百十八話 露骨に怪しかったわけだが……。
11月7日
プテラの追跡から4日が経った。
あれ以来、セラス達に目立った動きは無い。
昼食の時間にだらだら出かけたり、たまにラッファが実家に鍛錬に出かけたり……。
ウイルが時折セラスとギルドに出かけているみたいだけど、ギルドで何をやっているのかは分からない。
すでにモンテスのギルドには俺の面が割れているので、目的達成するまでは二度と行かないと決めている。
ギルド内でセラス達とかち合えば不要なリスクを負うことになりそうだから……。
連中もちょくちょくとギルドや孤児院に行っているのは確認しているので、多分、俺の存在はすでにセラス達の知るところだとは思う。
それでも俺のところにセラス達が乗り込んできていないということは、まだ俺の滞在先が漏れていないのか、それともセラス達が俺の存在を歯牙にもかけていないのか……。
前者ならギルドも中々に口が堅いな。
俺の滞在先が漏れるとしたら、宿を紹介してくれたギルドからしかない。
後者ならそれでもかまわない。
そのまま俺達の事を見向きもせずにいて、なんかボロを出してくれると有難い。
そんなことを考えながら、拠点の監視を続けているとウィルが出てきた。
一人か……。
チャンスだ。
「ウィルがお出かけみたいだ。行くぞ」
俺はピリカを乗せて追跡を開始する。
最近、この肩車にもすっかり慣れてしまったな。
……。
……。
あいつ、どこに行くつもりだ?
この辺りは居住区の中でも比較的、低所得者層が多い感じの区域だ。
貧民街程ではないけど…… ダウンタウンと言ってしまうのがよさそうかな。
しばらくして、ややみすぼらしい露店が並ぶ通りにやってきた。
ウィルはその中の一軒、おそらく立ち飲み屋と思われる店のテーブルに着いた。
「なんだ? いつもはバカ高い店でメシ食ってるのに……。今日は何でこんな場所なんだ?」
椅子の無い脚の高い立ち飲み用のテーブルに肘を置き、ウィルは何かを注文するでもなく、ただそこに佇んでいる。
あいつ、あそこで何やってるんだ?
3分ほどして、薄汚れた服装の男がウィルと同じテーブルに着いた。
他にいくつも空きテーブルがあるにもかかわらず……だ。
もしかしてウィルはあの男と待ち合わせか?
ウィルは男と二言三言言葉を交わすと、やってきた男に小金貨を数枚握らせた。
それを受け取った男は、そのまま路地裏に消えていった。
今のはなんだ?
露骨に怪しかったわけだが……。
男が去って行くのを見届けると、何も注文していないのにテーブルに銀貨を一枚置いてウィルも店を離れていった。
今一つ意味の分からない行動だったが、とにかくウィルの追跡を再開する。
……。
……。
結局、ウィルはそのまま、まっすぐに拠点まで戻ってきた。
時間はまだ昼ご飯時だ。
いつもの微妙なパンを齧りながら拠点を監視していると再びウィルがお出かけのようだ。
しかし、さっき出かけた時は普段着だったのに今度はフル装備だ。
全身真っ黒なフルプレートで全身を覆い、身の丈ほどの長さのハルバードを手にしている。
あれが黒隕鉄の鎧か……。
すごいな…。
あの体形にフィットするようにあつらえた全身鎧。
外見のインパクトも相当のものだ。
アニメの敵側の幹部で【黒騎士】なんて二つ名で呼ばれているのって大体こんな感じの奴だ。
物語終盤でその中の30%ぐらいが味方になったりするよな……。
それはそうと、あの鎧…… レッドの話だと全く攻撃を受け付けないそうだ。
それは盛り過ぎで、さすがに無敵ではないと思うけど……。
ただし、黒隕鉄の鎧は冗談では済まないほどの重量になるというデメリットがある。
普通は全身を黒隕鉄の装備で固めるなんて不可能らしい。
……にもかかわらず、あの男は鎧の重さなど全く意に介さず行動できるとのことだ。
これはウィルの強化魔法、もしくは【固有特性】によるものだと俺は思っている。
まぁ、俺からすれば別にどちらでも構わない。
【この男は装備の重量の影響を受けない】……この事実のみが唯一大事なポイントだ。
確かにウィルの足取りは見た感じ、私服の時と全く変わらない。
「すごいな…… 本当に重金属の鎧を着ていても、いつも通りに動けるんだな」
完全装備でお出かけということは、ウィルの実力をこの目で確かめることが出来るかもしれない。
ピリカを乗せて俺はウィルの追跡を開始する。
……。
……。
ウィルは全身鎧のままで大通りを闊歩する。
この方角だと行き先は…… ギルドか。
予想通り、ウィルはギルドに向かう。
ギルド前に四人の男女が完全装備で佇んでいる。
見た感じ戦士二人と斥候ぽいの男と魔法使いの女のパーティー構成かな?
この四人組はウィルの姿を確認すると、駆け寄ってきて頭を下げる。
この距離なら、脳内PCの疑似読唇術サポートを併用すれば何とか会話の内容が判別できそうだ。
「ウィルさん、わざわざすんません」
「前置きはいい。出すもん出しな」
四人組のリーダーらしき男がウィルに金貨を数枚手渡す。
気付かれないように距離を取っているため、正確な枚数は確認できなかったけど三枚ぐらいに見えた。
モンテスに来てからまだ一ヶ月ちょっとだが、そんな俺の金銭感覚からしても結構な金額だ。
何だろうな ……格下相手にカツアゲか?
さすがにそれはないか。
いくら勇者パーティーメンバーでも、ギルドの入り口付近で堂々とそんな真似はしないか。
「俺達、今期実績が上がってないんでこれ以上、依頼失敗できないんです」
「ウィルさんがゲスト加入してくれて助かります。こんな時に限って俺達の手に余る依頼しか出てなくて……」
「俺もすぐに入るはずの収入の当てが無くなってな。ちっと小遣い稼ぎしておきたかったんだ。お前ら運が良かったな」
なんとなく読めてきた。
多分、ラライエの冒険者は依頼失敗が続いたり、実績不振だったりすると何らかのペナルティがあるのだろうな。
何とか結果を出すために日輪級のウィルに助っ人を頼んだってところか……。
……で、ウィルが前金で報酬の取り分をごっそり持って行ったと……。
連中は口には出さないが、表情がそう物語っている。
例え赤字になってでも、ここで実績は出さなくてはいけない。
背に腹は代えられない状況なんだろうな。
ウィルが合流した冒険者たちはそのまま街の外に向かう。
「もう少しウィルの事を知っておきたい。行くしかないな」
街から出ることになりそうだが、ウィルの追跡を継続する。
街を出るのに手間取るかと思ったが、滞在許可証を提示するだけであっさりと通してもらえた。
やはり身元と人の出入りさえ管理できれば問題ないスタンスかな?
こちらとしては足止めを食らってウィル達を見失わずに済んだので助かった。
まさか街から出るとは想定してなかったので、最低限の荷物しか手元にはない。
あまり長旅になるみたいだったら、追跡を諦めざるを得ないかもな。
……。
……。
日が落ちてきた。
連中はここで野営か。
「ピリカ、結界を頼む。二人用の小さいのでいいぞ」
「はーい」
ピリカがいつもの結界を展開したので、これで容易く奴らに見つかることは無いだろう。
俺はピリカを降ろして一息つく。
「さて、外泊の予定は全くなかったから、野営の装備が何もないな」
仕方がない。
【ピリカストレージ】で家の倉庫から保存用の燻製肉を召喚した。
数日はこれで何とかなるだろう。
睡眠はこの際、地べたに転がって寝ても平気だろう。
朝起きたら首と背中が痛い予感はするけどな。
目的地が近場であってくれよ。
「ピリカ、俺は明日に備えてもう寝る。連中を見張っていてくれないか?」
「もちろんいいよ」
「俺が起きるより先にやつらが動き出したり、気づかれたりしたらすぐに起こしてくれ」
ピリカは笑顔で頷いてくれたので、俺はそのまま眠ることにした。
……。
……。
11月9日
ウィル達がモンテスを出発して二日が経過した。
町周辺に広がる穀倉地帯をひたすら進んでいる。
この辺りで栽培されているのは背の高い農作物が多く、他にも身を隠す場所があるのでピリカを肩車する必要はない。
ピリカは普通に俺の隣をてくてくと歩いている。
脳内PCの地図で見る感じでは穀倉地帯のほぼ外縁部だ。
あと一日進むとだだっ広い平原が広がる地域になるな。
このまま平原に出るのかと思いきや、一行は柵で囲われたエリアで荷物を降ろして装備を整えて臨戦態勢となる。
「ここが目的地みたいだな。一体何があるんだ?」
茂みの裏に身を潜め、さらに存在を察知されないようにピリカに結界を展開してもらう。
しばらく様子を伺っていると男が一人やってきた。
恰好は明らかに非戦闘員であり、その手には牛に似た動物が二頭繋がれたロープが握られている。
多分、ここいらで飼育されている家畜だろうな。
男はウィル達としばらく話し込んだ後、柵の内側に牛のような動物を放つと、足早に去って行った。
なんとなくだが推測はできるな。
今来た男が今回の依頼者、もしくはその関係者だろう。
柵の中に放たれた動物は標的をおびき寄せるための【撒き餌】と見た。
この穀倉地帯で魔物の被害が出たから、討伐をギルドに依頼した……ってところかな。
こうなれば、連中のターゲットが撒き餌に掛かるまでやることが無い。
しばらくは結界の内側でピリカとのんびり過ごすとするか。
連中の動向を気にしながら、脳内PCで新しい術式のシミュレーションを行って時を過ごす。
実は少し前から、新しい魔法の作成を始めている。
今回、俺が作ろうとしているのは戦闘で使うものではない。
素人が知識ゼロから積み上げると結構しんどいかもだが、今回は地球で何十年も携わってきた仕事の知識でかなりの応用が利く。
そのため、俺にとって難易度はそれ程高くない。
結構短期間で完成すると思う。
すぐに必要になる局面はなさそうだが、今の展開だと遠くない未来に必要となる気がしてならない。
ピリカさんはあいも変わらず、フォトンブレードを何やらこねくり回している。
ここの所ずっとこうだ。
時々【むぅ】とか唸って、難しい顔を見せることがある。
さすがに俺も察してきた。
「お前、もしかしなくてもそれをモノホンの【フォトンブレード】に作り替えようとしてるだろ?」
「うん、そうなんだけどね……。 結構難しいんだよ」
「……だろうな。地球のテクノロジーでもそれの実用化は現実的じゃないってのが定説だからな」
100年後、1000年後はわからんが、ほとんど実現不可能なこんな近接武器の開発に挑戦するぐらいなら、同系統の技術でレーザー砲作る方が、容易で強力らしい。
魔法という地球では絶対に叶わないアプローチ方法がある上に、天才のピリカが挑むとなれば、ラライエではいつか実現するかもしれない。
精々頑張ってくれ。
俺が生きている間に、ロマン武器誕生の瞬間を見たいものだ。
柵の中に牛のような家畜が放たれて二時間ぐらいたった。
どうやら連中に動きが出てきた。
穀倉地帯の作物をかき分け家畜を狙って、ターゲットが姿を現す。
「どうやら釣れたみたいだな。勇者パーティーメンバー、ウィルのお手並み拝見と行くか」
次回、百十九話は明日中に何とか投下したいと思います。
可能であればお昼までに……。
しかし、暑い……溶ける。




