二話 とりあえず、お約束のフラグを建てておいた
「世界は滅亡しました」
「皆さんさようなら」
それだけ告げると、アナウンサーはカメラの前から立ち去ってしまった。
画面には、無人となった報道席のセットだけが静かに映っている。
十数秒後、画面が【しばらくお待ちください。 国営放送】のみとなった。
「……なにこれ? 意味不明かつ衝撃の放送事故?」
すかさずスマホを開く。
早速、SNSは色々反応していた。
【国営放送で世界滅亡だって! 超ウケる!】
【おはようございます。世界は滅亡しました。皆さんさようなら。
はぁ? いやいや、国営放送がさようならでしょ。www】
【佐藤アナ、薬物中毒?】
凄まじい勢いで、投稿が増殖してお祭り状態だ。
他の民放チャンネルは、通常の番組構成で放送中である。
どうやら世界は滅亡して無さそう。
意味不明なのは国営放送一局のみだ。
これ以上、気にしても仕方がない。
俺はスマホを置いて朝食を再開する。
せっかくの熱々トーストが冷めてしまうからな。
トーストをかじりつつ、テレビのチャンネルをポチポチと変える。
やがて、国営放送は交代のアナウンサーが映った。
先ほどのアナウンサーの不適切発言と対応を詫びて、ニュース番組を再開する。
「なんだったんだろな、さっきの世界滅亡宣言は……」
朝食を終え、食器を洗いながらテレビの音声に耳だけを傾ける。
すると、ニュース速報の電子音が唐突に割り込んできて鳴り響く。
すぐにニュース速報のテロップが画面上部に現れた。
内容がこれまた意味不明であった。
【神奈川県OO市駅前に未確認生物が出現。死傷者多数】
「……なにこれ? 意味不明第二弾?」
すぐに情報確認しようと、再びスマホに手を伸ばす。
きょうび、この手の情報はテレビ報道よりSNSの方が早い。
ものにより信憑性はかなり微妙だが……。
SNSのライブ動画投稿はすごいことになっていた。
身長3m以上の人型の何かが、無差別に人々を粉砕している。
身の丈ほどもある両手持ちの斧を軽々と振り回し、市民に振り下ろす。
なにこれ?
時には拳や蹴りを繰り出し、さらに体当たりなども交えながら、逃げ惑う人々を蹂躙中。
攻撃をその身に受けた人は、すさまじい威力を前に爆ぜて絶命する。
某世紀末ゲームの無双状態である。
その大型のナニか…… オタクの俺にはすぐに怪物の名称だけは思い当たった。
なぜなら、頭が立派な角の生えた牛だったからな……。
「これって…… ミノタウロスやん」
大都市の駅前で、通勤の時間帯にミノタウロス無双。
地獄のような有様だ。
動画に写っているミノタウロスの身体能力はすさまじすぎる。
素人目にも、どんな世界トップアスリートも敵いそうにない。
瞬く間に【#〇〇市 #ミノタウロス #怪物出現】等のハッシュタグのついた書き込みであふれかえる。
この状況でも、なお多くの人がスマホを動画投稿モードにしてミノタウロスにカメラを向けている。
そんな状況が何とも異様な気がする。
「動画撮ってないで逃げた方がいいんじゃないの?」
その動画を見ている俺が言うのもなんだけどな。
「再生数より命の方が大事だろ」
思わずそんな言葉が出たその時……。
警察車両が次々と集まってくる様子が投稿動画に映り込む。
パトカーから警察官たちが降りてきた。
警察官たちは目前の惨状を目にして状況を察したのだろう。
威嚇射撃もなしに次々と発砲を開始する。
結構な数の弾丸が命中しているようだ。
ミノタウロスの強靭そうな躯体のそこかしこから血が噴き出す。
しかし、3mクラスの巨体の行動を阻むには、その傷はあまりにも浅いのではなかろうか?
ミノタウロスは警官たちの方に向き直ると、突進を開始する。
最前列の警官が盾を構えて突進に備えた。
それ以外の警官たちは発砲を継続し、懸命に銃弾を浴びせ続ける。
だが、ミノタウロスは公用拳銃の集中砲火をものともしていない。
突進の勢いは全く衰えることなく警官たちに迫る。
ものの数秒でミノタウロスは警官隊に到達した。
そのまま勢いに任せて、頭から盾を構える警官たちに衝突した。
最前列に並ぶ警官の盾の防御はまるで役に立っていない。
体当たりを受けた警官は、後ろの警官を巻き込みながら、後方に吹き飛んでいく。
スマホの画面ではよくわからないが、確実に30m以上は飛んでいる。
直接体当たりを受けた警官は言うに及ばず、巻き込まれた警官もとても無事に済むとは思えない。
突撃したミノタウロスは両手斧を振り回して、周囲の警官たちを虐殺していく。
思わず目を背けてしまうような光景だ。
「うわぁ! 警察やられっぱなしじゃん!」
「警察弱すぎ!」
「なんかヤバくね? 逃げようぜ!」
「ポリ公、もっと粘れよ! 怪物がこっち来んだろが!」
ようやく、ミノタウロスの動画を撮影している連中が身の危険を感じ始めたようだ。
こんな状況になるまで避難しようともしなかったくせに……。
配信主達の口から発せられる身勝手な怒号が全世界に配信されてるぞ。
俺が見ていた中継動画の撮影者が逃走を開始したみたいだ。
動画が映らなくなったので、別の中継動画投稿に切り替えてみた。
今、映っているのは現場を高所から見下ろしている。
ビルの五階くらいの窓から撮影しているようだ。
上からの視点になると、現場周辺の状況は多少分かりやすい。
どうやら、警官たちの犠牲は無駄にはならなかったみたいだ。
警官隊が蹂躙されている間に、動ける民間人は即座に殺されるような範囲からは、粗方逃げることができていた。
ミノタウロスは警官を全て薙ぎ払って、血肉にまみれたパトカーに斧を立て掛ける。
そして、ボンネットに上がり、一休みとばかりに座り込む。
上空には多数の報道・警察関係ヘリが飛んでいるのだろう。
カメラには映っていないが、複数のローター音を撮影者のスマホのマイクが拾っている。
路上に倒れている多数の人の中にはまだ息がある人もいそうだ。
すぐに救助すれば助かる者もいるかもしれない。
しかし、ミノタウロスが危険すぎて誰も助けに行けない。
駅前のロータリーは地獄のような有様だ。
スマホの小さな液晶画面を通しても尚、咽かえりそうな光景が広がっている。
そんな中にいるミノタウロスのくつろぎタイムを眺めること数分……。
新たに警察の装甲車が数台突入してきた。
車両から背中に【POLICE】と書かれた防弾チョッキを着こんだ人影が、十数人ほど降りてきた。
その全員が洗練された動きであっという間にミノタウロスを取り囲む。
これもオタクの俺にはすぐにわかった。
「わおぅ、SAT来たよ!」
警察の特殊急襲部隊である。
装甲車を盾にミノタウロスに向けて即座に自動小銃を斉射。
その動きはもはや警察のそれではない。
降車から配置につき、発砲開始までわずか数秒だった。
無防備にくつろいでいたミノタウロスは、全く反応できていない。
公用拳銃とは一線を画す火力の掃射を全身に受ける。
SAT隊員に突進を試みるも、わずか数歩進んだだけで前のめりに倒れた。
「すげぇな! SAT…… やったか?」
とりあえず、お約束のフラグを建てておいた。
SAT隊員の一人が倒れているミノタウロスに接近する。
次の瞬間、躊躇なくミノタウロスの脳天に自動小銃の至近弾を一発撃ちこんだ。
ミノタウロスはピクリとも動かない。
ミノタウロスの絶命を確認したのだろう。
SAT隊員は片手をあげて周囲に合図を送る。
すると、一斉に救急車・消防車・パトカーが殺到して要救助者の救助が始まる。
幸いなことに俺はフラグ建築に失敗した。
どうやら、これ以上の惨状が広がることは無いみたいだ。
ひとまず状況終了のようだ。
スマホを閉じてテレビの画面に視線を戻す。
すでに、全チャンネルが通常番組を中止している。
どこも緊急特番で、ミノタウロス事件一色である。
現地は大混乱が続いている。
この分じゃ、情報としては警察や政府の発表があるまで進展なさそうだ。
被害の全体像が分かるのは、さらに先になるだろう。
もうこの事件に対して俺にやれることは無い。
自室に戻りゲームの続きを…… と、思ったその時。
さらに追い打ちでテレビから速報の電子音が割り込んでくる。
【青森県OO村に未確認生物が出現。数名の死傷者が出ているもよう】
「おいおい、マジですか」
第三話は一時間後、4月1日 23:30ぐらいに投下します。
慣れの問題かもだけど、連続投稿って結構せわしないね。