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百三十一話 こういうのを究極の無欲っていうんだ。

 12月11日



「ハルト…… 起きろ」


「んあっ?」


 アルドに起こされて目を覚ます。

脳内PCの時計はAM 5:00を少し回っている。


「なんだよ……。いま何時だと思って……」


「寝ぼけてないで支度しろ。これ以上遅くなると朝飯にありつけなくなるぞ」


 ……そうか。

脳内PCの時計は緑の泥にある俺の家基準だった。

海を越える距離を移動すれば普通に時差が出てくるよな。


「わかった。起きるよ……」


 ベッドから降りて船の大食堂へ向かう。

朝食終了の時間ギリギリのようで、かなり人は少なくなっていた。

この微妙なパンはどこにでも出てくるよな……。

多分この水準がラライエパンのスタンダードなんだろうな。


 食事を終えて船室に戻ろうと席を立った時、水夫が一人食堂に入ってきた。


「ラソルトが見えてきました。乗客の方は下船の支度をお願いします」


 ついに中央大陸に到着か。

何とか無事に海を越えることが出来たみたいだ。

中央大陸で俺のヒキオタライフが見つかればいいけどな……。


!!


 これはマズいかもしれない。

この船 ……今、ステルス状態だ。

こっちから港が見えていても港からはこの船は認識されていない気がする。


「ピリカさん…… この船、港から存在が認識されていないよな?」


「そうだね」


「急いで結界を解除しよう! このままだと事故る」


「ん?」


 ピリカは事情が理解できて無さそうだ。

港から定期便が認識されてないとなれば、当然、船の受け入れ準備も何もないだろうし、湾内を航行している他の船舶がこの船を回避してくれない。

俺達以外にこの船が周りから認識されていないことを知っている者はいない。

俺はピリカを連れて結界の術式を仕込んである甲板へ急ぐ。



  ……。


    ……。


 甲板に上がってみると、すでに乗組員たちはちょっと騒ぎ始めていた。


「おい! 港から合図が返ってこないぞ! どうなってるんだ?」


「いいから合図を送り続けろ!」


 メインマストの物見役と思われる水夫が、懸命にレフ版のような板に光を反射させて、港の方に向けて合図を送っている。

多分、気付いてもらえたら向こうからもなんか合図を返してくるんだろうな。

俺達はこっそり甲板の隅の方に設置されている結界の術式に向かう。


「急いでこれの解除を頼む」


「ミスリル板を取っちゃえばそれで効果なくなるよ」


「そうか、じゃあこれを回収するか」


 一応希少品のミスリル板だ。

この先も用途があるかもしれない。

術式の上に乗っかっているミスリル板を回収しておく。


「どうだ?」


「うん! 結界は消えたよ」


「そうか…… 事故る前に何とかできてよかったよ」


 小さいとはいえ、一辺20cmのミスリル板だ。

地味にかさばる。

まぁ、【ポータル】のミスリル板と同じサイズだから、重ねてしまえば運べないこともないか……。


「!! 港から合図が返ってきたぞ! 全く今頃気付くなんて何やってんだ! 全員、居眠りでもしてやがったのか?」


 マストの上の水夫が文句を垂れ流している。


「文句は後だ! それじゃ予定通り入港するぞ!」


 あ…… これ地味にヤバい。

この拡張結界使ったら、ラライエじゃステルス船舶の完成だ。

誰にも見つかることなく接岸して強襲上陸とかできる……。

軍事的パワーバランスとか崩しうるかもしれない。

これの存在は俺の心の中にだけ仕舞っておこう。


 ちなみに地球じゃこの結界は通用しないから……。

生物は認識できなくても物理的に存在している以上、地球のレーダー網からは逃れられないからな。

こんなデカい帆船 ……地球のレーダーにはバッチリ写るから人間の感覚で認識できなくても普通に迎撃される。

魚雷か地対艦ミサイル一発で撃沈されるから……。



 ……。


  ……。


 約半月の航海を無事に終えた定期便は中央大陸、ロテリア王国の港町ラソルトに到着した。

久しぶりの地面の上だ。

今日は宿を取ってゆっくり休んで明日からどうするか考えよう。


「ここがロテリア王国か…… モンテスより少し寒い気がするな」


 赤道直下のケルトナ王国から出たことが無いアルドにしてみればそうかもしれない。

だけど脳内PCのカレンダーではもう12月に入っている。

ここが北半球なら季節は冬だ。

俺の感覚だとこの辺りはまだ十分温暖だと思う。


「とにかく、今日はこの街で宿を取ろう。これからどうするのかは明日からゆっくり考えよう」


「わかった。俺はハルトと行くと決めたからな。行き先はハルトが決めればいいさ」


 俺達は港にある宿で部屋を取った。


「それで、ハルトはこれからどうするつもりだ?」


「そもそも、緑の泥を出て暮らすのが目的だったからな。そこまではっきりした目的があるわけじゃない。必要最低限の労力で日々の糧を得られて、それ以外は家に引きこもって生きていければそれでいいんだ」


「何というか……。ずいぶん欲のないことだな」


「そんなことは無いぞ。最低限の国や社会のルールには従う。でも、自分のやりたいことだけやって勝手に生きる。他の事は知らんって言ってるのと同じだ。究極に欲深い願望だと思うけどな。」


「そう言われればそうかもしれないが……。普通は勇者になりたいとか、一国一城の主になりたいとか、そういうものを夢見たりしないのか?」


「それはそれを成したいやつがやればいいさ。【ノブレス・オブリージュ】はできるだけ持ちたくないんだ」


「ノブ……なんだ? それは?」


 俺は地球でのノブレス・オブリージュの考え方をかいつまんでアルドに説明する。


「特権を持つ者の持たない人々への義務ね。ハルトの故郷は集落というより、もはや国のような規模だったんだな」


「まあね……。そんなわけで、俺は俺が一番納得できる生き方が出来る場所が見つかればそれでいいんだ」


「ピリカはハルトと一緒ならそれでいいの」


 究極に欲がないのは、ここにいるピリカだよ。


「そんなわけで、この国に俺の望む生活を送る土壌があるのかをまずは見て回りたいと思っている」


「わかった。なら明日はこの国をどう回っていくのがいいのか情報を集めてみよう」


「悪いな。 ……よろしく頼むよ」


 今日は半月ぶりの揺れないベッドでゆっくり疲れを取って、明日から色々見て回ろう。



 12月12日


 港町だけあって宿で出される食事も魚料理が多いな。

別に魚が嫌いなわけじゃないけど海の幸と山の幸…… どっちが好きかと聞かれれば、俺は山の幸派だ。

港湾都市よりも内陸に近い所に腰を据えたいかな。


「まずはラソルトを出て次に行ける場所がどこなのかを知っておきたいな」


「そうだな。なら、地図が手に入りそうな店を探してみるか」


 脳内PCでマッピングしながら街を散策する。

大通の雑貨屋でロテリア王国の地図を買うことが出来た。

地図というにはかなりお粗末な国土と街や村の位置がざっくり落とし込まれただけのものだが……。

まぁ、ないよりはマシかもしれない。


「で……これ、縮尺はどのくらいなんだ? 国土の形と位置関係しか分からんぞ」


「一番下から一番上までで大体800kmぐらいだと思うよ」


 完全に予想外のところから答えが返ってきた。


「え? ピリカさん ……分かるの?」


「まぁねぇ」


 めっちゃうれしそうにドヤ顔で胸を張っている。

張るほど立派なものは持ってないけどな……。

それでもかわいいからすべて許される。


「どこにも縮尺書いてないよな。何で分かるんだ?」


「だって、中央大陸はピリカの縄張り(テリトリー)だったからね」


「マジで?」


「マジで」


「だったら、中央大陸にいるはずのピリカが何で緑の泥にいるハルトの契約精霊になってるんだ? 」


 アルドがピリカの爆弾発言を聞いて突っ込んでくる。

当然の疑問だよな。


「そこは追々話すよ」


「わかった。今は聞かないでおくよ」


「この地図の地形でここが中央大陸のどの辺なのかがわかったからね。この大陸だったら殆ど分かるよ」


「ロテリア王国って国の名前で分からなかったのか?」


 アルドの疑問はもっともだけど、俺にはその答えは分かっている。


「ピリカ、人類が勝手につけた国の名前とか興味ないから……」


 ピリカさん流石です。

アルド、こういうのを究極の無欲っていうんだ。

ピリカにかかれば国の名前も街の名前も国境も意味をなさない。

富も名声もな。

六年前まで自分の名前すらなかったぐらいだ。

それはそうと、図らずも思わぬところから中央大陸の土地勘の問題は解決したな。

 今回から新章です。

明日中に一話投下したいと思っていますが、落としたらゴメンナサイ……。


 前回の10話投稿でブクマと評価入れてくださった方ありがとうございます。

おかげさまで総合200Pを越えました。

とても嬉しいです。

なんだかんだ言ってもブクマと評価もらえるとモチベが全然違います。

これからもよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] こういう大陸とか大きく移動する系は、簡易的でもいいので地図が欲しいなと思います。 悪いのですが、世界や大陸、町の名前、どこからどの方角へ移動してきたかを文字だけで覚えるのが苦手なのです。
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