百六十六話 祖父の心孫しらずというやつだろうな
ガル爺とオークたちの戦闘は実質、10秒程度の出来事だった。
ヴィノンが臆面もなくガル爺の前に進み出たので、俺達もあとに続く。
この期に及んで隠れていても仕方がない。
「ガル爺…… まだやってるのかい? もう歳で引退した身なんだからさ……。それもそろそろ引き際じゃないのかい?」
「なんじゃ…… お前達か……。 ふんっ! 魔物をぶっ殺して回るのは単なるわしの趣味じゃ。お前なんかにとやかく言われる筋合いなど無いわっ!」
なんだその物騒な趣味は?
こうして湧き上がる殺戮衝動を発散しているとか…… そんなオチは勘弁してもらいたい。
「はいはい……。そういうことにしておくよ」
ヴィノンはガル爺の言うことをそんな感じであしらってしまう。
「お前達もだ! 今日、お前たちはわしに会わなかった。このオーク共を倒したのはお前達だ。いいな?」
……なんだそれ?
「いや、俺達は何もしていない。ガル爺がこいつらをあっという間に……」
アルドが正直に事実を言おうとしたが……。
「い・い・な・?」
ガル爺はどうあっても、有無を言わせないつもりらしい。
こんな所で揉めていても仕方がない。
ヴィノンがなんか事情を知っていそうだし、ここはガル爺に合わせておいた方がよさそうだ。
「わかったよ……。たまたま、ここを訪れた俺達がオークと遭遇したから速攻でこいつらを片付けた。 ……ということでいいんだな?」
「そうだ。それでいい。村に戻っても余計なことは一切言うんじゃないぞ?」
ガル爺は満足げに頷いた。
俺の返答に一応は納得したみたいだ。
「むっ、これはいかん。こうしてはおれん」
いつの間にか懐から不思議な振り子を取りだしていたガル爺は、ぶら下がっている振り子の奇妙な軌道を見てそう口にする。
なんだこれは?
ダウジング的なものだろうか?
魔法のある異世界だ。
地球の根拠不明の怪しいダウジングと違って、これは何らかのマジックアイテム的なものと思う方がいいだろう。
「わしは先を急ぐんでな……。じゃあな」
振り子を懐に片付けると、ガル爺は三体のオークの屍骸をそのままに、森の奥に消えていった。
「これを放置はできんな。ピリカさん、頼む」
「はーい」
ピリカは魔法で地面に深さ3mぐらいの穴をあける。
次にオークの屍骸を蹴り落として穴を埋め戻した。
「魔物の屍骸なんて放っておいても、勝手になくなるのに律儀だね」
ヴィノンが率直に想ったことを口に出す。
「性分なんだ。やれるときはやっておきたい」
これだけの大きさの魔物の屍骸三体分を俺達だけで埋めて処理しようとすれば、それだけで結構な時間と労力がかかる。
だが、ピリカに頼ってしまえばすぐに片付くことだ。
ここは俺自身の自己満足で片付けてしまってもいいだろう。
「さてと、それじゃ調査を再開しよう」
俺達は調査を中断した場所まで戻って、再び地脈を遡り始める。
……。
……。
ピリカが地脈を辿って進んでいる間、俺達はピリカの後に続いて周囲の警戒をするぐらいしかやることがない。
なので、この時間を使ってヴィノンから話を聞いておくことにする。
もちろんさっきのガル爺の事だ。
あの爺さんが何で一人こんな所で、魔物を狩っていたのか……。
さっきの口ぶりだとヴィノンはなんか事情を知っていそうだ。
「さてと…… ヴィノン、ガル爺があんなところで何やっていたのか…… 聞かせてもらえるよな?」
「やっぱり知りたい?」
「そりゃあな……」
事情を知りたいのは単純に俺自身の好奇心だけだ。
なので、ヴィノンが話したくない、または話すべきではないと考えるのなら無理に聞き出すつもりは無い。
「ハルトきゅんが知りたいなら教えてあげるよ。ただし、あんまり言いふらすような事でもないし、ガル爺にアルにだけは知られたくないって言われているから…… そこだけは気を付けてね」
「ああ、わかった」
アルドも頷いている。
アルドは軽はずみに他言するような奴じゃないから大丈夫だろう。
ピリカさんはそもそも俺とアルド以外の人類とほとんど言葉を交わさない。
「ガル爺のあれは全部アルのためだよ」
アルエットの?
どういうことなんだろうか?
「エーレの冒険者たちの間には結構有名なこんなジンクスがあるんだ。【アルエットが参加する冒険では魔物や魔獣との遭遇率が下がって成功率・生存率が高くなる】……ってね」
「おい…… それって」
アルドも気付いたみたいだな。
ここまで聞いたら子供でもカラクリは見えてくる。
「それはジンクスなんかではなくて純然たる事実ということか……」
「そ。だってアルが冒険に出る時にはあのジジイが暗躍して、魔物の数を減らしているからね……」
マジかぁ。
「このことを他の冒険者たちは知っているのか?」
アルドが当然の疑問を投げかける。
「いや、ほとんど知られていないと思うよ。実は僕、三年前にガシャルに干されてソロでやっていた時期があってね。その時に偶然、アルが行きそうなエリアの魔物をこっそりガル爺が狩っているのを見かけて知ったんだよ」
ガシャルのせいでヴィノンがエーレでハブられていたことがあるのは、メイシャさんから聞いたから知っている。
「ということは、アルエット本人は……」
「全然気づいていないだろうね。森に出現する魔物が実際はアルが思っているものよりも多いということにさ……」
「これってガル爺がアルエットに対して過保護すぎるだけなのか?」
「結論はそういうことなんだけど、それも仕方がないと思うよ」
「どういうことだ?」
「ガル爺にとって血のつながった家族はもうアルしかいないからね」
「そういえば、工房でもアルエットの両親は見なかったな」
アルドがガル爺の工房に行った時のことを思いだしてそう言った。
確かに来客があるにも関わらず、ガル爺以外の出迎えは無かった。
「アルの父親も勇者だったんだけどね…… 確か序列は120番ぐらいだったかな? 母親とパーティーを組んでいたらしいよ」
さすがに次の展開は読めてきた。
「今、その勇者の両親がいないということは……」
「そう、察しの通りさ。8年前に森で凶悪な魔獣と遭遇戦になって……。 二人共、命を落としたんだよ。当時は結構大きなニュースになったね」
やっぱりそういう話になるか。
「二人の命を奪った魔獣はガル爺の手で討伐されたらしいけどさ……。聞いた話じゃ幼いアルはずいぶんガル爺を責めたみたいだよ」
そうか。
ガル爺とアルエットの間には何とも言えないわだかまりがあるように感じてはいたが、その辺に原因がありそうだな。
八年前ということは当時のアルエットは九歳か……。
少しずつものの分別がつき始めるぐらいの頃合いだな。
難しいタイミングで両親を失ってしまったものだ。
俺が親を失ったのは40歳代の後半だったからな……。
当時のアルエットの心痛を本当の意味で理解・共感してやることはできない。
幼くして両親を失ったことをきっかけに、アルエットの心にはガル爺に対する溝ができることになったんだろうな。
一緒に暮らしているところを見るに、なにも心底憎んだり恨んだりというわけではない。
ただ、アルエットはガル爺とは一定の距離を置こうとしている。
そんな感じだろうか……。
アルエットからは微妙な塩対応を取られているにも関わらず、ガル爺はたった一人残された孫娘が無時に冒険を成し遂げて生還できるように……。
ただそれだけを願い、誰にも気づかれることのない場所でアルエットの害悪になり得そうな魔物を狩り続けているのか。
既に現役を退き力の衰えた、老いた体に鞭打ってアルエットに降りかかる死の危険の一部を肩代わりしているわけだ。
そういえばガル爺のところに森の調査許可を取りに行った時、こんなことを言ってたな。
脳内PCでその時の言葉を確認する。
【ただし、二つ条件がある。一つ目は森で遭遇した魔物や魔獣は必ず狩るように。魔物や魔獣を一匹でも減らすことは冒険者の本分でもある。問題は無かろう?】
これも今にして思えばアルエットのためか……。
森を徘徊する魔物が一匹でも減れば、それだけアルエットが冒険中に魔物と遭遇する確率が減る。
緑の泥ほどではないにしても、これだけ広大な森だ。
全体ではきっと万単位以上の魔物や魔獣がいるに違いない。
俺達が魔物を100匹やそこら狩ったところで、魔物の遭遇率は0.1%も軽減されはしないだろう。
それでも俺達が狩った魔物の分だけ、一時的だとしても魔物の数は減るわけだ。
そんな僅かな可能性すらも孫娘のために積み上げようとしていたのだろうとガル爺の思惑を推察した。
これは多分間違いないな。
【親の心…… もとい、祖父の心孫しらず】というやつだろうな。
……。
……。
そろそろ日が傾いてきた。
今日はこの辺で調査を切り上げるか。
「今日はここまでにしよう。完全に日が落ちるまでにエーレに戻っておきたい」
脳内PCで新たに蓄積された森の詳細MAPに、今日の調査終了個所をプロットしてエーレに引き返すことにした。
これからしばらくは、こんな感じの日帰り調査の日々が続くことになりそうだ。
前回の投稿からブクマが1増えました!
とても嬉しいです。
ブクマつけてくれありがとうございます!
これからも見てくださる方が少しでも増えるように頑張ります!
その一方で投稿開始わずか三日で自分が半年以上かけて積み上げた実績を
何事も無かったかのように追い抜いていくトップランナーの投稿者さんを見ると
やっぱり思ってしまいますね。
【天才はいるなぁ…… 悔しいが】
それでも自分は泥臭く投稿を積み上げる事しかできないので
折れずに続けます……。
とにかく完結させる!
このペースだとまだ結構かかりますが、引き続きよろしくお願いいたします。
そして私の魂を繋ぎとめるブクマと評価…… よろしくお願いします!




