百八十話 ピリカさん、勇者が相手だと容赦なしだな
「元気そうな様子が見られてよかった。それじゃ……」
すでに俺の用事は済んでいるので帰ろうとした瞬間、アルエットが猛ダッシュで回り込んで俺の左腕をガッシリ抱えて引き止めてきた。
は、速えぇ…… 全然反応できなかった。
一体なんだ?
「なによ…… 折角来たのにもう帰っちゃうの?」
「!! あぁ~~っ! ハルトに触るなぁ! シャシャァッ!」
「別に良いじゃない…… 些細なことで怒っていたらピリカのかわいい顔が台無しよ」
「シャシャァッ!」
アルエットに対抗して、ピリカが背中から俺にガシッと全身でしがみついて来た。
ピリカさん、なんか妖怪小泣きジジイみたいになってるけどそれでいいのか?
精霊であるピリカには重さという概念はないので好きにさせておく。
「そうはいっても俺の用事は終わったからな……。これ以上ここにいる理由も無いぞ」
「そうだよ! ここにいる理由は無いの! シャシャァッ!」
「もうすぐお昼だけどハルトご飯まだでしょ? 折角だから食べていきなさいよ。そろそろ作ろうかなって思ってたところだから……」
「ん? アル…… 確か今日の昼は昨日の残り物だと今朝……」
「あ゛ん? 何? …… お爺ちゃんは黙ってて……」
「ぐ…… むぅ……」
俺の位置からは良く見えなかったが、ガル爺の方を向いたアルエットから一瞬、赤黒いオーラが立ち上ったように錯覚してしまった。
何か言いかけたガル爺を威圧して黙らせるとはな。
ミノタウロス9匹を肉弾戦で倒してしまうような二つ名持ち勇者を封殺するとか……。
歴戦の勇者も孫娘には勝てんということか……。
「それじゃすぐに用意するから。実は昨日、行商からいい魚が届いたのよ」
「おいアル! それは今夜の楽しみに……」
「何か言った?」
「いや…… 別にいいんじゃが…… ゴニョゴニョ……」
なんかすまんな…… ガル爺……。
いつか埋め合わせはするよ。
別に俺のせいとは思ってないけどな。
アルエットは工房と繋がっている住居の食堂のテーブルまで俺の手をグイグイと引いて案内する。
俺とガル爺がテーブルに着くと、アルエットはキッチンがあると思われる奥の方に消えていった。
少し大きい目のダイニングテーブルに俺とガル爺、そして、今なお背中にガッシリしがみついているピリカが残された。
折角だから待っている間にもう少しガル爺から話を聞いてみるかな。
「アルエットが思った以上に元気そうでよかったよ」
「いや…… 今朝まではあそこまででは無かったんだがな……。あんなアルはここしばらく見とらん。やはり、年の近い友達が必要なのかもしれんな」
「まぁ、近いと言ってもアルエットは俺より三つ近く年上だけどな」
肉体年齢はな……。
俺の体が想定の一番早いタイミングで年を取り始めていた場合は二つ年上ぐらいか。
実際の所、中身は親子以上の歳の差があるはずだが……。
むしろ、中身の俺はガル爺の方が近い年代になるかもな。
年齢の事は今更気にしても仕方がないのであまり考えないようにしている。
「それで、アルエットの復帰はどうすんだ?」
あんな目に遭えば、回復したとしても冒険者としては心が折れてしまっていることもありうる。
これを機に一線から身を引くのも選択肢としてはアリだろう。
今のままだとアルエットの戦闘スタイルはとんがり過ぎていて、ガッツリ型にはまらないとその真価を発揮するのは難しい。
「それなんだがな…… 当の本人は復帰するつもりのようだ」
「そうか…… またガシャルの所でか?」
「不本意だがな……。あれでもエーレ最強の冒険者パーティーだ。 ……とはいえ、今回の事で奴らではアルを守り切れんことが分かった。いざとなったら、連中はアルを見捨てる判断をしてしまうことも分かった」
ガル爺はやりきれない表情を浮かべる。
なんだかんだ言っても極限状況下で、自分の命以外のものを優先する判断を下すのは並大抵のことではない。
誰だって自分の命は惜しい。
これはある意味仕方がない。
「それで、復帰はいつから? 鎧は森に捨ててきたから、今は装備が足りないだろ?」
「うむ、鎧は新しく調達する必要がある。細かい仕上げはわしの工房でやるとしても、当分は無理だな」
なる程、ガシャルのパーティーには犠牲者も出ている。
アルエットを見捨てて撤退を選んでしまったガシャルとの関係も以前の通りとはいかないだろうな。
本人の希望を尊重するというのなら、そのあたりの調整も含めて復帰は慎重に時間を掛ける方がいいかもしれない。
「ところで、復帰するならアルエットのあの戦闘スタイルは何とかしたほうがいい。ガル爺だってアルエットを一生陰から守ることは出来ないだろ? 言っちゃ悪いけどこのままだといつかアルエットは冒険中に死ぬぞ」
「ああ、わかっとる。突撃槍はアルの父親…… 死んだ息子が使っていたものだ。あの槍はどうあっても自分が引き継ぐと言って聞かんのだ」
「いや、あれはアルエットの魔法の効果であって、突撃槍のせいじゃないだろ」
「その通りだ。だがな…… どういうわけかアルは突撃槍を媒介したあの魔法しか攻撃魔法が発現せんのだ」
「なんだそれ……。なんか毒消しとか、治癒術なんかはいくらか使えるようなことを本人から聞いた記憶があるぞ」
「対象に直接触れて使う呪文は問題なく使えるんじゃ。これはわしもそうだし、息子もそうだった。直接対象に触れる呪文は問題なく使えるが、攻撃魔法は今一つパッとせんかった。反面、武器や装備を媒介した魔法は他の追随を許さんほどの威力が出せる。血統的なものかもしれんとわしは思っとる」
詠唱魔法に関してはさっぱりわからんな。
そういう先天的な得手不得手のようなものがあるのかもしれない。
俺なんか呪文そのものが使えない異世界人だからな。
発動する呪文があるだけいいじゃないか。
「わしらと違ってアルはその傾向が特に強く出ている。知っての通り突撃槍を使った攻撃魔法はあの威力でしか発現せん。それ以外の攻撃魔法に至っては、いくら修行しても発動の兆しすらないときた」
「そりゃそうでしょ」
背中にしがみついてるピリカが、珍しく俺達の話に割って入ってきた。
「ん? ピリカさん、理由がわかるのか?」
「ハルトも知りたい?」
「ああ、原因が分かるのなら教えてくれ。ちょっと興味が出てきた」
俺の気を引くことが出来てうれしいのだろう。
ようやくピリカが背中から離れて俺の隣の椅子に移動する。
「そこのクソ勇者もアルエットも、二人共とても強力な永続魔法に魂を縛られているからだよ。その魔法に魔法出力リソースの大半を持っていかれているからね。そのせいで魔力とエーテル変換に極端に偏った指向性がついちゃってる。これじゃ、発動する魔法が一方向に極振りしちゃうのも当然だよ」
ガル爺の目が驚愕のあまり見開かれる。
これは何か心当たりがあると見た。
「永続魔法に魂を縛られている…… それって追躡竜のマーキングみたいなものか?」
「広い意味ではそうだね。そういう認識でいいと思うよ。しかもこの魔法……。連なる魂に連綿と伝播するように組まれている……。かなり手が込んでるね…… クソ勇者と血の繋がりがある一族郎党、みんな生まれた時から死ぬまでこの魔法の影響下に置かれているはずだよ」
なんかうっすらと分かってきたかもしれない。
これって、ガル爺とアルエットの共通点……。
つまり【セントールの系譜】とかいうやつに関わるものじゃないのか?
「小僧、貴様の精霊…… 何でそんなことがわかる?」
「所詮はクソ勇者だね。こんなのは精霊なら誰だってわかるに決まってるじゃない。精霊は肉体だけではなく、魂の本質を見て他者を判断するんだから」
ピリカの目には俺達と違った見え方で世界が映っている。
ラライエにはピリカたち精霊にしか分からない事象がたくさんあるのは間違いないな。
「魂そのものにそんな魔法の発現に影響する術式刻んでさ。魔法がうまく使えないって悩むなんて……。水の中に潜って何で息できないんだろう…… って悩んでいるのとおんなじだよ。バカじゃないの?」
ピリカさん、勇者が相手だと容赦なしだな。
いや、第三章は長くなるのはわかっていましたが、
いざ文章に起こすと予想以上でしたね……。
まだもうしばらく三章にお付き合いくださいませ。
ブックマーク・評価もいただければ嬉しいです。
よろしくお願いいたします。




