百九十三話 なんつー運命を押し付けてやがんだよ
パチパチと真ん中で赤橙色に燃える焚火を見つめながら、アルエットが口を開く。
「ハルト達はさ…… 勇者セントールの事、知ってる?」
「……いや、全然知らん」
そもそも、地球人の俺が顔と名前を知ってる勇者はセラス・ガル爺・セルヴォディーナだけだ。
「すまない……。俺も初耳だ。孤児院出身だから学が無いのは大目に見てくれ」
アルドも知らないのなら、俺が知らないのもセーフかもしれない。
「大陸や国が違うとそんなものかもね……。中央大陸じゃ、知らない人は殆どいないんだけど……。吟遊詩人の英雄譚でも定番の一つだからね」
ヴィノンがそう付け加えた。
「それじゃ…… 【シュルク】って名前は聞いたことないかな?」
「悪いが無い」
地球人の俺が知っている固有名詞はまず出てきそうに無いな。
「俺も初耳だ」
アルドも知らなかったか。
俺達二人は話に置いて行かれないようにしっかり聞くようにしないとな。
「!!」
この【シュルク】という名前に意外な人物がかすかに反応した。
ピリカだ。
ほんのかすかに強張った肩と、一瞬だけ動いた眉がピリカの心が揺れたのを物語っている。
もう八年近く一緒にいて、【MPタンク】で魂も繋がっているからこそ分かる変化なのかもしれない。
まさに、俺じゃなきゃ見逃しちゃうねってやつだ。
ここは突っ込まずにおくか。
きっと、アルエットかヴィノンが説明してくれるだろうからな。
今時点で無理に聞き出そうとしなくてもいいだろう。
「ハルトとアルドさんは何も知らないみたいだから、最初から全部説明するね。ちょっと長い話になるけど……」
その方が俺としては助かる。
ぜひそうしてくれ。
俺とアルドは黙って頷いた。
「今から2000年以上昔、人類と魔族・精霊連合が戦争していたのは知ってるよね?」
「まぁ、そのくらいは……」
「正しくはこの戦争はまだ終わったわけじゃないんだけどね……」
え、そうなのか?
それは知らなかった。
「魔族は完全に魔界に籠って出てこなくなってしまっているし、野良の精霊も姿を消して、人類の前に姿を見せることはあまりないからね……。表向き、戦争レベルの戦闘がこの2000年起きていないだけだよ」
なるほど、魔族・精霊と人類は今も戦争状態で睨み合いが続いている状況か……。
「魔族は今でも見つけ次第、全て討伐対象だし、精霊も契約精霊にならない個体は同じく討伐対象になっている」
アルドは俺にそう付け加えた。
「わかった……。続けてくれ」
「2000年前の戦争で中央大陸の戦況は一時、とても劣勢だったそうなの。魔界の外では精霊は積極的に戦闘には介入して来なかったけど、魔族たちはそうじゃなかったから……」
「魔族は少数精鋭……。たった一人でも複数の二つ名持ち勇者でないと相手にするのは難しいからね」
だから、何でそんな化け物相手に戦争するんだよ。
言葉の通じる知的種族なら戦争回避のために外交努力をしろよ……。
もう大昔に終わってしまったことに余所者の俺が突っ込んでも仕方がないのはわかっているけどさ。
「で、この絶望的な戦況を一手でひっくり返したのが……」
「アルエットの先祖……【勇者セントール】というわけか……」
アルドも背景が見えてきたようだ。
アルエットが頷いて話を続ける。
「人類が圧倒的に劣勢だったのは、主戦場のフェメロン王国への援軍と補給がこの森で食い止められて、人類側の主力が孤立していたから……。たった一人の魔族の武将によってね」
ああ、ワンマンアーミーというやつか……。
たった一人で戦局を決定的なものにするとは……。
どこの横笛大魔王だ?
やだやだ、こちとら世界最弱のヒキオタだぞ。
俺ならそんなのとは絶対に関わり合いにならない。
魔族…… ダメ…… 絶対……。
「で、その魔族というのがさっき、ちらっと名前が出ていた……」
「そう、【シュルク】…… 勇者セントールが死闘の上、討ち取ったと言われているね」
ヴィノンがアルドの言葉を肯定する。
「ん? ちょっと待て…… 討ち取ったと言われている? おい…… まさか……」
「ハルトはもう気付いたみたいだね。シュルクは死んでいないの…… あまりにも強大で勇者セントールでも封印するのが精一杯だった」
マジかぁ……。
これ、絶対フラグだろ?
それも超特大の……。
もうすでにこの話を聞いたことを後悔しそうだ。
「それで、その魔族の封印はどこに?」
「モルス山脈に入って少し登ったところに封印があるわ。私達、【セントールの系譜】に課せられた本当の使命は永遠にシュルクを封印から出さないこと……」
そういうことか……。
「シュルクに施されている封印は、かつて精霊が人類と共に魔王と戦っていた時代に、精霊達から与えられたものだって伝えられているね」
おい、ヴィノンは何でそんなこと知ってるんだ?
『やっぱりね……。もし、魔王を倒し切れなかったときは封印するしかないから、封印の術式をいくつか人類に渡したはず。なんか似てるな ……って思ってたんだよね』
ピリカさんが日本語でなんかぶっ込んできたよ。
ピリカ…… もしかして当事者なのか?
「この封印が2000年以上もの間、効力を失わないのは【セントールの系譜】に連なる者の魂で封印の力を維持する楔を刺し続けているからなの……」
そうか…… これがガル爺とアルエットを縛っている永続魔法の正体なのか……。
って、おい…… ちょっと待て。
「まず、封印されてるそのシュルクって魔族だけど、そもそも2000年以上も封印されていて、生きていられるものなのか?」
その問いにはピリカが答える。
「ちょっと微妙かも……。寿命だけで言えば余裕で生きてるよ。魔族は精霊を除けばラライエ最長命種族だから」
「今のピリカの言い方だと、シュルクは生きてない可能性もあるということか?」
アルドもそう聞こえたようだ。
「ピリカたち精霊と違って魔族は肉体も魂も物質界に全て存在しているからね。普通に考えると2000年、飲まず食わずで死なずにいるのは中々しんどいと思うよ」
「いやいや…… しんどいというか、ムリゲーじゃね?」
「でも、シュルクなら封印から出らないからって、ただ死ぬのを大人しく待ってるとも思えないんだよね。なんか悪あがきして生き延びてるかも」
ピリカさん、それはフラグというやつでは……。
そして、それはピリカがそのシュルクって魔族と知り合いだって言ってるのと同じだぞ。
「続きを話してもいい?」
思わず話の腰を折ってしまったな。
「ああ、すまない。続けてくれ」
「この封印の力はとても強力でね……。私達【セントールの系譜】全ての者の魂を縛るの。封印は血族が封印から遠ざかることを許さない……。無理に封印から離れようとすると、魂が封印の術式に引き裂かれて命を失うことだってあるわ」
仕組みは良く分からないが、勇者セントールはシュルクを封印するために、子々孫々までその魂を縛り、命に関わるような封印術式を使ったのか。
「この封印の力は血族が10人いれば、10人全てに封印の負荷が分散されるの。10人分の魂で封印を支えることが出来るから、魂を縛る封印の拘束力はそれだけ緩くなるわ」
さすがにもうわかってきた。
アルエットとガル爺を縛っている永続魔法のカラクリが……。
「多い時は【セントールの系譜】が50人以上いた時代もあったそうだよ。この時は、【セントールの系譜】の者でも隣国まで行くことだってできたらしいね」
ヴィノンが【セントールの系譜】のうんちくを補足してくる。
!! つまり、これって……。
【今のわしは王都まで行くのだって命がけなんじゃぞ!】
【いいの…… 私じゃ王都にはとても行けないから……】
【わしはともかく、これ以上アルが南にエーレを離れるのはそろそろ危険域だ】
今までのガル爺やアルエットの言葉の意味を理解するピースが一気にはまった。
そういうことだったのか……。
「おい……ちょっと待て。今、【セントールの系譜】は……」
アルド、やっと気づいたのか?
「アルエットとガル爺の二人だけのはずだ」
俺が答えてやる。
「そういうこと……。父さんが死んで、いまの封印は私とお爺ちゃんの二人の魂だけで保っているの。お爺ちゃんはもういい年だからね……。私の方が負荷は大きくなっているわ」
マジかぁ……。
「年齢的にはお爺ちゃんはもういつお迎えが来てもおかしくないでしょ? もしお爺ちゃんがいなくなったらシュルクの封印は私一人だけの魂で支えなきゃいけなくなっちゃうわ」
「そうなったら、どうなるんだ?」
何となく察しはついているが、念のため、本人に確認してみる。
「魔法は私一人の魂だけで封印を維持するために、私を近くに引き寄せようとするわ。もう、エーレで暮らすことも出来なくなる。きっとモルス山脈でしか生きていられなくなると思う」
「おい、それって……」
アルドも察したか……。
勇者セントール……。
年端もいかない小娘になんつー運命を押し付けてやがんだよ。
年齢的にガル爺は、どんなに長くても数年のうちに天寿を全うするだろう。
そうなったら、アルエットたった一人で魔物や魔獣が出現するモルス山脈で生きて行けって言うのか?
【実はエストリアじゃまだまだ根強い人気があるんだって。きっとまだ王都でもイケると思うよ】
【春の流行はこの路線になりそうな感じなのね?】
【だから別にエーレから出なくたって、私はいつだって流行の最先端を行ってるんだからね!】
アルエットにはエーレの外の町でおしゃれしてみたり、おいしいもの食べ歩いたり、そんなことに憧れる普通の村娘としての人生は、生まれた時から選択肢に無かったのか……。
この少女…… いや、勇者セントールの子孫たちにとってこの封印は名誉ある勇者の血統の証などではなく、望む人生を歩むことを許さない呪いのようなもののような気さえする。
シュルクを封印して今日まで2000年以上の時間があった。
……にも関わらず、今の今までこの国の連中は何してたんだって話だ。
【セントールの系譜】による封印に頼らずに、封印されているシュルクを何とかしようとか考えなかったのか?
どこか遠い知らない場所の噂話だったら、そんな子が居るのか ……可哀想にな。
……それで済ますことも出来たかもしれない。
だが、その運命を背負った少女の顔と名を知ってしまった。
話をしてしまった。
一度命を救い、今この時も共に仲間としてここにいる。
勘違いでなければ、そんな娘が俺に想いを寄せてしまっている。
ここまでの縁を持ってしまったら……。
これ ……絶対ヤバいからって見捨てられるのか?
無理だろ、普通に……。
本当は二話投稿したかったのですが……
無理でした。
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入れてくださった方、ありがとうございます!
この辺から、三章は本格的にクライマックスに入っていきます。
年度末に向けて執筆時間の確保がしんどくなってきますが、
引き続きよろしくお願いいたします。




