百五十五八話 こいつは一体何者だ?
「うっ……ぐ」
ガシャルのお目覚めみたいだ。
折れた腕をはじめ、ダメージはピリカの治癒術で回復している。
ガシャルがだるそうに起き上がった。
あっという間に俺に倒されたのは理解できているように見える。
素手に目隠しをした子供にだ……。
「小僧…… 貴様、一体何者だ?」
「見ての通り、等級無しのただの小僧……」
「ふざけるな! 目隠しをした上に、素手で金等級冒険者を赤子扱いするただの小僧がいてたまるかぁ!」
「うん…… まぁ、そうだよね」
そうこぼしてヴィノンが憐みの表情でガシャルを見る。
「ヴィノン…… こいつは一体何者だ?」
「僕のハルトきゅんだよ。すごいでしょ?」
「シャシャァッ! ピリカのハルトだよ!」
ヴィノンの言葉に反応してピリカが俺にガシッとしがみ付いて全力でヴィノンを威嚇する。
「そこはどうでもいいけど私も気になるわ。ヴィノンさん…… 教えてもらっても?」
「もちろん。ガシャルは村長の息子だし、アルも二つ名持ち勇者、ガル爺の孫でパーティーメンバーだ。ファルクス半島にペポゥが出現した情報は?」
「それは、私達じゃなくてもみんな知ってる。ラソルトの冒険者たちがペポゥ討伐を犠牲者ゼロで成し遂げたって。村中ものすごい騒ぎになったから……」
アルエットは少し悔しそうに奥歯をかみしめてそう答えた。
「うん、そこまではみんな知ってるよね? で、実際にその快挙を実現させた最大の功労者の情報は?」
「そこは機密ってわけじゃねえが、まだ大っぴらになってねえな……」
自分が聞いた情報を思い出しているのだろう。
ガシャルは腕を組んで首を傾けながらそう答えた。
「その言い方だとガシャルはもう村長から聞いているんだよね?」
「ああ、なんでもミエント大陸から来た日輪級と精霊術師のふた……り……?」
「……ケンカ売る前に気付くべきだったよね? ま、相手が悪かったって事で……」
「え? ちょっと待って…… その子がその精霊術師なの?」
「昨日は挨拶できなかったな。精霊術師のハルトだ。俺にくっついてヴィノンにガン飛ばしてるのが精霊のピリカだ」
ピリカさんはヴィノンを威嚇するのに忙しいらしく、アルエットの事は完全無視である。
「そ、そう……。アルエットよ。 じゃあこの人が……」
「アルドだ」
アルドが日輪級のギルド証を取りだして名乗る。
「くっ、日輪級のパーティーだったのか……」
「ハルトきゅんはラソルトに来るまで冒険者ですらなかったからね」
ヴィノンはペポゥ出現のせいで、俺が無理矢理冒険者に仕立て上げられた経緯をかいつまんでこの場にいる連中に説明した。
「魔界に並ぶ魔境、緑の泥にある秘境集落の子……。 このあり得ない力にも少しだけ納得が出来そうね」
俺がアルドとヴィノンに頼んでいたのは決着がついた後、アルドの日輪級の立ち位置を使ってガシャルの敗因が決してまぐれではないことを理解させることだ。
子供の俺があれこれ言うよりも、顔の知られているヴィノンや日輪級のアルドの方が説得力を持たせられる。
今後もしつこく粘着されるようなことになれば、面倒なことになりそうだ。
ここで確実に手打ちにしておきたい。
ガシャルはヴィノン達の話を黙って聞いていた。
幸いなことにガシャルもそこまでバカではなさそうだった。
ハンデ付きの子供に圧倒されたとなればこいつのメンツは丸つぶれだ。
しかし、ペポゥを倒す程の使い手でただの子供じゃない。
相手が悪すぎた…… とした方がエーレでの立場上のダメージは小さいと計算ができる程度の頭はあったようだ。
「俺達は別にあんた達の立場を脅かしたりするつもりは無い。ただ、お互いに邪魔にならないよう、できる限り不干渉でいたいというだけだ。そこを理解してもらえると助かるな」
「ふんっ! 今日のところはそういうことにしておいてやる。 行くぞ!」
三人の取り巻きを引き連れてガシャルは足早に立ち去っていく。
これで今後、ちょっかいかけてこないようになって欲しいものだ。
「余計な横槍が入って時間を食ってしまったな。地脈の調査は明日からにしよう」
「ハルトきゅんがそう言うならそれでいいよ」
「それじゃ、今日はここで解散ってことで」
俺達はこの場で一旦解散にして自由行動とした。
……。
……。
さっき借りたヘアバンドを返すために、持ち主の女冒険者のところに向かう。
「お姉さん、これありがとう」
「ああ、まさか目隠しに使うつもりだったとはね。驚いたよ」
「どうも。実際はそこまで余裕があったわけじゃないんだけどね。それはそうとお姉さん、お昼ごはん奢るからさ…… ちょっと話を聞かせてもらってもいいかな?」
「おや、まさかナンパかな? ちょっとあたしの趣味からは年下すぎるね」
女冒険者はカラッとした笑みを浮かべてそう切り返してきた。
「いや、そうじゃなくってヴィノンの事をさ……」
「ヴィノン?」
ガシャルとの戦闘が始まる直前、かすかだがこのお姉さんの独り言をドローンのマイクが拾っていた。
【ガシャルのやつ…… まだヴィノンの事を根に持ってるのか?】
このお姉さんからヴィノンとガシャルの間にある確執について何か聞き出せそうだ。
ヴィノン本人の口から聞き出してもいいが、あの性格だと本当の事を話さないかもしれない。
他から情報を集めた上でヴィノンを問いただすかどうか判断しても遅くないだろう。
「そっか…… あんたはヴィノンと同じパーティーだったね。良いよ。あたしの知ってることでよければ教えてあげる」
……。
……。
俺はピリカと並んで女冒険者の行きつけだという食堂で席についている。
彼女はメイシャさんといって、ヴィノンと同じ銀等級の冒険者とのことだ。
「それじゃ、お言葉にあまえてごちそうになろうかな」
「どうぞ。好きなものどんどん頼んでくれていいよ」
テーブルに並べられた料理を食べながら、俺は話を切り出すことにした。
「それで、ヴィノンはどうしてエーレからラソルトに流れることになったんだい?」
「三年前、ヴィノンはガシャルのところに臨時パーティーメンバーで参加していたんだ」
ガシャルの話っぷりだとそんな気はしていた。
「当時、銀牙狼が率いる魔物の群れが森に出現したんだ」
「名前からして狼か犬系の魔物かな?」
「ああ、確かミエント大陸から来たばかりだっけ? それじゃ、知らないのも無理ないかもね。その通り…… ただし魔物ではなく魔獣の分類になるけどね」
メイシャさんは当時の事を思い出しながら、話してくれた。
森で銀牙狼の居場所が絞り込めたとのことで、冒険者達は攻勢をかけることになったそうだ。
丁度、エーレには序列171番と172番の勇者、フィーガ兄弟のパーティーが来ていたため、勇者も討伐に参加してもらえる。
絶好のタイミングだとギルドも判断したらしい。
―・―・―・―・―・―・―・―・
三年前……
エーレ北の森……
木の上で弓使いの冒険者が遠方に陣取っている魔物の群れの様子を探っている。
「ガシャル、見つけたぞ! 間違いない、銀牙狼だ。あの魔物の布陣を突破できれば……」
パーティーメンバーの弓使いが降りて来て興奮気味に報告する。
「くくくっ、ついに俺にも運が向いてきやがった。フィーガ兄弟は森の深部を西周りで探索している。銀牙狼がこっちにいるとはまだ気づいていないだろうさ」
ガシャルは嬉しそうに口角を吊り上げた。
ここはガシャルの他に5パーティー、総勢25人で探索にあたっている。
その中にメイシャが所属するパーティーの姿もあった。
ガシャルのパーティー以外の冒険者の表情は一様に暗い。
確かに全員で挑めば魔物の囲みを破って銀牙狼を倒すことが出来るかもしれない。
しかしそれを成し遂げた時、ここにいる25人中、何人が生きて立っていられるのか……。
銀牙狼の見た目は銀の牙と爪を持つデカいだけの狼にしか見えない。
魔獣の中ではその力は最も弱い部類の位置付けだ。
しかし、その銀の牙と爪は銀牙狼の能力で常時魔力で強化されている。
爪は大抵のものを容易く引き裂き、牙は大抵のものを容易くかみ砕く。
さらに言葉こそ持たないものの、人類並みの高い知能を持つといわれている。
格下の魔物を従えて自らの兵隊として使うぐらいの事は普通にこなす。
その知能こそが、銀牙狼が特級の討伐対象になっている所以だった。
「ガシャル、ここは退こう。ここで勝てたとしても半分以上が死ぬことになるよ」
ヴィノンがガシャルに攻勢に出ることを思い留まるように提案した。
「ああ? 何言ってやがる! 俺達だけで魔獣を倒せたら、俺はミスリル級に昇格確実だ。うまくいけば勇者認定もありうるかもしれねぇ」
ガシャルは自分の判断を曲げるつもりは無いようだ。
「でも、銀牙狼は知能だって高い。僕たちがここまで接近しているのに何も動きを見せないのは変だ」
「はっ! いくら賢いと言っても所詮は犬畜生だろ! 先行している連中が一番手薄な場所を見つけて戻り次第、仕掛けるぞ!」
「そうかい…… なら僕はこれ以上ガシャルの決定には従えないよ。今、ここで抜けさせてもらう」
ヴィノンはそう言うと背を向けて来た道を引き返し始める。
「おい! 待て! この腰抜けが! 勝手な真似は許さんぞ!」
怒鳴り散らすガシャルの事など全く意に介することなく、足早に立ち去るヴィノンの姿はすぐに見えなくなった。
「おい、大声を出さないでくれ! 魔物どもに気付かれたらどうするんだ!」
パーティーメンバーが激昂するガシャルを止める。
「くそっ! あいつ、ただじゃおかねぇ…… まあいい、あんな臆病者いても足手まといにしかならん。 全員、戦闘準備を整えておけ! 銀牙狼を倒せたら親父に言って村からも特別報酬を出してやる。期待しておけ」
メイシャを含む冒険者の多くはヴィノンに同調して離脱しておけばよかったと思った。
報酬が期待できても、死のリスクはそれを大きく上回る。
金等級のガシャルが率いるパーティーは全員実力者ぞろいだ。
そんなメンバーたちに守られながら戦っているガシャルは、他の冒険者たちよりはるかに生存率が高い。
死ぬのはきっと自分たちで、生き残るのはガシャルとそのパーティーメンバーだけになると誰もが予感していた。
絶望的とはいえ、まだ死ぬと決まったわけではない。
一握りの生存の希望を繋ぐために、冒険者たちは念入りに戦闘準備を行う。
すいません、まる一週間更新できませんでした。
社畜のリアルで金曜日にプレゼンしなきゃいけなかったので……。
資料やプレゼン原稿作成にかかりきりでした。
残念ながら働かざるを得ないのです。
プレゼンは何とか乗り切ったので、投稿再開します。
あうっ……更新が一週間滞っている間にブクマが
2剥がれてしまいました……。
またブクマつけてもらえるように頑張ります!
引き続きよろしくお願いいたします




