百三十話 俺は一体、何を見せられているんだ?
サハギンたちは脇の下の被膜を拡げて水面から浮き上がり、弾丸ライナー軌道で甲板に飛び乗ってくる。
まるでトビウオだな。
次々と飛んでくるサハギンが何匹いるのか全然わからん。
水中に潜むサハギンの数は脳内PCでも検知できていない。
終わりが見えないのは地味に来るものがあるな……。
「てやっ!」
サイでサハギンの鳩尾を突き、よろめいたところを【フルメタルジャケット】を頭に打ち込んで息の根を止める。
アルドは黙々と間合いに入ってきたサハギンを切り捨てている。
もはやただの作業だな。
水夫や乗客として乗っていた他の冒険者など、戦える連中の倒した数を合わせると、倒したサハギンの数は100を超えていると思う。
だが、おかわりの勢いが衰える気配はない。
「ハルト、大丈夫か? 敵の数が多すぎる。きつくなったら下がって休んでいいからな」
「ああ、大丈夫だ。まだまだやれる。アルドこそ無理するなよ」
ここで俺が下がるわけにはいかない。
駄目そうならアルドを連れて【ポータル】で撤退する必要がある。
引き際を見誤らないようにするためにもここに留まる。
「うわっ!」
俺の少し前で戦っていた冒険者風の男が濡れた床に足を取られて転倒した。
「シャーッ!」
千載一遇の勝機にサハギンが男の首を食い破らんと飛び掛かる。
「くっ!」
男は死を覚悟して両目を閉じる。
このままだとこの男が一人目の犠牲者になってしまう。
仕方がない。
このまま死なれては目覚めが悪くなる。
俺は男とサハギンの間に割って入った。
サハギンは突き出された俺の腕に噛みついてそのまま腕を食いちぎる ……ことは当然できない。
ガキィン!
鋭いギザギザの歯が俺の腕に届く直前に【プチピリカシールド】が現れてサハギンを阻む。
大丈夫とわかっていても、この瞬間には慣れないな。
いつも大活躍の【プチピリカシールド】だが、発動しないにこしたことは無い。
過信は禁物だからな。
「させるか!」
サハギンを払い飛ばして、転倒したところを渾身の力で首を踏み抜き、へし折って止めを刺す。
「大丈夫か? 一旦下がって態勢を立て直してくれ」
「!! あ、あぁ。すまない。助かった」
男は態勢を立て直すために後方へ下がる。
ちょっと旗色が悪くなってきたかな。
「あのさ、こいつらって何匹ぐらい出てくるんだい?」
近くて戦っている水夫を【フルメタルジャケット】で援護しつつ水夫に聞いてみる。
素人がいくら考えても時間の無駄だ。
しかも非常時だ。
こういう時は知っていそうな経験者に聞いてしまう方がてっとり早い。
「多分あと300匹ぐらいだ。水面に見えている奴らの影の数と、襲ってくるペースからの経験上の推測だけどな」
「これって、いつもより多いのかい?」
「当然だ。ここまで多いのは俺も初めてだ。今までは多くても30匹ぐらいだった」
わお、辛さ10倍カレーか……。
とりあえず、終わりがあることが分かっただけでもよしとしよう。
ゴールが見えてきたなら心理的に頑張れるところはある。
ただ、これは30分で決着つかないな。
どこかでタイミングみつけて【ブレイクスルー】と【プチピリカシールド】の重ね掛けが必要になる。
地味に【ブレイクスルー】の重ね掛けは初めてだ。
俺の体 ……大丈夫だろうか?
ピリカに回復を掛けてもらった方がいいな。
術式の効果時間を気にしつつ戦闘を続ける。
……。
……。
サハギンの物量攻撃にじりじりと押され始めてきた。
敵の残り戦力は200を切ってきたぐらいだ。
術式の残り時間もあと6分ぐらいになってきた。
そろそろ、【ブレイクスルー】と【プチピリカシールド】をかけ直した方がいいな。
戦線が崩壊する前に動いておこう。
「ピリカ、もう少しで術式の効果が無くなる。回復を頼めるか?」
俺の呼びかけにピリカはすぐに俺の隣に飛んでくる。
「大丈夫? ピリカが本気出せばこんな奴らすぐに全滅できるよ?」
「大丈夫だ。それで船が沈んだり巻き添えで死ぬやつが出たら元も子もない。確実に敵を削ることに専念してくれ」
「ハルトがそういうのなら……」
ピリカはそう言いながら治癒術を俺に使用する。
消耗していた体力や蓄積していた微細なダメージが回復したはずだ。
「一回下がって術式をかけ直してくる。しばらくここを持たせておいてくれ」
「はーい!」
ピリカは俺に代わってサハギンを蹴散らし始める。
今のうちに手早く済ませてしまおう。
俺は少し下がって安全を確保して【ブレイクスルー】と【プチピリカシールド】を重ね掛けする。
これでさらに30分戦っていられる。
目減りしたポケットの【フルメタルジャケット】と【レント】も補充しておく。
「お待たせ! もう大丈夫だ。ここは俺が抑えるからヤバそうなところのフォローをしてやってくれ」
ピリカは柔らかい笑顔で頷くと、サハギンの攻撃が激しそうな場所を探して飛んで行った。
「アルド! 大丈夫か? きついようなら下がってくれ」
「大丈夫だ。こいつらは数こそ多いが大した強さじゃない。囲まれない限りはまだまだいける」
「わかった。あと150匹ぐらいで打ち止めらしい」
アルドは頷いて、再び戦闘に集中する。
他の戦っている連中も囲まれないように互いの死角を補い合いながら戦っている。
この分だと何とかなりそうだな。
物理攻撃を一切受け付けないピリカさんは囲まれてもお構いなしだ。
単騎で敵の只中に突っ込んでサハギンをすさまじい勢いで刻んでいる。
あのぐらい突出している方が巻き添えを出さずに力を振るえるのでピリカには合っているのかもしれない。
俺もこの30分で決めるつもりで積極的に敵を倒しにかかる。
射程に入ってくる奴には容赦なく【フルメタルジャケット】を見舞う。
出し惜しみは無しだ。
……。
……。
15分が経過した。
なんとなくサハギンのおかわりの密度が少なくなってきた気がする。
さっきの水夫の見立てが正しいなら残り50匹を切ってきているはずだ。
こちらはケガ人こそ出ているが、死人は出していない。
皆、疲労はピークだが敵の足も鈍ってきている。
士気は下がっていない。
切り抜けられそうだ。
……。
……。
アルドが最後の一匹を切り伏せた。
「こいつが最後か?」
「多分な……。 ピリカ、魔物のおかわりの気配は?」
「ピリカが分かる範囲には無いね」
「そっか。お疲れさん。じゃあ、後片付けだな」
ざっと見まわしてみる。甲板に積み上がっているサハギンの死体の山……。
あとは、そこそこ出たケガ人か……。
まずは負傷者かな。
これを何とかしないと次に襲撃を受けた時に持ちこたえられないかもしれない。
「こいつらの死体はこのまま海に捨てても?」
「ああ、構わない。……というか、それしかない」
さっきまで俺の隣で戦っていた水夫がそう答える。
「アルド、俺はピリカと負傷者を見てくる」
「わかった。ここの片づけは他の連中と俺がやっておこう」
「頼むよ……」
俺はピリカを連れて負傷者が集められている大部屋に向かう。
大部屋では船医と思われる男女が必死にケガ人の対応をしている。
予想通り、ケガ人の数に対して全然人数が足りていない。
必死の形相で多分、治癒術と思われる魔法を使っているが、効果は限定的だ。
「大丈夫か? 手を貸そう」
「子供? ……余計なことはしなくていい。怪我が無いならおとなしく部屋で……」
まぁ、言われると思ったよ。
戦えるやつが一人でも多いことは俺達が無事に中央大陸に行ける確率に関わってくる。
ここは多少の面倒事は許容して動くべきだろう。
「ピリカ、頼む」
「はーい」
ピリカがケガ人に治癒術式を発動させる。
程なく、横たわっていた男の傷が塞がった。
「これは……。お前の精霊の力か?」
「次々行くぞ。軽傷の奴はあんた達で頼む」
ダメージが軽度で戦線復帰できそうなやつはこのまま船医に任せていいだろう。
幸いなことに手足がもげたとか、傷を塞ぐだけじゃどうしようもない負傷者はいなかったので、超絶チートな認定まではされていない ……と、思いたい。
「これで、全員無事に何とかなりそうだな」
「……ああ、強力な契約精霊を連れているんだな。おかげで助かった」
「気にしないでくれ。船の戦力低下は俺の生存確率にも関わってくる。自分のためでもあるからさ」
あれこれ勘繰られる前にピリカと大部屋を後にする。
船室に戻るとアルドはもう戻ってきていた。
「上の後始末はもういいのか?」
「ああ。魔物の死骸を海に投げ捨てるだけだからな。人数がいればすぐに終わるさ」
「それにしても海を越えるのは思っていたより物騒だな。ラソルトの港町まであと一週間以上ある。単純計算であと一回魔物と遭遇する計算か……。それとも今回たまたま引きが悪かったのか……」
「それは俺にもわからん。海に出たのはこれが初めてだからな。片付けしているときに聞いた話だと、海竜なんかに出くわせば抵抗する間もなく沈められることもあるらしいぞ」
「マジかぁ……」
やっぱりそんなのも出るのか……。
むしろ【うん、知ってた】 ……というべきかもしれない。
地球に出現している魔物にも怪獣映画にいそうなヤツはチョイチョイいたからな。
これは何か対策した方がいいかもしれない。
「ピリカ…… 認識阻害の結界をこの船に使うことはできないか?」
認識阻害の効果を持つ結界は設置型になる。
足元に術式を展開させてその効果を発揮させる。
しかも、効果範囲と魔法円の大きさはイコールだ。
直径10mの範囲を結界で覆うためには直径10mの魔法円が必要となる。
船の甲板に魔法円を設置したとしても船体すべてを結界で覆うのは不可能だ。
無理だと分かっていながら、聞くだけ聞いてみる事にした。
「それはちょっと無理っぽいね」
「すまん。聞いてみただけだ……」
「あ…… でも……」
「でも、なんだ? 何か方法がありそうか?」
「魔法円の中心にミスリルを据えて、強気に結界の範囲拡張すればいけるかも……」
「マジかぁ……。 ピリカさん、1マジかぁGETだ!」
「えへへっ! やったぁ!」
ピリカは俺に飛びついてきて喜びを表している。
「おい、さっきから言ってる結界って緑の泥で使っていたアレだろ?」
「あれの劣化版だな。アレの障壁の効果がない奴だ」
「……それでも魔物には見つからなくなるわけか…… 十分とんでもないな。でもミスリルが必要なんだろ? そんな希少なものこんな船の中じゃ……」
「四分の一枚の小さいやつでいけるのか?」
「うん! それで大丈夫!」
俺は【ピリカストレージ】でミスリル板(小)を召喚する。
「じゃ、これで頼む」
「はーい!」
ピリカはミスリル板を受け取ると、ミスリルに術式を刻み始める。
「ハルト……。今、そのミスリルどこから出した?」
もはやアルドは仲間だからな。
【ピリカストレージ】のことぐらいは隠さなくてもいいと判断した。
「俺の召喚魔法だ。緑の泥にある俺の家にあらかじめ仕込んである物は、この術式でいつでも手元に引き寄せることが出来るんだ」
「それが都合よくものが出てくるリュックの正体か……。とんでもないな…… お前の一族……」
「まぁな。他の奴には秘密で頼む」
「ハルト、終わったよ!」
「お疲れさん! それじゃ、甲板に行こうか」
俺達は船に認識阻害の結界を設置するべく甲板に向かう。
日が傾いて空の色が紅く染まっている。
地球では中々お目にかかれない絶景である。
しばらく眺めていたい気分にもなったが、今は結界だ。
「ピリカ、やっぱり結界は甲板の中央じゃないと駄目か?」
「多分、どこでも大丈夫だよ。有効範囲をこれでぐわーんって広げるからね」
「なら、見つからないように隅っこの方で頼む。他の奴らに知られない方がいい」
ピリカは甲板の隅に1mほどの通常の認識阻害の魔法陣を展開する。
その上に、船体全体に効果範囲を拡張するミスリルの金属板を乗せる。
一瞬、ミスリル版が光って術式が安定した。
「これで完成! この船自体に認識阻害が働いたよ」
「ありがとう! これで中央大陸に着くまでのんびりできそうだ」
「やったー! ハルトが嬉しいならピリカも嬉しい!」
「俺は一体、何を見せられているんだ? こんな結界…… 聞いたことが無いぞ」
「そんなところにいつまでも立ってないで部屋に戻ろうぜ」
「戻ろうぜ!」
この結界のおかげなのか、以降は魔物に遭遇することも無く平和な航海を送ることが出来た。
第二章 (完)
本日の投稿は以上です。どうもありがとうございました。
次回からは通常運転で投稿を続けます。
(一話上がるごとに都度、投稿します。)
あと三日お休みがあるので、何とか一話ぐらいは追加したいです。
とりあえず、今回で二章は終わりとします。
次回から新章の扱いで気分を切り替えてやっていきます。
引き続きよろしくお願いいたします。




