百九十四話 たとえここでハルトきゅんと戦うことになったとしても
どうすんだこれ……。
もう、俺の中で【このまま何もせずにアルエットのことを見限る】って選択肢はグレーアウトしてクリックできなくなってるぞ。
あとは、アルエットのためにどこまでのリスクを取ってやれるのか ……だな。
「さて、ここまでの話を聞いたところでだ。聞いておきたいことが三つある」
「えっと ……何かしら?」
「その封印…… 解けたらどうなるんだ?」
「わからないわ。封印が破れた時のことなど考えるな…… そう教えられてきたもの……。封印が解ける事なんて絶対に無いし、あってはならない。それこそが【セントールの系譜】の矜持だから……」
「ハルトきゅん…… 封印の何を心配しているんだい?」
封印の楔はあと二つ。
ガル爺はもう高齢だから、極論を言えば明日寿命で逝ってしまっても不思議ではない。
そうなったらアルエットはエーレで生きていくことも出来ないと言ってる。
最悪の事態は、今時点で考えておく必要がある。
「何もかもだ。中でも俺が一番気になるのは、ガル爺とアルエットがどうなるのか ……ここは知っておきたい」
「どういうことなの?」
「封印の魔法は二人の魂に強力に結びついてる。この封印が解けると【セントールの系譜】の命が失われるのなら……」
「それこそ分からないわよ。この封印が解けた事なんてないんだから……」
「だよな」
仕方が無いな…… 常に最悪を想定して行動方針を……。
「さすがに死んじゃったりはしないんじゃないかな?」
ピリカがさらっとそんなことを言ってくる。
全員の視線が一斉にピリカに集まる。
「ピリカ…… わかるのか? この封印の事……」
「うんまぁ…… 絶対じゃないし、全容は分からないけど……。ピリカが刻んだものじゃないけど、術式の出所は精霊だからね……」
「……で、どうして精霊ちゃんは、封印が解けてもアルが死なないんじゃないかって思うんだい?」
「この魔法の主体が魂側じゃなくて、封印の術式の側にあるからだよ。仕組みの本質は追躡竜のリンクにとても近いものだね。術式の主体である追躡竜をやっつけてリンクを切ってもハルト達は何ともなかったでしょ? それとおんなじだよ」
なるほどな…… 追躡竜のリンク、人類の言葉で言えばマーキング ……は、俺たち自身の体と魂で体験済みだ。
そういう見方でいいのなら、ピリカの言葉は説得力がある。
……と、なれば……。
「このままガル爺がいなくなってしまえば、アルエットはモルス山脈でしか生きられなくなる。封印を解いても魂を縛られている【セントールの系譜】の命が危なくなる可能性が低いのなら…… いっそ封印を解いてしまえばいいんじゃないのか? そもそもシュルクが封印の中で生きていない可能性だってあるんだろ?」
そこまで、言葉を発したその時……。
周囲の空気が突然変わった。
これは殺気に近い…… とても張りつめた空気……。
この気配の主は、ヴィノンとアルエットだ。
「ハルトきゅん…… それは断じて承服できないよ。たとえここでハルトきゅんと戦うことになったとしても ……ね」
ヴィノンの目は鋭く、いつものチャラけた雰囲気はどこにもない。
「ごめん、ハルト…… ハルトが私とお爺ちゃんの事を思って言ってくれているのはわかるの……。 でもね、それだけは絶対にダメ……。ハルトは秘境集落出身だから勇者セントール以来2000年以上、私たちが守ってきた封印の重さをわかってない」
アルエットもとても悲しそうな表情で…… それでも決意のこもったはっきりとした声で俺にそう言った。
急に変わった一触即発の空気を察したピリカが、俺の隣で臨戦態勢に入っている。
ヴィノンとアルエットが少しでも武器に手を伸ばそうとしたら、その瞬間にピリカは躊躇なく【ピリカビーム】を放つだろう。
アルドは黙って俺達の様子を見ている……。
おそらく、どちらの側に付くのが正しいのか見極めに入っているのだろうな。
しかし、判断が出来ないうちにこのまま戦闘になったら……。
アルドはきっと俺とピリカに付くと決めている…… 根拠は無いがそんな気がする。
「ヴィノン…… お前、前に言ってたことと矛盾しないか? 【何を犠牲にしてもアルを救わないといけない】とか言ったよな?」
「ハルトきゅんこそ、もう分っているんだろ? シュルクの封印の事は連盟内部でも最高機密の一つだよ。あの時はこのことを話すわけにはいかなかったからね。じゃあ今、言い直すよ。あの言葉の本当の意味は【僕らは何を犠牲にしてもシュルクの封印を守らなければいけない】 ……だよ」
うん、そうだと思った。
もし、あの場でアルエットがミノタウロスに殺された場合、封印の楔はガル爺の魂だけで支える事になる。
ガル爺は高齢でいつお迎えが来てもおかしくない。
アルエットが死ねばこの封印は事実上、詰んだも同然だからな。
そこはそれ……。
とにかくこの張りつめた空気をどうにかしないとな。
ここは俺が折れよう。
「はぁ…… とりあえず、今日明日で封印がどうにもならないのはわかった。封印を破る破らないの話は棚上げにしよう」
「そうだね…… わかってもらえてよかったよ」
「ごめんね、ハルト。私の事は気にしないで。これが私の運命だから…… 覚悟はできているの」
張りつめていた空気は霧散して、緊張が一気に弛緩する。
ピリカさんはまだ完全に警戒を解いていない。
「ピリカ」
ピリカの警戒心を解きほぐすために、俺はピリカに声を掛けて自分の膝を二度叩く。
ピリカはふわりと飛んできて俺の膝の上に座る。
既に表情はご満悦だ。
たったこれだけのことで機嫌が直るピリカさんは今夜もチョロイン全開である。
アルエットは気に入らないようで【むぅ】と唸っている。
「さて、これで知りたいことの一つ目はわかった。二つ目の知りたいことだが……」
「シュルクの事だね?」
さすがにヴィノンは察しがいいな。
「その通りだ……。中央大陸の人類が恐れて止まない魔族の武将、シュルクがどれほどのものなのか……」
「そう言われてもね…… シュルクが人類を脅かしたのは2000年以上前の事だからね、奴の事を直接知る人間なんているわけないよ」
「そんなことはわかってる。なんか伝承とか資料とかは無いのか?」
「そういうことなら…… 魔族の武将シュルク、たった一人で人類側の援軍と補給線を長きにわたって押さえていたって話はしたよね?」
「ああ、それは聞いた」
「人類側もシュルクを退けて、主戦場にたどり着くために何度も十分な戦力で挑んだそうだよ」
「それでも駄目だったと? 勇者セントールが封印に成功するまで……」
「そういうこと。文献じゃ、シュルク一人にやられた戦力は二つ名持ち勇者8人を含む、勇者33人。騎士や兵士、冒険者達は3万とも6万とも言われているよ」
「……マジかぁ……」
こいつは予想以上だな……。
マジで地球の無双ゲームの主人公みたいなことをやってのけて見せたのか……。
ん?
俺が勇者セラスを始末するとき……。
確かピリカが言った言葉……。
【人類と戦争したときに殺した人間の数は1万や2万じゃ効かないし、殺した勇者の数も100や200じゃ効かないよ】
もしかして、俺の膝の上でご機嫌な表情を浮かべているこのロリは……。
いやいや……
今考えるのはよそう。
「もしシュルクが生存していて、封印の外に出てきた場合、どうなるんだ?」
「ロテリア王国は最低でも国土の東半分を失う…… 最悪の場合、王国は滅亡すると想定しているよ」
ヴィノンはそう答えた。
「俺は魔族を見た事も戦ったこともないが…… それ程なのか……」
アルドも国が想定している被害の大きさを聞いて、驚きを隠せないようだ。
「この国にラソルトとエストリア、エーレとトラン……。なぜ港と中継拠点が二つずつあるのか分かるかい?」
そういうことか……。
「シュルクの封印が解けて奴によって国土の東半分…… つまり、エーレやラソルトが失われても、国家が存続できるように流通経路が二通り用意されているのか……」
「ご明察だよ」
そこまで恐れ警戒している魔族の封印の管理を何でアルエットとガル爺の二人だけに押し付けてるんだ?
それをこれから確かめるか……。
気が付いたら200話が射程圏に入ってきました。
4月1日から投稿始めたので、もうすぐ投稿開始から1年です。
読んでくださる方がいるおかげで、ここまで折れずに来られました。
引き続きよろしくお願いいたします。
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