表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

124/255

百二十四話 勇者様、あんたは今日ここで死ぬべきだ。

 ついに脳内PCが設定している計算対象ウィルとの距離が20mを下回った。


 19.955m


 ピリカが小声で俺に耳打ちする。


「探知範囲に入ったよ」


 魔力(マナ)を知覚できない地球人の俺には、魔法の影響範囲に入っても全くわからない。

こと魔法に関することはピリカに完全依存だ。

奴ら(ウィル)が俺に自分の命を狙われていると認識して態勢を整えるのが先か、俺が18m以内の攻撃範囲に踏み込むのが先か…… 勝負だ!


 19.21m……


 プテラが何らかの反応を示すまではこのまま、平静を装って歩き続ける。

下手に走ったり飛び出したりしたら弾道計算に影響が出かねない。

気にせずにそのままスルーしてくれ……。


 18.88m……


 プテラがキッと俺の方に視線を向けた。

さすがに甘くないか……。

ピリカは探知魔法に普通に引っかかると言っていたからな。


 18.61m……


 このまま俺の出方を伺って様子を見ては……


「ウィル! 気を付けてぇ! その子供なんか変よぉ」


 くれないよな…… さすがに。


 俺は一気に踏み込む。

あと60cm…… 体格のいい大人なら、たった一歩の距離だが体が子供の俺には二歩必要だ。

たかが二歩…… 60cmが遠いっ!


 18.18m……


「その子ぉ…… 一人に見えるけど、探知魔法じゃ二人いるのよぉ! きっとその子は……」


 17.71m……


 よし! 18mを切った!

あとは奴に【フルメタルジャケット】を……。


 何!?


 脳内PCのアプリはまだ弾道計算を終えていなかった。

アプリはいまだに【Calculating】を表示している。


くそっ!


 超精密射撃故に弾道計算量は【クリメイション】の比ではない。

しかも、計算しているのは二世代前のPCだ。

大学の研究室にあるような最先端のスパコンなんかじゃないからな……。

瞬時に計算完了はさすがに無かったか……。

この計算をスパコンでやったなら、脳内PCより数秒早く計算を終えてくれるだろう。

日常ならこの数秒は気にもしない誤差の範囲なわけだが、今は生死を分ける数秒になるかもしれない。


 頼む! 頑張ってくれ! 脳内PC!


「ああん? 何言ってんだ? あのガキがなんっだって?」


【Lock On】


 テキストの色が赤くなって待ち望んだメッセージが表示される。

間に合った! よく頑張った! 脳内PC!


 じゃあな! 木偶の棒!


 俺は躊躇なく【フルメタルジャケット】を脳内PCが示している弾道に乗せて発動させる。

ポンチョの下で術式が発動して【フルメタルジャケット】の術式が消失する。

僅かな風切り音だけを残し、ギルティングメタルの弾丸が算出された弾道に沿って飛んでいく。

弾丸は1ミリも違わずに黒隕鉄製の兜の僅かな隙間を通ってウィルの脳を貫いた ……はず。


「別になんでもない小汚いガキじゃ……ね ……えうぇっ!?」


 ウィルはプテラの警告の返答を最後まで発することなく膝から崩れ落ちた。


 ドシャアァッ!


 とても重く耳障りな音を立てて、首や手足があり得ない方向に曲がって転がった。

鎧の関節や隙間から大量の血が流れ出て来て、血だまりを作る。

誰が見ても鎧の中の人間がもはや生きてはいないことが理解できる。


 ウィルは弾丸が命中した時点で即死だ。

そして、死んだことでウィルの【装備品重量の影響を受けない固有特性】が無くなった。

 普通は2トンを超える金属鎧を着て無事でいられる人間なんていない。

倒れる鎧の重量に人間の肉体が耐えられなくなって、その結果は……。

今、俺の眼前にある光景だ。


「ウィル!」


「一体何が?」


 すぐ後ろにいたセラスとラッファは、目の前で起こったことに理解が追いつかずにいた。

それでもすぐに武器を抜いて臨戦態勢をとる。

さすがは勇者パーティーといったところだ。


「二人とも気を付けてぇ! 残念だけどウィルはもうダメだわぁ。 その子、ただの子供じゃないわぁ。きっと、私たちに手紙を送ってきた精霊術師よぉ」


「なんだって?」


 まずは奴らの推定最大戦力のウィルを作戦通りに始末できた。

実はさっきまで極限に緊張していたが、最大の難関をクリアできたおかげで精神的に少し余裕が出てきた。

もはやこいつらに俺達の正体を隠す必要はない。

とっさに行動を起こすにはポンチョが邪魔だ。

もはや顔を隠す意味も無いので、ここでポンチョを脱ぎ捨てる。


「俺の故郷じゃさ…… お前たちのやってることって【保険金殺人】って呼ばれているんだぜ」


「何を言っているんだい? この子供は……。こんな子供が本当にウィルを殺したのかい?」


 油断なく俺の挙動に注意を払いつつ、ラッファがプテラに問いかける。


「間違いないわぁ。あの子のいる場所に探知の反応が二つあるものぉ。」


「【保険金殺人】は重罪だ。だからこれを実行するやつはほとんどいない。そもそもリスクとリターンが全然釣り合わないんだよ。まず間違いなくバレるからな。だからこれを実行に移すのは、そのリスクを理解できないほど頭が悪い上に、知り合いや家族に保険金かけて殺すことが出来る人でなしだけだ」


「なんだかずいぶんな言われようだな。君は俺たちがその頭が悪い人でなしだとでも?」


「え? 違うのか?」


「君さ……。僕たちが誰だかわかって、こんな取り返しのつかないことをやらかしたのかい?」


 ラッファがさっきまで自分の仲間だった血だまりの中に転がっている鎧を忌々し気に見つめて問いかける。


「もちろん。あんたたちの事は入念に調べさせてもらったさ」


「勇者とそのパーティーメンバーにここまでの事をするなんてねぇ。世界中を敵に回すのと同じよぉ」


「俺の故郷ではさ……」


 俺は腰に巻いているホルダーのストッパーを外していつでもサイを抜けるようにする。


「勇者ってのは【富や名声に固執する】、【仲間を簡単に追放する】、【欲しい物や女を手に入れるためなら、どんな汚いことでもやってのける】そんなクソ野郎の確率が一番高い職業だ。【実は魔王の方が良い奴だった】なんてざらだよ」


「この子、まともじゃないね。勇者に向かってそんな暴言を吐く人間がいるなんて驚きだよ」


 ラッファがやれやれと肩をすくめる。


「大体、私たちがそんな非道なことをしたって証拠はあるのぉ?」


 俺はポケットからヴォイスレコーダーを取り出して再生ボタンを押す。


【それじゃ、困るのよ! 大体、ラッファが戻ってきたリコをいきなり刺し殺すからこんな面倒なことになっているんじゃない!】


【それで僕を責めるのはお門違いじゃないのかい? リコに勘繰られて逃げられでもしたら、僕たちではリコを捕まえるのは不可能だよ。大体、プテラが二人にかけた眠りの魔法が不完全だったんじゃないのかい?】


 誰にも聞かれていないはずの会話が再生されるのを聞いた3人は、驚愕で目が見開かれている。

停止ボタンを押して、ヴォイスレコーダーをポケットに戻す。


「あんた達のやったことはこのアイテムを通じて筒抜けだ。お前たちが秘密を守り通すにはこの場で俺達を殺すしかないんだよ」


 ピリカが俺の肩から離れて、頭上に姿を現す。


「あれがあの子の契約精霊か ……確かに光の精霊だな」


「そうだね。本当に服を着ている…… 良いね! 記念すべき10体目にふさわしい」


 勇者パーティーの三人もヴォイスレコーダーから再生された音声を聞いて、ここで俺達を始末する踏ん切りがついたのだろう。

いつでも動けるように構えを取り、俺とピリカの動きに注意を払っている。

そんな勇者たちを見下ろすピリカの視線は、魔物を倒すときに見せる冷めたものになっている。

もはや、あいつらを魔物と同列の存在としか見ていないのだろう。


「ピリカ…… ラッファを殺せ。俺は勇者セラスを始末する」


 ピリカは俺の隣にふわりと降りて来て静かに頷いた。

ラッファはピリカに任せておけば大丈夫だろう。

腰のベルトに差してあるサイを抜いて俺も臨戦態勢に入る。


「あんたさ……。ストリートチルドレンだったリコ達を助けて面倒見ていたんだってな? リコ、あんたのことをすごく嬉しそうに話していたよ」


「っ!!」


 セラスの顔が苦虫を嚙み潰したみたいに歪む。


「保険金せしめるためだけに、いい感じに慕ってくれるようになる年頃まで孤児達の面倒を見ていたのかい? なかなかの悪党っぷりだな? ん?」


「違っ! ……俺は、別にそんなつもりじゃ……」


 ああ、わかっているよ。

最初はそんなつもりじゃなかったことはな。

他人を疑えないあんたが後ろの毒女に(たぶら)かされてやった事だってのは察しがついている。


 でもな、あんたは超えちゃいけない一線をずっと昔に超えちまっているんだよ。

リコを殺すことに同意している時点で情状酌量の余地はない。

それに、リコだけじゃなくて他にも3人仲間を殺してしまっているんだろ?

俺がここであんたを見逃せばアルドも死ぬことになる。

そして、周りにいる毒女とその仲間に利用され続けて、これからもずっと同じ事を続けるだけだ。


 だから……。


 勇者様、あんたは今日ここで死ぬべきだ。

俺がこんな風に煽るのは、あんたがなぜ俺に命を奪われるのか……。

せめてそのぐらいは理解しておくべきだと思ったからだ。

 次回、125話は90分後、14:30頃を目標に投下します。

空き時間に、ちょっとずつ続き書いてます。

何とか今日中に10話投稿できそうです。

きりがいいのでここまで死守したい……。


 引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ