百五十二話 ピリカがそう言った……。信じる根拠はそれで十分だ。
まずは宿の確保だな。
脳内PCで村の中のマッピングを行いつつ景色を見て回る。
うん、悪くない。
せせこましく建物が密集しているわけでもなく、今見える範囲だけなら治安が悪いようにも見えない。
宿への案内を買って出てきたヴィノンが、先頭に立って俺達を先導している。
「エーレは外部からの往来がそれなりにあるからね。宿は多いし、どこに泊まってもそんなに質の悪い宿はないよ。ハルトきゅんの好みで選んで問題ないと思うけど、最初だから今回は僕の行きつけでいいよね?」
「ああ、それで構わない」
アルドも頷いている。
ペポゥ討伐の報酬で資金は一気に潤沢になった。
よほどのことがない限り、当分は財布の中身に一喜一憂しなくてもいいと思う。
ヴィノンの案内で入った宿は、まぁ普通だった。
俺のオタク知識的に…… だが。
決して日本のホテルや旅館と比べてはいけない。
雨風がしのげて、部屋に鍵がついていてベッドがあればそれで合格にしないといけない。
空調完備とか、バス・トイレ付とかあり得ないからな。
あとは、出てくる食事がおいしく食えるものであればなおよしって感じだ。
ヴィノンがチェックインの手続きを勝手に始めている。
「それじゃ、三人大部屋で……」
!!
「ちょっと待てい!!」
全力でヴィノンを制止する。
「一人部屋、3部屋でお願いします」
ヴィノンがあり得ないほど不満そうな表情をこちらに向けている。
あ、危なかった。
最悪アルドとは同室でも構わないと思うけど、こいつは駄目だ。
俺はこいつに全ての手札を見せるつもりは無いし、何よりなんかアブない空気を感じる。
ただの思い過ごしであってほしいけど……。
部屋に入ってやっと一息ついた。
エーレについてから気になっていたけど、ピリカさんが少しだけ難しい顔をしている。
ほんのわずかな変化なのでアルドは全く気付いていないみたいだが、俺がこの変化を見逃すことは無い。
地球を離れてからずっと一緒の俺の家族だからな。
「エーレに着いてからずっと、何か気にしているんじゃないのか? ちょっと様子が変だぞ」
「え? うん、そうだね。ピリカもここに来て気付いたんだけど…… ここの地脈に穢れが混ざってるんだよ」
「それってどういうことなんだ?」
さすがにそれは俺に気付きようがない。
魔力の存在すら認識できないのに、穢れの存在ともなれば俺にはお手上げだ。
ラライエの人類でさえその話はしてこないよな。
多分、精霊にしか見分けられないもののような気がする。
「それで地脈に穢れが混ざるとどうなる?」
「別にどうにもならない ……って言いたいところだけどね」
この言い方だと何か弊害が出ている気がするな。
「この感じだと300年以上、こんな状態が続いていると思うよ」
「と、いうことはこの状態でも人類が住めなくなる土地になるとか、土壌や大気が汚染されるとかはないって事か」
「この程度だったら今はまだ大丈夫。そこまで穢れが蓄積するには最低でも5000年はかかるかな」
おぅ。
逆に言えば、このままだと5000年後には人が住めない土地になるのか……。
さて、どうしたものかな。
「まぁ、俺は5000年どころか100年も生きられないし、俺が気にしても仕方がないか……。今時点で実害はないみたいだし」
「ピリカは今の状態でもちょっと居心地が良くないかな。この感じ…… きっと誰かがわざと地脈に穢れを流していると思うの」
「マジで? 300年以上前から?」
「マジで。300年以上前から」
「一体何のために?」
「分かんない。穢れが増えてうれしいのは魔物と魔獣だけだからね」
おいおい……。
「確か、エーレの魔物被害が大きくなってきたのが200年前ぐらいからだとか言ってたけど、もしかしてこれって……」
「地脈に混ざってる穢れのせいかもだね。ピリカと違って魔物や魔獣は居心地いいと思うから」
こうなると誰が何のためにこんなことを ……ということが気になるな。
300年以上前からということなら、実行犯はもう生きちゃいないんだろうけど。
「ピリカはこれの原因がどこにあるのか突き止められるのか?」
「時間さえあれば、地脈を遡って穢れの流出元までたどることはできるよ。原因を何とかできるのかは、見てみないと分からないけど……」
「そっか……」
明日、アルド達に相談してどうするか決めよう。
1月4日
宿の食堂で揃って朝食をとる。
お約束の微妙なパンと野菜スープだ。
これはもう間違いないだろう。
これがラライエにおける定番の朝食ということで……。
日本で言うところのご飯に味噌汁、卵焼きに納豆的なやつかな?
モンテス・ラソルト・エーレでスープの具材に少しずつ違いがあるから、この辺に地域差が出てくるのだろうか?
そんなとりとめのないことを考えてパンを齧っていたら、アルドが本題を切り出してきた。
「それで、ハルトはこれからどうするつもりなんだ?」
「それなんだけど、しばらくエーレにいようかと思っている」
「それはまた何で? 言っちゃなんだけどここは見ての通りの田舎だよ?」
「別に俺は田舎嫌いじゃないぞ。それに、ちょっと気になることが出来た」
昨日、部屋でピリカから聞き出した話を俺の考えを交えて二人に話した。
意外にも、真剣な顔つきで俺の話に耳を傾けていたのはアルドよりもヴィノンの方だった。
「ハルトきゅん、その話…… 本気で言ってるのかい?」
「もちろんだ。冗談で話す理由もないだろ」
「でもその根拠は精霊ちゃんの話でしょ? 今までそんなことを言った精霊術師は一人もいないよ?」
「いや、そもそも他の契約精霊は言葉を一切話さないだろ。精霊から話を聞くこと自体、無理なんじゃないのか?」
アルドがヴィノンの言葉に反論を入れる。
「何であれ関係ない。ピリカがそう言った……。信じる根拠はそれで十分だ。俺はピリカが【明日ラライエが滅亡する】って言ったとしても信じるぞ」
「ピリカもハルトの事は全部信じてるから! だってハルトの事大好きだもん!」
ピリカが嬉しそうにくっついてくる。
「本気かい?」
「ハルトは本気だろうさ。俺も最初は驚いたけどな……。緑の泥を共に抜けてきたから分かったことがある。ハルトとピリカの間には確かに揺るがない絆がある」
さすがアルドはわかってるじゃないか。
ピリカさんもうんうんと腕を組んで頷いてアルドの言葉を肯定している。
「まぁ、精霊ちゃんの話の真偽は別にしても、ハルトきゅんがしばらくエーレに滞在するということは了解したよ。なら、最低限の基盤を作っておかなくちゃね」
「確かにそれは必要かもな。この宿は長期滞在できるのか?」
「大丈夫なはずだよ。ちょっと聞いてくるね」
ヴィノンは席を立って宿のカウンターに向かう。
「このままだと5000年後、ここは人が住めなくなる土地になるかもしれない……か」
アルドは何やら考えている。
「アルドは魔力の穢れについて何か知らないのか?」
「まったく聞いたことが無かった。ピリカが緑の泥でたまに口走っていたのを聞いたのが初めてだ」
「そうか……。実は俺もその穢れの実態はよくわかっていない。ピリカの話から魔法を使ったときに出る魔力の燃えカスのような老廃物で、魔物の魂に多く含まれていて、人類の魂には少ししかないものと思っている。そして世界そのものを汚染する、蓄積させて放置していいものじゃない……。そんな理解だ」
「ふーん。改めて聞くと興味深い話だね」
いつの間にかヴィノンが戻って来ていて後ろから俺達の話に聞き耳を立てていた。
「聞いてきたよ。前払いしてくれるなら長期滞在でもいいって」
とりあえず、当面の滞在先はここで問題なさそうだ。
「なら、まずは軽く村の様子を見て回りたいな」
「了解だよ。ハルトきゅんの目的を達成しようと思うなら、色々と準備や挨拶が必要な所があるからちょうどいいね。僕がざっと村を案内するよ」
「なんだ? ヴィノンはエーレにも土地勘があるのか?」
アルドがヴィノンに問いかける。
「僕は元々王都を拠点にしていたからね。王都からエーレ、ラソルトに流れてきたクチだからエーレの事も多少はわかるよ」
なら、ヴィノンに案内を任せてまずは村の様子を確認して回ることにしようか。
朝食を終えて一月分の宿代を支払い、俺達は村を見て回るために宿を出る。
本当にすいません。土日の間に投稿できませんでした。
遅ればせながら、152話を投稿いたします。
今年の10月は祝日が無いですね……。
実は昨日まで11日休む気満々でした。
あぶねぇ…… 危うく無断欠勤するところだった。
本日の投稿までに一人ブクマ・評価をつけて
くださった方がいらっしゃいます。
ありがとうございます。
とても嬉しく、また頑張って投稿しようという気に
なります。
これからもよろしくお願いします。




