百十四話 控えめに言って、ただのプータロー集団だ。
まずは、拠点の外観から確認する。
二階建てのそれなりに部屋数もありそうな建物だ。
大きさやここから推定される内部の広さなど、わかる範囲のデータを脳内PCに測量アプリで集めさせる。
可能そうなら、連中が留守の隙を突いて中に忍び込むつもりでいるけど、その前に集められる情報はすべて集める。
最初の目標は奴らの顔と名前を一致させる……だな。
とはいっても特別に何かするわけでもなく、ただひたすらオペラグラスを覗き込んで待ち続けるのみだ。
ピリカは俺の隣に腰かけてフォトンブレードをこねくり回している。
「ふふふっ、えへへ」
時々、なんか変な笑い声を漏らしている。
この子は一体何やってるんだ?
機嫌よくしてくれているなら別に良いけどさ。
しばらく監視していると、なんだか恰幅の良い大男がやってきた。
測量アプリが身長206cmと算出している。
かなり大型だ。
これは亜人じゃなくて人間なのか?
この体格…… まるで本場アメフトプロリーグ、クォーターバックのトッププレイヤーだ。
そのまま男は合鍵で入口の扉を開けて拠点に入っていった。
今の男が勇者セラスのパーティーメンバーの一人、ウィルで間違いないだろう。
顔はもちろん、奴の身体的特徴を脳内PCに記録しておく。
全身黒隕鉄の鎧で武装しているって話だったが、普通に普段着だな。
まぁ、そりゃそうか。
街の中でフルプレート着込む意味は無いし……。
さらにしばらく様子を伺っていると、白いシャツと黒いスラックスのような衣装の男がやってきた。
見た瞬間にこの男がラッファだとわかった。
腰に細剣を差し、金髪にふさふさの大きな羽が付いた貴族帽をかぶっている。
体系はすらっとしていて、体脂肪率はかなり低そうだ。
身長は180cm、決して低くはない。
……で、あの男は何で変な踊りのような動きで歩いているんだ?
孤児院の子供たちの勇者ごっこは案外的を得ているのか?
とにかく、ラッファの特徴を脳内PCに記録していく。
推定ラッファ(いや、確信ラッファか?)はウィル同様に合鍵で扉を開けて入っていった。
そこからはただただ暇な時間が過ぎていく。
何とか拠点の中の様子を知りたいところだが、ここからじゃちょっとわからないな。
ん? おっと、これはラッキーだ。
二階の窓がガラス窓に見える。
有力な突破口だ。
「むぅ、おなかが減ったな。そろそろ昼ご飯時だ」
脳内PCの時計は11:30を少し回っている。
地球基準だと、昼ご飯時というには気持ち早い目だが、電気のない異世界の朝は早く夜もまた早い。
そのため異世界に来てからこっち、このぐらいの時間でおなかが減ってくるわけだ。
俺は道中で買ってきた微妙な味と硬さのパンを齧ろうかと思い、ウエストポーチに手を伸ばしたその時だ。
拠点の入り口が開いて誰か出てきた。
さっき見たウィルとラッファだな。
その後に続いて、一組の男女が出てきた。
これは…… どこのイケメンカップルだよ!
初見の時点ですでに【爆発してよし!】だ。
消去法でこの二人が勇者セラスと魔法使いのプテラで間違いないだろう。
オペラグラスのレンズ越しに映る二人の特徴を脳内PCに記録していく。
勇者セラスは…… うん、イケメンだな。
アルドとは違ったベクトルでこれまたモテるだろうな。
測量アプリは176cmと算出している。
癖のない赤髪、端正な顔つきに無駄のない肉付き。
確かアルド達の話じゃ、年齢は26歳だったかな。
俺の勝手な印象で言うなら、アルドがイケメン男優でセラスはイケメンアイドル歌手だ。
そして、そのセラスに腕を絡めて共に歩いている女が魔法使いのプテラだな。
やや紫がかったロングヘアーのスタイルの良いおねぇちゃんだ。
セラスとプテラはここに訪れる様子が無かった。
最初からこの建物に居たんだろう。
ここに住んでいるということか……。
ウィルとラッファはわからないな。
ここには通いで来ているのか、それとも単純に朝帰りだったのか……。
その辺は今後の情報収集で追跡調査だな。
四人は楽し気に談笑しながら、市街地への道を歩いていく。
こいつらが皆からの尊敬を集める勇者様御一行ね……。
これにアルドとリコが加わった六人パーティーだったというわけか。
この4人、年齢はほぼ同年代かな?
多分三つと離れていないように見える。
パーティーメンバーを二人失ったばかりとは思えないほど楽しそうだな。
奴らの笑顔がまた一つ、俺の推測が正しいのではないか判断する材料の一つになる。
「あいつらどこ行くんだろうね?」
「昼ご飯だろうな。見た目で判断するのもなんだけど、誰一人として自炊しそうに見えん」
アルドとリコがいたなら、あの二人がこいつらの食事を用意していそうだ。
四人の姿が視界から間もなく消える。
この段階で選択肢は…… セラス達のあとを
① つける
② つけない
ここは②だ。
最初の目標である四人の顔と名前を一致させるという目的は達成している。
ここは連中の拠点周りの情報集めを優先しよう。
「ハルト、あいつらを追わないの?」
「ああ、今日はずっとここに張り付くよ」
俺は改めてウエストポーチから微妙なパンを取り出してかじりついた。
さて、連中がお出かけの間に拠点に忍び込むという選択肢もありそうだが、今行動を起こすのは多分悪手だ。
パンを食べ終わって一息ついていると、市街の方から二つの人影が拠点に向かっていった。
メイド服っぽいおそろいの服を着た女が二人だ。
「やっぱり来たか」
「だれ? 全然知らない人間だね」
「俺も誰かは知らん。きっと拠点のメンテナンスに来た奴らだ」
リコ達やレッドから聞いた連中の印象は、掃除や洗濯などの家事を自分でやるような人間には思えなかった。
きっと拠点の維持管理を他に丸投げしてると思ったよ。
多分連盟かな?
あの二人が連盟の職員なのか、連盟から委託された雇われ管理人なのかはわからんけど、そこはあまり問題ではない。
知りたいのは、連中が来る時間と頻度だ。
時間を掛けて情報を集めるしかないな。
二時間ほど経過して二人が拠点から出てきた。
二人共、手に大きい目の布袋を持っている。
もしあの二人が泥棒で堂々と家財を盗み出していたのだったら、それはそれで面白いとは思う。
だが、きっとあれの中身は本日の掃除で出たごみか洗濯物だろうな。
二人はそのまま市街の方に向かって去って行った。
脳内PCに今日の日付、二人が来た時間と帰った時間を記録しておく。
ある程度データが集まれば、二人が来る周期も見えてくるだろう。
日が傾いてきたな。
脳内PCの時計はもうすぐ18時だ。
そろそろ引き上げ時かもしれない。
日没以降は常時光っているピリカがあまりにも目立つので発見されるリスクが爆上がりするからな。
切り上げ時を思案しているその時、勇者パーティーの四人が戻ってきた。
こんな時間までどこをほっつき歩いていたんだか……。
そこは追々追跡しながら必要があれば確認しよう。
四人が拠点に入っていったのを確認して初日の情報収集を切り上げる。
「今日はここまでにしよう。帰ろっか」
そう声を掛けるとピリカはいつものゆるふわスマイルで頷いて、ふわりと地上に飛び降りた。
最初から根をつめたって続かないし、リスクだって高くなるからな。
油断せずに、それでいてこのぐらいの緩さでいいと思う。
俺達はセラス達の視界に入らないように気にしながら帰路についた。
10月26日
勇者セラスの拠点の監視を始めて、二週間以上が経過した。
ラライエの暦だと三週間だな。
冒険者ギルドで別れて、連盟に行ったきりアルドの行方がさっぱりわからないのは気になる。
俺を訪ねて宿にも来ていない。
孤児院にも来ていないみたいだった。
もはやアルドもだめかもしれないな。
無事でいてくれるといいのだが……。
どこに居るのかさえわからない以上、俺にしてやれることは無い。
さて、頭を切り替えよう。
ここで情報収集を続けてわかったことがいくつかある。
推定管理人がここを訪れる頻度は三日おきだ。
これは今まで一日たりともイレギュラー無しだから確定と思っていいだろう。
訪れる人間は初日に見た女二人が一番多いけど、日によって男が来たりすることもあった。
多分、何らかのシフトで割り振られている感じだろうな。
時間も決まっているみたいで、来る時間も帰る時間も±30分程度の変動範囲内に収まる。
管理人が来る日程とその時間は、予測可能な要素と判断して問題ない。
一方で全く読めないのは勇者とその仲間たちだ。
こいつら、ここから観察している範囲だけで判断するなら控えめに言って、ただのプータロー集団だ。
出かけたいときに出かけて、眠りたいときに眠って、だらけたいときにダラける。
皆の尊敬を一身に集める勇者とそのパーティーメンバーがこれでいいのか?
動物園のパンダの方が見にくる人に愛想ふりまいたりする分、まだ仕事してるんじゃね?
……とさえ思えてくる。
まぁ、こんなスーパー怠惰ライフを送っているのは拠点にいる時だけで、外に出ればしっかり仕事してるのかもしれないけどな……。
まだ、俺は拠点での奴らの姿しか見ていないから。
今、俺の目に映る連中の姿だけで勇者セラス達の事が分かったと結論を出すわけにはいかないだろう。
……と、なればそろそろ勇者セラスとその仲間たちの行動そのものに張り付いて、勇者たちがどんな奴らなのか。
そして、リコが殺される理由の真相固めを行う段階かもしれない。
更に言えば、アルドもこいつらに殺されている可能性は結構あると思っている。
しかし、実は俺の推測のはるか上を行く真相があって、リコ達の方に殺されても仕方のない原因がある可能性が0.01%ぐらいあるかもしれないからな。
緑の泥で出会ってこの街に着くまではずっと一緒だったんだ。
俺の中ではあの二人は間違いなく【いいやつら】判定だ。
だからこそ、俺一人ぐらいは真実を知っておいてやりたいと思う。
よし、決めた。
情報収集を次の段階に進めよう。
監視対象を拠点から勇者たち自身に移行する前に、どうしてもやっておきたい準備がある。
まずはその準備を実行できるタイミングが訪れるのをひたすら待つとしよう。
前回更新からブクマと評価ポイントが増えています。
つけてくださった方、どうもありがとうございます。
とても嬉しいです。
次回、105話の投下は明日、7月4日(日)の午後を見込んでいます。
原稿自体はできているのですが、推敲が終わっていないので……。
お時間はちょっと約束できませんが、なるはやで投下します。
よろしくお願いいたします。




