百六十五話 ……語呂が悪すぎるでしょ!
調査の続きを行うために、ピリカ、アルエットと共に村の中を歩く。
「それにしても、250日かぁ……」
それは森の真ん中に原因があった場合の予測だけどな。
「実際、そんな予測はあって無いようなものだぞ。前例もないし、根拠は俺の勝手な推論だからな」
「わかってるわよ。そんなこと……」
「それに、穢れの原因が取り除くことが出来るようなものだとは限らないからな」
「それもわかってるわよ。それでも私は確かめておきたいの。その穢れの原因が何なのかを……」
……。
……。
「昨日はここで中断したよな。ピリカ、それじゃ頼む」
「はーい」
ピリカは穢れの混ざった地脈を感知して流れを辿って歩き始める。
どうやって感知しているのはわからんけど……。
きっと精霊特有の感覚のようなもので人間には理解できないものだと思っている。
ピリカは今までと変わらず、地面を見つめながら北へと歩いていく。
昼を少し回ったぐらいで、今日の調査は終了せざるを得なくなった。
俺達の進路上…… 目の前に2m程の木製の防壁が立ちはだかっているからだ。
思ったより早く村の外壁に行きついてしまった。
「原因はやっぱり森の中か…… 今日はここまでだな」
脳内PCのMAPに現在位置をプロットしておく。
さすがに安全が保障されていない村の外に出るわけにもいかない。
明日に備えて準備をすることにするか。
「私、明日からしばらく魔物討伐に出るから…… しばらく一緒に行けないよ」
「問題ない。いくら魔物が多いと言っても緑の泥程じゃないだろ。アルド達も一緒だしな」
そもそも、アルエットを頭数として計算に入れてない。
「そう……。予定がない時はできるだけ一緒に行くからね」
「槍女は来なくてもいいよ。ハルトにはピリカがついてるから」
ピリカが珍しくアルエットの言葉に口をはさんできた。
「うなっ! な、なによ…… その槍女って ……語呂が悪すぎるでしょ! 私にはアルエットという名前が…… っ!!」
アルエットは何か思い立ったようで、途中で言葉を詰まらせる。
「なんかゴメン……。精霊って普通名前が無いって話だったからつい……。 君にはピリカって名前があるんだよね? これからは君のことはちゃんと名前でピリカって呼ぶわ。だから私の事も槍女じゃなくてアルエット ……ね?」
「……」
ピリカが意外そうな表情でアルエットを見る。
俺も意外だ。
ラライエでピリカの事を名前で呼ぶ人類はほとんど皆無。
俺以外ではリコとアルドだけだ。
リコはもういなくなってしまったが……。
同じパーティーメンバーのヴィノンですらピリカの事を名前で呼ぶことは無い。
ラライエでの精霊に対する人類の当たりの強さは、予想以上に根深い所に原因があるように感じている。
自分が名前で呼ばれていないことに対し、そもそもアルエット自身がピリカの事を名前で呼んでいなかった事に気付いて改めるとは……。
これはアルエット自身の性分なのか?
俺はアルエットに対する印象を少しだけ上方修正することにした。
「私、今日はもう帰るわ…… またね。ハルト君、ピリカもね!」
アルエットは俺達に手を振って帰っていった。
……。
……。
今日は戻りが早かったので、買い出しに行っていたアルド達と夕食のタイミングが合った。
宿の食堂で明日から森に出られるか確認してみよう。
「ハルトきゅん、今日は早いお戻りだね」
「ああ、村の端まで行ってしまったからな。準備が大丈夫そうなら、明日から村の外に出たい」
「俺達は問題ない。必要なものは一通り揃った」
「なら明日から頼む。しばらくの間は日帰りになると思うから野営の準備は不要だ」
「了解だよ。森は大体案内できると思うからさ。頼ってくれていいよ」
明日からは地脈を追ってエーレの北側に広がる森に踏み入れることになる。
今夜はゆっくり休んで明日に備えることにしよう。
1月11日
村を北側の門から出て、防壁沿いに東に進む。
何事もなく目的地のポイントに到着した。
ちょうどこの壁の裏側が、昨日調査を終えた場所だ。
「ここが調査開始場所だ。俺達の真下に目当ての地脈があるらしい」
「そうなんだ。僕には全く違いが分からないね」
「同じくだ」
「きっと人間には全く認識できないものなんじゃないかと思うぞ。それじゃピリカ、引き続き頼む」
ピリカは頷いて、地脈を追ってゆっくりと北に歩き始める。
「一番警戒したいのはやはり魔物との遭遇だ。特に俺とアルドは初見の魔物と遭遇する可能性が高くなる。フォローを頼むぞ」
「大丈夫! 森に出る魔物だったらわかるはずだから……。少し先行して警戒してみるよ」
ヴィノンはピリカを追い抜いて、先の様子を確かめるために森の中に消えていった。
土地勘はあるようだし、任せておけばいいだろう。
「しかし、同じ森でもミエント大陸とはずいぶん景色が違って見えるものだな」
「まぁ、そもそも気候帯が別物だからな。ここで生きていく以上、この環境に慣れていくしかないだろう」
四季のある日本で生きてきた俺にとっては、中央大陸の環境の方がお馴染みと言えなくもない。
だが、俺とて六年以上ずっとジャングルで暮らしてきている。
アルドの言わんとしていることも理解はできる。
少しして、ヴィノンが戻ってきた。
「この先しばらくは魔物の気配は無いね。多分、冒険者たちが魔物の間引きに出ているんじゃないかな」
「そういえば、アルエットが今日から魔物討伐に出るようなことを言っていた」
「そうなんだ。なら、それなりのパーティー数が出ているだろうから、しばらくは比較的安全に調査できると思うよ」
それは助かるな。
その間に、ここの森に慣れておきたい。
……。
……。
昼食を済ませてひたすら森を北に進む。
魔物にも他の冒険者にも会うことなく粛々と調査が続く。
調査のペースは村の中で行っていたものと変わらない効率を維持できている。
順調だな。
ピリカの少し後ろを歩きながらそんなことを思っていた矢先、状況に変化が訪れた。
「ハルト、あっちに魔物の気配があるよ。ちょっと近いかな」
ついに来たか。
地脈を追いながらでも、やっぱりピリカの感知力が一番高いか。
ヴィノンは専門の斥候じゃないと言っていたから、リコやピリカ並みの索敵能力を求めるのは酷というものだろう。
「一旦、調査は中断しよう。魔物を片付けて安全の確保を優先する」
アルドとヴィノンも頷いて同意してくれる。
「慎重に行くぞ。できれば先手を取りたい」
ピリカが指し示す方向に数分踏み入ったところで魔物の姿を確認した。
あの魔物は脳内PCのデータに該当するものがある。
実物は初見だが、地球での出現例はそれなりに多い。
「オークが三体か」
「あれがオークか……。初めて見るな」
「俺も実物は初見だ。まぁ、見た目通りの魔物だ。力はそれなりに強いが、動きはどちらかと言えば鈍重だ。見ての通り武装するぐらいのおつむはある」
お決まりのイノシシ寄りの豚の頭部に木製の棍棒や手入れのされていない錆びた剣を手にしている。
地球では特に特筆するような特殊能力を持つ個体は無かったはずだ。
今の戦力なら油断さえしなければピリカ抜きでも負ける相手ではない。
「どうする? このまま奇襲するか?」
アルドは初見の魔物ということもあって初手をどうするのか、知識のある俺達に意見を求めてくる。
「ちょい待ち…… ハルトきゅん、どうやら先客みたいだよ」
俺達がいる場所とはオークを挟んで反対側から俺達が知る人影が現れる。
「ガル爺…… こんな所で何やってるんだ?」
アルドの意見に全く同意だ。
既に引退した78歳の爺さんが3匹の魔物の前に立ちはだかる。
右手は赤・左手は青の光沢を放つ手甲を装備し、皮鎧こそ着ているが武器は何も持っていない。
「まったく…… いい年してまだやってるのか……」
ヴィノンは半ば諦め気味にため息をつく。
「おい、助けに入った方がいいんじゃ……」
アルドが剣に手を掛ける。
俺もポーチから術式を取りだしてすぐに戦闘に入ろうとしたが、ヴィノンがそれを制してくる。
「無用だよ。あんなジジイでも二つ名持ち勇者だからね」
ガル爺は無言でオークたちに向かって歩き始める。
構えも何もない。
自然体というやつだ。
オークたちは向かってくる丸腰の人間の老人に対して一斉に襲い掛かる。
ガル爺は振り下ろされた剣を左手の青い手甲でいなす。
少し遅れて残る手甲の青い光の軌跡がとても美しく映える。
そして右手でオークの胸板に正拳突きを見舞う。
拳から手甲と同じ赤い光が放たれてオークの体を突き抜ける。
外傷は見当たらないが、オークはそのまま膝から崩れ落ちた。
なんだあれは……?
オタクとしての知見で推測するなら徹しのようなものか?
アルドの防御無視斬撃の【ペネトレイション】に近い力と見た。
流れるような洗練された動きで二匹目のオークの間合いに入ると右拳でオークにアッパーカットを見舞う。
まるで反応できていないオークの下あごにガル爺の拳が赤い軌跡を残してクリーンヒットする。
ガル爺が放った拳の衝撃はオークの顎を砕き、そのまま脳を破壊する。
残った最後の一匹は仲間が瞬殺されたことを認識して逃走を試みるが、ガル爺は見逃さない。
オークに向けてジャンプすると両ひざでオークの頭を挟み込んで極める。
次の瞬間、腰と膝の回転でオークの首をへし折ってしまう。
実際は距離があるのでここまで音は届いていないが、ここまで【ゴキッ】って音が聞こえてくるような気がするほどの豪快かつ洗練された極め技だった。
マジかぁ……。
「あれが序列22番、【裂空剛拳】のガルバノだよ」
思ったより時間がかかってしまいました。
明日は早起きしないとなのに……。




