百七十話 これは笑い事じゃないかもしれない
「ちょっと! その言い草…… 何なのよ!」
予想通りアルエットは俺に食って掛かってきた。
俺達から【 アルエットTUEEE! 】って羨望と称賛の言葉が出ると思ったんだろうな。
「ひょっとして気付いてないのか? お前の技、危なすぎて集団戦闘じゃ使いどころが無さすぎる」
「どういうことよ!」
今まで誰も教えてやらなかったのか?
それはそれでアルエットにとっても不幸だ。
アルエットの戦い方を否定して二つ名持ち勇者の不興を買いたくない。
……といった感じの思惑でも働いているんだろうか?
仕方がない。
ここは俺が子供にも分かるようにかみ砕いで教えてやる必要があるかもな。
俺はこの国どころかこの世界にとっても余所者だ。
何者が相手でも忖度無しでいられる。
「その技は突撃を前提にした近接攻撃魔法だ。敵に深く突っ込んで蹴散らすことで最大の効果を発揮するんだろう」
「そうよ! わかってるじゃない!」
アルエットの背後に【どやぁ!】ってエフェクトが見えそうだ。
「だけどな……。威力が全く加減できないのは致命的だ。デカネズミ相手にこれはやり過ぎだろ……」
俺はアルエットの攻撃跡を指差してそう言った。
50m先まで直径2.5mのきれいな円形に森がくりぬかれている。
なんかのシューティンゲームで中ボスが極太レーザーでもぶっ放した後みたいだ。
「べ、別に良いじゃない! 敵はきっちり倒したわけだし!」
「もしこれがデカネズミじゃなくて希少な素材を持つ相手だったらどうするんだ? さっき倒したデカネズミ、毛一本、血一滴でも構わない。回収してここに持ってきてくれないか?」
「う……」
まぁ、無理だろうな。
あの突撃槍が発する力場に触れただけで、デカネズミが爆ぜて蒸発するように消え失せたのをこの目で見た。
「もし敵がゴブリン200匹だったらどうする? お前は一回の突撃で200匹のゴブリンを一掃できるのか?」
「さすがにそれは……」
「無理なのはわかっている。敵がアルエットの前に縦二列で整列でもしてくれない限りはな」
狙ってそんな状況を作るなんてそうそう出来ない。
俺はアルエットに続きを話す。
「うまく多くのゴブリンを巻き込んで、アルエットの突撃で半分の100匹を倒せたとしよう。残り100匹だ。この100匹…… どう対処する?」
「ゴブリン程度…… 何匹いても大した事……」
さすがにアルエットも分かってきたみたいだ。
大したことないと虚勢を張りたいところなんだろうけどな……。
言葉の切れは全く無い。
「仲間は50m後方に置き去りだ。アルエットは100匹のゴブリンに囲まれた状態で一人浮いてしまう。仲間が援護に駆け付けるまで、全方位から襲ってくるゴブリン100匹を相手に持ちこたえられるのか?」
「……」
ついにアルエットは押し黙ってしまった。
この小娘…… 予想以上の猪武者だったな。
いや、むしろこれは……。
俺の脳裏に将棋の【香車】の駒が浮かんだ。
だが、現実では敵陣に突っ込んだからと言って裏返って【成香】に変わったりはしない。
【香車】はどこまで行っても【香車】のままだ。
盤面の一番奥まで突っ込んだ【香車】はどこにも行けなくなって終わってしまう。
一度乱戦になれば、味方を巻き込むリスクが高すぎてあの突撃は使えない。
つまり、アルエットは一回の攻撃で敵を倒し切る前提条件下でしか真価を発揮できないのだ。
「さて、仲間は孤立したアルエット一人を救うために、それ以上の犠牲を出す覚悟が必要になる」
(もしそうなったら、僕らはアルを救い出さないといけないんだけどね。……何を犠牲にしてでも)
ヴィノンが何やらつぶやいた。
どういうことだ?
このチャラ男、何か知っていると見た。
チャンスがあれば聞き出す必要があるかもしれない。
「ハルト! 別にアルエットを助ける必要ないよ」
横からピリカが話に割って入ってきた。
「どういうことだ?」
「だってゴブリン200匹相手にあの突撃をやっちゃたら、アルエットはきっと途中で死ぬからね」
「何でそう思うんだ?」
「突撃している時のアルエットはね…… スパランダー並みに弱いからだよ」
「そのスパランダーってのは何だ?」
アルドが当然の疑問をぶつけてくる。
「僕も初めて聞く言葉だよ。なんなんだい?」
スパランダーは俺が小学生の頃に一部マニアの間で流行ったレトロなアクションゲームだ。
探検家を操作してダンジョンを進んでいくゲームだが、この探検家がとにかくすぐに死ぬ。
腰の高さ程の段差から飛び降りたら死ぬ。
弾を撃ち過ぎて銃のエネルギーが切れたらなぜか死ぬ。
僅かな地形のくぼみに嵌ったら脱出できなくなって死ぬ。
そのぐらいの穴、這い上がれよ! 探検家だろうが!
……って、当時はゲームやりながら1000回ぐらい思った。
「俺の故郷にいた有名な最弱冒険者だ。腰程の高さの段差から飛び降りただけで死んだ」
どうせ、アルド達に説明しても伝わらないと思ったから、そう説明しておいた。
「えっと…… それは本当に冒険者なのかい? なぜそれで有名に……」
ヴィノンがいよいよ意味不明そうな表情で真剣にリアクションしてきた。
「まぁ、スパランダーの事は一旦置いといてだ。なんで突撃中のアルエットが弱いって分かるんだ?」
「アルエットが槍を媒介して出している魔力の力場が正面にしか作用してないからだね」
なるほど…… ちょっとわかったかもしれない。
「魔力はもちろん集中力・力…… アルエットのベクトル全部、正面に向けているから正面以外は完全無防備状態なんだよ」
やっぱりそういうことか……。
「つまり、突撃状態の時に不意打ちを受けたらアルエットは……」
「アルド正解! 正面に対しては殆ど無敵だけど、後ろ・上下左右どこからダメージを受けても命に関わるかもね。スパランダーみたいに石に躓いて転んだり、上から大コウモリの糞を落とされただけで死んじゃうんじゃないかな。正面以外はむき身のエビの方がまだ防御力あると思うよ」
ピリカはそう言ってカラカラと笑って見せた。
いやいや、ピリカさん……。
これは笑い事じゃないかもしれない。
さすがにアルエットが装備している騎士服やブレストプレートの性能分の防御力ぐらいは担保されていると思うが……。
だが、見た感じアルエットの突撃は新幹線に迫るほどの勢いだった。
あの速さで躓いて転んだりしたら普通に死ねるな。
そして正面以外からの攻撃……。
例えば横から軽くナイフを突き入れるだけで、力の惰性だけでさっくりと引き裂かれてしまうのは想像に難くない。
正面に対し能力を極振りして無敵になっている反面、背負っているリスクがあまりにもデカすぎるな。
ピリカの言う通り、正面は無敵。
それ以外はスパランダー並みというのは的を得ていると思う。
「別に問題ないわよ。今までだってこれで負けた事ないんだから!」
「そうだろうな。こんなリスキーな魔法…… 負けた時は死ぬ時だからな」
この森の実態はアルエットが思っているよりもずっと危険だ。
常に敵を正面で向かえ撃つことが出来るほどぬるくはない。
まぁ、緑の泥程じゃないけどな。
アルエットが今日まで生きていられたのは、ガル爺の暗躍で遭遇する敵の数が少なかったこと。
そして、エーレ最強のガシャル率いる金等級パーティーに同行することが多いせいだと確信した。
この二つのおかげで常に正面切って戦うことが出来ていたんだろうな。
「次から魔物の対処は俺達がやる。アルエットは戦闘に参加するのは極力控えてくれ」
「そうだね、いい機会かもね。アル…… ハルトきゅんの言ってることは正しいよ。君は簡単に死んでいい人間じゃないことはわかっているよね? 前に出て戦うべきじゃない」
「な…… 何よ! ヴィノンさんまで……」
さっきからなんかヴィノンが引っかかる言葉を使ってくる。
簡単に死んでいい人間じゃない?
そりゃまぁ、俺もどんな人間だって簡単に死んでいいわけがないと思う。
でも、そんな言葉通りの意味じゃない気がする。
アルエットが二つ名持ち勇者の孫娘だからか?
それもあるとは思うけど、本当にそれだけか?
機会があればヴィノンに聞いてみよう。
……。
……。
調査を再開して一時間ぐらい経過した。
帰路の事を考えるそろそろ引き上げ時だ。
「今日はここまでにしよう。日没までエーレに戻れなくなる」
「そうだね」
アルエットは納得いかないような顔つきだったが、特に反対してこなかった。
明日からは野営を見据えた準備をするため、しばらく調査はお休みだ。
「ねぇ、調査の続きはいつになるの?」
「準備が出来次第…… だな。数日はかかると思うぞ」
「そう、決まったら教えてね。冒険とかぶってなかったら私も行くから」
俺にここまで言われても諦めないか……。
魔獣に両親の命を奪われたアルエットは、森に出現する魔物や魔獣にやり場のない感情の矛先を向けることに囚われている。
だからこそ、地脈に混ざっている穢れが元凶かもしれない。
このことを知ってしまった以上、それを自ら確かめるまでは止まれないのだろうな。
そんな気がする。
すいません。一週間更新できませんでした。
社畜として年末の追い込みも始まってくるので、少し頻度が落ちるかもです。
全然更新できてなかったのにブックマーク付けてくださった方、ありがとうございます。
折れそうな心が繋がります。
引き続き、よろしくお願いいたします。




