百四十五話 あたしはあの坊や…… とてもヤバいんじゃないかって思い始めてるよ
斥候職数名が先行して、その数百メートル後ろを残りの冒険者が続く。
物資輸送のボル車はさらに距離を開けて最後方だ。
ペポゥの主は目で敵を確認しているということはわかっている。
そこを踏まえて敵に発見されないことを最優先にした陣形である。
地理的にペポゥ以外の敵からの奇襲の可能性は想定しなくていいので、ここまでとんがった縦長の陣形で進むことが出来ている。
……。
……。
人数が多い分、前回の偵察よりも慎重に進む。
そのため、移動にも時間がかかってしまった。
日が傾いてきたので野営の準備に入っているが、現在地はラソルトを出て35㎞ぐらいのところだ。
前回は一日で48㎞移動したから、10㎞以上後方での野営になった。
奴が陣取っていたのは58㎞の地点だったから、明日は23㎞進んだところで接敵する計算になる。
このままだと時間的に日中の午後、3時のおやつ時を少し過ぎたぐらいになるな。
「ギルマス、ちょっといいか?」
「どうしたんだい?」
「明日の出発時間を少し繰り上げよう」
「ん? 何でだい?」
「このペースだとペポゥに遭遇するのが夕方少し前になる」
「それがどうしたんだい?」
「今、季節は冬だ…… 日没の時間が早い。もし長丁場になったら不利になる。泥ミミズは目が無いから暗くなっても能力が低下しないだろう」
「確かにそうだね。日が落ちたら僕たちが一方的に不利になるかもしれない。さすがはハルトきゅん」
あっさりと決着が付くなら、取り越し苦労になるだけだが、不安要素は一つでも減らしておきたい。
「わかった。出発時間を1時間繰り上げようじゃないか」
ギルマスはすぐに判断を下して、時間の繰り上げを皆に伝えた。
12月25日
クリスマスがペポゥとの決戦の日になってしまった。
出発時間を繰り上げているため、夜明け前の暗いうちから出発の準備が始まる。
先行する斥候の面々はすでに出発している。
前回の偵察でペポゥのいる正確な場所を知っているヴィノンも先行組に加わっている。
全員の準備が完了して移動が始まる。
……。
……。
昼を少し回った頃合い……。
脳内PCの時計はもうすぐ14時だ。
今、脳内PCの時計は二種類の時間が切り替えられるようにしてある。
緑の泥にある俺の家を基準にしている時間。
そして今、俺がいる中央大陸の時間だ。
ミエント大陸と中央大陸では時差があるから、こうしておかないと正しい時間が分からなくなってしまう。
今、メインで表示している中央大陸の時間は緑の泥よりも3時間進んでいる。
前方から、斥候に出ていた連中が戻ってきた。
どうやら、ペポゥの位置を確認できたみたいだな。
脳内PCの地図を見る限り前回の場所から殆ど動いていないとみてよさそうだ。
最初の運は人類側にあったな。
「ハルトきゅん! ペポゥがいたよ」
「場所は前回と同じか?」
「大体同じだね。気持ち西に寄ってるけど、問題ないんじゃないかな?」
「わかった。問題ありかどうかは見てから判断する。ギルマス、ここからは特に慎重に進もう。仕掛けるまでに奴に見つかったら俺達の負けが決まる」
ギルマスは黙って頷いた。
「ヴィノン、奴に見つからず俺達が接近できるギリギリの場所まで誘導してくれ。奴を視認できなくても構わない。見つからない方が大事だ」
「任せてよ! ついてきて」
斥候組が先頭を歩いて俺達は慎重に後に続く。
二十分程進んだところで斥候組が停止の合図を出した。
「この人数でこれ以上進むと多分、見つかるよ」
「わかった。で、奴は?」
「この向こう側にある丘のてっぺんで待ち構えてるよ」
なるほどな……。
「ピリカ、こいつで空から泥団子のある場所までのルートを撮影してきてくれ」
ポーチからスマホを取りだして動画撮影モードにしてピリカに手渡す。
「ん? いいよ」
ピリカはスマホを受け取ると、ヴィノンたちが示す方向に飛び去って行った。
「今日は最初からドローンを使わないのかい?」
「そんなにお気軽に使えるものでもないんだよ。あれは俺のとっておきだと言ったろ?」
まずピリカに行かせたのは、泥団子の位置情報にもう少し正確なあたりをつけるためだ。
何せドローンの稼働時間は短い。
しかも、ここから無線LANによる手動操縦で泥団子を探すのは距離的に不可能だ。
前回の実験でピリカがペポゥの主に発見されても、奴は何もしてこないし、追っても来ないことはわかっている。
空を飛ぶ相手は構うだけ無駄だと割り切っているように見える。
10分もしないうちにピリカが戻ってきた。
「おかえり。どうだった?」
「泥団子あったよ。はい、これ」
ピリカからスマホを受けとって、動画データを脳内PCに移す。
すぐに動画を確認する。
いたな…… ここから北北西に450mぐらいか。
ドローンを取り出して起動する。
動画を元に飛行ルートを入力して、泥団子のデータを収集して戻ってくるように設定した。
「それじゃ、頼むぞ」
ドローンに離陸コマンドを送り込む。
命令を受信したドローンはローターの駆動音と共に飛び去って行く。
「あれがドローンとか言うアイテムかい?」
「そ、すごいでしょ? アレを使えばハルトきゅんの【固有特性】で危険を冒すことなく情報収集ができるんだよ」
20分ほどでドローンが戻ってきた。
足元に着陸したドローンからデータを吸い上げる。
ドローンが持ち帰ってきたのは、泥団子の詳細な位置情報だ。
泥団子自体の大きさ、ここからの距離、ルート上の遮蔽物のなどの詳細なデータを誤差10㎝以下の精度で測定してきている。
俺が持っている七機のドローン…… きっとラライエでは最強の観測者だ。
このデータを元に弾道計算アプリが【クリメイション・改】の弾道計算を開始する。
弾道計算完了を待っている間に、ボル車から俺が持ち込んだ木箱を引っ張り出してくる。
中身はもちろん【クリメイション・改】の術式だ。
画用紙もどきに術式を書いているため、大きさがほぼB4サイズになっている。
これを50枚…… リュックにいれて運ぶのはさすがに無理だった。
破ったり滲ませたりしたら、発動しなくなってしまうからな。
なので、箱に入れて別に運ぶことにした。
前日のうちに、ギルドに預けて支援物資と一緒に積み込んでもらっていたわけだ。
「これから泥団子を崩す。合図したら突撃開始だ。準備を」
「坊や…… ここから魔法を使う気か? いくら何でも遠すぎる。相手が見えないじゃないないか。どうやって命中させるつもりなんだい?」
「相手が見えるような場所だと、すぐに気づかれて泥団子が転がってくる。そうなればあっという間に全滅する。ここなら万一の場合、散開する時間ぐらいはある。全滅だけは免れることが出来るだろう」
しくじった時は【ポータル】でアルドとピリカを連れて速攻で逃げるつもりだ。
そうなれば、ペポゥはその勢いでラソルトまで侵攻してくるかもしれない。
自分のしくじりで万単位の犠牲者を出したとなれば、さすがに一生モノのトラウマになると思う。
生き延びたとしても、絶対に消えない心の傷を負うことになるのは想像に難くない。
なので、しくじるつもりはさらさらない。
冒険者や駐留軍の兵士たちが戦闘準備を進めている様子を尻目に、箱から【クリメイション・改】の術式、最初の一枚を取りだす。
箱から取り出した術式を見て、ヴィノンとギルマスの目が驚愕で見開かれる。
「ハルトきゅん…… それって…… この前買ってきた紙だよね?」
脳内PCが弾道計算を完了させた。
いちいち説明している時間が惜しい。
「よし! それじゃ始めるぞ」
【クリメイション・改】が発動する。
術式が消失して脳内PCが引いた軌道に乗り透明の火山ガス弾が放物線を描いて飛んでいく。
普通の人間の目には全く見えないが、【クリメイション・改】は泥団子に命中。
そして、炸裂することなく泥団子に深くめり込んでいるはずだ。
二射・三射と次々と魔法を放っていく。
同じ軌道で飛んでいくものは一つとしてない。
ブーメラン軌道の曲射で泥団子の裏面や側面など…… 多角方向から魔法を命中させる。
この魔法の効果を最大限に発揮させるには、全体にまんべんなく打ち込む必要がある。
それにペポゥにどこから攻撃されているのか特定させないためでもある。
「あれは、呪紋だろ? いったい何やってるんだ? もう魔法を使っているのかい?」
ギルマスがヴィノンに尋ねている。
「いや…… 実は僕にもさっぱりで……。 ハルトきゅんが呪紋使いだったなんて知りませんでしたよ」
「あの小僧、さっきからなんか魔法をぶっ放し続けてますぜ。人間には分からないでしょうが……」
ギルマスの横にやってきた猫獣人の冒険者が二人に説明する。
やはり、いくら透明でも獣人には【クリメイション】のカプセルによるわずかな光の屈折が分かるみたいだ。
リコもクリメイションの軌道が見えていたもんな。
獣人並みの視力を持つ相手には【クリメイション】は絶対に見切れない魔法ではないことを気にしておいた方がいいな。
「なんか透明の丸いのを連続で撃ってる。あっしにゃ、少し景色が歪んで見えるので何とか見えますが……」
「誰か、あの坊やが使っている魔法が何なのか知ってる奴はいるかい?」
「……」
「ここにいる全員が初見の魔法か…… ヴィノン、あたしはあの坊や…… とてもヤバいんじゃないかって思い始めてるよ」
「ハルトきゅん…… しゅごいよ、ハルトきゅん……」
ヴィノンはキラキラさせた視線をこっちに向けている。
ひいぃ……。
だめだこいつ…… 早く何とかしないと……。
すでに射出した【クリメイション・改】は35発を越えた。
もう少しだ。
地球で岩盤や巨大な岩石、崩落しそうな危険な崖を計画的に崩すときにはダイナマイトなどを使用するのが一般的だが、爆薬を使わずにこういったことを可能にする方法も存在する。
その手段の一つにガンサイザー工法(蒸気圧破砕剤工法)というものがある。
俺がやろうとしているのはまさにそれだ。
【クリメイション・改】を使ったガンサイザーであの泥団子を破砕してしまう。
泥団子に打ち込まれた50発の【クリメイション・改】は全て同じタイミングで炸裂する。
これで、泥団子は一気に破砕されてしまうはずだ。
この衝撃で泥ミミズの大部分は死滅すると思う。
さらにペポゥの主もまとめてくたばってくれれば助かるんだけどな。
アルドを危険な目に合わせる必要も無くなるし……。
最後の一枚になった術式を取りだす。
「こいつで、最後だ」
最後の【クリメイション・改】が放物線を描いて飛んで行っている ……はずである。
俺の目には見えないから分からんけど……。
「あと三分で魔法が一斉に炸裂して泥団子が崩れるはずだ。合図したら突撃を……」
ギルマスは黙って頷いた。
ボスンッ!!
向こうの丘からかすかに音と振動が伝わってきた。
【クリメイション・改】が炸裂したか。
ガンサイザーはダイナマイト程大きな爆音や衝撃が出ないのも特徴だ。
「発動した! ピリカ!」
「うん!」
ピリカは最前列の上空30mぐらいまで飛翔して、術式を展開させる。
空にかなりの大きさの魔法円が出現した。
そして、泥団子のある方角に向かって強風が吹きこんでいく。
ちょっとした台風だ。
「ハルトきゅん…… 精霊ちゃんの使っているのって風魔法だよね? 【光の精霊】が風の能力を使うなんて……」
うざ……。
ここの人類はマジで精霊の事を知らなさすぎる。
精霊に属性の縛りなんてものが無いのを本当に知らないのか……。
今、泥団子のある場所は【クリメイション・改】50発が炸裂したせいで毒ガスまみれだ。
このまま突撃すれば、ガスのせいで全滅してしまう。
なので、突撃する前に有害な火山ガスを吹き飛ばしておく必要がある。
そのために、ピリカの風魔法でガスを押し流してもらうわけだ。
ピリカの魔法は数十秒で収まった。
もう大丈夫ということだろう。
「ギルマス! いまだ!」
「野郎ども! 突撃だ! ペポゥの主は日輪級のアルドが引き受ける! 泥ミミズを一匹残らずぶっ殺せ!」
ギルマスが檄を飛ばす!
「うおおぉ!」
「行くぜ! 俺達で史上初のペポゥ討伐を成し遂げる!」
40人の冒険者と兵士たちが、一斉に駆けだしていく。
夢のシルバーウイークに突入ですね。
最近、我が家にやってくるお子ちゃまがリビングでテレビに
齧りついて連日ウルトラマンを見ています。
おかげで、めっちゃウルトラマンに詳しくなってきてしまった。
それはそうと、シルバーウイーク期間はなるべく頑張って
投稿します。
これからもよろしくお願いします。




