百七十九話 これを作るのは人類には無理なのか?
泥だらけになってアスファルトの見えなくなった国道をのろのろと車を走らせる。
「なんかすごいですね。こんな市街まで泥だらけに……」
入社二年目の新人、藤村が助手席から被災した街並みを見て素直な感想を口にする。
「ああ、そうだな……」
広域水害をもたらした台風が通過して二日が経過している。
屋内に流入してしまった泥をかきだす人。
使い物にならなくなった家財を外に引っ張り出す人。
家の敷地に入ってきた流木やゴミを片付ける人……。
街の人々はようやく、復興に向けて少しずつ動き始めている。
視線を少し上に向けると、電線に雑草の塊やスーパーのレジ袋のようなもの、シャツのような衣類などがあちこちに引っかかっている。
河川が氾濫して一番高い水位の時にはあそこまで水が来たということなんだろうな。
車の外に広がっている景色は、同じ日本のものとは思えない。
俺が暮らしている街とは全く別の【非日常】の世界になっていた。
「……ひどいもんだな」
道路に散乱している大きな障害物にぶつからないように注意しながら、出動要請のあった市役所に向けて車を走らせる。
市役所の駐車場には全国から集まってきた災害救援の関係車両が集まって来ていた。
自衛隊・警察・消防・電力会社など……。
自衛隊などは指揮所として使うためだろうか…… 仮設のテントなどを設営している。
俺達のお目当ては…… おっ、あそこか。
駐車場の一角に犬父モバイルのロゴが入った大型の車両が止まっているのが見えた。
大阪の拠点から回されてきている移動無線車だ。
俺達のミッションはこいつを起動させて、この市役所を中心とした一帯を携帯電話が通信・通話可能の状態にすることだ。
俺達が近づいてくるの見つけて、無線車から運転手が降りてきた。
「お疲れ様です。保守作業班の大山さんですか?」
「はい、遅くなりました。大山と藤村です。よろしくお願いします」
こういった災害時や大型イベントなどで必要になる移動無線車を立ち上げて運用するにはそれなりのノウハウや技術・資格が必要になる。
なので、こういった大規模災害では俺達のようなエンジニアが絶対的に不足する。
そういった事情から移動無線車を専属のドライバーが現場まで届けて、現地での運用を俺達のようなエンジニアに委託することはちょいちょいある。
「よしっ、それじゃ藤村、始めるか」
「はい」
俺達はトランクから工具箱や測定器を引っ張り出して移動無線車に向かう。
2月7日
目が覚めるとピリカがくっついて並んで横になっていた。
精霊は睡眠を必要としないので眠っているわけではないのだが……。
「あ、おはようハルト」
「おはよう」
俺達がエーレに戻って来て三日が過ぎた。
アルエットも少しは落ち着いてきただろうから、ガル爺に様子だけ聞いておくか。
さすがにPTSDなんかになってはいないと思うが……。
今日の物資の調達はアルド達に任せてしまおう。
……。
……。
ピリカと共にガル爺の工房に向かって歩く。
ラライエに転移して7年……。
これまでに何種類かの魔獣と遭遇してきたわけだが現状、魔獣に通用する俺の魔法は【クリメイション】だけだ。
魔物にはそれ以外の魔法も概ね通用するから、やはり魔獣・魔物の違いというのは明確に存在すると思われる。
今後も散発的に魔獣に遭遇する可能性を考えると、対魔獣用の新しい魔法を考えておく必要があるかもしれない。
とはいえ、【クリメイション】のような広範囲に高い殺傷能力を発揮する魔法は使いどころが難しい。
ペポゥや追躡竜のような特撮怪獣映画に出てきそうなのには、うまく作戦を立てた上で【クリメイション】の使用も全然ありだ。
だが、ミノタウロスのようなフィジカルに特化した超大型ではない魔獣にはそもそも【クリメイション】を使う安全マージンを確保するのが難しい。
ある程度、クロスからミドルレンジの戦闘で魔獣に通用する何かを準備しておきたい。
どうしたものかな……。
そんなことを考えながら歩くこと暫く……。
ガル爺の工房に到着した。
工房の扉を開けるとガル爺が机に向かって何か細かい作業をしている。
彫刻刀のようなノミをコンコンと叩いて、小さな金属部品を形成しているようだ。
やはり、こういうのは手作業になるんだな。
ラライエの金属加工技術は、地球の足元にもおよばない。
NC旋盤とかプレス加工とか…… 地球の熟練の職人なら、機械が持つ性能以上の精度を突き詰め、ミクロ単位の誤差さえ許さず超精密な部品さえも作り上げる。
俺はラライエで科学や技術がそこまでの高みに至ることはおそらくないと思っている。
魔法が人の技術進歩を…… そして魔物や魔獣の存在が人流・物流を大きく阻害するからだ。
ガル爺の作業を見ているとより強くそう感じる。
ガル爺の手が止まった。
何を作っているのかは分からないが、一区切りついたみたいなのでこのタイミングで声を掛ける。
「こんちは、ガル爺。精が出るな」
「小僧…… 来ていたのか」
「アルエットの様子はどうだ? 沈み込んだりしていないか?」
「ああ、わしが見た感じだと大丈夫だ。あれ以来、時々窓から外を見てぼーっとしとる時があるがな」
「そっか…… 大丈夫そうならいいんだ。それじゃ」
知りたいことはわかったので、俺はさっさと工房を出ようとしたが、ガル爺が呼び止める。
「小僧…… ちょっと待て。確かめたいことがある」
「ん?」
「この前お前に渡した棍…… 見せてみろ」
あ、マズいかもしれない。
これは棍の事…… アルエットから聞いたな。
「いや、この前もらったばかりだし問題ないぞ。どこも壊れちゃいないし……」
とりあえず誤魔化してみる。
「いいからここに出せと言ってる」
……仕方がない。
俺はミスリルの四分割された棍を机の上に置く。
ガル爺は置かれた棍のパーツをひとつ手に取って、プルプル震えている。
「おい…… 貴様…… この前渡したばかりのこいつが何で神の遺物になっている?」
「あのさ…… そもそも神の遺物って何をもってそんな定義になるんだ?」
「そこからか…… 確かお前は秘境集落出身だったな……。仕方がない、簡単に言えばだな」
ガル爺の話では、魔法金属に術式を刻み魔力を流すことで魔法効果を得ることが出来るアイテムが【魔道具】……。
これは魔道具職人やガル爺のような工房でも生産されている。
魔道具の中でも人類の手で再現不可の物を神の遺物というらしい。
え?
これ、そこまで再現不可か?
俺にはミスリルに術式をこの精度と密度で刻む手段が無いから偉そうなことは言えんが……。
一回使い切りの紙で書く術式なら、この棍の術式は再現可能だぞ。
「それで ……お前はどうやってこいつを神の遺物に化けさせた?」
「それは秘密だ……」
「こいつの効果は?」
ざっくりとこいつの効果を説明する。
「……と、いう感じだ。種明かしすれば、ヴィノンがブーメランに使っている魔法の亜流だ」
「ふむ」
ガル爺が手にしている棍に魔力を通す。
ガル爺の魔力に術式が反応して机にあった三本の棍のパーツが引き寄せられて、一瞬で組み上がった。
暫くガル爺は四節棍モードにしてみたり、振ってみたり棍の具合を確認していたが、気が済んだみたいで俺に棍を返してきた。
「なるほど…… 大体わかった。確かにヴィノンが使う【マリオネット】に近い効果だ。魔法自体は特段珍しくはない」
「だろ?」
「だがな……。武器そのものにその効果が付与されたものを見た事がない。限りなく神の遺物に近い魔道具…… これがわしの見立てだ」
既存の呪文で棍の能力を再現できる以上、世界のどこかにはこれと同じものを作ることが出来る職人がいるかもしれない。
ガル爺がこいつを魔道具扱いと鑑定したのはそういうことなんだろうな。
アルドの剣もこの棍も元になる武器さえあればピリカさんが再現してしまう。
そういう意味ではどちらも神の遺物ではないんじゃ……。
いや、もしピリカにしか再現できないのなら…… これを作るのは人類には無理なのか?
そういう意味ではこれは神の遺物……。
だとすればヤバい。
ピリカはラライエ創生時から存在している精霊王だ。
ラライエに出回っている神の遺物の幾つかの正体はメイドインピリカかもしれない。
ピリカがあまりにも軽いノリで魔法金属に術式を刻んでくれるものだから、気にしていなかったが……。
これからは、これについても突っ込まれた時にすっとぼける筋書きを考えておかないと。
返してもらった棍をベルトに固定して、今度こそ宿に帰ろうとしたとき……。
住居に通じる工房奥の扉が開いてアルエットが姿を見せる。
前回の騎士服ではなく、今日は村娘の服装だ。
新しい鎧が出来るまでは、冒険に出られないのだろうから当然か。
「あっ! ハルト来てたんだね!」
パッと花が咲いたような健康的な笑顔だ。
あんな目に遭ってまだ日が浅いからどうかと思ったが、思いのほか元気そうだ。
そこは少しだけ安心した。
前回の投稿からブックマークが2増えました。
ブックマークしてくれた方、ありがとうございます!
とても嬉しいです。
なんとか土日の間に一話投稿したかったのですが……。
ここから三章の佳境に向けてプロットをどう文章化すべきか……
ちょっと迷走しています。
どう表現すれば、うまく伝わるのか……。
日本語って難しいですね。
引き続きよろしくお願いいたします。
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