百九十七話 何が相手でも気は抜くな
移動無線車の衛星通信によって市役所と周辺の限られた場所は何とか携帯やスマホが使える状態にはなっている。
ただ、行政や警察・消防関係者などが優先して繋がるように通信制限がかかった状態だ。
救助や復旧活動を円滑に行うために必要な措置で、一般の端末はまだまだ繋がりにくい。
それでも頑張れば回線がつながって、外部と連絡が取れるようになると聞きつけて、スマホを使うために、この辺りまで来ている人達がそれなりにいるみたいだ。
まだまだ街のインフラは壊滅的で、俺達はあまりやることがない。
今、俺達の主な仕事は搭載されているディーゼル発電機が止まらないように、定期的に燃料を補給し続けてやることぐらいだ。
電力が復旧していないため、搭載されている発電機の燃料だけが命綱だ。
無くなる前に県外から燃料を調達してきて補給する。
電力が復旧するまではひたすらこれの繰り返しとなる。
光の回線が復旧すれば、衛星回線から光回線に切り替える仕事が待っているが、それも当分先になりそうだ。
燃料の補給を終えて、俺達が乗ってきた乗用車の助手席のシートを倒して仮眠をとっていたところ、何やら外で音が聞こえてくる。
目を開けると、外の移動無線車の前で新人の藤村が二人の男に詰め寄られているのが見えた。
さすがに放置するわけにもいかないか。
俺は車から出て声を掛ける。
「あの、どうかなさいましたか?」
「あ、大山さん…… この人たちが……」
「ああん? なんだあんた?」
藤村と同じ犬父モバイルの制服を着た俺の姿を見て、男の一人が俺に反応する。
「ここの現場責任者です…… ご用向きなら私が承りますが……」
「お前ら、来るのが遅いんだよ! 今更のこのこ来やがって! 携帯繋がらなくなったらソッコーで直しに来いってんだよ!」
残念ながら、この手の理不尽なクレームをぶつけてくる手合いはどこにだって一定数いる。
こんな災害時にここまで乗り込んで喚き散らすのは中々いないが……。
許可のない者は立ち入り規制がかかっている中、俺達は災害発生からたった二日でここまで来ている。
出動要請が来てすぐに動いているから、現行の制度下では、これ以上早く駆け付けることは不可能だった。
「お前らがすぐに来ねえから! 携帯が繋がらなくて、応援を呼べなかったじゃねえか! おかげでウチの牧場にいる家畜が流されちまったよ! どうしてくれるんだ! ああん?」
「え? それって俺達のせいじゃない……」
「お前はちょっと黙ってろ」
藤村に余計な事をいわせたら、ますます相手を逆撫でしてしまいそうだ。
「こっちは、毎月高い通話料を払ってやってんだ! なのにいざというときに役に立たねえな!」
日本の携帯料金は高いとよく取りざたされるが、そう騒ぎ立てる人間のどのくらいが、自分の掌に握られているスマホがどういう仕組みで通話・通信出来ているのか理解しているのだろうか……。
酷いのになると、スマホから出る電波が直接、通話相手の所まで届いているとさえ思っているようなのもいるぐらいだ。
トランシーバーじゃあるまいし……。
そんなことが出来るのなら、俺達はあっという間に失業する。
この通信を実現するために天文学的な金額の設備投資と軍事技術に近い水準の最先端テクノロジーが用いられている。
この料金設定でも、携帯会社がインフラを整えるために投資したコストをペイするには、ン千万人の契約者が通話料を払い続けてなお、十年以上の歳月がかかるこのもザラだ。
俺個人は決して暴利を貪っているとは言えないと思っている。
それはさておき、問題は目前のクレーマーだ。
いかにも俺達お客様だぞ! ……を地で言っているが、お客様は【お客様】であって決して【神様】などではない。
ここは粛々と対処するしかない。
「申し訳ありません。私共は業務上、市役所周辺の通信復旧対応以上のことは出来かねます。そう言ったお話は犬父モバイルのお客様窓口にお願いします」
俺は男達に頭を下げてそう返す。
「けっ! マニュアル通りの受け答えしかできねぇのか! お前らのせいで応援が呼べなかったって会社に言っておいてやるからな! 覚悟しろよ!」
男たちはそう吐き捨てると、立ち去っていった。
「なんなんすか! あいつら…… 俺達だって危険と隣り合わせの状況の中、ここまで来てるって言うのに……」
藤村はやり場のない感情を抱えてプリプリ言っているが仕方がない。
俺達が今いるのは比較的安全な後方支援の拠点とはいえ、被災地の最前線に変わりはない。
自分だけが少しでも被害を免れようとしたり、怒りの矛先を向ける相手を探し回るような連中はどうしても出て来てしまう。
「そう言うな。これも仕事の内だ。お前だってこういうことがありうることを承知の上で会社の雇用契約書にサインしたんだろ?」
「それは…… そうですけどぉ。」
「だったら仕事に戻れ。あと三日で交代要員が来るってさ。そうしたら一回家に帰れるぞ」
「マジすか? わかりました!」
機嫌を直した藤村は移動無線車の点検に戻っていった。
4月22日
「右に回り込んだやつは放置していい! アルドが対処する! アルは正面のやつを確実に仕留めろ!」
「うん!」
【セントールの系譜】の真実を知ってもうすぐ一ヶ月。
アルが加わって二度目の調査も二週間が経過しようとしている。
俺達の戦闘の連携も少しずつ形になってきた。
アルは正面に群がるオークの群れを相手に臆することなく奮戦している。
俺が【フルメタルジャケット】で援護しつつ、アルの立ち回りに指示を出す。
「ハルトきゅん! 魔物の追加が来るよ!」
少し前方の木の上で全体の戦局を見ながら援護と警戒をしていたヴィノンが、敵の追加を知らせる。
「敵の数は?」
「オーガ1とオークが5だね」
「そいつらがここに来るまでにオーク2匹以上始末できるか?」
「ヴィノンはサムズアップで了解っと合図して、枝を次々と飛び移っていく」
「アル、敵のおかわりが来るまでに、今いる奴は始末してしまうぞ!」
「わかった!」
「ピリカ、おかわりが来るまでにこいつらが片付かなかったら、おかわりは全部ピリカが始末してくれ」
「はーい」
今、ピリカは殆ど戦闘に参加していない。
いざというときに、全てをリセットするための安全装置に徹してもらっている。
当分はアルエットが自分自身の力と仲間の連携で戦える地力を養うことが先決だ。
俺とピリカがいつまでもアルといてやれる保証は無いのだから……。
俺達が居なくてもやっていけるだけの力を身に付ける手伝いくらいはしておいてやりたい。
「たあっ!」
アルエットが最後のオークを貫いた。
なんとか敵のおかわりが来るまでに全て倒し切れた。
「すぐに次が来る! 体勢を立て直すぞ!」
「うん!」
アルが俺のすぐ前の位置まで戻ってくる。
「怪我とかしていないな? 大丈夫か?」
「全然平気…… まだいけるよ」
少しだけ息が上がっているな。
気付いたらアルドはいつでも俺達をフォローできる位置に戻って来ている。
さすがだ。
「ピリカ…… アルに回復を」
俺が声を掛けるとピリカが回復魔法をかける。
怪我は無くても疲労は蓄積してきている。
疲れていると思わぬところから、戦闘はほころんできたりする。
回復できるタイミングがあるのなら積極的に回復しておくべきだ。
ピリカの魔力はほぼ無尽蔵なのだから……。
出し惜しみに意味は無い。
「もうっ! 大丈夫だって言ったのに…… でも、ありがとう」
「まだ気を抜くなよ! すぐに次が来るぞ」
草木をかき分けてオークが二匹とオーガが1匹姿を現す。
ヴィノンはオークを三匹片付けてくれたようだ。
「今度はオーガがいる。下手を打ったら一撃で死ぬぞ。油断はするなよ」
アルドがアルに注意を促す。
「はいっ!」
「人間はゴブリンやコボルトが相手でも、喉笛切られたら一瞬で死ぬんだ。どんな奴が相手だって油断できるほど人は強くない。何が相手でも気は抜くな」
「はいっ!」
俺の言葉にもアルは素直に返事をする。
最近は年下(実際はかなり年上だが)の俺の指示にもアルは素直に従う。
この娘なりに集団戦の連携の大事さを理解してきているんだろう。
魔法に頼らない状況下なら人類は魔物や魔獣に対して無力すぎる。
連携・チームワークは人類が持っている数少ないアドバンテージの一つだと、俺はこの一ヶ月、アルに言い続けてきたからな。
少しずつでもその意味を理解してくれているのなら、将来のアルの生存率の底上げに寄与してくれることだろう。
「よし、それじゃ行くぞ。 もうすぐヴィノンも戻ってくる。アルド、ヴィノンと連携してオーガを頼む!」
「任せろ」
アルドはヴィノンが戻ってきたら、即座に挟み撃ちにできるように回り込んで、オーガと向き合う。
「アルはオークを押さえろ! もちろん倒してしまっていい。絶対にアルド達の邪魔をさせるな」
「わかった!」
俺は万一、どちらが崩れても即座にフォローに入れる位置で身構える。
……。
……。
30分後……。
無事に魔物を撃破して、調査を再開している。
「なんかこの一ヶ月、やけに魔物と出くわさない?」
「そうか? こんなものだと思うけどな」
アルドが素直に答える。
まぁ、俺やアルドは緑の泥じゃ連戦に次ぐ連戦なんてザラだったからな。
魔物との遭遇頻度が上がっているのは、ガル爺が魔物をスルーしているせいだが、それはアルには言えない。
「今までこんなに魔物に遭遇することなんて無かったのに…… やっぱりハルトの言う穢れのせいかしら?」
「どうだろうな? その辺は俺にもわからん。緑の泥で出くわす魔物はこんなものじゃないからな。まだそこまで気にしなくてもいいんじゃないのか?」
もっともらしいことを言って、この場ははぐらかしておいた。
「ね、ハルト…… これどうする?」
地脈を確認しながら先頭を進んでいたピリカが唐突に声を掛けてきた。
ピリカが指差す先には……。
川幅約150m程の川が流れている。
地図で確認するとこれはモルス湖から流れ出て来ている川に間違いなさそうだ。
「ピリカさん、地脈はこのまま真っすぐか?」
「そうだね、少し西によれてるけど川を突っ切っていそうな感じだね」
マジかぁ……。
さて、ここの調査どうするかな……。
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