百五十五九話 なかなかのアイアンメンタルだな。
ヴィノンが離脱して小一時間程して、先行していた斥候職の冒険者たちが戻ってきた。
「戻ったか! で、どうだった?」
「正直厳しい。魔物のくせに隙の少ない配置だ。強いて言えば……」
戻ってきた冒険者の一人が棒で地面に魔物の布陣を描く。
「東側のここだ。隙らしい隙のない陣形だが、無理矢理付け入るところを決めるとすればここしかない」
ガシャルも先行していた冒険者の情報で、今の戦力で完全に不意を突く奇襲は不可能だと理解できたようだ。
忌々しげに表情を歪ませる。
「ちっ、仕方がねぇ。この東側を一点突破する。行くぞ!」
ガシャルが冒険者たちに指示を出したその時、ヴィノンが戻ってきた。
「ふぃ~っ! まだここにいてくれた。間に合ってよかったよ」
「貴様! 今更何しに戻ってきやがった!」
「もちろん、みんなを止めるために決まってるじゃないか。このまま銀牙狼に勝てても、最後は僕たちの負けになるかもしれない」
「ふざけるな! 訳の分からないこと言ってると……」
「ふざけているのはお前だ」
ガシャルの言葉を遮る声がヴィノンの背後から飛んできた。
そして6人の冒険者が現れた。
「フィーガ兄弟……」
ガシャルの顔が苦虫を嚙み潰したような表情になる。
現れたのはここにいないはずの序列171番と172番の勇者、フィーガ兄弟とそのパーティーメンバー4人だった。
「ここは俺達が引き受ける。お前たちには俺達が戻るまでの間、村の防衛に回ってもらうぞ」
「ヴィノン…… あんた…… 逃げたんじゃなくて勇者にこのことを知らせに?」
ヴィノンが何のために戦線離脱したのかを察したメイシャが声を掛ける。
「まぁね。別にガシャルの作戦そのものが悪いとは思ってないよ。敵の罠を噛み破るんだったら、それが出来るだけの力がある者がやれば、犠牲は少なくて済むよね?」
ヴィノンはメイシャにウインクをして答える。
きっと恰好をつけているつもりなのだろうが、全く刺さってこない。
ヴィノンがこういうノリの男だということはエーレの冒険者なら誰もが知っている。
「ヴィノンとか言ったか…… いい判断だ」
フィーガ(兄)がヴィノンの行動をほめる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 銀牙狼の居所を突き止めたのは俺達だぞ!」
「ああ、よくやってくれた。おかげで被害を最小で抑えられる。あとは村の守りに専念してくれ」
「そうじゃなくて! 俺達が銀牙狼と……」
「おい、勇者二人がここは任せろと言ってる…… お前は勇者二人に指図できるほど偉いのか?」
「う…… ぐ……」
「兄者、行こう。銀牙狼ごときなら問題ないと思うが…… 念のため気付かれる前に動いておきたい」
「そうだな……」
フィーガ兄弟は銀牙狼のいる方向へ進み、すぐに姿が見えなくなった。
「おい、ガシャル ……どうするんだ?」
ガシャルのパーティーメンバーが次の判断を求める。
「くそぅ! エーレに戻るぞ!」
ガシャルは怒りに任せて足を踏み鳴らして、エーレに向けて引き返し始める。
「ヴィノン…… ありがとう。おかげで25人全員揃ってエーレに戻ることが出来る」
メイシャが最後尾を歩くヴィノンの所まで来て声を掛けてきた。
「お礼なんていいよ。それより急いで戻ったほうがいい。取り越し苦労かもだけどね」
「?? それってどういう……」
……。
……。
一行はエーレが目前の所まで戻ってきたところで、村の方で異変に気付く。
「おい! 村の方で戦闘だ!」
先頭を歩く斥候職の冒険者が声を上げる。
「なんだと? どういうことだ?」
「まだ村の防壁は破られていないね。間に合った」
「ヴィノン…… これは一体……」
メイシャはヴィノンにどういうことなのか問い正す。
「銀牙狼は人間と変わらない程の高い知能があるって聞いたからね。なら、あそこにいるのはただ凶暴なだけの魔獣じゃなくて、作戦を立てることが出来る指揮官と思った方がいいんじゃないか…… そう思ったんだよ」
「魔獣に時間と戦力を削られ過ぎたら…… 私達は帰る場所を失うって事ね」
メイシャにもヴィノンが考えていることが理解できた。
「そういうこと。エーレの主戦力を銀牙狼率いる本隊が引き受ける。その間に別動隊の魔物が手薄なエーレを襲う。あからさまな陽動だけど、魔物風情がそこまでやらないと甘く見ていたらあっさり裏をかかれるかもってね」
エーレに残っている戦力は少ない。
まだ、魔物の侵入を許していないが旗色は明らかに悪い。
このまま放置していたら、突破されるのは時間の問題だ。
「奴らにとっての誤算はこっちに勇者が二人いた事だろうね。銀牙狼の本隊はフィーガ兄弟が蹴散らしてくれる。ガシャル、今なら無防備な魔物たちの側面を突けるよ?」
ヴィノンがガシャルに決断を迫る。
「ちっ、行くぞ! 側面から攻めて魔物どもを潰すぞ!」
ガシャルが率いる25人の冒険者はエーレを責め立てる魔物たちの側面から襲い掛かる。
25人と少数だが全員が銀等級以上の冒険者だ。
100や200の魔物に容易く後れは取らない。
奇襲を受ければ知性のない有象無象の魔物たちは総崩れとなり、瞬く間に戦線が崩壊する。
こうなれば、魔物たちに勝ち筋は無くなる。
時間が経てばガシャル達だけでなく、次々と別方面に出ていた冒険者たちも戻ってくる。
程なくエーレに群がって来ていた魔物は全て狩り尽された。
―・―・―・―・―・―・―・―・
当時の事を思い出しながら語ってくれたメイシャさんの話はこんな感じだった。
「そんなわけで、私たちはヴィノンの機転でエーレの防衛と銀牙狼の討伐に成功したわ」
「えっと、今の話でヴィノンがエーレを去る理由が見つからないんだけど……」
「あるじゃない。これ以上ない理由が一つ」
「ガシャルか」
メイシャさんは静かに頷いた。
「銀牙狼討伐の功績は当然、フィーガ兄弟の物になったわ」
「でも村の防衛に一番貢献したのって……」
「そうね、そこはヴィノンの機転とすぐに駆け付けることが出来たガシャルや私たちのおかげと言えるでしょうね。でも、依頼は【銀牙狼の討伐】であって村の防衛ではなかったのよ」
「ガシャルからすればヴィノンのお節介のせいで、最大戦功を挙げそこなった……。そういうことになると?」
メイシャさんは頷いた。
「ガシャルは魔獣を前にして、ヴィノンのおかげで勇者に手柄を掠め取られたと思っているわ」
いやいや……。
ガシャルはリスク計算が出来なさすぎるだろ。
「それ以来、ガシャルはあからさまにヴィノンに嫌がらせをするようになったのよ」
「それはどんな感じの?」
「ヴィノンは腰抜けだ……。いざというときに逃げ出すからとても背中を預けられない。だからヴィノンとは組むな。そうエーレの冒険者に圧力をかけるようになった」
「それはダメなやつだろ……」
「わかってる。でも、ガシャルは金等級で次期村長……。それより上となるとガル爺とアルエットしかいない」
「その二人はガシャルの事は放置なのか?」
「ええ、ガル爺は引退状態だからギルドには出てこない。アルエットは殆どガシャル達としか組まないから……。冒険者を始めたのも二年前からだし、二人共、真実を知らないんじゃないかしら」
「まじかぁ……」
「当のヴィノンは全く気にするそぶりも見せず、あっけらかんとしていたんだけどね」
ヴィノン、なかなかのアイアンメンタルだな。
「そんなときにギルマスから【ラソルトに来ないか?】って話がヴィノンにあったみたいよ」
ヴィノンはその話に乗ったということか……。
これってもしかして……。
「なるほど、大体わかったよ。いい話が聞けて良かった。ありがとう、メイシャさん」
「こちらこそ。ヴィノンが日輪級のパーティーに入れて私も安心したから。ヘンな奴だけど悪いやつじゃないから……」
依然として掴みどころのないヘンなチャラ男には違いないが、少しだけヴィノンの事を知るきっかけが出来たような気がした。
俺はメイシャさんに別れを告げると、ひとまず宿に戻ることにした。
ホントは日曜日にあげたかったのですが……。
三年前のエピソードを文章化するのに大苦戦しました。
苦渋の決断で回想シーンっぽく書くことにしました。
難しいです……。
出来ればブクマ・評価お願いします。




