百七十六話 別に倒してしまっても良かったんだろ?
「二人は左のやつを頼む。真ん中と右の二匹は俺とピリカが引き受ける」
アルドとヴィノンが頷いて武器を構える。
さてと…… 突然の事で何の作戦もない状況だ。
だったら、小細工抜きで圧倒して決めてしまうに限る。
もちろん、ピリカが……。
あの二人なら問題なくミノタウロス一匹を抑えてくれるはず。
その間に俺とピリカが速攻で二匹始末して、返す刃でもう一匹も片付ける。
よし、始めるか。
腰のベルトから分解された状態の棍を取りだす。
一番下の一本を手に残りの三本を放り投げて棍に魔力を通す。
すると棍に刻まれた術式が発動。
カシッ、カシッ、カシッ
四本のパーツに魔力の繋がりが生まれて、空中の棍が引き寄せられ一瞬で棍が組み上がった。
ヴィノンが使っているブーメラン操作の魔法に着想を得て棍のパーツに魔法的な繋がりを持たせたわけだ。
事前に組み立てなくても、こうして魔力を通せば一瞬で組み上がり、分解も自由自在。
この特性を使えば、この棍は四節棍としても使える。
芯と表面に魔力が通っているので、ゴーストなどの実体を持たない敵にもダメージが通る。
棒術の心得のある俺にとっては非常に相性のいい武器に仕上がってくれた。
二匹のミノタウロスを正面に俺とピリカが対峙する。
突然現れた敵のおかわりに怒りを隠そうともしない。
二匹揃って猛然と突進してきた。
分かってはいたが、すさまじい瞬発力だ。
50mあった距離はもう30mを切っている。
ピリカは冷めた目で片腕のミノタウロスに向けて人差し指を向ける。
次の瞬間、指先からピッと三連続で光の筋が走って片腕のミノタウロスを貫く。
ピリカが最も多用している【ピリカビーム】を受けて片腕のミノタウロスは前のめりに崩れ落ちて動かなくなった。
まさに瞬殺だ。
すぐ隣で仲間のミノタウロスが倒れてもお構いなしにもう一匹はこちらに突っ込んでくる。
このままだと数秒で俺はこいつの攻撃範囲内に入ってしまう。
俺はポケットから術式を鷲掴みにして取りだして頭上に放り投げて発動させる。
術式は全て【フルメタルジャケット】だ。
ばらまかれた30枚の術式は全て発動してギルティングメタルの弾丸がミノタウロスに殺到する。
【フルメタルジャケット】の攻撃力は拳銃の弾丸と大差ない。
この程度の攻撃ではミノタウロスは全く怯まないのはわかっている。
警官による一斉射でも全く止まらないミノタウロスの動画をこの目で見ているからな。
しかし、日本の警察と戦った時とはシチュエーションが違うことが二つある。
ひとつ目…… 全ての弾丸は俺一人で30発同時に発射している事。
ふたつ目…… 魔法により打ち出されたこの弾丸の命中精度だ。
いくら訓練しているとはいえ、警官全員が突進してくるミノタウロスに全弾的確に命中させるのは難しい。
だが、【フルメタルジャケット】は発動時に目標をロックオンする。
精密射撃モードでない場合、若干の誤差は出るが、基本ロックオンした目標を外すことは殆どない。
放たれた30発の【フルメタルジャケット】は全弾、ミノタウロスの左足首付近に命中する。
いくらダメージが小さくても30発の弾丸が一点集中で命中すれば全く通用しないなんてことは無い。
片足首の肉をごっそりとえぐられて大ダメージを受けたミノタウロスが盛大に転んだ。
そのチャンスを見逃すことなく、ミノタウロスに駆け寄りつつ、棍を四節棍形態にして射出する。
棍のパーツとそれを繋ぐ魔力のワイヤーが、体制を立て直そうと上半身を起こしたミノタウロスの体を絡めとる。
これでミノタウロスの自由を奪ったものの、力はミノタウロスの方が圧倒的に上だ。
【ブレイクスルー】で身体強化しているとはいえ、俺ではミノタウロスを押しとどめるのは持って数秒といったところだろう。
「ピリカ!」
俺の合図でピリカは拘束されているミノタウロスに向かって滑空する。
そしてすれ違いざまに光る手刀を一閃する。
【美利河 碑璃飛離拳】でミノタウロスの首が音もなくポトリと落ちた。
目論見通り、ほぼピリカの力だけでまず二匹を圧倒した。
残り一匹……。
すぐにアルド達の援護に向かうことにする。
「二人とも大丈夫か? すぐに援護に……」
二人が戦っているはずの場所に向かって走り始めたがすぐにその足が止まる。
なぜなら、残る一匹のミノタウロスはすでに二人の足元に転がっていたからだ。
「どうした? 別に倒してしまっても良かったんだろ?」
アルドがさらっとお約束のセリフを言ってのける。
「マジかぁ……」
「いやいや、当然でしょ。アルドの【ペネトレイション】【プロパゲイション】の複合攻撃は何人もなし得なかった物理防御不可の遠隔攻撃だよ。命中さえすれば勝ちが決まるんだから」
「ヴィノンがブーメランで奴の足を鈍らせてくれたからな。あとはこいつを切り捨てるだけだ」
なる程…… 俺とピリカがやった事と同じことを実践したわけか。
ヴィノンが止めてアルドが決める。
ミノタウロス相手に瞬殺とは……。
地味にこのコンビは相性が良くて、ラライエの冒険者の中では突き抜けた存在になっているような気がしてきた。
ミノタウロスが片付いて目先の危険を取り除くことが出来た。
なら、次は最優先でアルエットだ。
俺はピリカを連れてアルエットのところに駆け寄る。
アルエットの顔色が少し青ざめている。
極限の緊張がほぐれた事で、自分の状況を脳が認識して別の恐怖に苛まれているのか…… 本当に命に関わるようなマズいダメージなのか……。
アルエットが座りこんでいる地面には、血だけではなく別の液体も混ざった染みを作っている。
まぁ、しょうがないよな。
人生でここまでの恐怖体験は中々しない。
いずれにしても、早急に対処したほうがいいだろう。
「待たせたな、すぐに治す。ピリカ、アルエットに治癒術式を……」
ピリカが術式を発動させる。
頭上の魔法陣から降り注ぐ光がアルエットのダメージを修復する。
数十秒ほどでアルエットの負傷は全て回復したみたいだ。
「大丈夫か? もう痛い所とかはないか?」
「え、ええ。ありがとう…… もう…… ダメだと…… ふぐっ…… おぶぉっで…… うわぁぁぁぁぁぁぁっ」
間違いなく助かった事を理解して、感情が爆発してしまったみたいだ。
これは気のすむまで泣かせておいた方がいいかもしれない。
コンっ
突然、【プチピリカシールド】が発動した。
どうやら、俺の背後から小石が飛んできたみたいだ。
パチンコ玉ほどの大きさで勢いも幼稚園児が投げたほどのものだ。
この程度なら命中してもノーダメージなので、別に【プチピリカシールド】が発動しなくても平気だったが……。
魔法は威力の大小に関わらず等しく発動するからな……。
石が飛んできた方を見ると、茂みの向こうにガル爺が隠れているのが見えた。
アルエットに気付かれないようにこっちに来い…… と、いうことか。
アルドに目配せするとアルドは黙って頷いた。
ここは二人に任せて俺はガル爺のいる場所に向かう。
ピリカは当たり前のように俺についてくるが、まぁいいだろう。
「小僧、何でお前達がここにいる? ガシャル達はどうした?」
「そっちこそ。ガル爺…… あんたが居ながらなんでアルエットがあんな目に遭ってるんだ? 何となく察しはついてるけどな」
俺はここで起った事をかいつまんで説明してやった。
「そうか、それは礼を言わねばならんな。アルの命を救ってくれた事、このガルバノ……心よりお礼申し上げる」
「いや、それは別にかまわない。俺もアルエットが死なずに済んで良かったと思っている。それよりも何でミノタウロスを三匹も取りこぼしたんだ?」
「出現したミノタウロスは12匹だ。しかも広範囲に散っていたんでな……。9匹止めるのが精一杯だった」
マジかぁ……。
このジジイ、近接特化の格闘家だろ?
格闘戦でミノタウロス9匹始末してここまで来たのか……。
この時点で俺の中でガル爺は人外認定だ。
「それにしてもガシャルのやつ…… アルを見捨てて逃げるとは…… 絶対に勘弁ならん!」
怒り心頭のガル爺がそんなことを言ってる。
「そうはいっても、実際の所どうなんだ? ガシャル達がこの場に残って戦ったとして、ミノタウロス3匹相手にどうにかなったのか?」
「むぅ……」
奇襲を受けてあっという間に一人死んだって言っていたからな。
あの場に残っていれば間違いなく全滅していただろう。
「結果論でしかないけどな。ガシャル達に会わなかったら、俺達はアルエットのピンチに気付くことなく森を調査していたぞ。ガシャルがした判断の是非は後で改めて考えればいいんじゃね?」
俺もアルエットを見捨ててきたと聞いたその瞬間は、張り倒してやろうかとも思ったからあまり偉そうなことは言えないけどな。
時間が経って少し頭が冷静になってきた。
アルエットを助けることが出来たのも大きい。
「わかった。ガシャルとアルの事は戻ってから考えることにしよう。それでアルの事だが……」
「わかってる。調査は一度中断して俺達がアルエットをエーレまで送り届けるよ」
「うむ、すまんがそうしてくれ。ペポゥ討伐者でミノタウロスをものともしないお前達ならアルを預けても大丈夫だろう」
それだけ言うとガル爺は森の中に姿を消していった。
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