百四十三話 全く…… 笑い事じゃないぞ
ギルマスにペポゥ攻略作戦決行の見通しについて説明することにする。
「俺達はこれから本腰を入れてペポゥ攻略の仕込みに入らせてもらう」
「アルドの剣の手入れに三日、そこから仕上げに……」
しまった……。
一番大事な事をピリカに確認するのを忘れていた。
『ピリカさん、今更だけど例の術式はミスリルソードに直接刻むことは……』
『ハルトのお願いなら、もちろんやってみせるよ』
『そうか…… どのくらいかかりそうだ?』
『30分ぐらいかな』
『わかった。ありがとう』
日本語でこの作戦のキモの部分を確認する。
大丈夫そうだった。
これで何とかなりそうだ。
「突然なんだい? 精霊と変な言葉で話したりしてさ」
「ああ、すまない。剣の仕上げに一日……。多分、剣の慣らしに二日ぐらい。準備が整うのは七日後だ」
「……わかった。時間が惜しい。七日後すぐに出発するよ」
ギルマスはそう答える。
これはマジで俺の作戦 ……というか、日輪級のアルドが戦うこの一戦に乗る気みたいだな。
俺としては助かる話だが……。
「それじゃ、移動に丸一日かかるとして作戦決行は八日後だね」
ヴィノンは決戦の日取りを確認する。
「それまで奴が大人しくしていてくれることを祈るしかないね」
ギルマスもこればかりは運頼みだと理解しているようだ。
「さっきから話がアルドの準備のことばかりだったけど、その間ハルトきゅんはどうするんだい?」
「もちろん俺は俺で準備がある。アルドの剣が仕上がるまでの間に、こいつで泥団子を崩す準備をしないとな……」
俺はさっき買ってきた画用紙もどきを手の甲で軽く叩いてそう言っておく。
「わかった。なら七日後の朝一番、ギルドに集合だよ」
ギルマスがそう俺に告げる。
もう肚は決まっているようだな。
「了解だ。アルドにも伝えておくよ」
「それじゃハルトきゅん、また七日後にね!」
俺はギルドを出て宿に戻る。
……。
……。
さてさて、それじゃ取り掛かろうかな。
泥団子を崩すために使う魔法はもちろん【クリメイション】だ。
俺が使える魔法の中では一番威力のある魔法だが、このままではペポゥに全く通用しない。
なので、こいつのカスタマイズが必要になる。
新しい術式は今日買ってきたこの画用紙もどきを使うことにする。
ただ、これは紙の質が悪くなる分、小さく精密な術式の記述が難しい。
そこは術式そのものを拡大して書くことでカバーする。
ラライエの魔法術式は、比率そのものを崩さなければ術式の大きさに効果は左右されない。
デカく書けば記述はそれだけ容易になるが、かさばるし、多くの紙が必要になってしまう。
なので、小さく書けるものは小さいに超したことは無い。
コピー用紙の【クリメイション】の大きさはB5用紙一枚分だが、ラライエ産の紙で同じ術式を描くには倍の面積が必要だ。
つまり、対ペポゥ用【クリメイション・改】はB4用紙の大きさになる。
この【クリメイション・改】、従来の【クリメイション】との相違点は二つだけだ。
・ 火山ガスを圧縮している魔力の透明カプセルの強度
・ 火山ガスの炸裂タイミングを時限式に変更
【クリメイション】は命中すれば即座に炸裂する仕様なので、透明カプセルの強度はガスが漏れさえしなければOKだった。
だが今回は命中後、即炸裂では困る。
術者の設定したタイミングで炸裂させる必要がある。
なので、炸裂時間を設定できるように改変した。
既に脳内PCでシミュレーションは完了している。
後はひたすらペンプロッタプリンタ化した右手で量産するだけだ。
あと5日で何枚描けるか……。
計算上、50枚は欲しい。
【クリメイション】の術式を一枚描き上げるのに必要な時間は約一時間だ。
一日12時間を術式作成に使うとして、12枚/日だけど、ご飯食べたりトイレ行ったりといった生活上の時間のロスは絶対に出る。
それに、アルドとの連携の確認や作戦説明の時間も必要だ。
これらを考慮して一日10枚描けたとして50枚……。
結構ギリギリだ。
駄目そうなら睡眠時間を少し削ればいけるか。
買い出しなどはアルドに全部頼んでしまおう。
そんなことを考えているとアルドが部屋に入ってきた。
「今戻った」
「おかえり。剣はどうだ?」
「予定通り三日後に出来上がりそうだ」
「それは何よりだ。作戦決行は八日後…… 七日後の朝にギルドに集合して出撃だってさ」
「そうか。わかった」
「俺はギリギリまで部屋にこもる。買い出しなんかの準備は任せるよ」
「それは構わんが…… ここにこもって何をする気なんだ?」
「泥団子を崩す術式を作る。時間的にギリギリなんだ。あと、雑貨屋でこの紙をあと五枚追加で買ってきておいてくれ。代金はギルド持ちらしいからギルドかヴィノンに確認してくれ」
「…………」
アルドがなんか固まっている。
「ハルト…… お前…… 何を言ってるんだ?」
「だから、時間が無いから紙を追加で買っておいてくれって」
「その前だ。」
「泥団子を崩す術式を作る……」
「それは本気で言ってるのか?」
「どういうことだ?」
「俺の知る限り、ゼロから呪紋を描ける人間は世界に一人もいないぞ」
「……あ」
しまった。
これはやってしまった。
確かピリカも【人間や亜人は術式に対する理解がない】って言っていたな。
この際、アルドには正直に言ってもいいような気もする。
「確かに普通の人間には無理だろうけど、俺にはできるのさ。なぜなら……」
「ハルトの【固有特性】か」
「まぁね。これのおかげでこういうことは得意なんだ」
「ハルト、このことは他のやつには黙っておいた方がいい。下手に広まるとマズいかもしれない」
ですよね。
でも、アルドならそう言ってくれると思ったよ。
「もちろんだ。このことを知っているのはピリカとアルドだけだ」
アルドは黙って頷いてくれた。
「とにかく、ペポゥ攻略には新しい呪紋がどうしても必要だ。俺はその準備に専念する」
「わかった。外の準備は俺に任せてくれ」
「あと、剣が仕上がったら一度持ってきてくれ」
アルドは手を挙げて了解の合図を出すと部屋から出て行った。
12月20日
三日が経過した。
今日はアルドの剣が仕上がってくる日だ。
ちょっと無理して予定を前倒したから【クリメイション・改】の術式は今日で計42枚描き上がる。
このペースなら、一日残して術式の数は揃うはずだ。
術式が足りないせいで作戦が失敗すれば目も当てられない。
この手の無理はスタートダッシュでやっておく方がいい。
作戦の失敗は、この一戦に乗っかってきた冒険者たちの死にもつながる。
最悪、ペポゥが動き出してラソルトかエーレが滅亡するかもしれない。
初動以前のところで失敗要因を作るわけにはいかないからな。
夕方になってアルドが剣を持って戻ってきた。
「剣が仕上がったぞ」
「よし! じゃあちょっとだけ剣を預かるよ。夕食後に取りに来てくれ」
「わかった」
アルドは仕上がった剣を置いて部屋を出て行った。
剣は見違えるほど綺麗に磨き上げられていた。
最初は結構くすんだ光沢だったのに、今は鏡面のようなシルバーになっている。
鞘もあつらえられていて、握りもアルドに合わせたものがついている。
剣を抜いてピリカに渡す。
「ピリカ、よろしく頼む」
「はーい」
ピリカは剣身に術式を刻み始める。
30分ほどでピリカは術式を完成させた。
「終ったよ」
「ありがとうピリカ。これで勝つる」
ピリカは柔らかく微笑むと俺に身を預けてきた。
剣身に魔法円が縦並びに二つ刻まれている。
多分、面積が小さいので術式を二つに分割したんだろうな。
俺の理解できる範囲ではそれぞれ【保持】【解放】の役割を持つ術式のようだ。
……。
……。
夕食後、しばらくしてアルドが部屋に来た。
「来たな…… それじゃ、本命の話をしよう」
一度【クリメイション・改】作成の手を止めてベッドに腰かける。
「ギルドで言った通り、俺がこいつで泥団子を崩す。可能なら全部崩すつもりだが、最悪四分の一は残ると思ってくれ」
「それから俺がこの剣でペポゥの主と戦う ……だったな」
「そうだ」
アルドがミスリルソードを鞘から抜く。
剣身に魔法円が二つ刻まれていることに気付いたようだ。
「おい…… これは?」
「これが作戦のキモだ。この剣はアルドの【遠隔斬撃】と【防御無視攻撃】が同時に使えるようになっている」
「!!」
「こいつで小さくなった泥団子を斬りまくってくれ。泥団子のどこに潜んでいようとも、いやでも食らうようにな。これでペポゥの主はおしまいだ」
「……ハルト、お前分かっているのか? 俺は前に言ったよな? 【その二つを同時に使った剣士はいない】って」
「なら、アルドがその二つを同時に使った最初の剣士になるかもな。歴史に蹄跡を残すことになったりして……」
俺は軽く笑って鞘をアルドに手渡す。
「全く…… 笑い事じゃないぞ。たった三日で骨董品のミスリルソードが神の遺物級の剣に化けるとは……」
「とにかくこいつが無いと、ここの戦力でアレに勝つのは無理だ。あと三日……。この剣で【遠隔斬撃】と【防御無視攻撃】の同時使用をモノにしてくれ」
アルドは剣を腰に差して少し頭を掻いてため息をつく。
実際はピリカが本気で戦えば、あんな泥団子楽勝な気はメッチャしているが……。
それをやったら、たちまち人外認定されて中央大陸にも居場所がなくなりそうな気がする。
ここはアルドに【俺TUEEE】やってもらって、【さすが日輪級!】ってみんなの目を引き付けてもらおう。
「はぁ…… わかった。何とかしてみよう。明日から街の外でこれの特訓に入る」
「ああ、そうしてくれ。アルドがペポゥの主を倒してくれればこの戦いは勝ったも同然だ」
やれやれ……。
なんかそんなエフェクトが見えそうな背中を見せてアルドが部屋から出て行った。
さて、俺もこの一戦を勝ち確になるように、やれることは全てやってしまおう。
あの泥団子を排除しないと中央大陸本土に入れないからな。
俺のヒキオタライフはその向こう側にあると信じて、もうひと踏ん張りしますか。
何とか一話上がりました。
序章で初めてピリカが出てきたとき、イミフの文字の羅列を口走ってますが……。
実はアレ……規則性があって日本語訳できるんですよ。
はじめてハルトに出会ったピリカがなんて言ってるのか……
解読に挑戦してみるのもいいかもですね。
引き続きよろしくお願いいたします。




