百八十七話 異世界でも来たよこれ……
部屋に戻るなり、早速ガル爺が製作したミスリルのプレートと鎖の付いた立方体を四個ピリカに手渡した。
「それじゃ頼む」
「うん。前にも言った通り丸三日ぐらいかかると思う。ここまで小さいと慎重に刻まないといけないからね」
「ああ、わかってる。よろしく頼む」
俺はピリカの邪魔にならないように、部屋の隅で大人しくしていることにする。
俺には脳内PCがあるので、こうして長時間じっとしていても特に苦にはならない。
端から見れば微動だにせず、瞑想でもしているように見えるかもしれない。
だが、実はアニメ見たりゲームやったり、今まで蓄積してきたデータを整理したり、新しい術式の構築を試してみたり…… 色々とやれることはあったりする。
脳内PC…… 実はものすごくヤバい能力だと思う。
3月8日
丸三日が過ぎて翌朝……。
目が覚めるとピリカが俺の隣でくっついていた。
術式が全て完成したんだろう。
「あ、ハルト起きた?」
「ああ、完成したんだな?」
「うん! バッチリだよ。ハルトに説明した通りの効果を発揮するはずだから」
「そうか、ありがとうな」
俺から触れることは出来ないので、形だけでもピリカの頭を撫でる。
「うえへへへ~~」
ピリカは表情をとろかして、全身クネクネさせて喜びを表現している。
ここまで献身的に尽してくれるピリカに俺は何も返してやれるものがない。
せめて、気持ちだけはいつだってピリカと向き合ってやろう。
俺にはそのくらいの事しかできないのだから……。
「それじゃ早速、実際にこいつをアルエットに使わせてうまく機能するのか確認しに行ってみようか」
俺はピリカを伴ってガル爺の工房に向かうことにする。
……。
……。
村の目抜き通り(……と言っても、小さな村なので規模は知れたものだが……)に3台の二頭立てのボル車が止まっている。
王都方面から行商の一隊が来ているみたいだ。
村人たちが集まってきているところを見ると、おそらくエーレでの取引分の荷物を降ろしつつ、少しの間ここで小売りの商売もするつもりなんだろうな。
その後、エーレを抜けてラソルトへ向かい、国外へ輸出する品を港で降ろして、国外から買い付けた品を空になったボル車に積んで王都に戻る。
大方そんな流通ルートになっていると見た。
行商を中心にして出来上がっている村人たちの人だかりの中に、知った顔が見える。
アルエットが陳列されている積み荷の衣類を熱心に物色していた。
「じゃぁ、春の流行はこの路線になりそうな感じなのね?」
「ええ、この冬はユキカケウサギの毛皮の質が良くて量もまずまず出回りましたからね。それを使ったジャケット系が来るんじゃないかって、王都のご婦人方の噂をよく聞きましたよ」
「ふ~ん。そうなんだ……」
アルエットが目を輝かせて行商人の説明に耳を傾けながら、一着ずつ服を吟味している。
この様子は地球の同じ年頃の女子高生や女子大生なんかと大差ないよな。
地球も平和であったなら、少しショッピングモールに足をのばせば普通に目にした光景だ。
「なんか精が出るな。気に入った物が見つかりそうか?」
「あっ! ハルト! どうしたのよ、こんな所で……」
目を輝かせて品定めをしていたアルエットが、さらに表情を緩めて嬉しさを表現している。
いつの間にかピリカさんは俺の背中に張り付いている。
これは対アルエット、絶対防御フォーメーション…… なんだろうな。
「ああ、例のアイテムが完成したからな。これから工房に向かう途中だった」
「そうなんだ。それじゃ、一緒に行きましょ! ……と、その前にちょっと待っててね」
そう言うと、アルエットはまた並べられている春服の品定めに戻っていく。
こういった一面はまさに年相応の村娘に見える。
俺はというと、地球でもバーゲンセールの人垣に突撃するなんて御免こうむりたかった人種なので、少し距離を置いてアルエットの様子を見守ることにする。
……。
……。
しばらくして、両手に一着ずつ春用のジャケットと思われる服を手にアルエットがこちらに走ってくる。
「ねぇねぇ、ハルトはどっちがいいと思う?」
マジかぁ……。
異世界でも来たよこれ……。
ファッションに無頓着な俺にそれを聞いてどうするんだ。
その辺のノラ猫に選ばせったって結果は大して変わらんぞ。
それに、女性との交際経験が多くないコミュ障オタクの俺でさえ知っている。
この【どっちがいい?】って聞いてくる娘は高確率ですでに自分の中では答えが決まっている。
これはアルエットが心に決めている【正解】をノーヒント引き当てるデスゲームだ。
確率は50%……。
勇者セラスなら【思考同期】で100%引き当てて見せるのだろうが、残念ながら俺はそんなチートを持ち合わせちゃいない。
別に外したからと言って本当に命を取られるわけでもなし……。
もう、ここは気楽に決めてしまうか。
「こっちの方がいいんじゃないのか? おとなしい目の色合いで決して目を引くデザインじゃないけどな。けばけばしくないし、印象はとても清楚な見栄えがしそうだ」
悪い見方をすれば、少し年寄り臭いとも言えなくもないが、俺の中身の感性はそういうものなのだからそこは仕方がないだろう。
俺はやや薄明るいベージュ系のものを選んだ。
「そ…… そうなんだ。ハルトはそういうのが好みなんだね。 うん…… こっちもいいなって私も思ってたんだ……」
アルエットは少し乾いた笑みを浮かべてそう返してくる。
あ~、これは間違ったな。
つーか、そんなのわかるかぁ! ってなもんだ。
大体、この年頃の少女とおっさんは同じ人間でも生物しては別物だっつーの。
嗜好がそうそう合うはずもないんっだって。
仕方がない…… フォローだけしておくか。
女の子に対してこの手のフォローが功を奏した事なんて、俺の人生で一度もないんだけどな。
「まぁあれだ。こういうのは着る本人が良いと感じる物を選ぶのが良いと思うぞ。俺みたいなずっと魔境で生きてきたような奴の意見を参考にしてもだな……」
「でも……」
「わかった、じゃぁこうしよう。アルエットはこっちの気に入った方を買うといい。こいつは……」
アルエットの手から俺が選んだベージュの春物ジャケットを取り上げる。
「ちょっ…… ハルト、何を……」
俺はそのまま行商人のところに向かう。
「これを貰おうか。いくらだ?」
「ありがとうございます。金貨一枚と小金貨三枚になります」
行商人がビジネススマイルで値段を提示してくる。
「思ったよりいい値段するのな……。もうちっと負からんのか?」
「こちら、春向けの人気作になりますので……」
まぁ、こいつらも商売だしな。
俺は地球でもそこまでがめつく値切り交渉はしない主義だ。
一回、試してダメだったら引き下がることにしている。
まだまだラライエの金銭感覚は掴み切れていない所も多い。
なので、大人しく行商人の言い値の金額を手渡す。
「ありがとうございます。今後ともごひいきに……」
俺は春物ジャケットが包装された包みをアルエットに渡してやる。
「ハルト…… これって……」
「これでアルエットが良いと思ってたのと両方とも手に入っただろ? よかったじゃないか。そっちの方も買ってくるといい」
「うん…… ありがとう……」
アルエットは受け取った包みをキュッと胸に抱えて力を込める。
そして嬉しそうに、もう一着のジャケットを手に行商人のところに駆けていった。
……。
……。
無事にアルエットとの突発遭遇イベントを乗り切って、工房に向かっている。
二つの包みをかかえてアルエットはニコニコの上機嫌だ。
一方、ピリカさんは何やら気に入らない様子で、明らかにむくれている。
「あの…… ピリカさん、さっきからえらくご機嫌斜めに見えるけど……」
「だって、ハルトがアルエットにだけプレゼントあげて ……なんかずるいんだもん!」
「!! そ、そうよねっ! これってやっぱりハルトからのプレゼントだよね…… ハルトからの……」
ピリカの言葉を聞いて、アルエットはなんかくねくねしながら横を歩いている。
その様子は何というか…… 足元がおぼつかない酔っ払いみたいだ。
「おい、ちゃんと足元注意してまっすぐ歩け。転んでも知らんぞ」
だよな……。
これは、ピリカさんに対しては明らかに悪手だったか。
ピリカは事、俺に対しては並々ならぬ執着を発揮するからな。
精霊が地球人の魂に惹きつけられるせいなのが原因なのはわかってはいるが……。
魔物に【マジかぁポイント】進呈するだけでも、それに対抗したりするほどだからな……。
さすがにピリカの目の前でアルエットに服を買ってやるようなことをするのはマズかったか……。
「ピリカにも戻ったら何かプレゼントするからさ、そんな顔しないで機嫌を直してくれ」
その言葉を聞いたピリカさんは一瞬で【はなまるの笑顔】を満開にさせる。
「やったぁ! 絶対だよ! 約束だよ?」
「ああ、絶対だ……」
こんなことで容易く機嫌が直ってしまうピリカさんは、今日もチョロイン全開である。
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実はもう一話書き上がっています。
もうすぐ鬼滅のアニメ始まるので見終わってから
次話投稿の準備に取り掛かります。
多分、00:00を少し超えたぐらいのタイミングの
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