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百七十五話 この子はこんな状況でもチョロイン全開である


 

 ポーチから【ブレイクスルー】と【プチピリカシールド】を取りだして発動させつつ、日本語でピリカに確認する。


『ビガローヴァって魔獣、俺は見た事があるか?』


『ハルトが見せてくれた動画にあったよ。ミノタウロスだね』


 マジかぁ……。

ミノタウロス三匹……。

日本人が初めて遭遇した魔物だ。

いや、ラライエでは魔獣に分類されてるのか。

【ビガローヴァ】は【ミノタウロス】に脳内変換しておく。


 多くの地球人の犠牲と引き換えに得られたミノタウロスのデータは、ネットで検索すれば手に入るようになっていた。

なので、こいつの凶悪さや強さは地球人も十分すぎる程知っている。

アルエットの事が無ければこのまま帰りたい気分だ。

テレビ中継やSNSで見たあの地獄の光景は軽くトラウマになるレベルだったからな。


「二人はミノタウロスと戦ったことはあるのか?」


「無い」


「僕も無いね。資料では見た事あるけどさ」


「俺がアレと戦うのは分が悪い。物理攻撃は通用するが、耐久力が桁違いで、力も身体能力もオーガがかわいく思えるくらいだ」


「それ程か……。魔獣なら当然か」


 アルドがこれから遭遇する敵を想像して表情が一層引き締まる。


「ちまちまと【フルメタルジャケット】を打ち込んでも、奴には有効打になりにくい。俺の故郷に初めてアレが出現したときは400人以上死んだ」


「なんだと? ハルトの里にそれ程の犠牲者を出す程なのか……」


 アルドはなんか、勘違いしているように見えるが訂正している暇はない。

油断できない相手だと分かってもらえればとりあえずOKだろう。


「出し惜しみは一切なしで行くぞ。甘く見たら助ける間もなく一撃で死ぬからな」


 二人共、真剣な表情で頷いた。


「ハルト、近いよ。魔獣の気配がする」


 俺は頷いて胸ポケットからスマホを取りだして、カメラを起動。

ヴォイスチャットアプリをスピーカーモードにしてピリカに投げる。

ピリカは飛んできたスマホをキャッチする。

次に俺は脳内PCのヴォイスチャットアプリを起動してワイヤレスイヤホンマイクを装着した。


「ピリカ、それ持って先行してくれ。アルエットの発見が最優先だ」


 ピリカは頷いてぴゅーんと速度を上げて森の中を滑空していく。

無線LANの有効範囲は150mぐらいか……。

森の中だから当然、木は多い。

それでも地球の都市部と違ってコンクリートなどの人工建造物に電波が阻害されない分、もう少し有効範囲は広いかもしれない。


 スマホのカメラレンズを通じてピリカが見ている景色が送られてくる。

アルエットはどこだ?

まだ無事なのか?

ピリカを追って森の中を走りながら、送られてくる映像も必死で確認する。

俺なんかがこんな映像見るよりも、ピリカの感知能力の方が頼りになるのはわかっているが、それでも意識はアルエットの姿を探してしまう。


「いたよ、アルエット。あとミノタウロスも」


 ピリカは左前方の一回り大きい木の根元にカメラのレンズを向ける。

確かにいた。

間違いなくアルエットだ。


 大木に背を預けて座り込んでいる ……いや、違う。

アルエットの左足があり得ない方向に曲がっている。

左足が折れて立てないのか。

ブレストプレートの左肩の部分がひび割れて変形している。

口からも血が流れ出ている。

口の中を切っているのか、それとも内臓に深刻なダメージがあるのか……。

離れた位置からのスマホカメラの映像では最大望遠にしてもこれ以上は良く分からない。


 そしてそんなアルエットの正面に三体のミノタウロスが立ちはだかっている。

二匹は日本に出現したミノタウロスと同じように大斧を携えている。

真ん中の一匹は武装していないどころか右腕の肘から先がない。

傷口からは絶え間なく血が流れ落ちている。


 アルエットの突撃槍の一撃を(かわ)し損なって、大斧もろとも片腕を持っていかれたんだろうな。

アルエットの技は強力だが、敵を殲滅することを前提にした乾坤一擲(けんこんいってき)の一撃だ。

もし敵を仕留め損なえば致命的な隙を作ることになる。

その結果は……、

今、俺の目の前にその光景が広がっている。

まさに絶体絶命というやつだ。


 片腕のミノタウロスが一歩前に進みでて右足の(もも)を大きく持ち上げた。

失った右腕の報復と言わんばかりに、力任せにアルエットの頭か胸板を踏み抜いて止めを刺すつもりだ。


 マズい。


 俺達がアルエットのところまで行きつくにはどんなに速くても30秒以上かかる。

これは間に合わない。

このままだと数秒後、アルエットは水風船が割れるように爆ぜてその生涯が終わる。


「あ…… や、やだ…… 死にたくない…… 助け…… て ……お爺ちゃんっ」


 ピリカの持つスマホのマイクが、アルエットの消え入りそうな声をかすかに拾う。


 !!


 ああっ、くそっ!

こんな声を聴いてしまったら、俺の中でアルエットを助けない選択肢は消えるに決まっている。

ここで手の内を伏せるためにアルエットを見捨てる程、おれのメンタルは強くないし、クールではいられない。


「ピリカ! 何としてもアルエットを助けろ! 絶対に死なせるなっ!」


 俺の声はスマホのスピーカーを通してピリカに届く。

ピリカは即座に術式を発動させつつ、超スピードでミノタウロスとアルエットに向けて滑空する。

このスピードならピリカは数秒で到達するだろう。

しかし、ミノタウロスが持ち上げた足を振り下ろすのには二秒もかからない。

ミノタウロスの(ひづめ)が容赦なくアルエットに落ちてくる。


「やだあぁっ!」


 アルエットの悲痛な声が響く。


 ガイィィーン!


 アルエットの血肉を飛び散らせるはずだったミノタウロスのとどめの一撃は、アルエットに届く直前で光の力場に阻まれている。


 アルエットの眼前に本家本元【ピリカシールド】が発動している。

こいつは俺の【プチピリカシールド】とはわけが違う。

【プチピリカシールド】だと、ミノタウロスの攻撃を防ぎきれずにパリンといってしまうかもしれないが、もちろん【ピリカシールド】はビクともしていない。


 両手で顔を覆って、目を閉じていたアルエットは自分がまだ生きていることをようやく認識する。


「えっ? 何これ…… 私、どうして……」


 アルエットの目には光の壁の向こう側に三匹のミノタウロスが変わらず敵意むき出しに見下ろしている光景が映っている事だろう。

何が起きているのか理解できていないだろうし、そもそも片足が折れている。

アルエットは逃げるどころか、そこから動くことも出来ない。


 何が起こったのか理解できていないのはミノタウロス達も同じだ。

自分の攻撃を阻んだ光の壁を忌々しげに見つめてミノタウロスが唸り声をあげる。

次の瞬間、大斧を持っている二匹のミノタウロスが【ピリカシールド】を破ろうと猛然と斧を振り下ろし始める。


 ギィン! ギィン!


 大斧が【ピリカシールド】に当たる度に衝撃音が響く。

しかし、光の壁には毛程の変化も見られない。

ハンッ、こいつを破りたかったら汎用人型ロボの超振動ナイフでも持ってくるんだな!


「ブモォッ!」


 ミノタウロスが怒りの声と思われる声を上げたその時、アルエットとミノタウロスの間に超スピードで飛んできたピリカが割って入る。


「ちょいやあぁ!」


 ピリカが変な気合と共に回し蹴りで三匹のミノタウロスに【ピリカキック】を見舞う。

三匹は回し蹴りでまとめて薙ぎ払われて、三方向にぴゅーんとすっ飛んでいった。


 ミノタウロスは三匹とも50m以上は飛ばされ、地面や木に叩きつけられて土煙を上げている。

こんな光景、なんかの格闘や能力バトルのアニメや特撮でしか見た事が無いぞ。

普通はこんなバカげたパワーで蹴り飛ばされたら死ぬわけだが……。


 ミノタウロス三匹全てがむくりと起き上がってくるのがカメラに映し出されている。

まぁ、そうだよな。

地球で分析されているミノタウロスのデータを元に考えても、多分生きていると思ったよ。

それでもこれで、俺達がアルエットの所まで駆け付けるまでの時間が稼げた。


「誰? え? ピリカなの?」


 目の前でプラチナ色の光を放ち、ふわふわと浮いている服を着た精霊の姿を見て、アルエットは自分を助けに来てくれたのがピリカであることにようやく気付く。

ミノタウロス達との距離が大きく開いたおかげで、俺もアルエットが殺されるまでに駆け付けることが出来た。


「ピリカ、よくやった! えらいぞ!」


 触れることのできないピリカの頭をわちゃわちゃと撫でる。


「えへへへぇ、やったぁ! こんなの朝飯前だよ! だってピリカ、ハルトが大好きだもん!」


「ああ、さすがだ。俺もピリカが大好きだぞ」


 朝飯前って…… 前も後もないよな?

なんせ精霊は朝飯食べないんだから…… なんてツッコミはしない。

ピリカさんは俺に大好きと言われて、全身をクネクネさせている。

この子はこんな状況でもチョロイン全開である。


「ハ…… ハルト……」


 苦痛に歪んだ表情で、アルエットが声を絞り出す。

俺は少し腰を落としてアルエットと同じ高さまで目線を落として、アルエットの状態を確認してみる。

会社勤めをしていた頃、会社の指示で普通救命講習等の最低限の救命技能講習や研修を受けはしていた。

だが、そんなものは気休めで俺自身、医療については素人だ。

そんな俺が見た感じだと、かなり重傷ではあるものの、すぐに死んでしまうような負傷ではなさそうだ。

とはいえ、内臓がやられていたら俺では判断できない。

長い時間放置するのも危険な気もする。


「間に合ってよかった。よく持ちこたえたな。もう大丈夫だ……」


 そう声を掛けて、軽くポンポンとアルエットの無事そうな右肩を叩く。

アルエットの目からブワッと涙が溢れてきているのが見えた。

負傷による痛みではなく、助けが来たことで死の恐怖と緊張が緩んだせいだと思う。

少し後ろを走っていたアルドとヴィノンも追いついてきた。

二人共アルエットがまだ生きていることを確認して、少しだけ表情を柔らかくした。


「痛いのはわかるけど、もう少し我慢しくれ。……すぐに終わる」


俺達は数十メートル先でこちらを凝視している三匹のミノタウロスに向き直る。

 前回の投稿からブクマが2増えました。

どうもありがとうございます。とても嬉しいです。


 普段、冬は家の暖房は使わない主義なのですが、年が明けてから

原稿書く時だけは暖房入れることにしました。

もうね、寒いとPCに向かう気力が減退するし、思った以上に

作業効率が悪い気がして……。

暖房パワーのおかげか、土曜日投稿予定の原稿が上がったので

予定を前倒して投稿できました。


これからもよろしくお願いいたします。

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