百二十三話 ……勝負に出るしかないな。
11月22日
昼食の微妙なパンを食べ終えて少しした頃、オペラグラスに四つの人影が映った。
やっと来たか……。
勇者セラス達に間違いない。
全員完全装備だ。
ウィル以外の武装状態を見るのは初めてだが、見た感じ想定範囲内と言える。
セラスの武器は長剣。
スケイルメイルを着込んでラージシールドを持っている。
兜を身に付けていないのは視界を広くすることを優先しているからかな?
ラッファは赤地に緑の刺繡が施された華美な服装で、ふさふさのデカい羽根が一本ついた貴族帽をかぶっている。
内側に鎖帷子のようなものを着込んでいる可能性もあるが、外見だけでは鎧の類は見当たらない。
腰には例の魔法金属の細剣を差している。
プテラは、濃紺のローブに黒い三角帽子……。
身長を少し上回る金属製の杖。
材質が鉄なんかだったりすると、非力な女が持つにはちっと重すぎるはず。
多分、比重がアルミ以下の軽金属製で、杖自身は中空になっていると思われる。
完全にこの先の簡易休憩所で待っているはずの俺を始末する気満々だな。
はっ!
手紙に書かれている通り、素直に待ってるわけないだろ!
今、この場所がお前らの死に場所だ。
【ブレイクスルー】・【プチピリカシールド】を発動させる。
「来たぞ。ピリカ…… 行くぞ」
「いつでもいいよ」
モンテスで購入したフード付きポンチョを目深に着込む。
右手に【フルメタルジャケット】を握り、ピリカを肩車してセラス達の方に向かって歩く。
一応、モンテスに向かっている旅の子供に見えるようにしているつもりだ。
ポンチョを着ているのはもちろん、腰の武器と既に手にしている【フルメタルジャケット】を隠すため。
いつでも発動できる状態だからな。
フード付きにしたのは顔を見られにくくするためだ。
多分、俺の面は割れていないと思うけど、ギルドと孤児院には顔を知られている。
念のためだ。
まず、初撃の【フルメタルジャケット】一発でウィルを始末する。
これをしくじるといきなり作戦が頓挫してあとは泥沼の乱戦しかない。
こうなると、ピリカ無双で奴らは皆殺しになるだろうけど、俺もそのさなかで死ぬ可能性が高い。
ピリカ一人を突撃させて全てのケリをつけるのが一番確実で安全なのはわかっている。
だけど、ピリカ一人に【勇者殺し】の業を負わせるのは俺の気が済まない。
この世界にとってよそ者の俺が一方的な決めつけで、この世界の法を無視してその所業の対価を支払わせるんだ。
せめて、直接手を下すくらいのことはしようと思う。
さて、ウィルをどうやって一撃で始末するのかだが、これは非常にシンプルだ。
アニメやラノベのようにあれこれ策を張り巡らせて心理戦で敵の裏を読む!
……そんな小細工は一切ない。
ウィルの兜の隙間に弾丸をぶち込む。
それだけだ。
たったこれだけでウィルは終わるはずだ。
どんな攻撃も通じない無敵の鎧だが、呼吸と視界を得るために甲冑の顔の部分にはY字型のスリットがある。
ヴォイスレコーダの回収時に鎧の詳細なデータはばっちり取ってある。
目の部分のスリットの大きさは60度の角度で5.7cm×9.2cmだ。
ここにギルティングメタルの弾丸を打ち込んで目から脳天を打ち抜いてやる。
この時のために、脳内PCの弾道計算アプリに【フルメタルジャケット】用の超精密射撃モードを追加した。
こいつのサポート付きなら、攻撃範囲内でロックオンした標的を絶対に外すことは無い。
的がミリ単位の大きさだったとしてもだ。
……ただし、こいつが精密射撃を実現できる有効射程は18mしかない。
通常の【フルメタルジャケット】の適正射程が約30mなので、そこからさらに40%短い。
つまり、射線が通っている状態で18m以内に接近する。
これが最初の難関だ。
何にも無いだだっ広い平原で小細工も何もあったものではない。
正面切って堂々と接近するだけだ。
街道を勇者たちに向かい、平静を装って歩き続ける。
ピリカは肩車状態で乗っているけど、セラス達の目には映っていない。
ピリカを岩の後ろに隠したまま俺一人で実行するべきなのか、すごく迷った。
作戦の成否を決める究極の二択だ。
ピリカを残した場合、もし奇襲が失敗したら俺は確実に死ぬ。
岩の後ろからピリカが飛び出してきてフォローに入るまでに、奴らの中の誰かが俺を一瞬で捻り殺すだろう。
一方、こうしてピリカを連れていれば、すぐに次の行動に移ることが出来る。
失敗した場合に何らかのリカバリーが出来る可能性が残る。
逆にピリカを連れている場合のデメリットだが、もしもプテラが探知魔法を使っていたなら、ウィルを射程に捉える前にピリカの存在が露見して奇襲のチャンスを失ってしまうことだ。
今のピリカは謎理論の魔法で俺の魂の影に入って、俺以外の奴の視界に映っていないだけだ。
認識阻害の結界を使っているわけではない。
この魔法と認識阻害は両立しないし、そもそも認識阻害結界は設置型の術式なので今回の用途では使えない。
どっちが正解なのかは分からない。
ピリカ本人の希望もあったので、ピリカを連れて奇襲することにした。
セラス達との距離は50mを切ってきた。
連中も子供が一人、自分たちの方に向かって歩いてきていることに気付いているだろう。
「ハルト……。女の魔法使いが探知魔法を使っているよ」
「マジかぁ……」
ちっ、裏目に出たか。
仕方がない。
正面切っての消耗戦しかないか……。
「もう、やつらはピリカに気付いているのか?」
「多分まだ気づいていないよ。魔力を節約するためと思うけど……。探知範囲を小さくしてるから、ピリカたちはまだ探知魔法の範囲に入ってないよ」
まだ望みが繋がっているみたいだ。
だだっ広い平原だからな……。
過剰に探知範囲を拡げなくても、目視で警戒できると判断したのか。
それでも最低限の探知だけは怠らないあたり、腐っても日輪級ということなのだろうか?
分からんけどな……。
「プテラの探知範囲はどのくらいだ?」
「あの女を中心に25mぐらいだね」
「そうか……」
奴らの隊列はウィルが先頭…… 少し後ろでセラスとラッファが並んで歩き、プテラが最後尾だ。
プテラからウィルまでの距離が、脳内PCの測量アプリが5mと算出している。
つまり、ウィルに20mまで接近したところでプテラの探知にかかるということだ。
……勝負に出るしかないな。
プテラの探知範囲内に入り、奴らが俺達の事に気付いて迎え撃つ態勢に入るまでに、2m踏み込んでウィルに【フルメタルジャケット】を打ち込む。
2m…… 長いな。
俺の人生の中で最も長い2mになりそうだ……。
「作戦に変更はない。このまま進んでウィルを始末する」
「わかったよ。ハルトはピリカが絶対守るから、好きにやっていいからね」
「ありがとう。もしも、プテラが探知範囲を拡げてくるようなら知らせてくれ」
「はーい!」
そんなことを言っている間に、ウィルとの距離は30mを切ってきた。
もう、セラス達の顔が肉眼で判別できるような距離になってきている。
ウィルは全身鎧だから分からないけどな。
もう、作戦中止もできない。
ピリカは特に何も言ってこない。
……ということはプテラの探知範囲は拡がっていない。
緊張で胃がキュッと収縮する。
脳内PCの弾道計算アプリはすでにウィルを捉えて最適弾道の計算を開始している。
歩行速度・兜の位置・スリットの大きさ・風速・湿度……あらゆる条件を想定してアプリが最適解を探る。
視界モニターの端に【Calculating】というテキストが明滅している。
ウィルとの距離が18mを切った瞬間、赤字で【Lock On】という文字に変わって100%ウィルの脳天を貫く弾道が示されるはずだ。
ウィルとの距離はあと22m……。
あと数秒でプテラの探知範囲内だ。
あと21m……。
行くぞ…… 勝負だ……。
本日三話目の投稿です。
次回、124話は90分後……。13:00頃を見込んでいます。
今日投稿してから、今までにブクマが1増えました!
とても嬉しいです!ありがとうございます。
引き続き、本作を読んでく売れると嬉しいです。
よろしくお願いします。




