百六十一話 その答えは簡単だ。即答できるぞ
ピリカは穢れが混ざり込んでいる地脈を特定するために、村を東に向かって歩く。
しかしその歩みは相変わらず遅い。
ラライエの地脈は地下のかなり深い所を走っているらしく、ピリカの感覚でも即座にははっきり分からないみたいだ。
「ねぇ! ちょっと聞いてるの? 君は本当にこの地域に魔獣が出るのは昔に仕組まれたものだって思ってるの?」
「さっきからそう言ってるだろ? もういいかな? あとはガル爺に聞いてくれ……」
なんなんだ? この小娘…… 何でついてくるんだよ。
「お爺ちゃんは関係ない。私は君の口から聞きたいの!」
「まだそう決まったわけじゃない。それを確かめている途中だ」
俺はピリカの少し後ろについて歩いている。
アルエットがその横を並んで歩き、なんかグイグイ質問を浴びせかけてくる。
「もし…… もしもよ。その地脈の穢れってものの原因が見つかったらどうするつもりなの?」
「だから、それもガル爺に説明したって言ってるだろ?」
アルエットは真剣な顔つきでこちらを覗き込んでいる。
いいから答えろってことか……。
やれやれ、地味に面倒くさいのに捕まったかもしれない。
「それは見つかってからの話だ。可能ならそれを取り除こうと思っている」
「それが無くなればここに魔物や魔獣が現れなくなるの?」
「普通に考えてそんなわけないだろ。他の地域と同じになるだけだと思う。あと、5000年後に人の住めなくなる土地になる事態を回避できる…… かもしれない」
「そう…… そうよね」
アルエットの表情が少ししょんぼりしたものになる。
「でも…… 他の地域と同じぐらいということは、魔物の数が王都やエルバと同じぐらいにまでは減るということよね?」
「あのさ…… 理解しているかどうか知らないけど…… これってラライエという世界の環境問題の一種なんじゃないのか? そしてこの地脈の穢れ ……ある種、公害的なもののような気もしているんだけどな」
「え? えっとどういうこと?」
やっぱりわからんか。
俺も良く分からないままで話しているからな。
「つまり…… 穢れの原因を突き止めて解消できたとしてもだ。次の日、朝起きたら魔物や魔獣の数がいきなり減っているなんてことは無いと思うって事。ピリカの話だと穢れが混ざり始めたのは300年ぐらい前らしい」
「それはさっき聞いたよ」
「他の地域よりも魔物や魔獣の数が増えてきている…… 人類がそう認識し始めたのが200年ぐらい前だ。原因が現れてから目に見えた変化が出るまでに100年かかっている。そしてじわじわと状況が悪化しながら200年経過している。ここまではわかるか?」
「え、ええ……」
とりあえずここまでの説明には付いてきてもらえているみたいだな。
「300年かけて変わってきたこの環境が、ものの数日で元に戻るなんてことはあり得ないんじゃないかって話だ。地脈から穢れが無くなっても、ずっと森で生息してきた魔物や魔獣は変わらず存在しているわけだし、繁殖だってするだろう。300年かけて崩れた環境バランスを戻すには同じぐらいか下手したらそれ以上の時間がかかるんじゃないのかって俺は思うけどな」
「うっ…… それは…… わたしにも分からないわ」
……だろうな。
俺にもわからん。
地球の環境問題だって途方に暮れる程に深刻な問題だったというのに……。
ましてや、ここは地球の常識が通じない異世界だぞ。
地球と同じ物差しで全ての物事を考えられるわけがない。
「ま、そんな感じだ。だから俺達がやってる事はあまり気にしないでくれ……」
「じゃぁ、君はどうしてその穢れを取り除こうと思っているの? すぐに結果が出るようなものじゃないんでしょ?」
「その答えは簡単だ。即答できるぞ」
「え?」
「俺とピリカが快適かつ幸せに暮らしていくためだ」
「ごめん…… 何で、君と君の精霊が幸せになるの?」
「アルエットはこの森で精霊を見た事ないって言ってたよな? 精霊術師も滅多にエーレに来ないって……」
「その通りよ」
「その原因こそが地脈の穢れなんだ。弱体化はしないけど穢れが多いと精霊はとても居心地が悪いらしい」
「そんな話、初めて聞いたわよ」
精霊は基本、人類と話をしないみたいだからそれも仕方がないのかもな。
「穢れの流出元を絶つことが出来るのなら、地脈に混ざる穢れそのものはすぐにでも止まる。そうなれれば、精霊が感じている居心地の悪さそのものは極めて短期間で解消される。そういうことでおけかな?ピリカさんや」
「うん、おけだね」
ピリカは地面とにらめっこしながらゆっくり東に向かって歩き続けている。
少し居住エリアに入ってきたな。
居住エリアと言っても田舎の村だ。
視界に数軒、家が見えているといった感じだ。
ん?
あれは ……古着屋?
いや、雑貨屋みたいだ。
軒先に陳列されている衣類が真っ先に目についたから一瞬古着屋に見えたけど……。
「ピリカ、ちょっと調査中断していいか?」
「ん? どうしたの?」
「あそこの店を覗いてみたいんだ」
「いいよ」
俺はピリカと共に雑貨屋を覗いてみる。
「いらっしゃい…… !! 精霊!? あ、あんたは確かガシャルをひとひねりにした……」
「こんにちは」
昨日の騒動は目論見通り、いい感じに噂が広まっているな。
この分ならピリカを連れて歩いていても、ヘンな目で見られる確率を下げるのにも一役買ってくれそうだ。
「ねぇ、このお店に何の用事なの? ここに地脈があったりとか?」
アルエットが店の中にまでついてきている。
「あのさ、もう話は終わったんじゃないのか? どこまでついてくる気だ?」
「そうなんだけど…… 君がやっていることがなんか気になっちゃって」
「おや、アルは噂の精霊術師の子と知り合いかい?」
「あ…… 実はちゃんと話をしたのはついさっきなんだけどね」
さすが田舎の村だな……。
店主とも知り合いみたいだ。
すべての村民が顔見知りの可能性も普通にありそうだ。
「それで、お探しの物は何だい?」
「俺に合う防寒着があれば見せてくれないか? さすがに寒くなってきた」
「確かにその恰好じゃ厳しいだろうね。これからどんどん寒くなってくるからな。ちょっと待ってな」
店主は奥の方から、俺が着られそうなサイズの服を何着か引っ張り出してきた。
「今、店にあるのはこんな所だ」
俺は並べられた防寒着を手に取って確認してみる。
地球にいる頃からファッション関係は無頓着だったからな。
寒さが防げて普通に着られればどれでもいいんだが……。
【ピリカストレージ】から地球の防寒着を召喚する選択肢もあったのだが、あまりラライエのものとかけ離れると悪目立ちしそうだ。
ある程度、ラライエの人々に溶け込む努力も必要だろう。
見た感じあったかそうなものを選んで店主に声を掛けようとしたその時……。
「あっ! それは!」
後ろからアルエットがヘンな声を出してきた。
「……なんだ? これを買うとなんかマズいのか?」
「マズくはないんだけど……」
「なんかハッキリしないな。何か言いたいことがあるんだろ?」
「それ…… 二年前に王都で流行ったやつだから……。ちょっと古いデザインだよ?」
え?
もしかして、アルエットって……。
都会の流行にあこがれる年頃のカントリーガール的な?
とりあえず、手にしていた一着を戻してその隣のやつを取ってみる。
アルエットの顔が目に見えて残念そうな表情になる。
ああ、これはアルエット的にはダサいのか。
俺は別に最初のやつで問題ないんだけどな。
「アルエットならどれを選ぶのがいいと思う?」
その途端、アルエットの表情がぱあっっと明るくなった。
「ペポゥ騒ぎのせいでしばらく行商が来てなかったから、品ぞろえが最新じゃないと思うんだけど……」
とても嬉しそうに防寒着を選び始めた。
別に自分が着るわけじゃないのに……。
「これなんかどうかな? 王都で去年流行ったデザインなんだけど……」
黒を基調としたフードダウンってやつかな。
「実はエストリアじゃまだまだ根強い人気があるんだって。きっとまだ王都でもイケると思うよ」
めっちゃキラキラした顔で推してくる。
「ああ、じゃあそれで……」
俺は即金で代金を支払い、すぐに防寒着を着込んだ。
少々お高い目の値段だったが、ペポゥ討伐報酬のおかげで今時点での資金は潤沢だ。
問題ないだろう。
「ありがとうございました」
店の外に出る。
確かに値段に見合うだけの暖かさだ。
現地調達の服だし、冬が終わってかさばるようなら古着として売却してしまってもいいだろう。
「うん、似合ってるよ」
アルエットが嬉しそうな笑顔を見せる。
「少し日が傾いてきたな。今日はここまでにしておこうか……。ピリカこの続きは明日にしよう」
「はーい」
「今日の調査はおしまいにして俺達は宿に帰るよ。」
「そう? じゃ、私も帰ろうかな。またね、ハルト君」
アルエットはガル爺の工房の方向に向かって帰っていく。
それを見送った後、夕食には少し早いけどピリカと共に宿への帰路につくことにした。
11月に突入しました。
社畜モードのリアルは年末に向けての追い込みに入ってくる感じです。
可能な限り投稿頻度を維持したいところですが……。
引き続きよろしくお願いいたします。




