百三十八話 何やってんだよ! バカなの? 死ぬの?
「いや ……まいったな。とにかくあれの能力をもっと知りたいところだけど、どうしようかな」
「なら一度、僕が戦ってみようか?」
ヴィノンがさらっと凄いことを口走った。
「おっ! やってくれるのか? でも、奴の実態が何もつかめないままきっと死ぬぞ。アレが全て飽水状態の泥だと仮定して重量はざっくり2万4千トンぐらいだ。そんなものが推定傾斜12度のあの丘を転がってくるとその力は…… 俺はちょっとこれ以上考えたくないな」
「……すまない。やめておくよ。さすがに僕も犬死には遠慮したい」
アレに直接挑むのが、いかに無謀か理解してもらえて何よりだ。
ピリカさんはこの結界、バハムートの熱線ブレスにも耐えると言っていたけど、あの泥団子が衝突しても大丈夫なのか?
あのデカさはさすがに不安になるぞ。
「とにかく、この結界内にいる限り奴に発見される心配はしなくていい。もう少し腰を据えて情報を集めよう」
「それにしてもハルト君は凄いね。あれの大きさや重さをこんな短時間で割り出すなんてね。それも君の能力というわけかい?」
「まあね。そんなところだ」
なんか以前にもましてヴィノンの目がキラキラしている。
ほんとにこいつ…… 大丈夫なのか?
ピリカがヴィノンの挙動をめっちゃ警戒してるのが分かる。
これ以上ヴィノンが近づいてきたら【シャシャァーーッ!】が出るな。
「おい、あの泥団子…… 少し動いてないか?」
オペラグラスでペポゥの様子を伺っていたアルドが、泥団子の変化に気付いて声を掛けてきた。
「!! どっちに動いている?」
奴が動く方向は重要だ。
なんせあの質量だ。
丘を転がり始めて加速がついたら俺達に為す術はない。
結界を出て逃げる選択をするとなれば、転がり始めるのを現認してから動いていては絶対に回避は間に合わない。
「多分、反対方向…… エーレ側だ」
アルドがペポゥから目を離すことなくそう答える。
丘の反対側で何かあったのか?
ここからでは丘の向こう側の様子は全く分からない。
「丘の反対側に奴の気を引く何かがあるのかもしれない。もう一度ドローンを飛ばす」
再度、ドローンを起動する。
泥団子が動き出している以上、交換用のバッテリーを召喚している暇はない。
離陸コマンドを受信したドローンが飛び立っていく。
一度飛行しているので、バッテリー電力はあと一回の飛行で尽きてしまう。
しかも無線LANの電波は丘の向こうまでは届かない。
なので、自動運転でバッテリーの限界ギリギリまで丘向こうで旋回を続けてから戻ってくるように設定した。
何とか、有用な情報を持ち帰ってきて欲しいものだ。
ドローンが泥団子の直上に差し掛かりかけたその時……。
泥団子が一気に丘の斜面を転がり始めた。
推定2万トン以上の土の塊が転がるのだ。
地鳴りの音と共に結構な振動がここまで伝わってくる。
「ペポゥが動いた! 頼むぞぉ…… 俺のドローン」
ドローンは丘の向こう側を撮影しながら大きく旋回を続ける。
一応、搭載されている動体センサーに反応する物にカメラを向けるように設定はしてある。
きっと泥団子を撮影してくれているはずだ。
……。
……。
15分ほどして、バッテリーが限界に近付いてきたドローンが戻ってきた。
ひとまず撃墜されずに生還してくれたことを喜ぼう。
「お疲れさん。よくやった」
物言わぬ生物ですらない機械のドローンに声を掛ける。
飛び切り危険なミッションを成し遂げてきたこいつを、なんとなく労ってやりたくなった。
「むううぅ! ピリカにだって偵察出来るのに! こんなのに頼っちゃやだぁ!」
ピリカさん…… ドローンに対抗しても仕方ないだろ!
そもそも論で言えばお前、常時光ってるから偵察には向かなさすぎるでしょうが!
「はいはい…… ピリカの出番はこの次だから…… 頼りにしてるよ」
それっぽいことを言ってとりあえず宥めておく。
「ほんと? やったぁ!」
ピリカさん…… そんなにチョロくていいのか?
とにかく、ドローンが持ち帰ってきた映像の確認が最優先だ。
すぐに映像データを脳内PCに吸い上げる。
「それで、これは何を見てきたんだい? 何かわかったことはあるのかい?」
ヴィノンも気になるようで、ドローンの映像内容の確認を急かす。
「そう慌てなさんなって。いまから確認するから」
俺は脳内PCで映像データの再生を開始する。
映し出された丘の向こう側の道に何か写っている。
これは…… 騎兵隊だな。
馬にまたがったおそらく騎士だろうか……。
数は25騎。
ペポゥはこれを発見したのか……。
「向こうから騎兵が25騎やってきた。揃いの装備を身に付けている」
今、俺が確認している内容を口頭で教えてやる。
「ふむ…… 多分、王都から派遣されてきた騎士の一隊だね。ラソルトに向かった商隊が戻らないから、王都からも様子を見に来たんだと思うよ」
泥団子が丘の上から騎士たちめがけて一気に転がり始めた。
それに気付いた騎士たちが、一斉に魔法や遠距離の剣技を泥団子に向けて各々放ち始める。
「なっ! 何やってんだよ! バカなの? 死ぬの?」
頭ではもうすでに結果が確定している映像だと分かってはいたが、思わず声が出てしまった。
騎士たちの魔法や剣技が弾道ミサイルや地中貫通爆弾並みの破壊力を発揮しない限り、これの突進を阻止することなどできるはずがない。
せめて散開する努力をしろよ!
騎馬の機動力なら運があればひとりぐらい助かるかもしれないだろうが!
「わっ! びっくりしたなぁ! どうしたのさ!」
突然声を発しために、すぐ近くにいたヴィノンを驚かせてしまったようだ。
泥団子は騎士たちの攻撃を受けても、勢いは全く衰えることなくそのまま騎士たちを押しつぶす。
25人の騎士と25頭の馬が一秒かからず全員仲良く殉職だ。
まぁ、当然の帰結だよな。
何で攻撃が通用するかもしれないって思ったわけ?
距離が遠すぎて騎士たちの絶望の怨嗟や断末魔がドローンのマイクにまでとどいていないことがせめてもの救いかもしれない。
「ほらもう…… 死んだじゃないか……」
少し憐みのような感情がこもった感想が漏れた。
惰性で少しオーバーランした泥団子の側面に、押しつぶされた騎士や馬の成れの果てである血肉の塊が醜くこびりついている。
かろうじて人や馬の原型を留めているものチラホラある。
酷い光景だ……。
犠牲になった騎士たちの親兄弟には絶対に見せられないな。
「!! 何だこれは……。 マジかぁ……」
次にドローンが映し出した光景に言葉を失ってしまった。
泥団子の中からおびただしい数の見た事のない生物が現れて、側面にこびり付いている死体や血肉の塊に群がってきて貪り始めた。
白と黒の縞模様の気味の悪いミミズのようなやつだ。
大きさは小さい個体でも地球のニシキヘビぐらいはある。
見えているだけでも数百匹はいるだろう。
目をそむけたくなるような酷い光景だ。
さすがにあんな最期は迎えたくないと思う。
軽く吐き気を催すほどの惨状に手で口を覆ってしまった。
「おいハルト、顔色が悪いぞ。 ……一体何が起こっているんだ?」
アルドすまん…… ちょっと答えている余裕はない。
俺は動画を止めることなく映像に集中する。
あそこで訳の分からないキモいミミズとも蛇ともつかない奴のエサになっているのは、名前も顔も知らない、当然話をしたこともない…… 俺の人生に1ミクロンの接点もない異世界の騎士25人だ。
今日までの人生、あんな最期で終わることになるなんて毛程も思っちゃいなかっただろう。
これが連中の任務だからと言ってしまえばそれまでだが、あいつらにも帰りを待っている家族や恋人だっていたに違いない。
そのくらいはコミュ障の俺にだって察することはできる。
今の俺がしてやれることは、あいつらの命と引き換えに映し出されている今の光景からペポゥの情報を余すことなく引き出すことだ。
もしこの光景から奴の実態、攻略の切っ掛けが掴むことが出来れば連中は決して犬死ではない。
連中の死に意味を持たせてやれる。
騎士たちの犠牲が魔獣討伐に繋がったと、連中の帰りを待っている人達に伝えてやることが出来るかもしれない。
どんな手がかりも見逃さない……。
そんな思いで、この地獄絵図を凝視する。
「!!」
ミミズの群れの只中に緑色の例の魔獣が現れた。
泥の中から上半身だけを出している。
ミミズたちは魔獣に見向きもせずに血肉を齧り続けている。
魔獣は鞭状の腕をミミズの一匹に絡めて自分のところに引き寄せて、そのままミミズに齧りついた。
緑の魔獣は丸々一匹のミミズを食べ終わると、すぐに次のミミズを捕らえて食らう。
こんなデカさのミミズが魔獣のどこに収まるんだ?
こいつの胴体は全て胃袋なのかな?
ミミズは騎士や馬の死体を食う。
魔獣はそのミミズを食う……。
これはもしかして……。
俺の中ですさまじい速さでパズルのピースが填まっていくような感覚があった。
……。
……。
ミミズを丸二匹食べ終わると魔獣はそのまま泥の中に潜って姿を消した。
俺の中では仮定は殆ど確信になった。
このペポゥと呼ばれている泥団子の正体……。
見えたかもしれない。
部屋のテレビが壊れたので買い換えました。
13年前の52型アクオス → 20年モデルの55型4Kレグザ。
出費は痛かったけど、映像の美しさが別次元だ! 嬉しい!
今回までにブクマ入れてくれた人、評価入れてくれた人
どうもありがとうございます!
頑張って投稿続けますので、どうか切らずにお付き合いくださいませ。
引き続きよろしくお願いいたします。




