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百五十四話 日本語訳でひばりちゃんだな。

 俺はガルバノになぜ森を調査したいのか、その経緯を説明した。


「それでこの200年、魔物や魔獣が増えている原因が森にあるというのか?」


「あるかもしれない ……です。調べてみないと分かりません」


「ふむ……」


 ガルバノは少し考え込んでいるようなそぶりを見せる。

不意に入り口から一人の年配の女性が入ってきた。


「ガル爺、おや、お客さんだったかい?」


「ああ、かまわんよ。ちょうどいま上がったところだ」


 ガルバノは手に持っていたナベを女性に渡す。


「ありがとうね、助かったよ。やっぱり使い慣れているのがいいからさ」


 女性は数枚の銅貨をガルバノに渡すと工房を出て行った。


「えっと、今のは魔法のナベとかだったり?」


 勇者がわざわざ直すナベということはもしかして……。

念のため聞いてみた。


「何を言っとるんだ? 普通のナベに決まっとろうが。大体魔法のナベってなんだ? そんなものは聞いたことが無いぞ」


 ですよね。


「話が逸れたな……。それで、魔物被害が増え続けている原因は精霊が地脈に異常があると言ってるから……。それだけの理由で森を調べるつもりなのか?」


「そうです」


「その前にお前ら、わしの事は【ガル爺】で構わん。もう、引退したジジイだからな。勇者どころか冒険者としても、とてもやっていけん。そんな畏まって話しかけられてもむずがゆくてかなわん」


「了解だ。こっちも気楽で助かるよ、ガル爺」


 アルドも頷いて了解の意を表す。

ペポゥ討伐の時に【裂空剛拳】はもう……。

そんなことをラソルトの冒険者たちが言っていたけど納得だ。

いくら二つ名持ち勇者(ネームド)だからって、こんな爺さんにあの泥団子と戦えなんて言えないよな。

さすがに死刑宣告と同じだ。

【裂空剛拳はもうとっくに引退しちまってるよ】が、後に続く言葉だったか。


「で、その話を信じろと? そもそも精霊はしゃべらんだろ? つくにしても、もうちょっとマシな嘘をだな……」


「……って言ってるぞ? ピリカは俺と話してくれないのか?」


「こんなクソ勇者の寝言はどうでもいいよ! ハルトとおしゃべりできなくなったら、ピリカ、悲しくて泣いちゃうからね!」


 !!


「なん…… だと? こんなことが……」


「当然そうなるよね? 冒険者の経験が長い者ほどね……。 経験が浅い連中は、【しゃべる精霊って珍しいな】で、片付けられるかもだけど……。基本いないんだよね。人類と話をする精霊ってさ」


 ヴィノンがやれやれポーズでそう付け加えた。


「はるか大昔、人類が精霊と共に魔王と戦っていた時代には、精霊は人類と言葉を交わしていたと伝承にはあるが……。 実際に言葉を発する精霊はわしも初めて見たぞ」


 ピリカは再びツーンとそっぽを向いてしまっている。

【貴様と話す口は持ち合わせていない!】……ということか。

確かに、俺以外にピリカが言葉を交わした人類は少ないな。

アルド、リコ、ラッファ、ヴィノン……。

あとは俺に頼まれて渋々、孤児院の子供達…… ぐらいじゃないのか?

ガル爺とも直接話はしていない。


「精霊がそう言ったというのはわかった。で、だから小僧はその言葉を信じてその原因を突き止めるつもりだというのか?」


「そうだ」


「原因を突き止めてどうするつもりだ?」


「可能なら原因を取り除こうと思っている」


「何のために? 小僧がそれをする理由がわしには分からん」


「簡単なことだ。今の状態だとこの村や森はピリカにとって居心地が悪いらしい。ピリカが住みやすい環境づくりは俺にとっては最優先だからな。無理そうならここを出て俺とピリカが快適に過ごせる場所を探しに行くだけだ」


「今更なんだけど、ハルトきゅんの旅の目的ってそれなのかい?」


「他に何があるんだ?」


「なら、この問題が解決して精霊ちゃんの居心地が悪くなくなったら、エーレにずっと住むということかい?」


「もうちょっと見てみないと決められないけど、最有力候補にはなるな。」


「!! はうっぅ! ハルトきゅんが…… エーレに永住…… エーレに……」


 なんだこいつ?

急にプルプル震えだして……。

いや、俺は別に永住するなんて一言も言ってないぞ。

やはり危ないヤツにしか見えない。


「ハルトきゅん! さっさと調査を始めよう!」


「おい、突然どうした? そのためにガル爺の許可がいるんだろ?」


 急にがっつき始めたヴィノンの豹変っぷりにアルドが釘を刺す。


「もはやそんなの関係ないね! このジジイがどんなにへそ曲げようが行っちゃっていいからさ! 僕が許可するよ」


 もう無茶苦茶だ。

お前になんの権限があって森の調査許可を出せるというんだよ。


「ほらほら、ジジイ! さっさと許可しちゃいなよ! どこでも自由に調べてよし! それでいいよね?」


「ふざけんな! この変人がぁ!」


 ガル爺がヴィノンの後頭部をスパーン! っとはたいた。


「いたぁっ! 何すんだ! このジジイが!」


「お前こそ突然なに言い出すんだ! わけのわからん事ほざくなら調査の許可やらんぞ!」


「ガル爺、わかってるのかい? ハルトきゅん達がこのまま別の土地に流れて、他国に行っちゃうようなことになったら……。ペポゥ討伐の英雄をむざむざ流出させる気かい?」


「そう思うならちょっと黙っとれ!」


「ぐっ…… むぅ」


 ヴィノンがガル爺に一喝されて押し黙る。


「まったく…… お前たちも災難だな。こんな変わり者に付きまとわれて……。ウデは悪くないんだがな。何しろ、こんなヤツだからどこのパーティーに行っても長続きせん」


 だろうな。

すごくわかる。


「結論から言えば、森は全て自由に調べてもらって構わん」


 おっ、意外とあっさり許可出たな。

金貨1000枚の要求とかは無かった。


「ただし、二つ条件がある。一つ目は森で遭遇した魔物や魔獣は必ず狩るように。魔物や魔獣を一匹でも減らすことは冒険者の本分でもある。問題は無かろう?」


「わかった」


 俺の代わりにアルドが返事をしてくれた。


「お前達の手に余るような魔獣が出た場合、無理して戦えとは言わん。その時は、必ず魔獣遭遇の報告をギルドに行うこと。ペポゥを倒すほどのお前達には余計なお世話だろうがな」


「いや、あれは充分に作戦を立てて準備を重ねたから出来たんだ。いきなりあんなのと遭遇したら普通に死ぬって」


「そんなことはわかっとる。さすがにペポゥみたいなのは現れん。心配するな」


 一応、反論はしておいた。

いざとなれば、ピリカ先生に泣きつけばいきなりペポゥに遭遇しても倒してくれそうな気はするけどな。

これ以上、おかしな目のつけられ方はされたくない。

そこはケースバイケースになるだろう。


「それで二つ目は何だい?さっさと言っちゃいなよ!」


 やたらとヴィノンが話を急かす


「モルス湖のほとりにモルス山脈に入る登山道がある。山には勝手に入るな。もし入る必要があるなら必ずわしに声を掛けろ」


 なるほど…… 山は立ち入り禁止ということか。


「ガル爺に言えば入ってもいいのかい? なら今、ここで山も立ち入り許可をくれないかい?」


 ヴィノンは考えなしにグイグイ行くんじゃない!


「それはできん。あそこの管理こそが【セントール】の系譜に課せられた本当の使命だ。話を聞いたうえで必要と判断したなら、わしが同行する。だから絶対勝手に行くんじゃないぞ。いいな?」


 頭から一切立ち入り禁止にするつもりは無いらしい。

なら、ここは素直に従っておいた方がいいと見た。


「わかったよ。原因が森にあると決まったわけじゃないし、山に行くことになったら必ずガル爺に相談に来ると約束するよ」


「ならばいい。あとは好きにしてかまわん」


 ガル爺の表情が少し緩くなった気がする。

一応、言いつけを守ったうえで行動するつもりなのは理解してもらえたようだ。


 その時、工房の奥の扉が開いた。

多分、住居部分に繋がっている扉だろう。

中から出てきたのは、年頃の少女だ。

リコと同年代…… いや、もう少し若いな。

肩まで伸びた明るい金髪にこれは…… 青を基調とした騎士服と言えばいいのか?

服の上から肺と心臓を重点的に守るためのブレストプレートを身に付けている。

鎧越しにも関わらずスタイルが相当良いのがわかる。

地球なら間違いなくトップアイドルクラスの破壊力だ。


「お爺ちゃん、それじゃ私、行くから……」


「ん? ああ、今日もグナンテ討伐か?」


「そうよ。一昨日にそう言ったでしょ? ガシャル達と行ってくるわ」


「そうか……。 くれぐれも気をつけてな」


 少女は返事を返すこともなく無言で外に向かって歩き始める。


「久しぶりだね、アル。ずいぶんと可愛くなったじゃないか」


 ヴィノンは明るく笑いかけて少女に話しかけた。

このチャラ男、この子とも面識ありか。


「ヴィノンさん、戻って来たんですね。いつまでもフラフラしていないで、もっと冒険者として仕事もしてください。せっかくの銀等級なのに実績不足で等級落ちしますよ?」


「相変わらず厳しいなぁ…… でもご心配なく。この前ラソルトですんごい実績上げたからね。当分は等級落ちの心配とはおさらばだよ」


「……そうですか」


 それだけ言うと、俺達には挨拶ひとつなく一瞥しただけで工房から出て行った。

なんだろう?

ちょっと難しそうな子に見える。

地球でもあの年頃の女子の事は全然わからんかった。

もはや同じ地球人なのかさえ疑わしいほど、俺とは生態が別物だったからな。

あんなものなのかもしれない。


「なんか、アルはますますとんがってきた感じがするね」


「まぁ、そう言ってやらんでくれ。あれはあれで色々とな……」


 ガル爺は何とも冴えない薄笑いを浮かべている。


「ヴィノン、あの子の事知ってるのか?」


「ああ、あの子はアルエット。ガル爺の孫娘で確か年は18だったかな?」


「17だ。次の誕生日で18になる」


「そうそう、17。登録上、ガル爺のパーティーメンバーの扱いだから日輪級って事になってる。ああして、他のパーティーに臨時加入する形で冒険者をやってるよ」


 アルエット…… 単なる偶然だろうけどフランス語で【雲雀】か。

日本語訳でひばりちゃんだな。

どうでもいいけど……。


『ピリカ、あのアルエットって子が言ってた【グナンテ】って何? 魔物だと思うけど』


『えっと、地球の呼び名でオークのことだよ。ザコだねザコ』


 そういえばラライエではオークは未遭遇だったな。

地球での出現例はかなり多かったけどな。

普通に銃器による物理攻撃が通用する魔物なので、地球でのランク付けもそれ程高くない。

機動力のあるノールの方が強敵認定されている。

早速、グナンテはオークに脳内変換しておく。


「中央大陸じゃオークは結構出るのか?」


「そりゃもう、うんざりするほどね。エーレじゃあれの間引きは冒険者の大事な仕事の一つだよ」


「なるほど……」


「ハルト、お前はそのオークの事知っているのか?」


 おっと、アルドは知らないか。

となるとやっぱりミエント大陸にはオークはいないっぽいな。


「俺も実物は見た事がない。資料でしか知らないけどな。ゴブリンより大型で強い、オーガと比べるとはるかに格下のザコだ。そして機動力はノールの方がずっと上だ。ゴブリン以上、ノール以下の魔物と思っておいていいと思う。多分、群れで出現する」


「多分、じゃなくてほぼ確実に群れで出現する ……と、訂正しておこうかな。僕はそのノールって魔物を知らないけど、ゴブリン以上、オーガよりはるか格下って言うのは間違いないよ。さすがハルトきゅん、中央大陸の魔物の事も知ってるなんて勉強熱心だね」


「まぁ、可能な限りは調べておかないとな。初見の相手に足元掬われて死ぬことだけは勘弁してほしいからな」


「小僧のくせになかなか殊勝な心掛けだな。冒険者として生き残るには大事な事だ。これからもその心構えは忘れんようにしろ」


 ガル爺は俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。


「ああっ! このクソ勇者! ハルトに触んなぁ! シャシャァッ!」


 ピリカさん、俺は別に気にしてないから大丈夫だって。


「ああっ! このクソジジイ! ハルトきゅんに触んなぁ! シャシャァッ!」


 ……で、このチャラ男はピリカさんと並んで何やってんだ?


 今年の秋アニメは、見なきゃいけないやつばっかりで

時間がますます足りないです。

確実に殺しにかかってますね……。


 気力を振り絞って明日中に何とかもう一話投稿を……。

引き続きよろしくお願いいたします。

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