百四十二話 このお兄ちゃんが必ずこの剣でペポゥを叩っ斬ってくれるからな
12月17日
一夜明けて、朝食が終わったところだ。
俺はアルドに部屋まで来てもらっている。
対ペポゥの主の切り札を仕上げるためだ。
「……それじゃ聞かせてもらおうか。俺はどうやってペポゥの主と戦えばいいのか」
「もちろんだ。そのために来てもらったわけだからな。とりあえず、アルドには今日から使う武器を替えてもらう」
「俺は剣しか使えないぞ」
「わかってるよ。ちょっと待ってくれ……。えっと何番だっけ?」
脳内PCのデータベースでこれから召喚する物の番号を検索する。
…… あった。
【ピリカストレージ】の術式に番号を書き入れて必要なものを召喚する。
現れたのは一振りの抜身の剣。
今、アルドが使っている剣よりも少し細身のロングソードだ。
「今日からこの剣がアルドの武器だ」
「持ってみても?」
「もちろん」
アルドが剣を手にして具合を確認する。
「今の剣よりもかなり軽い。少し振ってみて慣らさないと駄目だな。あと、この剣 …… もしや……」
「さすがだな。気付いた? そいつはミスリル合金製だ」
ピリカと緑の泥を探索していた時に見つけたやつだ。
「ケルトナ王国ならこれ一本で王都に屋敷が建つかもしれんぞ。いいのか?」
「いいから渡してるんだ。俺の剣術はからっきしだからな。持っていてもこいつを活かしきれない」
「……わかった」
アルドはこの剣を使うことを受け入れてくれた。
「だけどこれは二千年前のビンテージものだ。素人だから分からんが、一度手入れしないとこのままじゃ使い物にならないんじゃないのか?」
「その通りだ。だからヴィノンに工房の事を?」
「そういうこと。まずは実戦でそれを使えるように仕上げてもらう必要がある」
「分かった。できれば剣の握りも調整したい。あとこれに合う鞘も欲しいな」
「……だな。それじゃ出発しよう」
アルドは宿でシーツを一枚分けてもらってきて、それにミスリルソードを包んで出発の準備を始める。
……。
……。
ギルドに立ち寄って武器の手入れができる工房の場所を教えてもらい、工房に向かっている。
「とりあえず、その剣がアルドの手に馴染むように出来上がったら一度預からせてくれ。ペポゥの主に通用するように仕上げが必要だ」
「わかった。元々ハルトの物だからな」
「なんだい? ハルトきゅんは武器職人みたいなことも出来るのかい?」
横から目をキラキラさせてヴィノンが話に割って入ってくる。
何でヴィノンが一緒に歩いているかというと……。
このチャラ男、ギルドで俺達が来るのを待ち構えていやがった。
きっと工房の場所を聞きに来ると踏んでいたらしい。
で、勝手に道案内を名乗り出て来て現在に至るわけだ……。
「お前さ…… 偵察が終わったからもう俺達といる必要ないよな?」
「そんな冷たい事わないでくれよぉ、ハルトきゅ~ん!」
「シャシャァ!」
何だこいつ?
ピリカさん、その調子で【シャシャァ】を食らわせ続けていてくれ。
マジでなんか危ないヤツじゃないのか?
「僕は昨日、言ったじゃないか【ハルトきゅんの作戦に乗る】ってね」
「だったら、こんな所で油売ってないでペポゥ討伐に参加してくれる志願者集めをだな……」
「ああ、ダメダメ…… 僕が呼び掛けたって誰も乗ってくれないから。そういうのはギルマスに任せておけばいいよ。きっとあの人もハルトきゅんの作戦に乗る気だと思うからさ」
……常日頃からこんな調子なんだとしたら、確かにこいつの評判と人望は推して知るべしかもしれん。
「見えてきたね。あそこだよ」
ヴィノンが指し示す先に住居兼工房になっている建物が見える。
中に入ると店主だろうか? もう少しで中年に差し掛かるくらいの男が二人の子供を抱きかかえていた。
その隣には母親だろうか? 女性が一人悲しそうにその様子を見ている。
「クレオ…… 母さんとニナを守ってやるんだぞ。お兄ちゃんなんだから、できるよな?」
「……父さん ……何で一緒に行けないんだよ?」
「父さんがお前たちと一緒に行けば、ペポゥと戦ってくれる人達が困るだろ? そうなったらみんな逃げることが出来なくなるかもしれない」
「…… あなた……」
「そんな顔をするな……。何も死ぬと決まったわけじゃないんだ。こっちにペポゥが来ないかもしれないし、全員の脱出が間に合うかもしれない。念のためだ」
なんか、悪いタイミングで来てしまったみたいだ。
最期の別れの場面に割り込んでしまったみたいになってしまった。
「ここの奥さんと子供たちは今日の便で脱出みたいだね」
ヴィノンが俺とアルドに耳打ちする。
「お客さんかい? もうちょっと、別れを惜しませてほしい所だったんだがな」
「それはすまなかったね。お願いしたいことがあるんだけどいいかな?」
「ヴィノンか……。あんたの武器はこの前手入れしたばかりだろ?」
「今日は僕の用事じゃないんだ。今日のお客はこっちの二人だよ」
「精霊を連れた子供…… 初めてみる顔だな。」
「少し前にケルトナ王国から来たばかりなんだ」
「そりゃ、最悪の時に来たもんだな。あんたたちも早く脱出したほうが良いんじゃないのか?」
「二人共冒険者だからね……。そういうわけにはいかないんだよ」
さらっとヴィノンが言ってのける。
何言ってんだよ。
お前のボスが無理矢理に俺を冒険者に仕立て上げたくせに……。
「それで、何を頼みたいんだ?」
「こいつをすぐに実戦で使えるように仕上げて欲しい」
アルドがシーツの包みを店主に渡す。
「何でシーツ……」
店主がシーツを拡げるとそこからミスリル合金のロングソードが出てくる。
店主の目が見開かれる。
「おい……。 こいつは……」
「見ての通りだ。ミスリルの剣だ」
「アルド…… 君、とんでもないもの持っているんだね」
ヴィノンも驚いている。
「しかしこれは……。 相当長い間、放ったらかしにされていたんじゃないか?」
「ああ、2000年ぐらい放置されていたからな。何とかなりそうかな?」
俺はこれが緑の泥にある洞窟から出てきたものだと、これの出自を簡単に説明した。
「そりゃ、何とかはなる。 ……時間さえあればな」
「そこは最優先でたのむ。こいつにこの街の運命が掛かってるからさ」
「どういうことだ?」
俺は少しかがんで店主の子供二人に話しかける。
「心配しなくてもすぐに戻ってこられるさ。ミーデン島には【母さんとちょっと旅行に行ってくる!】ぐらいの軽いノリで行ってきな。で、戻ってきたら友達に自慢するといい」
二人の子供の肩にポンと手を置いた。
「【父ちゃんが仕上げた剣がペポゥを倒したんだぞ!】ってな」
「……なんだと? あんた達は一体……」
空気を読んだアルドが冒険者ギルド証を取り出す。
「日輪級……。勇者様…… なのか?」
そこは否定も肯定もしないでおこう。
こんな状況だ。
希望をもってもらう方がいいだろうからな。
店主はもちろん、店主の奥さんも二人の子供も言葉を失っている。
「このお兄ちゃんが必ずこの剣でペポゥを叩っ斬ってくれるからな。何も心配はいらない」
「あなた……」
目に涙をためて奥さんが店主の方を見る。
「ああ。このタイミングで勇者様が来てくれるなんてな……。まだ希望はあるかもしれない。任せろ! 一週間…… いや三日くれ。この剣は全力で仕上げて見せる!」
「できれば、剣の握りの調整とこれに合う鞘があれば頼みたい」
「なら、勇者様はここに残ってくれ。手の寸法を取らせてもらう。細かい調整も必要になる。明日から朝と昼、一日二回は顔を出してくれ」
「わかった。よろしく頼む」
アルドはここに残ることになりそうだ。
「アルド、俺は他にも準備がある。ここは任せるぞ」
アルドは頷いて了解の意を表す。
俺達はアルドを残して店を出る。
次の行先は……。
「ハルトきゅん、次はどこに行くんだい?」
気が付いたらこいつ…… 俺の事を常時【ハルトきゅん】呼ばわりしてきている。
何のつもりだ?
ピリカはいつでも【シャシャァ】をお見舞いできるように、めっちゃ警戒している。
……もういい。
このふざけた呼び方を何とかしろと言っても、こいつは直す気はないと見た。
ここは大人の俺がグッと堪えればいい話だ。
……。
……。
俺はヴィノンの案内でラソルトの雑貨屋に向かう。
「いらっしゃい……ま、せ……?」
雑貨屋の店主の出迎えが微妙なリアクションになっている。
もちろん、ピリカを連れた俺の姿を見たからだ。
「ああ、ごめんね。この精霊ちゃんはハルトきゅんの契約精霊だから平気だよ」
「?? 何だ、ヴィノンさんですか。 また変わったお連れ様ですね」
さっきの工房でもそうだったけど、ヴィノンは意外と顔が広そうだな。
こっちは話が早くて助かるけど……。
「それで、今日はどんなご用向きで?」
「ハルトきゅん、何が必要なんだい?」
「上質な紙を探している」
「紙ですか…… 具体的にはどのような?」
「最低でもこのぐらい、できればこの水準のものが欲しい」
俺はモンテスで買った画用紙っぽい紙を見せる。
続いて、ポーチから【レント】の術式が書かれたコピー用紙を取り出す。
「これは…… さすがにこちらの品質のものをすぐにご用意は難しいですな」
そう言って【レント】の術式を俺に戻してくる。
難しいということは、中央大陸なら地球品質の紙は存在するのか?
今度、探してみる価値はありそうかもな。
店主が奥から、モンテスで買ったものと同じような紙を持ってきた。
「今、在庫にあるもので最高品質のものでこれになります」
一枚、手に持って確かめてみる。
モンテスで買った画用紙もどきと同じぐらいだ。
少し大きい目に書けば、術式を書くのに使えなくもなさそうだ。
「何とか使えそうだ。これを貰お……う……」
しまった。
「?? どうしたんだい? ハルトきゅん?」
「多分、予算オーバーだ。 忘れていた」
異世界では紙がバカ高いのを忘れていた。
既に追躡竜の素材売却でもらった資金はあんまり残っていない。
「ハルトきゅん、その紙は何に使うんだい?」
「もちろんあの泥団子攻略に使うんだよ」
「わかったよ。なら必要なだけ持っていくといいよ」
「紙の代金はギルドに請求してくれるかい? ヴィノンが例の作戦に必要だって言ってたと伝えれば即金で払ってもらえるからさ」
「そうですか。わかりました…… ではそのように」
「大丈夫なのか?」
「もちろん、街と住民を守るのに必要なことなんだよね? 君たちが準備に必要だと言うなら、経費で落としていいってギルマスに言われてるからね。アルドの剣を仕上げるお金もギルドが持つから大丈夫だよ」
あのガキ大将アマゾネス…… めっちゃ乗り気じゃないのか?
ここで紙が手に入るなら、遠慮なくこれを使うことにしよう。
追加でコピー用紙を召喚しても構わなかったんだけど、地球産の紙は有限だ。
節約できるところでは節約しておきたい。
俺は画用紙的な紙を15枚、貰っていくことにした。
店を出てその足でギルドに向かう。
ヴィノンが受付嬢に話をするとすぐにギルマスの部屋に通された。
「おや、今日はアルドの姿が無いね」
「アルドはペポゥの主を斬る剣を調整中だ。すまないが作戦については俺が話をさせてもらうよ」
「ああ、かまわないよ。それじゃ、いつ仕掛けるつもりなのか…… 聞かせてもらおうか」
24日に有給取りました!
これでシルバーウイーク9日中、7日休みが取れました!
何とかこの間に5話は積みたいところですが……。
今後ともよろしくお願いいたします。




