百五十五七話 ガシャル…… どうか死なないでくれよ。
ガシャルにとって、訓練という名の一方的な私刑が始まった。
一応目隠しをして見えないことになっているので、奴の方から先に仕掛けさせるつもりだ。
俺は棒立ちでガシャルが動き出すのを待っている。
柵の向こう側…… アルトとヴィノンが見守っている場所に人影が一つ駆け込んできた。
あれは…… ガル爺の孫娘…… 確かアルエットだったか?
この前見た騎士服に鎧ではなく、淡い若草色の村娘風の服装だ。
ということは、今日は冒険者として出かける予定は無いのだろう。
「ヴィノンさん、これは一体…… なにがあったんですか?」
「やぁ、アル…… あれだよ」
「ガシャルと ……あれは昨日、ヴィノンさんと一緒にうちに来てた子よね」
「そうだね」
「何を始めるつもり?」
「ガシャルが僕たちの体に身の程を教えてくれるんだってさ」
「!! そんなことを言われて、あんな子供を一人でガシャルと戦わせているんですか? 武器も持たずに目隠しまでしてるじゃないですか! あれじゃ死んでしまうかもしれないですよ?」
「うん…… まぁ、僕も内心すっごくハラハラしてるんだけどね。でも、アルドが止めなかったからさ。だったら大丈夫なのかなぁ ……って」
「どうなんだろうな……。ハルトが自分で大丈夫と言ったから好きにさせただけだ」
「え? それ、大丈夫なのかい? ハルトきゅんに何かあったら僕、ガシャルを殺しちゃうかも……」
「その前に多分、ピリカが暴走してエーレにいる人間は皆殺しになる気がする」
流石はアルド……。
俺と同じ結論か。
「ま、まさかぁ……。 精霊ちゃんにそこまでの力が?」
ヴィノンが懐疑的な目で柵に腰かけているピリカを見る。
「あっ!!」
ピリカの様子を見てヴィノンが素っ頓狂な声を上げる。
「ひゃっ! ど、どうしたんですか? 急にヘンな声出したらびっくりするじゃないですか!」
アルエットがヴィノンに抗議する。
それを無視して周囲に聞こえないように、小声でヴィノンがアルドに声を掛ける。
「アルド…… 精霊ちゃんが膝に乗せてるあれって……」
「なんだ、今頃気付いたのか?」
「ハルトきゅん、目隠ししてるけど実は見えてるよね?」
「ああ、見えているし、きっと俺達の会話も聞こえているな」
二人とも正解!
ピリカが膝の上に乗せているのはドローンだ。
もちろん電源は入っている。
目隠しをして訓練所の中央にいる俺が何故、アルエットがここに来たことを知り、三人の会話を聞けているのか……。
それはドローンのカメラが映像を、マイクが音を拾っているからだ。
そして、それらのすべてが無線通信で脳内PCを通じて俺に届いているからに他ならない。
俺自身の肉眼は何も見えていなくても、もう一つの目と耳が極めて精密なデータを俺に送り続けているわけだ。
ガシャルの動きは1㎝単位で分析されて俺に筒抜けだ。
冷静さを欠いているとはいえ、それでも武器を持ち身体能力も俺より高いガシャルの方が圧倒的に有利……。
俺はこの差をひっくり返すべく最後のカードを切る。
格ゲードライバをリミッター70%カットで起動。
更にドローンから届くデータとリンクさせて自動戦闘モードに切り替える。
リミッターを100%カットにしないのは、もちろん【ブレイクスルー】で身体強化を行っていないからだ。
強化魔法無しでリミッターを全カットしたら、限界を超えた動きによって、重要な臓器が損傷して命に関わりかねない。
【ブレイクスルー】なしの状態でのリミッター解除はこの辺りが上限だ。
それでも一時的に人間の限界性能の遥か上を行くポテンシャルを発揮する。
しかも自動モードの格ゲードライバが情け容赦一切なしで俺の体を突き動かす。
そして、襲い掛かるガシャルをあっという間に叩き潰すだろう。
ガシャル…… どうか死なないでくれよ。
棒立ちの俺に対してガシャルが右側面に回り込んできた。
当然、見えないことになっているから微動だにしない。
というかできない。
既に身体を動かす主導権は脳内PCに移ってているからな。
ガシャルは自分の動きが筒抜けである可能性を全く考慮していない。
ニヤリと悪い笑みを浮かべながら俺を木剣の間合いに捉える。
そしてそのまま、武器を振り上げる。
後は振り下ろすだけ……。
脳内PCの計算だとこれを無防備に受けると、鎖骨と頸椎が砕けて一生ベッドから出られなくなる…… 最悪死ぬようだ。
もっとも、脳内PCはすでにそれを回避する最適解を弾き出している。
そのまま無言でガシャルは木剣を振り下ろした。
攻撃時に【馬鹿め! 後悔して死ねぇ!】とか言ってこないだけ、マシなのだろうか?
俺のオタ知識だと、この手のやつはそういったやられフラグを盛大に建築するものだけどな。
まぁ、どっちにしても無駄だけど……。
脳内PCはガシャルの腕の筋肉の収縮が始まった瞬間に超反応で俺の体を突き動かす。
俺はすでに相手の間合いの内側に体を滑り込ませて、攻撃態勢に移っている。
強化魔法無しでは人間の反応速度を超えたこの動きに対応できるはずがない。
ガシャルの目が俺の動きを追えたとしても、すでに振り下ろし始めた木剣を止めて俺の動きに対処することはできない。
当然、俺の肉体はそんな動きに耐え切れず、全身の筋肉や骨が悲鳴を上げてすさまじい激痛が駆け巡っている。
あくまでもガシャルを一方的に制圧することを優先して格ゲードライバを設定してあるからな。
利き腕をしならせ、スナップを効かせて手の甲でガシャルの両目を打ち付ける。
【目打ち】という古流拳法の基本技だ。
「ぐあっ!」
突然、予想外のカウンターで目を攻撃されてガシャルの体勢が崩れる。
ここまでの体格差をものともしないのは、当然格ゲードライバによる無駄のない動きと、リミッターを解除して身体の限界以上のポテンシャルを引き出しているせいだ。
そのままガシャルの腕を取って肩に乗せて一気に極める。
【引天秤】と呼ばれる関節技だ。
もちろん、格ゲードライバは一切容赦しない。
ゴキッっと嫌な音が響いてガシャルの腕は容易くへし折れた。
「ギャアァ!」
あまりもの激痛にガシャルの叫び声が響く。
そんな汚い声で叫ぶんじゃないよ。
俺だって意思に反して、無理矢理体を動かされているせいで死ぬほど痛いんだ。
叫びたいのはこっちだっての!
脳内PCは流れるようにそのまま【空気投げ】でガシャルを投げ飛ばす。
いや~現役時代にこんなに動けていたら、絶対に競技会で世界獲れてたよな。
こんなずるして表彰されても虚しいだけだろうけどさ。
しかし折れた腕で投げ技決められるなんて……。
ちょっとガシャルが可哀想になってきた。
激痛のせいでガシャルは受け身どころではない。
首から地面に叩きつけられていた。
うわぁ…… 大丈夫か?
死んだりしていないよな?
非情にも格ゲードライバはすぐさまガシャルの首を極めてそのまま締め落として意識を刈り取ってしまった。
いやこの場合、意識がない方が痛みを感じないで済むからせめてもの温情と言えなくもないか?
あっという間に決着がついてしまったな。
俺は大急ぎでドローンにコマンドを送る。
コマンドを受信したドローンのLEDライトが一回だけ点滅する。
ピリカには事前に二つ頼みごとをしてあった。
一つはドローンを持って全体を見通せる場所に居てもらうこと。
もう一つは合図したらすぐ回復に来てくれるように……。
一瞬ライトが光ったのを確認したピリカはすぐに動く。
「アルド! これ、ちょっとお願いね」
ピリカはドローンをアルドに預けると、俺のところまで滑空してきた。
「え? あれはあの子の契約精霊よね? しゃべった……。 聞き間違いじゃない…… 絶対しゃべったよね?」
アルエットがヴィノンに詰め寄っている。
「うん、しゃべったね」
「なんで? ヴィノンさん知っているんですか?」
「ハルトきゅんの話だと精霊は話せないのではなく、仲の悪い人類とは話さないだけなんだって言ってたよ」
「でも、人類側についている契約精霊ですら、言葉を発することなんて……」
「うん。無いね」
「精霊術師が素手でガシャルを圧倒なんて……。あの子…… 一体、何者なんですか?」
「ダメだよ! ハルトきゅんは僕の運命なんだからさ!」
「また、ヴィノンさんのヘンな病気ですか……」
アルドの手に渡ったドローンのマイクがそんな会話を拾っている。
ヴィノンとアルエットの話を聞いているうちにピリカが俺のところまでやってきた。
今、格ゲードライバを切ればすさまじい激痛で俺は泣きながら転げまわる羽目になる。
それを察したピリカが回復術を発動してくれる。
痛みが引いたことを確認して、ようやく俺は格ゲードライバをOFFにすることが出来た。
「ありがとう。実はもう、痛くて泣いちゃいそうだったんだ」
「ハルト、ちょっと無茶しすぎだよ」
そういって俺にくっついてくる。
「さて、すまないがここに転がっている奴にも回復を頼む」
「えぇ~っ。 このまま止め刺しちゃえばいいんじゃない? ハルトを馬鹿して暴力ふるうような奴、生かしておく意味ないよ」
「そういわずに頼むよ。こいつに死なれたらここでピリカと幸せに暮らせなくなるかもしれない」
「え? そうなの? ハルトとピリカの幸せのためだったらしょうがないな……」
ピリカはガシャルにも回復魔法を施す。
その間にアルドとヴィノン、ガシャルの三人のパーティーメンバーとアルエットがここまでやって来ていた。
後は最後の仕上げだな。
ガシャルを起こして奴にヘンな気を起こさせないように釘を刺せばミッションクリアだ。




