百十七話 大したVIP待遇だな
11月3日
あれから三日。
地球じゃ文化の日だな。
今の地球は文化的な生活を送るどころじゃない気がするけどな。
ラッファのトンデモスペックを目の当たりにして以来、セラスの拠点に目立った動きは無い。
いつもの微妙なパンを齧る時間かな? ……と、考え始めた頃合いで動きが出た。
今日は四人そろってお昼ご飯のようだ。
全員がぞろぞろと出発していく。
「今日はお揃いでお出かけか。行くぞ」
俺が地上に降りると、ピリカがふわりと乗っかってきて肩車状態になる。
今回は四人いるから気付かれる可能性はラッファ一人より高いかもしれない。
特にプテラが探知魔法とやらを使っていたらマズい。
今のピリカは視覚的認識上、見えなくなっているだけなので探知魔法には普通に引っかかるらしい。
あの女が常時探知魔法を使っていないことを祈るしかないな。
あとは気休めだが、ラッファを追跡していた時よりも距離を取ることにする。
……。
……。
セラス一行は大通りの高級店でお食事か。
連中を監視するために俺達も中で食事 ……は、無理だよな。
子供が一人で(もちろんピリカも一緒だが)こんな高級店で食事していたらかえって目立ってしまう。
……仕方がない。
俺は店を監視できる場所でいつもの微妙なパンに齧りついた。
……。
……。
ようやく勇者様御一行が店から出てきた。
すでに店に入ってから三時間近く経過している。
おいしいものを食べて全員ご機嫌の様子だ。
店の前で連中は二手に分かれて解散するみたいだな。
方角的にウィルとラッファは拠点に戻るつもりだろう。
セラスとプテラはこれからまだどこかに向かう感じがする。
「二手に分かれたね。どうするの?」
頭の上からピリカが問いかけてくる。
「勇者の方を追う」
俺は勇者とプテラの方を監視すると決めて、追跡を再開する。
しばらく二人は並んで歩いていたが、途中で別れて別々の方向に歩いていく。
この方向だとセラスの行先は孤児院かな?
プテラは ……全く見当がつかないな。
どこに行く気だ?
「ハルト、どうするの?」
「決めた。プテラを追う。」
俺はプテラを追跡することに決めて、気付かれないように距離を取って後を追う。
時間はもう夕方になろうとしている。
そろそろピリカの存在が更に目立ってくる時間だがどうするかな。
「ピリカ、もうすぐ日が落ちる。これって夜でも姿は隠れているのか?」
「うん、大丈夫!」
大丈夫らしい。
なら、このまま追跡続行してみるか。
地図を見る限りでは、川の方角だ。
この街はグリナ大河の支流に接している。
本流ではないとはいえ、グリナ大河自体が馬鹿げた大きさなので、支流だってかなりの大きさだ。
確かこの先には河川港があることになっているな。
そういえば港はまだ見ていない。
ちょうどいい機会だ。
可能なら港の様子も見ておこう。
プテラの行先…… これは港の飲み屋街的なところか?
建ち並ぶ店の中でも一番煌びやかで目を引く店に向かっていく。
入口に立っている客引が、近づいてくるプテラに気付くと店内に合図を送る。
すると、20秒もしないうちにゾロゾロと揃いのスーツを着たイケメンどもが出て来てプテラを迎え入れた。
「大したVIP待遇だな。この店にどんだけつぎ込んでるんだって話だ」
勇者じゃなくても日輪級ってのはこんなウハウハレベルで稼げるのか?
いや、どうなんだろう……。
少なくともアルドとリコにはまともな金銭感覚があったように見えたけどな。
この分だとしばらくの間、プテラはこの店でお楽しみな気がする。
「多分、あの女はしばらく出てこないだろう。ちょっとの間、港を見て回ろうか」
「いいよ」
俺はピリカを肩車したまま、河川港の様子を見て回ることにした。
川幅がべらぼうに広いので、港は大型の船舶も普通に入ってきている。
もう夜になろうというのに、停泊している船はせわしなく荷物の積み降ろしが行われていて、なかなかの活気だ。
モンテスの中でもこの界隈は他とは違った空気感がある。
ちょっとあそこの露店で飲み食いしている連中に話を聞いてみようか。
あそこで大きい空き樽を机代わりにして一人で立ち飲みをしている男を話し相手に決めた。
「ういぃ~っ! 親父ぃ! おかわりだ!」
空になった木製のジョッキを振って露店の店主に酒のおかわりを要求している。
見た感じで判断するなら水夫かな。
一仕事終えたその足で晩酌に来たクチだろう。
「ちょっと話聞かせてもらっていいかな?」
「ん? 何だこの小僧……」
おかわりのジョッキを持ってきた店主に小銀貨を二枚握らせる。
この男が注文したおかわりの酒代だ。
「おっ、わかってるじゃねえか。この酒代分ぐらいは付き合ってやるよ」
「そいつはどうも……。実はモンテスに来て日が浅くてね。この港の事を教えてくんないかな」
「ほう。で、何が知りたい?」
「ここに来る船ってどこから来てるんだ?」
「世界中どこからでもだな。この国の王都はもちろんだが、中央大陸からだって定期船が来てるぞ。さすがに魔界からの船は無いけどな」
「中央大陸からも……」
……と、いうことはここに来ている船の中には外洋を航行できる船もあるということか。
なかなか興味深いな。
「その船って誰でも乗せてもらえるのか?」
「ああ。身元が保証されていて犯罪歴が無いなら、金さえ払えばな」
「なるほど、ならここからでも中央大陸にも行けるって事か……」
「ま、小僧にはちょっと無理だけどな。なんせ、中央大陸行きの船は二等の大部屋でも金貨3枚だ」
なるほど…… 結構いい値段するみたいだな。
この流れで聞けるだけ聞いてしまうか。
追加で運ばれてきた酒のつまみの代金も払ってやると男の口はさらに軽くなった。
この辺の人間なら誰でも知っているような話を聞くだけなのだ。
情報料としては酒一杯プラスおつまみで十分だろう。
……。
……。
さらに聞き出せた話だと、国内の主要都市を行き来する船便はほぼ毎日来ていて、中央大陸への定期便は月二回のペースで来るそうだ。
やはり海路でもそれなりのリスクが付いて回るみたいで、魔物や魔獣に襲われて沈む船はどうしても出るらしい。
襲撃を受ければ海路は逃げ場がなく、船を破壊されれば乗っている人間は全滅する。
流通を担う商売人や冒険者にとっては陸路よりハイリスクハイリターンになりやすいとのことだ。
やはりな……。
よくあるラノベやアニメの異世界ものと同じだな。
ここは地球のオタク同志たちの考察がおおむね正しいと、俺も同意せざるを得ない。
人類の歴史が何千年積み上がっても、文明の発達が著しく遅いのは馬鹿みたいに強力な魔物の存在が第一要因だろう。
文明が発達するためには人・物・金の流通はもちろん、とりわけ情報(特に知識)の共有は必須だ。
魔物や魔獣がこれらを著しく阻害するから、国や都市、村などの内部で流通の多くが完結してしまう。
結果として知識や技術が秘匿されがちになるし、広がる速度に歯止めがかかる。
全ての学問を一人の人間が修めるには、人間の一生はあまりにも短すぎる。
それこそ、頭の上でフォトンブレードを弄っているピリカさんでもない限り無理だ。
今の地球は光の速さで全世界に情報が行き交うからな。
それゆえ、全人類が先人の積み上げてきた英知を土台に新しいことに挑戦することができる。
魔法というアドバンテージこそ無いが、テクノロジーにおいてはラライエが地球を越える目は米粒ほども無いと断言できる。
今の地球は結構なピンチのはずだが、きっと大丈夫だろう。
魔法は無くても、地球人が積み上げてきた知恵の密度はラライエの比ではない。
地球の人類がこのままラライエの魔物たちの餌になって終わったりはしないだろうさ。
確証はないけどな。
……。
……。
ざっくりと、この河川港についての話を聞くことができた。
そろそろプテラが店に入って二時間が経過しそうだ。
早ければそろそろ店から出てくるかもしれない。
俺は話を切り上げて、水夫らしき男と別れてプテラがいる店に戻る。
……。
……。
戻って一時間もしないうちに店からプテラが出てきた。
当然のように店総出でお見送りだ。
「お帰りのようだな。行くぞ」
少し距離を開けてプテラの後に続く。
そのまま拠点に戻るのかと思ったがそうではなく、大通りにある酒場…… 多分、東京で言うところの銀座の高級クラブのような店へと入っていった。
「マジかぁ……。あの女、高級店をハシゴと来たか」
確証も無いのに決めつけは良くないのだが、地球での社畜生活で培ったしがらみの経験に当てはめれば、これはものすごく悪女属性の気配がする。
「きっと、これ以上あの女を追っても時間の無駄だ。朝まで飲み歩いて終わると思う。今日はもう帰ろう。俺の睡眠時間が惜しい」
すでに宿の夕食は食べそこなっている。
プテラに関しては、元パーティーメンバーのレッドが言っていた印象通りだったということを確認したに過ぎなかった。
まぁ、こんな日もあるだろう。
この街の河川港の情報を得られたので、全く収穫無しというわけでもない。
俺は今日の追跡を切り上げて、宿に戻ることにした。
長らく、更新できなくてすいませんでした。四連休までにどんなことしても
捻じ込まないといけない仕事を押し付けられていたので……。
悲しいけど、社畜は断れないのです。
次回、118話は明日7月23日(金)の時間は未定ですが、お昼ごろに
投下いたします。(すでに原稿は上がっています。)
四連休期間に可能な限り、投稿したいとは思っています。
よろしくお願いいたします。




