百二十八話 思った以上に悲痛な覚悟だった
「ん~ん~ふふふふ~ん」
ピリカさんは俺の隣に腰かけて、フォトンブレードが登場する原作SF映画のメインテーマを口ずさみながら、フォトンブレードをこねくり回している。
「アルド…… あんた、いつからセラス達が自分たちを殺そうとしているって気づいていた?」
「セラス達からパーティー加入をもちかけられた時から ……つまり最初からだ」
「マジかぁ……」
自分達が殺されるかもと思っていながら誘いを受けたのか……。
こいつの心臓は破壊不能オブジェクトか?
「リコはあんな奴だからな。なんの疑念も無く喜んでいたよ」
「気付いていたんなら何で……」
「それでも最後まで信じたかったんだよ。セラスを……。物心ついた時からあいつは俺達の家族であこがれの英雄だったからな」
そうか……。
なんとなく分かるような気もする。
こんな前提はあり得ないと思っているけど、自分の親兄弟が俺を騙して陥れようとしたとして、俺がそれに気付いても……。
程度にもよるが、笑って騙されてやるって選択肢は普通に出てくると思うもんな。
「ハルト達とモンテスに戻る道中もずっと考えてはいた。【このままモンテスに戻って大丈夫なのか?】ってな」
そこまで考えていたのなら、まぁ、そうだろうな。
「だが証拠は何も無かったし、俺とリコが置き去りにされたのだって、本当にテゴ族の陽動のせいだって考えることもできた。 ……最後までセラスを信じたかったんだよ」
よそ者の俺がアルドの葛藤を勝手に慮っても、詮無い事なのだろうけどな……。
どんな思いでリコの死を受け止めて、暗殺者の手から逃れ続けていたんだろうな。
「もしも、本当に俺達を殺そうとしていたとしても【計画が失敗して俺達は無事生還。指名依頼も成功している】ともなれば、罪を重ねるのを思い留まってくれるかもしれない。 ……そんな望みすら持っていた」
……罪深いな。
セラスとその仲間たちは……。
「だがリコはあれ以来、行方が分からなくなった。きっともう……」
「ああ。リコは……」
俺は用水路で見たことをアルドに伝えた。
「そうか……。あいつらは背中を預ける仲間にそんな仕打ちが出来るまで堕ちていたか……。それでハルトはリコのためにセラス達を?」
「もちろんそれも理由の一つだけどな。あいつらは許せないけど、それだけだったら放置するつもりだった」
「だったら何故……」
「このまま奴らを生かしておいたらアルド…… あんたが死ぬからだ」
俺はヴォイスレコーダを取り出して再生ボタンを押す。
スピーカーから連中が真相を話していた時の会話が流れる。
「相手に気付かれずに盗み聞きする秘伝のアイテムだ」
「……そうか。そんなことのためにリコは…… それだけじゃなく、ダリオ、ラムトスとカティもあいつらに……」
「一歩間違えれば、アルド、あんたもな……。暗殺ギルドに手を引かせるには報酬を払う奴ら全員に死んでもらうのが一番手っ取り早いと思った」
「すまない……。俺のために【勇者殺し】の業を背負わせてしまった」
「謝らなくていい。俺にとっては奴ら四人の命よりも、アルド一人の命の方が重い。当然の行動だ。結果、アルドが生き延びることが出来た。俺はこの成果に充分満足している」
「ハルト……」
「それよりも、アルド。プテラを始末したのはあんただろ? いつから奴らを狙っていたんだ?」
「ハルトも知っての通り、リコが死んだと判断して少しした頃から暗殺者ギルドにつけ狙われるようになった。 ……その時からだ」
俺がリコの死を知った少し前からか……。
「ハルトがセラス達の周辺を嗅ぎまわっていたのは気づいていた。しかし、暗殺者共の追撃をかいくぐるだけで精一杯で、お前達に接触するチャンスがなかった」
……そりゃそうだろうな。
むしろ、それ程の状況でよく死なずにいてくれたと思う。
俺の行動が無駄にならなくてよかった。
そして ……よく生きていてくれたよ。
リコがいなくなってしまって、今やあんたは異世界でただ一人のダチで仲間だからな。
ピリカはもちろん別格で仲間やダチとはもはや次元が違う。
ピリカは家族で俺の半身だ。
「もう、暗殺者を躱すのも限界だった。このままだと俺は数日のうちに死ぬ。だからせめて、これ以上罪を重ねさせないためにも、セラス達を止めようと思った」
「そのタイミングで俺がセラス達を釣ったのか……」
「ああ、俺にはハルトの仕込みだと知る由も無かったけどな。セラス達が揃って街を出た。仕掛けるチャンスはここしかないと思ったよ」
「でもアルド一人じゃ勝ち目は……」
「そんなことはわかっている。間違いなく返り討ちになるだろうな。それでも、俺の命と引き換えに、セラスが罪を重ねるのを思い止まるきっかけが作れるのなら……」
アルドのやつ…… 思った以上に悲痛な覚悟だった。
「……で、俺がセラス達を奇襲するところに出くわしたわけか」
「ああ。あっという間にウィルとラッファとがやられた。一緒に緑の泥を抜けた時にお前とピリカの強さはわかっていたつもりだったけどな。勇者パーティーが赤子扱いとはな……」
アルドが何とも言えないため息を漏らし、寂しそうに笑った。
「ラッファがやられたとき、プテラがセラスを見捨てて逃げるのが見えた。ハルトとピリカが相手ではセラスはもう助からない。だからこそ、プテラを逃がすわけにはいかない。俺はプテラを追ったよ。あとはハルトの知っての通りだ」
「そうか……。アルドの覚悟に横やりを入れることになってしまったな。俺の方こそありがとう。プテラを始末してくれて助かったよ。絶対にあの毒女だけは逃がしたくなかったんだ」
「?? どういうことだ?」
「俺はセラスが道を踏み外したのはプテラのせいだと思っている。専門外だから断言はできないけどな……。セラスはきっと先天性の精神疾患持ちだ。プテラの甘言を振り払うのは難しい」
「すまない、学のない俺にも分かるように説明してくれないか?」
「アルドには信じられないかもしれないけど……。俺の故郷では心の病気というものの存在も確認されているんだ」
「心が病気になるのか? 本当にそんなことが……」
「ああ、信じられないのならそれでもかまわない。俺の考えではセラスは生まれついて心の病気を抱えていたはずだ」
俺はセラスが他者の言葉を疑えない、言外の意味を理解できない精神疾患の可能性があることを伝えた。
なまじセラスには【思考同期】があるせいで、それが顕在化しにくかったんだろうな。
だから、言葉巧みに悪事を唆してくるプテラとその仲間のウィルとラッファを盲目的に信じてしまい、悪事に手を染めるようになったと思っていることを伝えた。
「そうだったのか……。俺はハルトを信じるよ。セラスがこうなった原因が病気のせいだと思えれば ……気持ちの整理がつきやすい。 ……ありがとう。セラスを止めてくれて……」
「気にしないでくれ。俺がそうしたかっただけだ」
「ピリカもありがとうな。リコの直接の仇を討ってくれて……」
「ハルトがアルドとリコの事を仲間だっていうからね……。ハルトの仲間はピリカの仲間だよ」
「ははっ、その言葉 ……リコにも聞かせてやりたかったよ」
アルドも俺と同じ感想か。
「アルドはこれからも一緒に来るの?」
「ああ、そのつもりだ。ハルトとピリカには返し切れない大きな借りが出来たしな。それに三人そろって【勇者殺し】だ。このままこの国に居続けたら、俺もどうなるのか分からないからな」
「そうなんだ。だったら、ピリカがアルドの事も守ってあげる! ハルトを守るついでに…… だけどね」
「そうか、よろしく頼むよ」
そんな話をしている俺達を乗せた船は河川港を出港してグリナ大河の支流を下り、外洋へと漕ぎ出していた。
行き先は中央大陸、ロテリア王国にある港町…… ラソルトだ。
次回の129話の投稿は90分後。
20:30を少し過ぎたぐらいを見込んでいます。
本日の投稿もあと二話です。
よかったらこのままおつきあいくださいませ。




