百六十七話 こいつは森となればどこにでも出てくるのな
美沙さんとの交際は思いのほか順調に続いていた。
自分と同じ視座で会話が成立する異性というのは、今までいなかったというのが大きい。
しかもお互いの家が歩いて行けるような近距離なので、気が向いたら気軽に会いに行けてしまうというのも良かった。
今日は全四部作の有名アニメ映画の二作目を以前から示し合わせて一緒に観に行くことになっている。
人型決戦兵器の人造人間に乗って少年少女たちが謎の敵と戦う国民的人気のアニメ作品だ。
一作目の上映から予定が遅れに遅れてようやく二作目が先月公開となった。
上映直後は劇場も混雑するので、あえて一ヶ月ほど遅らせていくことにしていた。
「いや、楽しみだな。敢えて余計な情報入れないようにしてきたし、一作目の円盤見直してバッチリ復習してきたよ」
「私はテレビシリーズを見直してきました。二作目からテレビシリーズとは大きく違った展開になるって話でしたから……。その違いを楽しみたいと思っています」
なるほど、そういう視点で見るのもアリだな。
テレビシリーズ、もう一回見ておけばよかった……。
そんな話をしながら映画館へと二人並んで足を運ぶ。
エレベータを降りてショッピングモールの最上階にあるシネコンのエントランスをくぐると、中は芋の子を洗うような人だかりだった。
あれ?
なんでこんなに混んでるんだ?
「あっ! ハルト君、あれ!」
美沙さんが指差す先の横断幕……。
別の新作アニメ映画の公開日が今日になっていた。
大海原を舞台に海賊たちの能力バトルが繰り広げられる国民的人気アニメだ。
むしろ、こっちの方が人気は高いだろうな。
でも実は数年前からこのアニメは視聴していない。
別に嫌いというわけではないが……。
10年以上続くロングランアニメともなれば、一話も逃すことなく全話視聴するのは意外と大変だ。
自称アニオタとしては一話でも見逃してしまうと、急速に視聴意欲が削がれてしまう。
それが積み重なって自然消滅的に見なくなってしまった。
それでもオタクのたしなみとして最低限、週刊漫画の本誌で原作ストーリーの展開を追うぐらいはしている。
なので、話題としてこの作品ネタが出て来ても、ついて行けないなんてことは無い。
この作品の新作劇場アニメが公開されることは知っていたが、まさか今日だったとはね。
「あらら……。 あれの公開って今日からだったか……。 まぁ、俺達の観るシアターが混むわけじゃないし…… 混むのは入り口とホールだけだろ。問題ないよ」
そう言って、俺達はチケット発券機の列に並ぶ。
美沙さんが隣でスマホを弄りながら神妙な顔つきをしている。
あれ?
どうしたんだろ……。
「ね、ハルト君…… 今日見る映画はバンビーズにしませんか?」
「え? 何で?」
おいおい…… もうチケット予約しちゃってるんだぞ。
このタイミングで変更って……。
美沙さんは検索していたスマホの画面を見せてくる。
「ほら、先着順で限定リーフレット配っています。見た感じこのペースだったら今日中に無くなっちゃうかも」
「いやいやいや……。限定リーフレットって言っても次回のコミックにも同じ内容収録されるって出てるよ。ここでチケット代を棒に振ってまで手に入れる物じゃないでしょ?」
美沙さんはなんかムッとした表情で返してくる。
「でも、私は今あのリーフレットが欲しいです。それにオヴァかバンビ…… どっちかって言われたらバンビの方が好きだし」
「俺はもうオヴァ見る気満々で前作の復習もしてきた。今日は完全にオヴァ脳だぞ。ここは予定通りオヴァにしよう?」
俺はオヴァかバンビ…… どっちかって言われたら確実にオヴァ派だ。
ここは譲れない。
「……。わかりました」
わかってくれたか。
先月からお互い予定を調整してこの日に観に行こうって決めていたんだ。
今日はオヴァでいいだろう。
別にバンビーズが嫌いとは言ってない。
彼女が観たいと言うなら、近日中に日程合わせて改めて来ればいいだろう。
「ハルト君はこのままオヴァを観てください。私はバンビーズを観ることにします」
「うなっ!?」
美沙さんは発券機の列を離脱して、当日券の券売機でバンビーズのチケットを購入。
そのまま、バンビーズの列の中に消えて行ってしまった。
マジかぁ……。
急いで美沙さんを追おうかとも思ったが、俺も意地になっていた。
そのままオヴァンゲロンのチケットを発券して一人で観ることにした。
アニメ趣向の違い……。
端から見れば、こんな些細なことで生じた微細な亀裂……。
しかし、重度のオタ属性の男女はこんな些細なことが歩み寄れない残念な人種なのだ。
これを機に、お互いに話や価値観が急にかみ合わなくなって、程なく美沙さんとは別れることになってしまった。
仕事上の関係だと俺の方から折れて頭を下げることも容易い。
これはビジネス…… そういうものだと割り切っているからな。
しかし、交際している男女ともなると、こんなつまらないことが譲れなくなったりするものなんだな。
美沙さんはいい人だし実際、俺も好きだ。
趣味や価値観ではなく、お互いに認め合い尊重し合える関係……。
そういったものが無いと、ずっと寄り添える関係っていうのは築けないものなんだな。
彼女との甘い生活は俺にそんなことを理解させることになり、そしてあっけなく終わってしまった。
1月12日
「あっ! おはようハルト!」
目が覚めるとピリカが俺の隣にくっついていた。
「ああ、おはよう」
「ハルトどうしたの? なんか【うぬぬぬっ!】ってうなされてたよ?」
「ああ、いや…… 地球にいた若い頃のことを夢に見たんだ」
なかなか生々しい夢だったな。
ここ30年以上、あの頃の事なんてついぞ思い出すことなんて無かったのに。
もし美沙さんがまだ生きているとすれば、もう63歳か64歳か……。
あんな状態の地球じゃ幸せに ……というのは難しいだろうが、せめて無事に生きていて欲しいものだ。
異世界からでは、地球にいる人達にしてやれることは何もない。
せめて兄弟や友人たちの無事を祈った。
ピリカの話しぶりだとラライエと地球……。
それぞれ別の神が世界の理をつかさどっているみたいだ。
異世界にいる俺が地球の無事を祈ったところで、その願いが地球の神どころかラライエの神に届くことさえあり得ない。
予感どころか確信めいたものを感じてはいる。
脳内PCの時計はもう午前8時を過ぎている。
少し、寝過ごしてしまっな。
「ちょっと起きるのが遅くなったな。さっさと朝ごはんにしてしまおう」
「うん、行こ」
背中から手をまわしてくっついてくるピリカをぶら下げたまま、俺は食堂へ向かう。
食堂にはもうアルドとヴィノンが来ていた。
「ハルトきゅん、精霊ちゃん。今日は少しお寝坊さんだったね」
「すまない、ちょっと寝ざめが悪かったんだ」
「問題ない。別に急ぐような調査でもないんだろ?」
「ああ、今日も昨日の続きをやろうと思う。前も説明したと思うけど、最悪こんな感じの調査が二年以上続くかもしれない。付き合ってられないと思ったらいつでも見限ってくれていいからな」
「俺はハルト共に行くと決めている。気にするな」
アルドはパンを齧りながら即答する。
「その通り! もしハルトきゅんのやろうとしていることが達成出来たら、この国や世界にとってどれほどの貢献になるか…… 僕がハルトきゅんと行く意味は充分だよ」
「そうか、悪いな。それじゃ、その言葉に甘えさせてもらうよ」
食事を終えた俺達は今日も森に向けて出発する。
……。
……。
森の調査二日目。
時折、魔物に遭遇して調査の足が止まることがあるが、それでも想定しているよりもずっと順調だと言っていい。
「それにしても…… こいつは森となればどこにでも出てくるのな」
「オークやコボルトなんかの格好のエサだからね。奴らがたくさん出るってことは、そのエサになるこいつらはそれ以上の数になるのは必然だよ」
三人でピリカが魔法であけた穴に次々とデカネズミの屍骸を放り込んでいく。
今日、デカネズミの小集団と遭遇はしたのはこれで三度目だ。
冒険者達の魔物狩りが一斉に始まったばかりで、昨日はたまたま引きが良かっただけみたいだ。
(ガル爺も暗躍しいていたみたいだしな。)
ヴィノンが言うにはデカネズミ・コボルト・ゴブリン・オークなんかが定番で出現する魔物らしい。
緑の泥ではそれなりに見かけた熊や虎のような肉食獣系の魔物達もいるにはいるが、あまり出ないそうだ。
テゴ族は一応、緑の泥の固有種らしいから居ないが、テゴ族ではない普通のバーバリアンとの遭遇はあり得るとのこと。
そして緑の泥と違い、夜になるとこの森が地獄のような生態系に豹変するようなことは無い。
この情報が一番うれしかった。
あの夜間の危険さこそがあの密林を魔境足らしめている最大の要因だと思っている。
そうじゃないだけで、この森はこの面子で十分対応し得るものだと判断していいだろう。
ただし、ここ数百年は地脈の穢れの事を抜きにしても、世界的に魔物や魔獣の出現は増加傾向だ。
初見の魔物に遭遇する可能性もあるにはあるらしい。
散発的な魔物の遭遇はあるにはあるが、この二日間、概ね予定通りの調査を行うことが出来た。
おはようございます。
待ちに待った週末のお休みです。仕事をしなくてもいい。
それだけで心が穏やかになって心が晴れやかになっていきます。
前回の投稿以降、評価をつけてくださった方がいます。
ありがとうございます! ブックマークや評価・感想
すべて見ていますとも!
(感想はお返事返すのに時間かかるかもですが……)
今後ともよろしくお願いいたします。




