百五十三話 フラグの回収が早すぎだっつーの!
ヴィノンの案内でざっと村の主だった店や施設を見て回った。
広さは思ったよりある。
村の面積はラソルトより確実に広い。
その分、民家などの建物の間隔はかなりある。
人口密度は過疎化が進み始めている日本の山村といい勝負とみた。
この分だと人口は500人いるかいないかってところかな?
にもかかわらず、宿や店舗の数は多い。
国の物流を担う商人、森の魔物や魔獣を狩る冒険者などがそれなりの人数になるため、そういった施設の需要があるということなんだろう。
ということは、外から村に訪れる人間が落としていく金は結構大きく、村自体は経済的に潤っているとみた。
充分な物流があるため、村にある店舗で必要なものは一通りそろえることが出来そうだし、冒険者ギルドも結構デカくて、ラソルトの倍以上の規模になっている。
魔物・魔獣の襲撃が多い土地柄、滞在している冒険者の質・量ともにラソルトよりエーレの方が多いためだ。
しかし、ここが人口の少ない田舎の村であるという理由で、冒険者ギルドは支部ではなく出張所という扱いらしい。
「エーレは大体こんな感じだよ。言った通りただの田舎の村でしょ?」
「良いじゃないか。俺は嫌いじゃないぞ。こういう場所……」
「そうかい? ハルトきゅんが気に入ってるのならいいんだけどさ」
ただし、地脈に混ざり込んでいる穢れのせいでピリカは居心地が良くないらしい。
これはいただけない。
ピリカが快適に過ごせない環境であるなら、ここでヒキオタライフを謳歌するわけにはいかないよな。
なかなかままならないものだ。
さて、一日かけて村の主要なところは一通り回り切った。
日も落ちてきたことだし、今日はこの辺で切り上げるか。
残りはまた追々、マッピングがてら見て回ればいいだろう。
1月5日
今日はエーレに住んでいるある人物に会うために、村の隅っこの方にある家に向かって歩いている。
先頭で俺達を案内しているのはもちろんヴィノンだ。
「そこまで気が乗らないのか?」
並んで歩いているアルドには俺がなぜ行きたくないのか理解できないようだ。
「当然だろ? フラグの回収が早すぎだっつーの!」
「ハルトきゅん、その【フラグ】って何なんだい?」
「いや、何でもない。気にしなくてもいい……」
「ハルトがいやなら別に無理に行かなくても良いんじゃないの?」
俺の頭上でふわふわと浮いているピリカさんがそんなことを言う。
そういうわけにもいかない。
ピリカが気にしている穢れの原因を追うために必要だというのなら仕方がない。
……。
……。
朝、食事の席で唐突にヴィノンが切り出してきた話を思い出す。
「おはよう、ハルトきゅ~~ん! アルドと精霊ちゃんもおはよう! 今日はガル爺のところに挨拶に行くよ! 森の深部に行くかもしれないなら絶対に話をしておいた方がいいからさ」
「それは一体誰だ?」
「エーレに着く前にも話したじゃないか! 二つ名持ち勇者、序列22番…… 【裂空剛拳】のガルバノだよ」
……まじかぁ。
二日前にあまり関わり合いにならないようにしようって決めたばかりだぞ。
そんな、人間辞めてそうな奴にわざわざ会いに行く意味が分からん。
「何でそんなのに挨拶が必要なんだ?」
「北の森は魔物や魔獣が多いこともあって連盟が監視しているんだよ。……で、その監視の役割を代々担い続けているのが、勇者ガルバノがいる【セントール】の系譜なのさ」
「なるほど……。森に入るには勇者ガルバノの許可が必要なのか」
アルドは微妙なパンを齧りながら答える。
「一部、許可なく入っちゃダメなところがあったはずなんだ。森を詳しく調べることになるなら、行って良い所とダメなところは確認しておかなくっちゃね。それ以外の場所はそこまで厳格なものじゃないよ。森に入って魔物狩ったり素材取ったりは自由にやって全然大丈夫だよ」
「確かに…… 地図だと北側の街道は森を一直線に突っ切ってトランに伸びている」
森に入ること自体は特に制約はなさそうだ。
「それに、武器の手入れも出来れば引き受けてもらえるようにしたいよね」
「おい! 二つ名持ち勇者にそんなことをさせるつもりなのか?」
なんかアルドの表情が引きつっている。
さすがにそんな畏れ多いことを…… ってところか。
「ああ、そこは気にしなくてもいいよ。ガル爺はエーレ最高の職人で、それが本職だからね。【裂空剛拳】のガルバノ……。御年78歳。すでに勇者としては引退状態だよ」
……。
……。
ガルバノの家に向かう俺の足取りは重い。
俺がラライエに来て出会った勇者はセラスだけ。
当然、勇者に対する印象は最悪だ。
しかも、次に会うのは引退したとはいえ二つ名持ち勇者ときた。
アルド曰く、二つ名持ち勇者にまでなれば引退しても生涯二つ名持ち勇者としての地位が失われることはないらしい。
森の監視を連盟から一手にまかされている勇者が率いる一族か……。
普通に考えれば利権ズブズブだろ。
ここが日本だったら、元官僚の天下りが顧問についているような森林組合的な団体と化していると思われ……。
【お前ら森の調査をしたいのか? 手数料は金貨千枚だ!】とか言われても驚かない。
あ~やだやだ。
そんなことを考えながらヴィノンの後に続いて歩く。
「見えてきた。あそこがガル爺の家と工房だよ」
ヴィノンが指し示す先にあるのは、ラソルトでアルドがミスリルの剣を仕上げてもらったところと大して変わらない大きさの住居兼工房だ。
意外だな。
もっと、屋敷のようなデカさの場所と思っていた。
住居の大きさはむしろラソルトの工房の方がデカいぐらいだ。
ヴィノンは工房の入り口から中に入る。
「ガル爺、久しぶり! ちょっといいかな?」
そうだとは思っていたが、やはり面識ありか。
このチャラ男、どこまで交友関係が広いんだ?
工房の奥で何やら仕事をしていた老人が、ヴィノンの声を聴いてその手を止めてこちらを向いた。
「ヴィノンか……。 何の用だ? お前さん、ラソルトに拠点を移すって出てっただろ?」
白髭を蓄えた、つなぎを着た老人がこちらに向かって歩いてくる。
腰や背筋は曲がっていないが、腹も出ていて余計な肉が少しばかりついている感じがする。
これが序列22番の二つ名持ち勇者なのか?
確かに現役を退いて相当な時間が経過していそうだ。
素人の俺にも冒険者としてやっていけそうな風体だとは思えない。
その手に持っているのは…… ナベ?
えっと、勇者がナベの修理していたのか?
ヴィノンの話じゃエーレ最高の職人なんだろ?
こう ……なんかめっちゃ高そうな武器の手入れとかしたりしないのか?
「ちょっと気が変わって、いや!そうじゃない! 運命に出会ってね。僕はこの二人と一緒に行くことに決めたんだよ!」
老人は俺達の方に視線を移す。
俺の隣にピリカがくっついているのを見て、一瞬だけピクっと眉が動いた気がしたがそれ以上の変化は見えなかった。
「そうか……。 ま、好きにすればいい。お前さんたちには初めましてだな。わしはガルバノ。そこの妙ちくりんな男からは二つ名持ち勇者と言われただろうが気にするな。はるか昔の話だ。もう、ただのじじいの職人だ」
「ハルトです。こっちは精霊のピリカです」
ピリカはガルバノに視線を合わせずツーンと澄ましている。
俺を除く初対面の人間にはいつもこの対応だからいつもの事だが……。
「アルドと申します。二つ名持ち勇者にお会いできて光栄です」
さすがはアルド、この辺は相手を見て対応を変えてくる。
「で、ヴィノンは何でまたこの二人と行こうと思ったんだ?」
「さっきも言ったじゃないか! 運命に出会ったんだよ!」
全く持って意味不明だが、ヴィノンはキラキラしながらヘンなポーズをとってその運命とやらを表現している ……と、推測した。
「……お前さんの頭の中を理解するのは不可能だと前から分かっていたことだがな。やはり意味が分からんな」
……さすがは、二つ名持ち勇者。
俺もその意見に激しく同意だ。
「ガル爺、ファルクス半島に出現したペポゥが討伐された話は?」
「さすがに知らんわけなかろう。この前までその話で持ちきりだったからな」
「そのペポゥを倒したのがこの二人だよ」
ガルバノの目に驚愕の色がはっきりと出た。
「本当なのか? いや、振舞いこそふざけているがお前さんはこんなことで冗談は言わんな」
「そういうこと」
ヴィノンはペポゥとの戦いの経緯をかいつまんでガルバノに話した。
「なるほどな……。確かにこの二人は二つ名持ち勇者に届き得るかもしれんな。お前さんが運命とか言うのも分からんでもない」
ヴィノンがどや顔で威張っている。
お前が威張る要素がどこにあったのか知らんが……。
と、思っていたら俺の頭上でピリカさんも威張っている。
うん、ペポゥ討伐の功績はピリカの物と言っても過言ではない。
ピリカさんは威張ってよし!
「おっと、話がそれてしまったよ。僕たちがここに来た理由を説明しないとね」
「ヴィノンがペポゥ討伐自慢にわざわざ来たりはせんか……。言ってみろ」
「北の森の調査をさせて欲しいんだ。多分、ほぼ全域を調べて回ることになると思うからさ」
「なんじゃと? それを許可しろというのか?」
ガルバノの目つきが鋭くなった。
すいません。前回の投稿、壊滅的に誤字だらけでした。
可能な限り修正しましたが、残っていたらすいません。




