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百二十六話 損切りするの早すぎるだろ!

 治癒術の効果でダメージが回復していく。

【ブレイクスルー】を使って戦闘すると、ピリカの回復無しでは連戦は難しい。

格ゲードライバのリミッター解除を併用した場合はさらに深刻で、治癒術無しでは自力で歩くことさえ怪しいほど全身がボロボロになる。

ピリカのおかげで治せる確信があるものの、痛いものは痛い。

出来る事なら多用はしたくない。


「ありがとう、もう大丈夫だ。ところでプテラはどうした?」


「ザコ剣士を倒した瞬間、真っ先に逃げちゃった」


「マジかぁ……」


 あの毒女…… 損切りするの早すぎるだろ!

確かにラッファが倒されれば、ピリカが取る次の行動はプテラを狙うか俺の援護に入るかの二択だ。


 ピリカがプテラを狙った場合、ラッファを瞬殺する力を持つピリカに対してプテラが挑んでも、勝算は極めて低い。

一方、ピリカが俺の援護に入った場合、セラスは【思考同期】を俺に対して使ってしまっている。

加勢に来たピリカに【思考同期】使うことは不可能だ。

完全フリーのピリカに対処する手段はセラスには無い。

すぐにプテラが引き返してきて、二対二の戦闘構図にすることが間に合ったとしても、戦局を覆すことは難しいだろう。

ラッファが死んだ時点で、勇者パーティーは詰んでいる。

(俺のプランでは、プテラがラッファの方に向かった時点で、勇者たちは詰んだわけだが……)


 ……にしてもだ。

ラッファが死んだ瞬間に最大の神輿である勇者セラスを見限るか? ……って話だ。

驚きの判断の早さだ。

モンテスに逃げ帰ったところで、自分のやってきたことが露呈する可能性は高い。

モンテスどころかこの国にすら、あいつの居場所があるのか怪しい気がするけどな……。

いずれにしても、リコが死ぬことになった最大の原因はあいつだ。

どこへ逃げようとも逃がすつもりはさらさらない。

すぐに追えばモンテスに着くまでに追いつけそうだ。


「あの毒女はモンテスの方に引き返したんだな? すぐに追いかけよう!」


「はーい!」


 俺はピリカと共に街道を駆け戻る。

見通しばっちりの平原だ。

穀倉地帯に入るまでに追いつければ、プテラに身を隠す場所は殆どないはずだ。


「プテラが魔法的手段で身を隠していたらきっと俺には見つけられない。出来るだけ見落とさないように頼む」


「多分、あいつにそこまでの能力は無いと思うけど…… もし、魔法で隠れていたらピリカが探し出すから大丈夫だよ」


 周囲を注意深く見まわしながら街道を掛ける事、十数分。

プテラを見つけた。

みっともなく街道で倒れている。

見たところ外傷はなさそうだ。

全力ダッシュしすぎてここで力尽きたとかなのだろうか?


 追いついた俺達を見てプテラは恐怖に顔を歪ませて必死に何かを訴えかけている。

しかし、その口からは声が全く発せられることは無く、ヒューっと空気が漏れる音がするのみだ。

これはさすがに何か変だ。

ここまで逃走してきたプテラの身に想定外の何かが起きたのだろう。


「さて……と、あんたは一体何でこんな所に転がってるのか…… よかったら教えてくれないかな?」


「ヒュッ! ハヒッ! あ…… うぁ……」


 恐怖のせいだろうか?

何か言ってるようにも見えるが、口から出てくる音が言語の体を成していない。

ちょっと会話が成立しそうにない。


 ?? ……これってもしかして……。

俺は脳内PCの疑似読唇術アプリを起動する。

この女…… 錯乱しているのではなくて、声が出せなくなっているんじゃないのか?

脳内PCのサポートがあれば、声が無くても言っていることはそこそこ読み取れる。


【おねがい……。もう許してぇ! なんでもしますぅ! だから殺さないでぇ!】


 やはり、声が出せないだけでこの女の意識ははっきりしているみたいだな。


「少なくともあんたが俺の質問に正直に答えているうちは殺さないと約束しよう。さっきの質問の続きだ。あんたは何でこんな所に転がってる?」


【何言ってるのよぉ。 あんたたちが後詰めにアルドを伏せていたからでしょぉ!】


「なんだって? じゃぁ…… あんたはアルドにやられてここに転がっているのか?」


【そうよぉ! わかり切ったことを聞かないでよぉ!】


 そっか……。

この毒女をここに転がしたのはアルドか……。

なら、プテラのこれはアルドの防御力無視の斬撃によるものだな。

きっと手足と声帯を切られたに違いない。

アルドはアルドでリコの仇であるセラス達を討つチャンスをずっと窺がっていたのか。

殺し屋の手から逃れながらも、幼い頃からずっとあこがれていた兄貴分を斬る機会を待っていたっていうのか……。

俺如きが察することなど到底できないような葛藤があったに違いない……。

アルドがこの毒女の息の根を止めずにこうして放置しているということは……。

俺もアルドの意思を尊重しないとな。


「事情は分かった。ここはアルドを立てて殺さないでおいてやるよ。じゃあな」


「じゃあね」


【な…… ちょ、ちょっと待ってよぉ! 私を置いて行かないでぇ! 助けてぇ! お願いしますぅ!】


 俺とピリカはプテラを置き去りにしてモンテスに向けて街道を歩き始める。

何もない平原に手足も動かず、声も出せない状態で一人放置されるとか……。

かなり惨い仕打ちだ。

あれが真性の毒女だと分かっていても、さすがに良心の呵責に苛まれるぞ。

おれとピリカが殺した三人は全て一撃で殺してある。

死の苦痛も恐怖も必要最低限のはず……。

武士の情けなんてものを掛けるのなら、プテラも捻り殺しておいてやる方が幸せかもしれない。

向こうにはセラス達の亡骸が埋葬もされずに打ち捨てられている。

血の匂いに誘われて魔物が群がってくるに違いない。

きっとそのままプテラも魔物に見つかってしまうだろうな。

そうなるとプテラは生きたまま魔物に……。

考えるのはよそう。

アルドがプテラの末路をそうすると決めたんだ。

俺が介錯するのは余計なお世話だろう。

万一、魔物に見つかるより先にここを通る人に見つけてもらえるとしても、それはそれでプテラには死ぬより過酷な人生しかない気がする。

この国や世界の法律がどうなっているのかは知らんけど……。


 とにかく、急いでモンテスに引き返そう。

こういう荒事は一刻も早く事後処理をしてしまわないと、どんどん取り返しがつかなくなってくるからな。



 ……。


   ……。



 11月23日


 俺が地球から消失して今日でちょうど六年が経過した。

一日かけてモンテスまで引き返してきた俺達はまず宿に直行だ。

部屋に残してあった荷物をまとめて宿を引き払うためだ。

そして、その足でギルドへと向かう。


 ギルドの扉を開けてそのまますぐに受付に向かう。

うまい具合に前回、俺の相手をしてくれた受付嬢の姿が目に入った。


「シルティさん、こんにちは」


「あら、あなたは確か…… ハルト君」


「はい、しばらくぶりでした」


「ほんとね。それで、今日はどうしたの?」


「これを預かってきました。ギルマスに渡しておいてください」


 俺は、日本製のレターセットの封筒をシルティに手渡す。

差出人は当然、捏造(ねつぞう)したものだ。


「あら、セラス様からなの? ちょっと待っててね。すぐギルマスに……」


「ああ、渡しておいてくれればそれでいいよ。俺、これから同じものを連盟にも届けないといけないから……」


「あら、そうなの? ギルドと連盟の両方に手紙なんて ……何なのかしらね」


「さぁ…… 急いで届けてくれとだけで、俺も内容は聞かされていないから……」


「そう。わかったわ」


「それじゃよろしくね」


 それだけ伝えると、俺はギルドを後にしてその足でギルドに向かう。

ピリカを連れていると連盟には怪しまれる可能性がある。

ピリカに隠ぺい術式を起動させて肩車しておく。


 連盟のモンテス支部に到着した俺は、入口の警備をしている門番に声を掛ける。


「あのぉ……すいません」


「ん? どうした少年?」


「これを預かってきました」


 ギルドと同じように封筒を手渡す。


「なんだ? 手紙か? ……セラス殿からか?」


「はい、よくわからないけど、内容を判断できる人に見てもらうようにって」


「そうか…… わかった。ちょっと待っていろ」


「それじゃお願いします」


 待つわけがないだろ!

俺は全力ダッシュでこの場を離れる。


「おい! ちょっ!」


 門番の制止の言葉を聞くことも無く、そのまま連盟を離脱する。

手紙が開封されてしまうと、俺は確実に拘束されてしまう。

この場を離れるのは必須だ。

あとは連盟がどう判断するか ……だな。

一応、牽制しあうように同じ内容のものをギルドと連盟に渡しておいた。


 封筒の中身は俺が作り出した術式だ。

すでに魔力(マナ)が込められているので、封筒が開封されることがトリガーになって発動する。

魔法名は【トーキングカード】。

術式に込められた音声データを再生する。

ただそれだけのものだ。


 封筒が開封された瞬間に、ヴォイスレコーダが記録していたセラス達の【保険金殺人】に関する会話が赤裸々に再生されることになる。

勇者セラスとそのパーティーメンバーの肉声だ。

それなりに信ぴょう性を伴うものになるとは思う。


「ハルト、これからどうするの?」


「理由はどうあれ、【勇者殺し】なんて絶対にややこしいことになるに決まっている。俺達がアルドにしてやれることはこれが精一杯だ。もうこれ以上、この街どころかこの国にはいられない」


「だったら、もうおうちに帰るの?」


「最悪はそうなるけど、まだその決断は早い。もう少し俺の旅に付き合ってくれ」


「もちろんいいよ。ハルトと一緒ならどこにだって行くよ! それで、どこに行くの?」


「地球じゃ、こういう面倒事に巻き込まれたときは、高飛びするって相場が決まってるんだよ」


 次回、127話は90分後…… 17:30を目標に投下します。

何とか今日一日で二章は最後まで投稿できそうです。

引き続きよろしくお願いいたします。

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