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百四十一話 ここにいるあんた達でもぎ取ってくれ

 椅子を黒板の前に移動させて、そこに登って泥団子の絵を描く。


「これがペポゥの外観だ。巨大な泥の魔獣だって聞いていたけど、実際は直径32mの泥団子だ。重量は大体2万4千トンぐらいと思っている」


 この大きさと予想外の外見に皆、一様に驚きを隠せない。


「これが丘の上から転がりながら突撃してきて獲物を押しつぶす。俺に言わせればこれに正面から立ち向かうなんて、正気の沙汰じゃない。いくら剣で切りつけようが、矢を放とうが、ただの泥団子だ。だからペポゥは痛くも痒くもない」


 俺の説明を聞いて、全員押し黙ってしまった。


「この話だけだと、戦っても勝ち筋は全くないように見えると思う。……でも実際はそうでもないんだ。なぜなら、俺達はペポゥの正体を知ることが出来たからな」


「ペポゥの正体…… どういうことだい?」


 ギルマスが俺の話に喰いついてきた。


「俺達がペポゥを見張っていた時、反対側から騎馬の一隊が来た。ヴィノンの話じゃ王都の騎士らしい」


「……確かに王都の騎士隊だったね。数は25騎。最初にペポゥに襲われた商隊の捜索に来たんだと思うよ」


 ヴィノンが俺の説明を補足する。

続いて俺は騎士隊がペポゥに瞬殺された状況を説明した。


「……というわけで奴に見つかれば、あっという間に泥団子に潰されてキモいミミズのエサだ」


「……やはりこんな化け物 ……どうやっても勝ち目は……」


「ペポゥがこっちに来たら俺達は終わりだな」


「エーレ村の方に向かってくれればもしかすると……」


「そうだ! エーレには【裂空剛拳】がいる…… ひょっとしたら……」


「無理だ。【裂空剛拳】はもう……」


 また、冒険者たちが勝手に絶望して勝手に話し始めて収集が付かなくなってきた。

ところで何? その厨二病全開のロマンワードは?

結構気になるわけだが?


  ダンッ!!


 再び、アマゾネスなギルマスの拳で静かになった。

そしてギルマスは表情一つ変えずあごをクイっとしゃくりあげる。

はいはい、続きを話しますよっと。


「騎士達が命を賭してあれと戦ってくれた。結果、ペポゥの正体は殆ど丸裸になったと言っていい。おかげで俺達は奴の情報を持ち帰ることが出来た」


 俺は黒板にペポゥの主(マスターペポゥ)泥ミミズ(マッドワーム)の絵を描く。


「へぇ、うまいもんだね。ハルト君は絵心もあるんだね」


 ヴィノンが感心したようにそんなことを言う。

いや、絵心なんてかけらほども無いぞ。

俺の絵は【画伯】だと自負している。

この絵は脳内PCで右手をペンプロッタープリンタ化して描写しているからな。

うまいのは当然だろう。


「この泥団子にはこんな奴らが潜んでいる。こいつらに見覚えは?」


「……」


 誰も反応なしか…… 全員初見のようだ。


「なら、こいつらの記録なんかは?」


「リエラ! どうなんだい?」


 ギルマスが隣の受付嬢に確認する。


「えとえと…… ギルドの魔物記録簿にもありませんです」


「なら便宜上、こいつらをペポゥの主(マスターペポゥ)泥ミミズ(マッドワーム)と呼称させてもらう」


 絵の下にラライエ第一共通語でペポゥの主(マスターペポゥ)泥ミミズ(マッドワーム)と書き足す。


「あんた達がペポゥと呼んでいるこの泥団子だが、これはペポゥの主(マスターペポゥ)の能力で創り出された泥ミミズ(マッドワーム)の養殖場だ」


「養殖場 ……どういうことだい?」


 おい ……何でこれを見てきたヴィノンがその質問をすんだよ。

気付かなったのか?


「この1.5mほどの魔獣…… こいつは土を操る力を持っている。奴が泥ミミズ(マッドワーム)を飼うためにこの泥団子を作っているというわけだ」


「……一体何のために?」


 ギルマスが当然の疑問を投げかける。


「もちろん食うためだ。泥ミミズ(マッドワーム)が騎士や馬の死体を食っている横でペポゥの主(マスターペポゥ)泥ミミズ(マッドワーム)を食っているのを見た。もしかしたら、こいつは泥ミミズ(マッドワーム)しか食わない魔獣の可能性もあると思っている」


 俺達が目の当たりにした悍ましい光景に思い至ったのか、全員青い顔で息を吞む。


「こいつが泥ミミズ(マッドワーム)しか食わない魔獣だとしても、奴がエサにしている泥ミミズ(マッドワーム)は何でも食う凶悪な魔物だと俺は見ている。全長は2mから大きい個体は5m近いのもいる。この泥団子に潜んでいる個体数は1000以上なんじゃないかな」


「1000…… これはまたとんでもないね」


 ヴィノンは肩をすくめる。


「この泥団子という世界の中でこいつらは共生関係が成立しているのさ。ペポゥの主(マスターペポゥ)は住む場所と、獲物の血肉というエサを泥ミミズ(マッドワーム)に与える」


「なるほどな……。その見返りに泥ミミズ(マッドワーム)ペポゥの主(マスターペポゥ)のエサになることを受け入れている……」


 さすがアルド! わかってくれたみたいだな。


「そういうこと…… 泥ミミズ(マッドワーム)の繁殖速度がペポゥの主(マスターペポゥ)の食う量を上回るのなら、種としては繫栄できる。生贄として食われる個体は必要経費として割り切っているというわけだ」


「……坊やの見立てが正しいのだとしたら、とんでもないね。この魔獣の正体は……」


 ギルマスの眉間に少ししわが寄る。


「だが、ここまでペポゥの実態が分かれば半分勝ったも同然だろ?」


「何で半分なんだい?」


 ギルマスは俺の考えの続きを言うように促してくる。


「簡単なことだ。俺達の戦う相手はこの魔獣とキモいミミズであって、泥団子自体と戦う必要はないってわかったじゃないか」


「理屈はそうだろうよ。けど、こいつらが泥団子の中にいる以上、泥団子をどうにかしないと奴らに攻撃が届かないだろ」


 前の席に座っている冒険者がそう被せてくる。


「そう…… そこが何とかなればさらに三割勝算を引き寄せられる。まずは俺とピリカが泥団子を崩す。これで勝率八割だ……」


「なんだと? そんなことが……」


 ここは冒険者たちが騒ぐ前に断言しておいた方がいいな。


「できる! 俺の魔法の中にアレを崩すことが出来るものがある」


「本当なんだね? ここまで言って【できませんでした】とは言わせないよ?」


 ギルマスは少し厳しい目つきで俺に念を押してくる。

街と住民の命運が掛かっているんだ。

子供の見栄や虚勢で判断を誤るわけにはいかないだろうからな。


「もちろん! ちゃんと確認してきたからな」


 ピリカに泥団子の上から石を落としてきてもらったことを話した。


「精霊に石を落とさせたからなんだって言うんだい?」


「そう、それ! 僕もあれの意味を知りたいと思っていたんだよ」


 ギルマスの言葉にヴィノンも同調する。


「石は落下して、そのまま泥団子の中に沈んでいった。つまり泥団子自体の強度は普通の泥のままということだ。もし、これの表面が石みたいにカチコチだったら、俺の魔法が通用しないかもしれなかった。だが、そうじゃなかった。つまり、泥団子に俺の魔法は通用する」


「……わかったよ。とりあえず、あんたと精霊が泥団子を何とかするとして、それからどうするんだい?」


「何とかすると言っても、泥団子全部を崩すのは不可能だ。俺の魔法で泥団子の大きさは四分の一以下になる ……と思ってくれ」


「それでも、まだ大きいね……。ここから全員で総力戦というわけかい?」


「もしかしたら、それでも勝てるかもしれないけど、犠牲が大きすぎる。小さくなった泥団子に潜むペポゥの主(マスターペポゥ)と戦うのはアルドの仕事だ」


 急に話を振られたアルドは少しピクっと反応して静かに答える。


「わかった」


 【無茶言うな! 俺には無理だ!】 ……とか言われたらどうしようかとちょっと思ったけど、アルドならそう言ってくれると信じていた。


「日輪級のアルドがペポゥの主(マスターペポゥ)を仕留めてくれる。こいつが死ねば、ペポゥの主(マスターペポゥ)の力で形成されていた泥団子は維持できなくなって全部崩れる。……そうなったら残るのは地面にぶちまけられた2万4千トンの泥だ」


「……」


 全員が黙って俺の次の言葉を待つ。


「これで、俺達の勝率は九割。俺達にできるのはここまでだ……」


「と、いうことは残りの一割は……」


 冒険者たちも気付いたかな?


「もちろん、ここにいるあんた達でもぎ取ってくれ。冒険者と駐留軍…… 総がかりで残った泥ミミズ(マッドワーム)を倒し切れればペポゥ討伐完了…… 俺達の勝利だ」


「……だが、初めて見る魔物相手に俺達の力が通用するのか?」


「申し訳ないけどそこは戦ってみないと分からないな。だが、俺はいけるんじゃないかって思っている。これから泥ミミズ(マッドワーム)の特徴を伝える。しっかり聞いてくれ……」


 全員が俺に視線を集める。

さすがに自分が戦うことになるかもしれない相手の情報だ。

その目はみな真剣だ。


「泥団子に押しつぶされた騎士や馬はあっという間にこいつらのエサになってしまった。このことから、噛みつく力は相当に強いと思われる。皮鎧程度じゃ肉や骨ごと持っていかれると思った方がいい」


 冒険者たちの顔色が悪くなる。


「さらに泥の中を進む速度はそれなりに早い。不用意な突撃は危険だ。泥団子は崩れているとはいえ、戦場の足元は泥まみれのはずだからな」


「ハルト君…… これ、泥ミミズ(マッドワーム)の討伐は結構厳しくないかい?」


 ヴィノンは冒険者たちを意見を代弁するようにそう言ってくる。


「だが、やつらは泥の中を這い回るだけ。空を飛んだりはしない。襲って来るのは必ず足元からだ。それさえわかっていれば互いに死角をカバーし合えば、不意打ちを受けることは無い。そして、奴らには遠距離攻撃手段がない。正確な遠距離攻撃が出来るやつは一方的な攻撃も可能だろう」


「そうか!! なら弓で……」


「俺の魔法なら!」


 一部の冒険者たちが、自分達ならどう戦うか模索して口走り始める。


「あと、泥ミミズ(マッドワーム)は敵や獲物を目で見ていない……。そもそも目はなさそうだ」


「なんだと? なら一体どうやって?」


「最初は振動かな? ……と、思ったんだけどな。違うみたいだ。ピリカが石を落とした時に現れたのはペポゥの主(マスターペポゥ)だけだった。泥ミミズ(マッドワーム)は一匹も姿を見せなかったからな」


「坊主には分かってるんだろ? 勿体つけずにさっさと言いな!」


 このアマゾネスは短気だな。

この辺もガキ大将属性っぽいよな。


「絶対とは言えないけど、きっと【匂い】だと思っている。特に血や肉の匂いには飛び切り敏感だと思う」


「……確かに……。泥団子にこびり付いた死体に群がるスピードは尋常じゃなかった」


 アルドが死体に群がる泥ミミズ(マッドワーム)の動画を思い出したみたいだ。


泥ミミズ(マッドワーム)をおびき寄せたい場所に肉を投げ込んで、集まってきたところを攻撃する。魔物の鼻を利かなくする香料のようなアイテムがあるなら、それをばらまいてみるとかで、結構有利に戦えるかもしれないんじゃないのか? ……分からんけどさ」


「この坊や…… 一回の偵察でそこまで調べて来たってのかい?」


 ギルマスがヴィノンに横目で問いかける。


「はははっ、実は僕も彼の奇行にそこまでの意味があったなんて、今さっき知ったんですがね。 ……ただ、ハルト君がとんでもないということはこの目で見てきましたよ」


 ヴィノンがニカっと笑ってギルマスの問いに答える。

そこは盛大な勘違いなんだけどな。

とんでもないのはピリカであって、俺自身はラライエ最弱の人間に過ぎない。

ここは敢えて否定も肯定もしないけどさ。


「ハルトきゅ~~ん! 僕は決めたよ! 君の作戦に乗ることにする!」


 ヴィノンがそう言ってキラキラオーラを纏い駆け寄って、俺に抱きつこうとする。

キラキラオーラは実際に出てるわけじゃなくて、そんな気がするだけだけど……。


「シャシャァっ!」


 ピリカがすかさず割って入ってヴィノンを威嚇する。


「精霊ちゃん…… そんなケチケチしなくても…… 別にハルトきゅんが減るわけじゃないだろ?」


「シャシャァっ!」


「俺からの話は以上だ。俺達は明日から準備に入る。準備が整うまで、一週間はかかると思うから作戦に乗るのかどうか、その間に考えておいて欲しい。決行日は改めて伝えに来るよ」


 そう言い残して俺達は会議室を出る。

さてと ……明日から忙しくなるぞ。

今日は宿のベッドでゆっくり休んで明日に備えよう。



 すいません。ちょっと長くて5千字超えちゃいました。

きりが良くならなくって……。


(泥団子の重量・一桁間違ってました。こっそり修正しました。)


 ブクマ・評価また増えてました。

とっても嬉しいです。ありがとうございました。

ランキングはやっぱり圏外になったので、

一瞬ランキングに乗っただけの一過性の物に

なりましたが……。


 でもでも、ランキングに引っかかるポテンシャルは

あるんじゃ ……そんな希望を持てました。


 あと、誤字報告つけてくださった方 ……ありがとうございます。

自分でもこっそりちょくちょく、直してはいるのですが……。

ひとりでは全部摘み取るのは難しいので助かりました。


 引き続きよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一つ一つがしっかりしてるので、作戦会議に中身があって面白いです こういう所は特に作者さんの地力が感じられて凄いなぁって思います
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