百九十話 こいつらは一体何と戦うつもりなんだか……。
魔力障壁に掛っていた青い水が全て流れ落ちて再び【ファランクス】は見えなくなった。
「これが…… 私の新しい魔法……」
「この魔法を【ファランクス】と呼ぶことにした。俺の故郷の言葉で、敵の侵攻を食い止める槍衾という意味を持つ」
「【ファランクス】 ……うん、いいと思う」
「小僧の精霊が岩を蹴り飛ばしてもビクともしなかったが…… 実際の所、こいつの耐久力はどのくらいなんだ?」
「ほとんど無敵に近いと思っていいぞ。なんせ魔力障壁だからな……。物理にも魔法にも絶大な耐性がある」
「なんじゃと…… それ程の物か……」
「ただし…… 過信は禁物だ。俺が気付いているこいつの欠点を伝えておく。……まず最大の欠点だ。こいつはさっき見えた通りアルエットの正面方向にしか作用していない」
「やはりな」
ガル爺は見抜いていたか。
「つまり、アルエットの前に障壁があることを敵が認識していたなら、やりようはいくらでもある。側面や背後に回り込む…… 山なりの軌道で飛び道具や魔法を放り込む…… 思い切って強気で行くなら飛び越えてしまうのだってありだ」
「状況次第だが、わしなら飛び越えるな。見えない障壁というのは裏を返せば、向こう側の様子は敵にも見えているということだ。飛び越えてくる対策を取っているのかどうか…… 陣形も丸わかりじゃからな」
「そう言うことだ。そもそも、追躡竜のようなデカい魔獣なら障壁をまたいでしまえばいいだけだし、障壁の手前から頭だけ上を越えて噛みつくことだってできてしまうだろう。ペポゥみたいなのが相手だったら、大量の泥に障壁もろとも飲み込まれるだけだ。【ファランクス】であれの突進を防ぐ手立ては無い。こいつを使う相手はしっかりと見極めるんだ」
「うん…… わかった」
アルエットが神妙な顔つきで頷いた。
「第二の欠点はこいつの持続時間だ。アルエットに十分な魔力がある状態で発動させた場合で、効果時間は12分だ」
「え? たったのそれだけなの?」
「ああ、色々欠点も多いがそれを差し引いても強力な魔法だからな ……長くは続かない。まだ効果が残ってると思っていたら実は【ファランクス】が消えていました…… なんてのは洒落にならないぞ。12分の時間感覚は必ず頭に叩き込んでおくように」
「確かにな…… 戻ったらアルに12分の砂時計を作っておく」
「次に……」
「えっ? まだあるの? これ、欠点だらけなんじゃ……」
いやいや、十分強力だろ。
【プチピリカシールド】じゃ、ピリカさんが蹴り飛ばしたあの岩を防ぐなんて絶対無理だし……。
魔法だって防げないものがかなりあるんだぞ。
ピリカさんが【ファランクス】は【ピリカビーム】だって防ぐかもしれないって言ってたぞ。
もし、【ピリカビーム】が通ったら危なすぎるから実験はしないけど……。
「こいつが発動中は他の魔法の併用はできない。アルエットの魂にある魔力のリソースがほぼ全部【ファランクス】に持っていかれるからな。別の魔法を使う場合は【ファランクス】解除するしかない。もし、発動中の【ファランクス】を強制的に解除するときは肩にはまっている術式を引っこ抜けばいい」
「こうかしら?」
アルエットが左の肩当てからミスリルのプレートを引っ張り出す。
一瞬、ふわっと緩い風が通り抜けた気がした。
多分【ファランクス】が消失したんだろうな。
ピリカの方を見ると、軽く頷いている。
もう、まっすぐアルエットに近づいても平気そうだ。
「途中で解除したからと言って、【ファランクス】発動に使った魔力は戻ってこないからな。そこも覚えておくように」
「え? それは当然じゃないの?」
さすがにその認識はアルエットにもあったようだ。
「他にもいくつかメリット・デメリットはあるんだが、それは今後、追々実践を交えて話をしていこう。まずは、新しい突撃槍と【ファランクス】の感覚をモノにすることを最優先にしていこう」
「ありがとう、これなら私だってハルトの役に……」
いやいや、別に俺の役に立ってもらわなくても……。
俺もまぁまぁ辛辣な評価をしたりたが、アルエットの冒険者としての能力は低くはないと思っている。
ただ、能力が極振りしすぎているから、前衛としてはリスクが高すぎる。
さらにマズいのが二つ名持ち勇者ガルバノの孫娘だということだ。
【セントールの系譜】……。
これが何なのかはよく分からないが、これに関係すると思われるヴィノンの言葉……。
【僕たちは何を犠牲にしてもアルを救わないといけない】
おそらく、アルエットに万一のことがあれば何か相当マズいことになるのは容易に想像できる。
であるなら、俺としては冒険者などせずに村娘としてエーレで大人しくしておいた方がいいと思うんだけどな……。
しかし、話の流れ的に地脈の調査にアルエットを連れて行かざるを得ないのはほぼ確定だ。
【安全な後方で大人しくしていてくれるのが、一番俺達の役に立つんだが……】
……なんて言おうものなら、アルエットはほぼ100%泣いてしまうんだろうな……。
なら、アルエットにパーティーの前衛としての役割を与えつつ、最大限まで生存率を引き上げる戦法を考えなければ……。
狙っていたわけではないが、この二つの術式はアルエットに前衛を任せる上でも、非常に有用な気がする。
「まぁ、期待しているよ。とりあえず今日はもう戻ろう。そろそろ暗くなるし、アルド達にアルエットの事を説明もしないといけないしな」
「そうじゃな、南にエーレから離れた位置で長居は禁物だ」
「また明日、工房に顔を出すよ」
俺達は術式の検証を切り上げてエーレに戻ることにする。
……。
……。
宿に戻って、夕食時……。
ガル爺にアルエットを預かってもらえないか頼まれた事を二人に説明した。
「まぁ、アルを救出したときからこうなるような気はしていたけどね。ハルトきゅんもアルの事を気にかけていたみたいだし……。ただ、思ったより早かったかな? ってだけだね。僕は反対しないよ。こうなったら、僕としてもアルは目の届くところにいてくれた方が都合いいからね」
何か言葉に含みはあるが、ガル爺の思惑通りヴィノンはアルエットを受け入れることに賛成した。
「俺も反対する理由はない。ハルトも反対している様子は無さそうだしな。ピリカは ……まぁ、そうなるな」
苦笑を浮かべるアルドの視線の先でピリカは、プリプリと一人頬を膨らませている。
「ハルトがアルエットを連れていくって決めたのなら、仕方がないよ……。 今まで以上にピリカがハルトを守らないと……」
フンス! と、鼻息荒くピリカが気合を入れている。
「そうだね…… 僕もそこは精霊ちゃんに賛成かな。最悪、ハルトきゅんを守るために精霊ちゃんと一時、共同戦線を張ることもやぶさかじゃないと思ってるよ」
こいつらは一体何と戦うつもりなんだか……。
ってか、ヴィノンのこういう言動はキモいしウザい。
こういうところだぞ。
俺がお前に対する警戒レベルを下げられないのは……。
「ピリカは少し微妙だが、二人はアルエットの加入に反対しないと受け取ったぞ。ピリカには悪いが、ここは賛成多数ということで……」
「むぅ…… もう仕方が無いよ。ハルトのためだもん……」
ピリカ、すまんな。
「多分、次の調査からアルエットが参加すると思う。悪いけど、物資を一人分追加しておいてくれ。明日ガル爺のところに話をしてくる」
「わかった。そっちは俺達に任せてくれ」
こうしてアルエットの臨時パーティーメンバー加入はあっさりと決まった。
……。
……。
部屋に戻るなり、ピリカがお姫様抱っこの体勢でくっついてくる。
「ハルトぉ…… 約束、覚えているよね?」
そんなあざといアピールしなくてもちゃんと覚えているよ。
ピリカとの大事な約束だからな。
「ちゃんとわかってますって……」
【ピリカストレージ】にシリアルナンバーを記入して発動させる。
魔法陣が消失してそこに現れたのは、一足の白いサンダルだ。
そういえば、ピリカは今までずっと裸足だった。
精霊だから裸足でも問題はないみたいだが、この機会に履物を贈ることにした。
妹が中学生の頃に使っていた年代物で、決して高級品ではない。
しかし、ピリカのサイズに合うものはこのくらいしかなかった。
ピリカは【はなまるの笑顔】で現れたサンダルを履く。
すぐにサンダルの位相変換が始まり、光のサンダルになってピリカにも身に付けられる存在に変化した。
「ねぇねぇ、ハルトどう?」
「ああ、すごくかわいいと思う。とても似合ってるぞ」
「やったぁ!」
ワンピースを着て、サンダルを履き、ネックレスをつけてはしゃぐその様子は、もはや人間の少女と大差ないようにも見える。
精霊特有の少し半透明気味に光って、なんとなく希薄に感じる雰囲気さえなければ ……だが。
さて、明日はアルエットが加入するにあたっての諸々の話をしないとな。
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どうもありがとうございます!
実はリアルの社畜モードはテレワークの方が負荷が高かったりします。
通勤時間がゼロ・感染疑いが晴れるまで部屋から一歩も出られない。
終電を気にしなくても、常時仕事ができる環境がある。
そんなわけで、昨日はたまっていた仕事を片付けるために限界に挑戦
させられてました。
今日から3連休なので、気が済むまで寝ていたら、目覚めたら
夕方でした。
そこから、なんとか一話書きましたので、投稿します。
明日は、何とか二話書きたいとは思っています。
(どうせ部屋から一歩も出られんし……。)
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