百九十一話 これが【孔明の罠】の可能性もまだ残っている。
移動無線車の天面から4m程、垂直にアンテナが伸びている。
車両後部に搭載されているディーゼル式の発電機が独特の駆動音を響かせて、搭載されている機器に電力を供給している。
俺は車両の中で通信設備にノートパソコンを接続して、移動無線局の起動に必要な設定を投入していく。
水害により、地域の光通信網は寸断されてしまっている。
こいつが復旧するまでは衛星通信で無線局を立ち上げて乗り切るしかない。
藤村は無線車の屋根に上って衛星アンテナの角度を直接調整している。
これが意外とデリケートな作業で、ミリ単位のずれでうまく通信できなかったりすることは良くあることだ。
俺がノートPCのモニターで通信状態の数値を確認しながら、上にいる藤村にトランシーバーで指示を出している。
「大山さん、どうですか? 大体この位と思うんですけど」
「結構いい所まで来てる。けど、もうちょっとレベルが足りん。少し仰角(上向きに)あげてみてくれ…… っと、ストップ! 悪くなった、戻してくれ」
「これで、さっきの角度っす」
「じゃあ、今度は気持ち右に振って…… ストップ! そこだ! いい感じに(電波を)拾った! お疲れさん! 気を付けて降りて来てくれ」
「了解っす!」
なんとか、こちらの準備はうまく行った。
あとはセンター(交換局)側の仕事だ。
待つことしばし、作業台に置いてあるスマホの圏外表示がアンテナ三本にかわった。
うまく通信が確立したようだ。
やがて、スマホからお気に入りのアニメ主題歌の着信音が鳴った。
発信者は【犬父モバイルNOC(Network Operation Center)】と表示されている。
スマホを手に着信にでる。
「はい、大山です」
「お疲れ様です。関西NOCの山本です。無事につながったみたいでよかったです」
「そうですね…… それじゃ、光が復旧するまでこのままで?」
「ですです。ただ、周辺の基地局で流されたり、地滑りに巻き込まれたのもあるって報告が来てますので、大山さんに見てもらってる三号車はしばらく帰れないかもです」
「そうですか…… そこは仕方がないですね」
この業界に長くいると、意外と特定の人脈的な繋がりが出来たりする。
このセンターの山本さんって担当者もそうだけど……。
関西のセンターとやり取りすると電話に出る人は山本さん他、数人の決まった人になる。
保守関連で電話する担当者も大体決まった面子なので、気楽に話が出来る間柄になったりする。
「いや、大山さんに来てもらえて助かりました。すいませんが、復旧の目途つくまでお願いします」
「了解です。ここまで出来たら、光が復旧するまであまりやることないんで…… 気楽に行きますよ」
そう言って俺は電話を切った。
3月9日
またか……。
なんだろうな……。
緑の泥にいた頃はこんな夢見なかったのに。
最近になってちょいちょい夢に見る。
いや、思い出してきているのか?
これって、何がきっかけがあるのか?
異世界に来てからの時間経過?
タイミング的に中央大陸に来たから ……なのか?
……まだ、判断材料が足りないんな。
まぁいいか。
実害は無さそうだしな。
……。
……。
今日はガル爺の工房で、アルエットを受け入れるにあたっての最終確認をする。
俺の隣を歩くピリカさんは、上機嫌でニコニコだ。
昨日、俺があげたサンダルを履いているからだろう。
これで当分、ピリカさんはご機嫌のはずだ。
最近はアルエットに会うときは、背中に張り付いているのに、今日は自分の足で鼻歌を口ずさみながら歩いている。
これだけでもピリカさんの機嫌のよさが伺われる。
ガル爺の工房が見えてきた。
アルエットが入り口で、俺達が来るのを待ち構えている。
そして視界に俺達の姿を捕らえるなり。
全力で手を振ってこっちに駆け寄ってくる。
今日顔を出すことは昨日から言ってあるけど……。
何も外で待っていなくてもいいだろうに……。
「ハルト、いらっしゃい! ね、ね? どうだった? アルドさん達、私も一緒に行ってもいいって言ってくれたの?」
なるほど、そこが気になって仕方がないのか。
「そんなに慌てなくても、ガル爺と一緒に聞けばいい。早く行こう」
「うん!」
アルエットは俺の話し方から、悪い話にはならないと察して笑顔で俺と共に横に並んで工房に向かう。
「小僧、来たか」
「ああ、それじゃこれからの事について話をしよう。まずはアルエットの加入は二人共反対無しだ」
「!! ……やった!」
アルエットが腰の位置で右手をグッっと握りしめる。
「ふむ、ならギルドにはわしからアルの臨時メンバー加入の話を通しておこう」
二つ名持ち勇者のガル爺から話してもらう方が、すんなりいくのかもしれない。
ここは任せてしまった方がいいかな。
俺は同意の意味で頷いておく。
「それじゃ、アルエットが俺達と一緒に来るのなら、知っておいて欲しい事をこれから話すぞ。同意できないのならこの話は無しだ」
アルエットとガル爺が頷く。
「初めてここに来たときに話した通り、俺達の目的は地脈に混ざる穢れの原因を見つけ出して、可能ならそれを取り除くことだ。つまり、形式的にギルドにパーティー登録してはいるけど、ギルドの依頼を積極的に受けて活動するつもりはない」
「そこは最初に聞いた。何が問題なんだ?」
「今の俺達はまともに経済活動を行っている状況にない。俺達のパーティー活動で生計を立てる、収入を得る目的で加わっても目的の達成は出来ないぞ」
「そんなことか……。問題ない。別に金には困っとらん」
うわぁ……。
一回ぐらい地球でそんなセリフを吐いてみたいもんだ。
今はペポゥ討伐の報酬がたんまりあるから、俺も金に困っちゃいないけどな。
だが、俺はこのままだと、10年以内に金は底をつく。
遠からず生計については何か考えないといけない。
「うん、大丈夫だよ。私はただ、ハルトと一緒に居られればそれで別に……ゴニュゴニョ……」
アルエットはモジモジしながら、尻すぼみになんか言ってる。
とりあえず、問題なしなのはわかったからOKだろう。
「次に、この調査だけどな……。この先ずっと続けるつもりは無い。原因の特定が不可能との結論に至った場合は、調査は途中でも切り上げる」
二人共、頷いているので話を続ける。
「原因の特定に至ったとして、原因の排除が成功しても失敗してもそこで調査は終了だ。もし、穢れを取り除けないのなら、ピリカがエーレに居続けるのは難しい。俺はエーレを去って、ピリカと平和に暮らせそうな次の場所を探しに行く」
「そうか…… わかった」
ガル爺は話を聞いてすんなり了承する。
アルエットは ……なんか顔色が良く無い。
「そう…… そうよね。ハルトは最初からそう言ってたもんね。もし、穢れの元を絶てないのなら、他所に出ていくって…… だったら、穢れの原因を断ち切れたらずっとここにいるんだよね?」
「それは分からない……。そうなってから考えることにする」
「そう…… なんだ……」
目に見えてアルエットが切なそうな表情で視線を下に落とす。
さすがに俺も気付いてはいるけどな……。
俺の勝手な思い込みで、これが【孔明の罠】の可能性もまだ残っている。
何より、俺はラライエにおいてはピリカの事を最優先にして生きることにしたんだ。
まずは、何物にも邪魔されないピリカとの平穏なヒキオタライフを掴み取ることが第一。
それが成し遂げられるまでは、安易にアルエットと守れもしない約束を交わすべきではない。
これは、アルエット一人に限った事ではない。
アルドやヴィノンにしても同じことだが……。
「逆に聞いてもいいか? 俺にはアルエットが俺達のやることに参加する意味が良く分からないんだが……」
「もし、小僧たちの言う通り、その穢れというものが森に魔物や魔獣が増える原因の一つだとしてだ…… それを何とかできるのなら、魔物や魔獣の増加に歯止めがかけられるかもしれん。間違いないな?」
「あ、ああ。すぐには無理でも、長い目で見ればそうなるかもしれないと思っている」
「なら、それはモルスの護り手たる【セントールの系譜】であるわしらの本分にも叶うものだ。お前たちのやろうとしていることは、わしらの利害とも一致する所がある。そう考えてくれればいい」
アルエットがうんうんと頷いている。
少しメンタルが戻ってきたみたいだな。
ガル爺の言葉には根拠と一定の説得力があるように思える。
ひとまず、その言葉で納得してもよさそうだ。
「わかった。だったらアルエット、これからよろしく頼む」
「うん! 任せて! 私も精一杯頑張るね」
アルエットやる気に満ちた笑顔でそう答える。
「それじゃ、ギルドへの手続きはガル爺に任せてしまうぞ」
「いいだろう」
俺はそう言ってガル爺の両手を取る。
アルエットには手続きを任せた! ……と、握手をしているように見えただろうが、実はこのタイミングでガル爺にこっそり紙切れを握らせた。
「次の出発は三日後にするから…… 三日後に宿屋に集合な」
「うん!わかったわ」
これで、事前に確認しておくことは全て伝えたかな。
次の調査に出発するための準備もあるからな。
俺とピリカは工房を後にする。
PCR検査結果が陰性だと通知が来ました。
一安心ですが、会社の指示は15日まで在宅勤務……。
とりあえず、部屋から自由に出られるようになっただけでもめっけもんです。
予定より遅くなりましたが、一話投稿します。
なんとかもう一話 ……と、行きたいところですがこの時間から
次話に取り掛かるとなると……。
まぁ、明日もう一日お休みですし、頑張ってみます。
無理だったらごめんなさい。
投稿は夜中になるかもですが、よろしくお願いいたします。
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引き続きよろしくお願いいたします。




