百七十四話 間に合ってくれよ……
日本に降りかかる自然災害はそれなりに多い。
その年は台風12号により毎年どこかで起きる【何十年に一度の大雨】が、和歌山県を中心にした紀伊半島にもたらされた。
後に紀伊半島大水害と呼ばれることになる広域災害だ。
この手の大規模災害で求められるのは、被害を受けたライフラインの一刻も早い復旧だ。
電機・水道・ガス、通信……。
こういったインフラに関わる仕事の従事者は被災者救助の最中であっても、出動のお声がかかる。
今や携帯電話は日本の通信インフラ…… 情報ライフラインというやつだ。
現地の救助要請、被害状況や求められる支援の情報伝達など……。
ややもすれば復興支援や被災者の救出活動に影響が出る事もあるからな。
家に固定電話が無くても携帯やスマホが一台もない世帯はほぼ無い。
下請けとはいえ俺の会社は大手携帯会社から、多種多様な仕事を受けている。
こういった大規模災害では当然、各社携帯キャリアから依頼が来る。
【災害復旧支援のために、すぐ被災地に作業班をだしてください】
この手の災害復旧支援依頼はそれなりに危険だったりもする。
まだ自衛隊や消防・警察により規制され、一般人が立ち入れない所に入って復旧作業を行うこともある。
【そんな危ない所に行きたくありません】とは言えないのが下請けのつらい所。
そもそも、こういう事態の時は人員を出すのも会社間の契約に含まれている。
「大山、明日から和歌山の災害復旧行ってくれるか?」
報告書をまとめていた俺に部長がそう声を掛けてくる。
俺にお鉢が回ってくるような気がした。
予想の範囲内というやつだ。
「わかりました。準備します」
すぐに装備や機材を確認するために、倉庫に向かう。
「すまんな、藤村を一緒に連れて行ってくれ」
「わかりました。藤村、資料の準備と…… あと犬父モバイルに俺達が行くことを伝えてくれ。集合場所の確認も忘れんなよ」
「え? 僕ですか? 僕、災害派遣とか行ったことない……」
新人だから当然だろうな。
だが一介の中小企業に経験者ばかりを出せるような余裕はない。
機材も人員も不足し、情報も錯綜する被災地で新人の藤村が、戦力として役に立つとは思っていない。
しかし、こういった危険な現場に社員を一人だけで送り込むことは業務規則で禁じられている。
お飾りの人数合わせであっても二人組以上の行動が義務付けられている。
もたついてはいられない。
俺は倉庫で復旧や修理に必要になりそうな機材の確認を開始する。
2月2日
うっ、寒っ!
しっかり防寒対策をしているとはいえ、真冬の屋外での野営はきついものがある。
また、地球にいた頃の夢を見た。
いやに鮮明に記憶が引き戻されるような感覚…… なんだろな。
調査を再開して森に入って二週間が経過した。
やはり、ボル車を使って調査する選択は正解だ。
いちいちエーレまで戻ることなく補給が維持できるのは大きい。
朝食後すぐに調査にかかり、日没ギリギリまで続けることが出来る。
この二週間でかなり北上してきた。
ラソルトで買った地図が正しければ、ここを東に突っ切れば隣村のマウジ村に出るあたりだ。
もっとも、マウジ村には用事は無いので立ち寄ることは無いけどな。
三日おきぐらいにボル車も少しずつ北に移動させ、俺達の調査場所に最も近い街道に係留しておく。
こうして補給に戻る手間を最小に抑えつつ、調査を続けてきた。
はじめてボル車まで引き返した時、ボルロスとボル車が全くの無傷で残っていたことにヴィノンはかなり驚いていた。
もはや、ヴィノンもピリカの結界の性能に疑いの余地は持っていなさそうだ。
最初の数日は野営時も周囲を警戒しながら休んでいたように見えたが、今では無防備に寝袋にくるまっている。
「ボル車に残っている物資もあと一週間分ぐらいか……。 余裕を見てあと二、三日で一度エーレに戻ろう」
そこまで徹底して調査の効率重視しているわけでもない。
この数日は散発的に魔物に遭遇するようになってきている。
不測の事態を考慮するなら、少し余力を残して次の補給をしておきたい。
「そうだな、それでいいだろう」
「了解だよ。じゃぁ今回の持ち出し分が無くなったら一度エーレに引き返すって事で」
アルドとヴィノンも異議なしのようだ。
食糧や燃料などの消耗品をボル車の荷台から補充し、ピリカにボル車用の新しい結界を展開してもらう。
ボル車を残して俺達は街道から森の中へ戻っていく。
ここに来て、地脈を追うピリカの進路に少し変化が出てきた。
エーレを北東方面に出て以来、ほぼ真北に向かって移動してきたがピリカの進路が少しずつ北西に向き始めている。
脳内PCのMAP軌跡を見なければ分からない程に僅かではあるが、地脈がほんの少し緩やかなカーブを描いている感じだ。
「なんか、気持ち西に向き始めてないか?」
ピリカにも確認を取ってみる。
「そんな感じだね。地脈なんてそんなものだし問題ないよ」
ピリカにとっても想定の範囲内のようだ。
このまま西に引っ張られると数日のうちにこの地脈は街道に出てしまいそうだ。
そんな話をしながら地脈を追っていると、ヴィノンが唐突に立ち止まる。
「ん? 何かこっちに来るね。魔物じゃないと思う」
数メートル前を進んでいたヴィノンが俺達にそう伝える。
「ピリカ、どうなんだ?」
「確かに来てるね。この感じは人間だよ。数は3」
俺達はすぐに武器を抜けるように身構える。
街道を外れたこんな森で遭遇する人間ということは、おそらく別パーティーの冒険者だとは思うけど、野盗の類の可能性もある。
敵である可能性がゼロでない限りは最低限の警戒は必要だ。
警戒する俺達の前方から草木をかき分けて三人の人影が姿を見せる。
全員見知った顔だった。
現れたのはガシャルとその取り巻きが二人……。
こんな所で出会ってもあまりうれしくない連中だ。
いや、待て…… そんなことよりも……。
「なんだ…… お前らか…… 驚かすんじゃねえよ」
三人共、全身汚れていてかなり消耗している。
【這う這うの体】という言葉があるが、地球でこれを使うことなんて国語の授業でしかなかったぞ。
まさか異世界でこの言葉が似合う人間を見ることになるなんてな。
「ガシャル、その有様…… 一体どうしたんだい? いつもの魔物の間引きだろ?」
「ちっ、お前ら…… ああ、そうだ。だが、ついてないことに魔獣に遭遇した」
マジかぁ……。
「で、その魔獣は?」
アルドが真剣な顔つきでガシャルに問いただす。
「この先だ……。ビガローヴァが三匹。奇襲を受けてリュゼがやられた」
ガシャルの取り巻きの一人がそう答える。
ひとり死んだのか……。
取り巻きが一人足りなかったのはそのせいか……。
そうじゃない!
今重要なのはそこじゃない。
「それでアルエットは? 今回は一緒じゃないのか?」
俺は一番気になっている質問をガシャルにぶつける。
「アルは…… 分からん。あいつは魔獣が相手だと見境が無くなっちまう。いつもの突撃で突っ込んで行っちまったから、そのまま殿になってもらった。あのままだと全滅だったからな」
なん ……だと?
こいつら、小娘一人残して一目散に逃げてきたのか?
連中の状況だと魔獣に遭遇してまだそんなに経っていないだろう。
ガシャルをこの場で張り倒してやりたい衝動に駆られるがそんな時間さえ惜しい。
「すぐにアルエットの救出に行く! ピリカ!」
ガシャル達を放置して奴らが現れた方向に駆け出す。
ピリカは俺のすぐ横を滑空している。
アルド達も何も言わずに俺に続いて走り始めた。
ビガローヴァがどんな奴なのかさっぱりわからない。
この先にいるのは初見かもしれない魔獣が三匹……。
「ついてきてしまっていいのか? この先にいるのは魔獣三匹だぞ?」
「前に言ったでしょ? 僕たちは何を犠牲にしてもアルを救わないといけないって…… ガシャルのやつ…… 村長の一族なんだから知らないなんてことは無いのに……」
「おい、ガル爺は何やってるんだ? アルエットの周りで露払いしているんじゃないのか?」
「多分、ガル爺はもっと大物の相手をしているか、出現したビガローヴァは三匹どころじゃなくて…… それこそ10匹以上いた可能性があるね」
ヴィノンもガル爺がいるにもかかわらず、アルエットの前に魔獣が出現すること自体がすでに非常事態だと認識しているみたいだ。
ヴィノンが言った可能性は俺と同意見だ。
「いくらガル爺が二つ名持ち勇者だとしても体は一つしかない。限界は当然あるだろう」
アルドの意見は多分正しいんだろうな。
ガル爺が魔獣三匹を取りこぼした可能性はかなり高い。
間に合ってくれよ……。
こんな形で知り合いに死なれるのは寝覚めが悪すぎる。
全力で走りながら、術式をポーチから取り出して魔獣との戦闘に備える。
すいません。二話いきたっかったのですが、一話が精一杯でした。
今回のお正月休みは短いので、明日からまた社畜生活です。
週末は三連休なので、ここで何とか二話投稿したいです。
ブクマ・評価もらえるとうれしいです。
引き続きよろしくお願いいたします。




