔面目掛けて正拳突きを繰り出す。
江名は全く躱すそぶりも防ぐそぶりも見せない。
(……こいつ、まさか古流拳法有段者の正拳突きを受けてもビクともせずにいられる自信があるのか? 学校最凶を甘く見過ぎているのは俺の方なのか? なら、耐えられるものなら耐えてみろ!)
もはや、止めることができない拳を俺は全力で振り抜いた。
これが俺の人生のレールを切り替えることになった一発の正拳突きだった。
俺はこの後、すぐに致命的な勘違いをしていたことを思い知る。
俺の拳は江名の鼻を砕き、そのまま顔面を砕き、江名はきれいな放物線を描いて飛んでいった。
そして、廊下の壁に背中をぶつけて倒れ、動かなくなった。
正確には、白眼をむいて顔面血まみれでビクッ、ビクッと痙攣している。
俺の服と拳は江名の返り血で赤くなっている。
数秒の静寂の後、ギャラリーの女子の悲鳴が響く。
「うわぁ、江名クン! 江名クンが死んだ!」
「救急車! 誰か先生を呼んで!」
予想もしなかった大騒ぎになった。
同じ素手の土俵の上で一対一。
ほぼ変わらない体格の者同士であれば……。
黒帯を巻くまでに格闘技の修練を積んだ者と、ただ腕っぷしだけのチンピラとでは、決して覆らないほどに隔絶した実力差があったのだ。
江名は俺の正拳突きを躱すことも防ぐこともしなかったのではない。
飛んでくる拳に、気付くことさえできなかったのだ。
素人は基本的に予備動作が大きく、俗に言うテレフォンパンチになりがちだ。
古流拳法に限らず、どんな格闘技でも心得のある者は構えやファイティングポーズを取っている時点で準備が完了している。
なので、そこからは殆どノーモーションで攻撃に入る。
そのことがわかっていない素人に、攻撃を防げる道理など在りはしなかっただけなのだ。
道場でも「絶対に道場の外で他人に拳を向けるな」と言われてはいた。
しかし、これほどとは全く予想していなかった。
道場ではこんな基本レベルの正拳突きに反応すら出来ないものは年少部にもいない。
俺は拳法の練習以外で、他人に暴力をふるったことが無かった。
そのために、自分の持っていた牙の鋭さと使いどころを見誤ったのだ。
江名は救急車で運ばれて病院送りとなった。
江名が死んだと大騒ぎだったが、本当に死んだわけではない。
診断結果は脳震盪・鼻骨粉砕・一部顔面及び眼底骨折だ。
命に別状はないが最悪の場合、左目を失明する可能性もあるそうだ。
学校は傷害事件で大騒ぎになった。
被害者が俺ではなく、悪名高い江名であることも含めて……。
俺はすぐに教師に身柄を押さえられて、校長室に缶詰となった。
二十一話の投下は1時間後、4月7日の23:30ぐらいを見込んでいます。
だんだん朝起きるのが辛くなってきました。
あと二日も働かなと行けないとは……。
主人公のハルトじゃないけど、オタクであり続けるために働くのはつらたんです。
どうか、ブックマークと評価ポイントで折れそうな心を補強してください。
よろしくお願いいたします。




