百十六話 ここまでやるか? ピリカさん……。
「ピリカ、これは消えているわけじゃないんだろ? 俺にはバッチリ見えているからな」
「もちろんだよ。ハルトに見てもらえなくなったら、ピリカ悲しくて死んじゃうからね!」
「なら、これは一体何なんだ?」
「ふふん! これはね…… ピリカの魂の像をハルトの魂の影で隠しているんだよ」
ついにピリカの説明でも訳が分からなくなってきた。
「すまない。地球じゃ魂の存在は立証されていないんだ。さっぱりわからん」
これもそういうものだと割り切るしかない気がする。
「そうだね。じゃぁ、【日食】に例えるのが良いかな。太陽がピリカの魂、月がハルトの魂だとして……」
!! そういうことか。
理屈の本質は依然わからないけど、現象の考え方はなんとなくわかったかもしれない。
「ラライエという世界から見て、太陽と月をいい位置で一直線に並べればラライエから太陽は見えなくなる…… 皆既日食が起きるから」
「そういうこと! ハルト正解!」
「昨日作っていた術式はこれか?」
「そうだよ。これで今日も一緒にいられるね」
留守番したくないためだけにこんな術式作り上げるとか。
ここまでやるか? ピリカさん……。
朝食を食べるためにピリカを降ろして席に着く。
「うおっ! 急に精霊を顕現させるんじゃねえよ! びっくりしちまうだろうが」
いや、急にも何もピリカは最初からここにいるんだけどな。
『親父さんがピリカの事見えるってさ。術式の時間切れか?』
『術式は丸一日持続するよ。周りから見えるのはハルトの魂の影の外に出たからだね』
『えっと、どゆこと?』
『魂の影はそんなに大きくないからね。ピリカの魂の位置がハルトの魂の影に入る位置にいないと見えちゃうよ』
『おい…… それってまさか【お姫様抱っこ】してないと周りから見えちゃうって事?』
『ピリカがハルトにくっついていれば、別に抱っこじゃなくても平気だよ』
『だったら手を繋いでいればいいんじゃ……』
『その程度じゃ影の中に入りきらないよ。魂の影に入りきる面積以上はくっついていないとダメだよ』
ちょっとでもピリカがくっついていればいいというものでもなさそうだ。
ここまでやってきているからには、ピリカは意地でもついてくるつもりだろうな。
そもそも、ピリカが力ずくでついてきたら俺にそれを阻止することは不可能だ。
仕方がない。
ピリカが消えずに目立たなくする方法を示している以上、連れていくしかなさそうだ。
朝食を食べながらピリカをどうやって、連れて歩くかを思案する。
……。
……。
今、俺は街の中をピリカと共に勇者セラスの拠点に向けて歩いている。
新術式の効果で俺以外、誰もピリカの姿は見えていないらしい。
だが、今の俺はピリカをお姫様抱っこしていない。
ピリカをお姫様抱っこしていると、両手がふさがってしまうからな。
不測の事態時に対応できなくなる。
それに不自然な格好で歩いている変な子供と思われてしまいかねない。
ではピリカが今どこに居るのかというと……。
俺の頭の上にいる。
俺はピリカを肩車して歩いているわけだ。
ピリカさんは俺の頭に掴まって鼻歌を歌っている。
かなりご満悦のようで何よりである。
俺も両手が自由に使えるし、質量のないピリカが乗っかっていても重さは全くない。
ピリカが肩車状態になることのデメリットは殆どないと言っていいだろう。
「しっかり掴まって落ちたりしないようにな」
「平気だよ! ずっとハルトにくっついていられてピリカ幸せ!」
ピリカさんの手にかかれば幸せというものはこうも簡単に手に入るもののようだ。
結構な事である。
市街を通り抜けていつもの監視ポイントに到着した。
ピリカを降ろして俺は木に登って監視を開始する。
セラス達が動けば今日からはそっちを追う。
感付かれるリスクは昨日までの比ではないはず。
最新の注意を払って行動しないとな。
……。
……。
昼食の微妙なパンを食べ終わって、一息ついたところで拠点から誰か出てきた。
あれはラッファだな。
奴らの特徴は頭に叩き込んである。
この距離ならもうオペラグラス無しでも見間違えることは無い。
「一人か…… 今日はあいつをマークする。行くぞ」
「はーい」
ピリカは俺の上にふわりと乗っかって肩車の状態になる。
そのまま気付かれず、見失わずの距離を探りながらラッファの後をつける。
……。
……。
初めてラッファを見た時は変な踊りっぽい歩き方をしていたので【こいつ頭大丈夫か?】…… なんて思ったりもしたけど、あれはたまたまだったみたいだ。
多分、何か踊りたくなるような、いいことでもあったのだろう。
今は普通に歩いている。
というかあれ以来、変な踊りで歩いているところを一度も見ていない。
孤児院の子供が【勇者ごっこ】でそれっぽい動きをしていたから多分、気分が良い時なんかに無意識で出てしまう癖のようなものじゃないかと推測している。
まぁ、恰好は相変わらず個性的だがな。
ラッファは高級住宅街を抜けてさらに進んでいく。
ここは貴族街か……。
情報じゃラッファはどっかの貴族家の三男坊だとかって話だったよな。
しばらくラッファの追跡を続けていると、高い目の塀に囲われた邸宅の一つに入っていった。
ここがラッファの実家なのだろうか?
脳内PCの地図にマークをつけて【推定ラッファの実家】としておく。
結構な広さの庭を持つ邸宅のようだが、塀の向こう側を伺うにはこれを登るしかないな。
通行人を装って人目につきにくそうな敷地の側面側に回り込んだ。
「ここをよじ登って中を監視する。認識阻害の結界を頼む」
「はーい」
ピリカは結界の展開を始める。
その間に俺はリュックからロープを取り出す。
「すまない。向こう側の木にでも縛り付けてくれ」
ピリカは結界の生成を完了させた後に、ロープの端をもってふわりと塀を越えていく。
こういう時、地球のアクション映画なんかではフック付きのロープを投げて一発で引っかけて壁を登ったりするけどな。
確実に一回で成功しないと時間ばかりかかるし、発見されるリスクが高くなる一方だ。
中途半端な引っかかり方していたら途中でフックが外れるかもしれない。
いくら形から入るにしたって、敢えて不確定要素満載の手段をとる必要はない。
相棒が自由に飛べるのだから、確実にやれる方法をとるに決まっている。
ピリカに抱えてもらって引っ張り上げてもらうことも出来なくはないが、これは最終手段だ。
精霊であるピリカの種族的制約に引っかかってくる部分がいくつかあるからだ。
ピリカが塀の向こうから戻ってきた。
首尾よくいったみたいだな。
ロープにつかまり3m強の塀をよじ登る。
そのまま塀の上に腰かけて、ポケットからオペラグラスを取り出して敷地内の様子を伺う。
さすがお貴族様の邸宅。
手入れの行き届いた広い庭だ。
バレーボールの試合ぐらいできそうな広さの芝生がある。
程なくして、邸宅からラッファが出てきた。
少し距離を取って、ラッファの後ろを歩いているあの女はこの家のメイドかな?
メイドは芝生の手前で立ち止まりラッファが一人だけ芝生の中央まで進む。
そして腰の細剣を抜いて素振りを始めたり、フォームの確認や調整を始めた。
「おっ一応、修練はやってるんだな……。そりゃそうか、仕事だし命だってかかってるもんな」
ラッファの動きを細かくチェックしつつ、脳内PCにも録画させる。
俺は古流拳法の刀剣術にしか知見が無いので、詳しくはわからない。
見た感じだけで言えば、ラッファの剣術は地球のフェンシングに近いもののように見える。
ただ、これだけはわかる。
このチャラ男、確実にヤバい。
こいつ、メッチャ強いぞ。
【ブレイクスルー】で強化の上、一番得意な棒術で100回戦っても95回以上は俺が負けるな。
全敗だって普通にあり得る。
こと近距離戦闘において、この男は天才だ。
地球でフェンシングの競技会に出れば、金メダル総なめ間違いなしだろう。
これが、異世界の冒険者のトップランナーなのか……。
しばらく体を動かしていたラッファだったが細剣を鞘に納めてメイドに合図を出す。
メイドはラッファのもとに駆け寄ってきてタオルを手渡す。
そこでラッファが何やら指示を出したのだろう。
メイドはそそくさと邸宅の中へ戻っていった。
距離があるので会話の内容はさっぱり聞こえないが……。
「これが勇者パーティーの実力か。これを見てしまうとアルドとリコはまだまだ未熟だと分かってしまうな」
ピリカは俺の隣で塀に腰かけて両足をぷらぷらさせながら、フォトンブレードを愛でてニマニマしている。
ラッファには一片の興味すら無いようである。
やがてメイドが戻ってきた。
メイドの後から、数人の使用人と思しき男が金属鎧と棒が付いた台座を運び出してきた。
使用人たちは、庭に棒の台座に鎧を取り付けたものを5つ組み立てて、芝生の外に控える。
これはアレかな?
剣術や居合で使う巻き藁のような切りつけるターゲットということでおk?
藁とか木じゃなくて、金属鎧で大丈夫なのか?
あんな細剣だと、折れたり一発で切っ先が欠けたりしないか?
まぁここは異世界だし、あれでいつも鍛錬してるぽい感じだから問題ないのだろうな。
ここはお手並み拝見といこうか。
ラッファは再び剣を抜き放つと何やらつぶやいている。
きっと呪文の詠唱だ。
距離があるので詠唱の言葉自体は全く聞こえない。
詠唱が終わるとラッファは鎧に向けて剣を構える。
しかし、間合いが離れすぎていないか?
ラッファから鎧までの距離は10m ……は無いな。
一番近い鎧で7.5mと脳内PCは計算している。
ラッファはその場から一歩も動かずに鎧に向けて突きを繰り出す。
ラッファの突きは、7.5m離れた鎧の心臓にあたる場所を正確に貫いた。
「……まじかぁ」
見間違いではない。
脳内PCの画像としても記録されている。
時間にして二秒にも満たなかったが、ラッファの細剣が伸びた。
文字通り物理的にだ。
そしてすぐに元のサイズに戻った。
「まるで孫悟空の如意棒だな。いや、この場合如意剣か?」
さすがは異世界…… こんなのもありか。
そしてこの威力だ。
あんな細い剣が金属鎧を豆腐に鉄串を通すみたいに容易く貫いた。
ターゲットが鉄製の鎧だと仮定して、それを背中まできれいに抜くとなると……。
あれの貫通力は最低でも適正距離で発砲された地球の軍用狙撃銃並みとみた。
ラッファはそのまま連撃で残り四個の鎧を貫いた。
かなりの早さの連続突きだった。
呼吸を整えてラッファは細剣を鞘に納めて邸宅に戻っていった。
残された使用人たちがせっせと鎧を片付け始める。
「驚きの実力だな。あのチャラ男……。【1マジかぁ】プレゼントだ」
「えええぇっ! ハルトあんな奴にプレゼントあげちゃやだぁ!」
「いやいや、ピリカさんは出会ってから累計【1000マジかぁ】ぐらい行ってるから……」
「ほんと? やったぁ!」
この子、わかって言ってるのか?
かわいいから別にどっちでもいいけどな。
俺はロープにつかまり塀を降りる。
アルドとリコを基準に勇者パーティーの実力を想定していたが、ラッファの実力は大幅な上方修正が必要になりそうだ。
「初日からなかなかの収穫だった。今日のストーキングはここまでにしよう。誰かに発見される前に引き上げる。ロープの回収を頼む」
ピリカは敷地内の木に縛ってあるロープを解くと俺のところに戻ってきた。
ロープを回収してピリカを肩車して帰路につく。
何とか一話投稿にこぎつけました。
昨日、ハサウェイ観にっていたので、時間がきつかったです。
リアルの社畜生活も無茶振りが多くなってきていてすいません。
次回も何とか一話は死守したいものです。
その次の週は四連休だから、ここで少しぐらいまとまった投稿をしたいところです。




