百十二話 ピリカさん…… 助けて……
俺は席を立ってピリカの所に向かう。
ピリカは庭で子供たちに取り囲まれている。
勇者ごっことやらの真っ最中みたいだ。
「ウィル! 気をつけろ! 光の精霊王がお前を狙っているぞ!」
「ふんっ! 無駄だ! この黒隕鉄の鎧はどんな攻撃でもはじき返すからな!」
!!
この光景はなんだ?
世界は俺がツッコミを入れるのを待っているのか?
勇者セラスのパーティーが悪い光の精霊王と戦っている場面なんだろうけどな……。
ちびっ子共よ、お前たちが戦っているのは多分、マジモンの精霊王だぞ。
ウィル役の子供が全身鎧に見立てた木箱を身に付けているのだが……。
俺はこれを地球で見たことがある。
全身箱まみれのその姿は……。
オタクなら一時、飽きるほど見かけたよな。
まるっきりダソポーそのものだ。
段ボール箱か木箱かの違いはあるが……。
セラスの仲間のウィルって重戦士がこのままの外見だったら、ちょっと焦るぞ。
「精霊王はこのままウィルに攻撃を集中するつもりだ! 今のうちにラッファは側面に回り込め!」
「僕に任せたまえ! たとえ精霊王でも僕の剣が貫いてみせるよ……」
大きな鳥の羽を刺した麦わら帽子をかぶった子供が剣に見立てた木の棒をもって、くねくねと形容しがたい不思議な踊り? ……のような動きでピリカの横に回り込む。
これがラッファなのか?
本当にこんな挙動で戦うようなやつなら、普通は真っ先に死ぬ。
戦闘をなめているとしか思えない。
俺ならコボルト一匹相手でもこんなことはやらんぞ。
そんな隙を見せたら一撃で頸動脈を引き裂かれる。
「アルド! 敵から目を離すなよ! チャンスが来たら俺が合図する!」
「ああ、いつでも行ける」
おっ!アルド役の子は結構まともっぽいな。
鍋の蓋をラウンドシールドに見立てて木の棒を構えている。
冷静そうな雰囲気もなんとなくアルド感が出てるぞ。
「すでに精霊王は私の魔法で動けなくなっているわ」
後方で箒を掲げて魔法を使っているように見えるのはプテラ役か?
「精霊王がシャドーバインドを破るつもりだ! リコ、精霊王に次の魔法を使わせるな!」
「うん! 任せて!」
リコ役の女の子がピリカにドングリみたいな木の実を投げつける。
ああ、超曲射で苦無投げてるつもりか。
木の実は当然ピリカをすり抜けるのみだ。
当のピリカはただ棒立ちになっているだけで、ちびっ子を全く構っていない。
物理干渉を全く受け付けないから、好きにさせているだけで勇者ごっこが成立すると考えての事だろうか?
いや…… 多分、相手にする気がないだけだろう。
「いまだ! 予想外の妨害で焦りが出ている! 一気に決めるぞ!」
セラスはアレだな ……仲間にあれこれ言うだけで全然自分で戦わないな。
ちびっ子が一斉にピリカ飛び掛かろうとしたところで、俺はピリカに声を掛ける。
「ピリカ、お疲れさん。もういいぞ!」
「ハルト!」
ピリカはぴゅーんと俺の隣に飛んでくる。
「ああっ! せっかくいい所だったのに!」
子供たちが勇者ごっこを中断させられてブイブイ文句を言う。
「悪いな。遅くならないうちに帰らないといけないからな」
「ちぇっ、ここからがセラスの見せ場だったのにぃ……」
「見せ場って、セラス指揮してるだけで戦ってなかったよな?」
俺が見たまんまの感想をセラス役の子供に言った。
「何言ってんだよ! 剣の届くところまで近付いて、一対一になったらセラスの勝ちが決まるんだよ!」
えっ!?
「それはどういうことだ?」
「お前、ずっとアルド達と一緒にいて教えてもらえなかったのか? セラスの強さの秘密……」
そりゃ、仲間の手の内を普通は教えないだろう。
俺だってアルドとリコにできるだけ手の内を見せないようにしてきたんだ。
特にアルドは最後まで口を滑らせたりはしないだろうさ。
「知っているのか?」
「そりゃ同じ孤児院の仲間だからな! 俺もここを出る年になったらセラスのパーティー行くんだ!」
予定変更だ。
この子供から、話を聞く必要がありそうだ。
「それはすごいな! さすがセラス役をやってるだけはあるぜ!」
「へへん! まぁな……」
「それで ……セラスは何で一対一になったら勝ちが決まるんだ?」
「どうしようかなぁ? 俺達孤児院の仲間だけの秘密だしなぁ……」
「頼むよ! 俺もリコからパーティーに来ないかって誘われてるんだよ。仲間外れはなしにしようぜ!」
セラスは先天性の精神的障害で【疑う】という概念が希薄な可能性がある。
同じ孤児院の子供たちに自分の能力を話している可能性は高い。
これはまじでセラスの秘密が分かるかもしれない。
絶対にここで聞き出して見せる。
「でもリコはすぐに年下のやつを弟分扱いするからな……。 気まぐれじゃないのか?」
「そんなことはないぞ! アルドだって俺達がそうしたいなら反対する理由はないって言ってたぞ。将来、セラスの所に来るなら俺達はもう仲間みたいなものじゃないか!」
まぁ、俺はセラスのパーティーに行くつもりは毛程もないけどな。
「本当かぁ? 勇者パーティーはお前みたいなパッとしない奴がやっていけるほど甘くないぞ?」
それをお前が言うのか?
まぁ、いいけどな。
子供の言うとこにいちいち突っ込んでも仕方がない。
あと一押しだな。
見た目子供同士だと友達になりやすいし、情報を引き出すのも簡単で助かる。
「よし、じゃあ俺達の力を見せてやる。これで勇者の所でもやれるってわかるだろう」
軽く庭を見渡すと、柵の隅っこに2mぐらいの岩があるのが見えた。
あれでいいかな。
「サリィ先生、あの岩、壊れたり無くなったりしても平気?」
「え? ……ええ、大丈夫よ」
「ピリカ、あれに美利河 碑璃飛離拳を」
「はーい!」
ピリカがてくてくと岩の前に進み、アニメに出てくる【黄金の将軍】の構えを真似て見せる。
さすがはピリカ…… 分かってるじゃないか。
オタクとしてはこういう演出は大事だぞ。
何に対してわかっているのかは知らないが……。
「たぁーっ! 美利河 碑璃飛離拳!」
ピリカが光る手刀を岩に放つ。
光の軌跡の通りに岩が三枚におろされてパカッと割れる。
……。
……。
この場にいる全員が言葉を失っている。
「……す、すげぇ!」
「かっこいい! 本当に強いんだね!」
少しの間を置いて子供たちは大はしゃぎだ。
「これが、精霊の力……」
「セラス達はこんなのといつも戦っているのね……」
先生二人は少し血の気が引いてしまっている。
大人は素直に喜べないよな。
人類が討伐対象にしている精霊の力の一端を目の当たりにしたらさ。
「どうだ? これでわかったろ?」
「うっ…… これはお前じゃなくて、ピリカの力だろ! お前自身が勇者パーティーで戦えるところを見せろよ!」
おっと、なかなか鋭い所を突いてくるな。
確かにピリカの力抜きだと、俺の力は下手したらお前たちちびっ子以下かもしれんな。
仕方がないな。
こいつら経由で俺達の情報が周囲に漏洩するリスクを負いたくないんだけどな。
ここは必要経費と割り切るか。
俺は【ブレイクスルー】の術式をポケットから取り出して発動させる。
「呪紋? ハルト君、あなた…… 呪紋使いなの?」
「でも、こんなに小さい呪紋なんて見たことが……」
先生二人は驚愕している。
アルド達も驚いていたからこの反応は予想できた。
「これは秘密にしておいてね。 一族の秘伝なんだ」
見せてしまった以上、遅かれ早かれ広まる気はするが少しでも遅らせるために一応、釘をさしておく。
「さて、この中で誰かこの割れた岩を持てるやつはいるか?」
俺が声を掛けると子供たちが、割れた岩を持ち上げようとするがビクともしない。
「ぐぎぎぎぎぃ!」
まぁ、無理だろうな。
もし持ちあがったら、むしろ俺の心が折れる。
「みんなで力合わせてやってもいいぞ」
そう言われて子供たちが数人がかりで挑戦するも、岩はピクリとも動くことはない。
そりゃそうだろう。
この岩の種類が何か知らないが、これの比重がコンクリートと同じだと仮定して計算しても、一番小さいやつでさえ2トン以上あることになる。
これは俺もちょっと無理っぽい。
「ピリカ、すまない。一番小さいやつをさらに三等分してくれ」
「いいよ」
子供たちを下がらせて、ピリカに小さいやつをさらに三枚におろしてもらう。
「これならどうだ? これを持てるやつはいるか?」
子供たちがこれならもしや……と、挑戦するも全く動かない。
そうだろうな。
これでようやく、一番小さいやつで500kgぐらいだ。
地球の重量挙げメダリストでも上がらないからな。
俺は再び子供たちを下がらせて一番小さい岩に手をかける。
【ブレイクスルー】で強化された状態なら、このぐらいならいけそうだけど。
うっ……。
これは重い……。
いけるか? 今更無理とは言えない。
「ふぐぐぐぐぅ!」
両腕と足腰の筋肉がプルプルしてきた。
ちょっと無茶だったか……。
しかし、俺は何としてもここでセラスの能力の秘密を聞き出したい。
覚悟を決めて格ゲードライバを起動。
脳のリミッターを解除する。
「たりゃぁ!」
ブチブチブチっと嫌な音がして、腕と腰の筋肉が逝った。
しかし、そのおかげで岩が腰の高さまでは持ち上がった。
俺はゆっくりと岩を戻してから、ピリカに懇願の瞳を向ける。
「ピリカさん…… 助けて…… ここから一ミリでも動いたら腰が死ぬ」
ピリカはジト目で俺を見て治癒術式を発動させる。
ほどなく痛みが収まってきたので、格ゲードライバをオフにする。
「ハルトって、時々ばかだよね?」
「幻滅して嫌いになったか?」
「ううん、ばかでも大好き!」
「ふ、ふふふっ…… どうだ? 見たか! 俺の力を……」
「あ、ああ……。なんか微妙にかっこよくない気がしたけどな」
「セラスの力の事、俺に教えてくれる気になったか? 俺がセラスのパーティーに入ったら次はお前に声を掛けるように言っておいてやるからさ」
「本当か? 約束だぞ! お前良いやつだな!」
「ずるいぞマルコ! 俺だってセラスと冒険に行きたいのに!」
そうか、こいつはマルコって名前か…… 今知ったよ。
まぁ、約束だからセラスには言っておいてやるよ……。
俺がセラスのパーティーメンバーに加わる日が来た暁にはな……。
そんな日が来るのかは知らないが……。
『ハルト、なんか悪いこと考えてるでしょ?』
ピリカが後ろから、しがみついてそんな事を囁いてくる。
「えっ! いや別にそんなことはないぞ」
鋭いな、ピリカさん。
ずっと一緒にいる相棒だからな。
俺の考えはお見通しか……。
「それじゃ、特別にセラスの強さの秘密を教えてやるよ。セラスには他のやつらにはない特別な力があるんだ」
やっぱりそうか。
【固有特性】 ……いわゆるユニークスキル持ちか。
「で、その力ってのは?」
「セラスは【思考同期】とかなんとか、難しい言葉使ってたけどさ。要は敵一体の考えてることが手に取るように分かるんだってさ」
まじかぁ。
予想以上のチートスキルだった。
まだ会った事もないけど、勇者セラスに【1まじかぁ】を進呈しよう。
「敵一体ってことは ……二体以上は無理なのか?」
「ああ、自分で決めた相手一体だけだってさ。別の相手に変更するには二分以上開けないと駄目らしいぜ」
「なるほど……。それは相手が魔物でも人間でも関係なしか?」
「もちろん! じゃないと魔物が相手でも無敵でいられないだろ? なんか言葉じゃなくて感覚で分かるんだってさ。 足を狙って攻撃しようとしてるとか、最初の攻撃はフェイントで次の攻撃で決めようとしてるとか、回り込もうとしてるとかさ」
なるほど…… 知性のない魔物でも、言葉の通じない他種族でもお構いなしか。
相手の思考を感覚的に理解して先読みできる。
だから【思考同期】ね。
確かに相手が一体なら無敵だな。
敵の手の内が筒抜けならどんな手を使ってこようが対策可能ってわけか。
技術や才能の向こう側で勝負できるから、最低限の修練で問題ないわけか。
しかし、こんな秘密を孤児院の子供に容易く話すなんてな……。
下手な相手にばれたら命とりだぞ。
こりゃ、セラスが【疑う】という思考が希薄なある種の精神疾患なのは間違いなさそうだ。
「それはすごいな。無敗なわけだ」
「だろ? だから敵が一体だったら仲間に相手の動きを伝えて追い詰める。そして最後は自分が直接決める戦法を使うんだってさ」
見方によってはただの美味しいとこ取りに見えなくもないけど、これが一番確実なんだろうな。
「なるほどな、いい話を聞けたよ。ありがとう」
「良いって事よ! セラスに俺の事、ちゃんと言っておいてくれよ?」
「ああ、セラスのパーティーに入ったら必ず言っておくよ」
入ったらな……。
「それじゃ、俺達はこれで。お邪魔しました」
「また、いつでも来てね。アルドとリコに会ったらこっちにも顔出すように言っておいて」
別れ際にそう声を掛けてきたセレネ先生に俺は手を振って了解の意を表しておく。
思ったよりも時間を食ってしまった。
今日はもうセラスの拠点の偵察は無理そうだな。
だが、得られた情報はどれも値千金だ。
収穫は十分すぎる。
俺はピリカと共に宿への帰路についた。
すいません。今回5000字越えです。ちょっと切りどころが悪くて長いです。
明日中にあと一話行きたいなぁ…… いけるかな……。
駄目そうだったらごめんなさい。




