百三十五話 ただの危ないやつじゃないだろうな?
「悠斗、ちょっと次の休みにお見合いしてきてよ」
「はい? ……突然何言ってんの?」
母親が前触れもなく突拍子もないことを言ってきた。
「すぐに釣書き書いてね。出来たら先方に持っていくから」
意味が分からない。
「マジで意味が分からんのだが……」
「ほら、四丁目の峰岸さん。あそこの娘さんなんだけどね」
いや……。
確かにうちは父親が自治会長をやっているからさ。
四丁目に峰岸さんって家があるのは知ってるよ。
機械に疎い父親に代わって、町内会の名簿や予算管理の書類とか、ほとんど俺が作ってるからな。
でも、それだけでそれ以上の接点は無かったはず……。
「昨日、平気堂に買い物行ったときにね。お隣の宮本さんに会ったのよ」
その話のどこから俺が突然見合いする話に繋がると?
「大山さん! お買い物ですか?」
「あら、宮本さん」
「そうそう! ちょうどよかったわ! この前のお見合いのお話、峰岸さんところの娘さんなんていかがと思って!」
「あの? ちょっと宮本さん? 何の話だか……」
「峰岸さんのところにお話しておくから、釣書き出来たら持ってきて頂戴ね!」
「あの、ちょっと!」
そう言って、宮本さんは会計を済ませてさっさと行ってしまったらしい。
買い物から戻ってすぐ、宮本さん宅に人違いか勘違いじゃないかと伝えに行ったそうだが、【もう先方に伝えてしまったので、今更勘違いでしたなんて言えない。何とかしてほしい】って言われたそうだ。
「……で、その無茶振りを引き受けたと?」
「あんたも独身だし、良いじゃない! 一回だけでもお願い!」
これ…… 俺が断ったら宮本さんが、不義理を働いたことになるのか?
我が家があるのは都市部のそこそこ大きい街だが、この辺は先祖代々連綿と続いている家が多く、近所付き合いがそれなりに深い土地柄だ。
しかも宮本さんはお隣さんと来た。
今後の近所付き合いや自治会の協力を取り付ける意味でも余計な軋轢を生むのは得策ではないか……。
全く、コミュ障の俺にこんなしがらみを押し付けないで欲しい。
「はいはい……。わかりましたよ。今回だけだからな」
俺は突然降って湧いたこの話を受けざるを得ないと判断して、渋々了承した。
12月13日
……。
何でこんなの夢に見るかな……。
いや、実際にあった出来事だから夢というよりは、突然記憶が鮮明に蘇ったという感じだ。
とりあえずベッドから降りる。
部屋を出て、アルドと合流して宿の食堂で朝食にありついた。
今、俺達が滞在している宿は港にかなり近い所だ。
もともと日中はかなり活気がある印象だったが、今日は朝から賑やかだ。
「なんか外が騒がしくないか?」
「宿屋の親父に聞いた……。ミーデン島への脱出が始まるらしいぞ」
「そっか……」
全ての住民を逃がすのはかなりの時間がかかるらしいから、動くのは早いほうが良いだろう。
「宿屋とか武器・道具屋なんかの冒険者や駐留軍の支援に必要な奴は最後の方の船にしか乗せてもらえねぇんだ。せめて全員脱出するまでは持たせてくれよな」
俺達の話を厨房で聞いていた宿屋の親父が、そう声を掛けてきた。
まぁ、そうだろうな。
誰から脱出させるのか順番はしっかり決めておかないと、我先に船に殺到されても混乱するだけだろう。
最低限の事は考えて動いているみたいだな。
宿屋の親父はギリギリまで船に乗れないようだ。
こういうとき、自分を先に乗せろってゴネるやつは一定数いるもんだが、ここの親父はそうではないようだ。
俺も何とかできるものならしてやりたいとは思うけど、ペポゥの全容が分からんことには軽はずみなことは言えないからな……。
朝食を終えて宿から外に出ると、港に停泊している脱出船に乗るため、住民が列を作っているのが見えた。
列を整理しているのはこの国の駐留軍の兵士かな?
特に混乱は起きていないようだ。
「まずは戦えない女子供からか…… 妥当な判断かな」
「そうだな……。 せめて全員脱出するまで何とか魔獣を釘付けにするぐらいはしたいが……」
「とにかく、何をするのにも準備は大事だ。俺の故郷には【急いては事を仕損じる】って格言がある。今日一日で準備を完璧にしよう」
「そうだな ……わかった」
港の市場で食料・最低限の薬など、消耗品を中心に買いそろえる。
「さすがに懐が寂しくなってきたな……。なんか金策も考えないと……」
俺は残り金貨3枚を切ってきた小銭入れを見てため息をつく。
「俺はまだそれなりに余裕がある。モンテスを出る時に全財産持ち出してきたからな。足りなかったらいつでも言ってくれ」
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」
経験上、金の貸し借りは人間関係崩壊の第一歩だからな。
そこはそれだ。
……。
……。
12月14日
ペポゥがどんな奴なのか、奴の実態を確かめるべく偵察に出る日がやってきた。
正直言うとピリカとアルドの三人だけの方が動きは取りやすいのだけどな……。
他の奴の目があると、どこまでカードを切っていいのか判断に迷う。
待ち合わせの時間には少し早いけど、街の出口に向かう。
出口にはもうヴィノンの姿が見える。
もう来ているとは……。
見た目と違い、しっかりと約束は守る一面があるのかもしれない。
俺達の姿を見つけたヴィノンが笑顔で駆け寄ってくる。
「おっはよぉ! アルド! そしてハルトきゅうぅ~~ん! 今日は絶好の偵察日和だねぇ!」
両腕を拡げて俺達に抱きかかりそうな勢いだ。
何これ? こわっ!
「シャシャァーーッ! ハルトに触るなぁ! ヘンな人間がぁ!」
ピリカが俺達とヴィノンの間に立ちはだかって精一杯威嚇する。
「おっと…… 精霊ちゃん、そんな怖い顔で怒らないでくれよ。僕はハルトきゅんに朝の挨拶をだね……」
「シャシャァーーッ!」
ピリカはさらに威嚇を強める。
今回は俺もピリカを止めない。
こんな変なヤツに抱きつかれたくない。
ピリカさんGJ!
「じゃ、アルドでもいいや……。アルドおはよ~~~っ! 一緒に魔獣の偵察頑張ろうなぁ!」
ヴィノンはアルドに抱きついて互いの頬をグリグリやっている。
なんかアルドが可哀想になってきた。
こいつ……。
ただの危ないやつじゃないだろうな?
グリグリされているアルドは目から光が消えている。
その上、なんか青い縦線が顔に無数入っているエフェクトが見えそうな気がした。
「ピリカ…… 俺の事も守ってくれるんじゃなかったのか?」
「アルドはハルトのついでだって言ったよね? ハルトの身代わりになれて嬉しいでしょ? このままそのヘンな人間の相手をお願い」
ピリカさん…… 容赦なさすぎだろ……。
「もういい…… 自分の身は自分で守る」
アルドはしがみついているヴィノンを力づくで引き剝がそうとしている。
これは要注意だ。
俺の人生でもここまで吹っ飛んだ奴は見た事が無いかもしれない。
アルドはようやくヴィノンを引きはがしたようだ。
「それじゃ、出発しよう。今日は問題なく街から出られるんだろ?」
アルドは肩で息を整えながら、ヴィノンに確認する。
出発前から余計な体力を使わないで欲しいものだ。
「ああ、衛兵には昨日のうちに僕から話を通してあるよ」
「なら問題ない。魔獣がいるのがここから60kmだとすると、道が整備されているなら一日でいけそうだけど、夜に接敵したくない。二日かけて移動しよう」
俺が、偵察の方針をヴィノンに伝える。
「了解だよ! それじゃ出発しよう!」
ヴィノンは出口を開門させるべく、衛兵のところへ向かう。
「ハルト…… あいつの武器、見た事あるか? 俺はあんなのは初めて見た」
「ああ、あれね」
ヴィノンのベルトには投擲用の短剣数本が差してあり、左右の腰にV字型の金属製のブレードが掛かっている。
「あれは【ブーメラン】。あれも投擲武器だ。ものすごく独特の軌道で飛んで持ち主の手元に戻ってくる」
緑の泥が国土の多くを占めるケルトナ王国ではあまり向かない武器だからな。
アルドが初見なのは仕方がない。
見通しがきかず、遮蔽物が多い密林で使うには相当厳しい。
しかし、この辺りでは有効な遠距離攻撃手段になりうるもの ……と、いうことなのだろう。
魔法ありの異世界ブーメランともなれば、想像もしないようなトンデモ軌道で飛ぶタチの悪い武器な気がする。
衛兵と話が終わったようでヴィノンが俺達のところに戻ってきた。
「お待たせ、門を開けてもらえるから出発しよう!」
ラソルトの門が重い金属音を軋ませて開いていく。
中央大陸の初冒険はまたしても魔獣退治になりそうだ。
さてさて、どうなることやら……。
俺達は門をくぐり一路、ロテリア王国のファルクス半島を北上する。
やはり前回より強くワクチンの副反応出ました。
腕の痛みは大したことないですが、結構熱出てます。
寒気酷いです。
想定の範囲とはいえ調子が出ないことに変わりはないです。
明日には収まってくれると嬉しいのですが……。
また、社畜な一週間が始まります。
引き続きよろしくお願いいたします。




