百二十五話 地獄に落ちる前にリコに詫びるのを忘れるなよ?
ピリカは俺から離れ、ラッファを中心にテクテクと反時計回りに歩く。
俺とセラスの戦闘の妨げにならず、かつ自分の間合いを図るためだろう。
セラスとプテラはどう動く?
俺が確実に勝つためには絶対にセラスとはタイマンバトルに持ち込む必要がある。
プテラが俺の方に参戦してくるようなら、俺の負けが確定してしまうだろう。
「覚悟はいいか? 地獄に落ちる前にリコに詫びるのを忘れるなよ?」
腰のサイを抜いて両手に持ち、臨戦態勢に入る。
「リコは俺達の幸せのために命を投げ出してくれたんだ。詫びるようなことは……」
「本当にそう思っているのか? ……だとしたら救えないな。お前は仲間に【自分たちの贅沢のためにセラスの遺族補償と英霊報償が欲しい。だから死んでくれ!】って言われて喜んで死んでやることが出来るのか?」
「うっ…… そ、それは…… だけどリコは……」
「ああ…… 別にあんたの弁解なんて聞く気は無いからさ。一撃で殺してやるからさっさと死んでくれ。続きの言い訳は地獄の閻魔にでも聞いてもらいなよ」
「エンマ? ……それは一体誰だ?」
まぁ、異世界人には分からんか……。
調息で呼吸を整え、一気にセラスとの間合いを詰められるように準備を進める。
俺の挙動を注視していたセラスの目つきが少し変わった。
セラスの纏う空気が少し変わったか?
「プテラ、ラッファの援護に行ってくれ。この子供は俺が相手する。一人で俺と戦って勝つつもりだ。望み通り相手をしてやる」
「あらぁ…… そうなのぉ? じゃ、お願いねぇ。 手加減なんてしちゃだめよぉ? この子にはここで死んでもらわないと私たちが困るんだからねぇ?」
「ああ、わかっている。それにこいつはもう、ウィルの仇でもあるからな」
プテラがいやらしく口角を上げてラッファとピリカのいる方にゆっくり歩いて去って行く。
一対一の戦闘になることでセラスの勝利が決まったと確信したのだろう。
……かかった!
そして勝った!
セラスが俺に対して【思考同期】を使った。
そしてプテラはラッファとピリカの戦闘への参戦を決めた。
こちらの目論見通りだ。
横目でピリカの方を見ると、今まさにラッファとの戦闘が始まろうとしていた。
「お前がリコを殺したんだよね? ハルトが許せないって言ってるから殺すね。ハルトの敵はピリカの敵だよ」
「はっ! こんなおしゃべりな精霊は見たことが無いな! なんだか一突きで殺すのは勿体ないな」
「リコへのせめてもの餞だよ。お前もリコと同じ目に合わせてあげる」
「タテガノソテキイウヲガメシャクヨツミギワルテテ」
ラッファが呪文を詠唱した。
きっと、ラッファ必殺の伸びる剣だろうな。
「そうかい……。こんなクソガキと契約するような低位精霊ごときが、殊勝な心掛けだ。望み通り、お前もリコと同じ目に合わせてやるよっ!」
ラッファの剣が一瞬でピリカの心臓の位置めがけて伸びていく。
自分に向かって伸びてくる魔法金属の切っ先を前にピリカは微動だにしない。
物理攻撃が一切通用しないピリカにとって魔力が込められた魔法金属による攻撃は、数少ない有効な物理攻撃だ。
ピリカ自身もラッファの細剣はピリカの命を奪い得ると明言していた。
本当に大丈夫なのか?
「ふっ、これでおしまいだ。 リコと同じようにあっけない最期になった ……は? …はひぃぃ……」
ラッファが伸ばした細剣は、確実にピリカの心臓の位置めがけて伸びている。
しかし、その剣はピリカを貫いてはいない。
いつの間にか、ピリカの左胸の前には展開された術式とテニスボール大の黒い穴が出現している。
ラッファの剣はその穴に吸い込まれていてピリカまで届いていない。
そして、ラッファの背後…… 心臓の位置にもう一つ黒い穴が出現していて、そこからラッファの剣の切っ先が出現してラッファ自身の心臓を背中から刺し貫いている。
自分の心臓の位置から生えてきている剣先に、ラッファは驚愕のあまり目を見開いている。
「な…… なんで? こんなの…… おかし……」
「こんな風に無警戒で無防備なリコを背中から刺したんでしょ? ……そうでも無いと、感覚の鋭いリコがお前みたいなザコに瞬殺されないよね?」
「……か、はっ!」
もはやラッファはピリカの言葉に答えることはできない。
目から命の光が消える。
同時に、剣は一瞬で縮んで元の長さに戻る。
ラッファは風穴の空いた胸と背中から血を噴出させて、仰向けに倒れ込んで動かなくなった。
「ラッファ! 馬鹿な……」
ラッファがあっさり倒されたことに驚愕の声を上げたのはセラスだ。
実の所、ピリカがここまであっさりとラッファを瞬殺するとは思っていなかった。
心の声は【マジかぁ……】ってなっていたが、セラスのおかげですぐ現実に戻ってこられた。
「よそ見している余裕があると思うなよ! 行くぞ! イケメン勇者!」
セラスの意識を俺に向けさせるためにあえて声を掛ける。
セラスがピリカたちに気を取られているうちに攻撃したほうがよさそうにも思えるが、相手はユニークスキル持ちだ。
予定外の行動は予定外の結果を呼び寄せる可能性が出てくる。
その予定外の結果は実力差を考えれば、ほぼ確実に俺の死に繋がるだろう。
セラスの【思考同期】の指向方向は常に俺自身に向けさせておく。
これが最初から決めていた作戦プランだ。
何が何でも【思考同期】は俺に対して使っていてもらうぞ。
俺は格ゲードライバを起動して脳のリミッターを全解除させる。
即座にセラスとの間合いを詰める。
「キムウガハサウンソウョハノモゴトリキレノムガトネワ」
セラスが呪文を詠唱する。
この呪文は俺のデータベースに該当するものがある。
アルドが使っている身体強化魔法と同じものだ。
【ブレイクスルー】と同系統の魔法か……。
セラスが何らかの強化魔法を使ってくるのは想定内。
効果が明確にわかっているから、むしろ好都合……。
このまま行くと即座に決めた。
セラスのラージシールド側に回り込み、左のサイでシールドを弾く。
剣のカウンターを振り下ろされる前に、ガードの空いた急所をサイで刺し貫く。
俺の力ではスケイルアーマーで守られた心臓は無理かもしれない。
狙うのは喉笛だ。
いくら俺の考えが筒抜けだったとしても、奴が対応の判断を下すまでに動き切ってしまえば一撃で勝負はつくはずだ。
「一撃で勝負はつくはずだ。 ……甘いんだよ! お前のような子供とは踏んできた場数が違う! 【思考同期】の事を知っていたのは驚いたけど、知っていながら一対一で挑んでくるなんて ……所詮は子供か……」
セラスはリミッターを外した俺の速度にも対応し、シールドを弾き飛ばされないように捌きの姿勢で待ち構える。
俺の初撃のサイを捌いた次の瞬間、一撃で切り伏せるべく左側に回り込んでくるはずの俺の行動に備える。
伊達に勇者の称号を持ってはいないか……。
そして、【思考同期】によって読み取られた通りに、左側からシールドを弾くべく俺は……。
地面を蹴ってシールドを飛び越え、セラスの頭上で伸身宙返り状態になっている。
そして二本のサイを突き出してセラスの首を極める。
着地の落下エネルギーとリミッターが外れた上に魔法で強化された腕力で力任せにセラスの頸椎を捻ってへし折る。
ゴキッ! と嫌な音がしてセラスの頭があり得ない方向に回る。
一瞬の出来事だった。
「ば…… バカな……。 な…… なんで……」
「教えてやるわけないだろ? 答え合わせは閻魔大王にでもしてもらうんだな」
「…………」
セラスはその場で膝から崩れ落ちてこと切れた。
「ふぃぃ…… 怖かったぁ……」
確信に近いレベルでうまくいくとは思っていたが、駄目だったときは死ぬことになる。
マジでかなり怖かった。
実際のところ、俺はずっと読み取られた通り、シールドを弾いてセラスの喉笛を刺すつもりだった。
俺はそう思い行動するつもりでいたが、実際に俺の体を動かして戦っていたのは脳内PCの格ゲードライバだ。
今回、セラスと戦うにあたって準備していたのは格ゲードライバの自動戦闘モード。
俺の体は俺の意思に関係なく、格ゲードライバが弾き出した最適解に従って行動する。
戦闘が始まった時から、この体は別の思考によって動かされていたわけだ。
俺の考えや判断は読み取れても、機械である脳内PCの思考は読めないだろう。
もしも、セラスが脳内PCに対して【思考同期】が出来てしまったとしてもそれはそれで構わなかった。
……そうはならなかったけどな。
人間に脳内PCの演算を読み切れるわけないからだ。
一秒間に億越えの計算をしている脳内PCの思考プロセスに触れようものなら、それだけで命に関わってくるのは身を持って体験済みだからな。
万一、セラスが脳内PCに対して【思考同期】に成功しようものなら、その瞬間に奴は死ぬと予想していた。
これが、セラスにとって俺が天敵だと判断した理由だ。
ピリカが俺のところに飛んできて治癒術式を発動してくれた。
俺がリミッター解除して動いたせいで、すでにボロボロなのを察してくれたのだろう。
有難いことである。
残るは全ての元凶と思っているあの毒女だけだな。
これで折り返しです。
次回、126話は90分後……16:00ちょっと過ぎぐらいを
目標に投下します。
引き続きよろしくお願いいたします。




