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百五話 何、死んでるんだよ

 宿屋の二階、一番奥の部屋の扉に鍵を差し込んで中に入る。

かなり日が傾いてきているので、部屋の中は暗い。

普通なら備え付けのランプに火をつけるのだろうけど、俺には必要ない。

なんせピリカがいるからな。

日中、晴天時の屋外ではちょっとわかりにくい時もあるけど、ピリカは常時光っているから照明要らずだ。

この五年、夜間でも明かりのお世話になる場面はあまりなかった。

光が差し込まないような空間でもピリカがいれば問題なしだ。

荷物を降ろしてベッドに腰かける。

ようやく一息付けそうだ。


「やっとゆっくりできるな。もう暗くなってきたし、街を見て回るのは明日からにしよう」


「じゃ、今夜は久しぶりにハルトと二人だけでいられるね」


「そうだな。アルドとリコも別行動だしな」


「えへへへへ……」


 ピリカは表情をとろかせて俺にくっついている。


「ところでピリカ、人類の街の様子はどうだ?」


「ミエント大陸は殆ど来たことが無いからよくわからないけど、前にピリカが行った中央大陸の街とあんまり代わり映えしないね」


「そっか。人間たちの態度もか?」


「多分ね……。 今はハルトがいるからかなりましだけど、ピリカ一人だけなら出会った途端に逃げ出すか、いきなり襲ってくるかだったからね。ピリカ一人で街にいると、今でもそうなると思うよ」


 今まで見てきた人類のリアクションを見る限り、ピリカの推測はほぼ正しいだろう。

これは精霊が人間に関わりたくないのも納得かな。

一体、どうしてこんなにこじれた関係になったのか、機会を見つけて自分なりに調べてみたい。

ピリカから直接聞き出してもいいけど、この五年でピリカが自発的にこの話題に触れてこないということは、あまり話したくないのだろう。

なので、これはどうしても知らなくてはならないような事態でない限り使わない、最終手段だ。


「ラライエの人類の態度については、こういうものだと割り切るしかなさそうだな。いちいち反応してもどうしようもなさそうだし……。ピリカは気分悪いだろうけど、もう少し付き合ってくれ」


「ピリカはハルトと一緒に居られれば、どこだって全然平気だよ。相手にしなきゃいいだけだもん」


「すまんな。なるべく早く、理想の引きオタライフを送る方法を見つけるよ」


 一休みしたところで、夕食の時間になったようなので宿の食堂に向かうことにする。

一応、他の宿泊客に配慮して隅っこの方のテーブルに座っておいた。

他の宿泊客はピリカが相当おっかない+珍しいらしく、離れた席で時折こちらをチラ見しつつ食事をとっていた。


 出された料理は初見なのでよくわからんが、推定パンと野菜スープっぽいやつだ。

とりあえず、時間を掛けてまともに調理された料理を口にするのは、ずいぶん久しぶりなので普通においしくいただけた。


 多分、日本にいた頃の肥えた味覚のままだったら、【こんなレベルで客から金取んのか? ふざけんな!】って脳内で吠えて、二度と来ない店指定になってた気はするが……。

そんなことを言っていたらラライエでは生きていけない。

ここは順応しないといけない部分なわけだ。


 将来、文明圏で引きオタライフの生活基盤が築けるようなら、異世界グルメを模索するのもありかもだが今はその時ではない。


 部屋に戻ってピリカと二人のんびりと過ごす。

何にもない部屋の中でも、俺には脳内PCがあるから別に暇を持て余すことはない。


 一方、ピリカは特にやることもなくとてつもなくヒマなはずなんだが、本人は俺と一緒にいられればOKで他の問題は取るに足らない些末なことらしい。

とはいえ、部屋の中をふわふわと漂ったり、俺にくっついたりしているだけのピリカの様子を見ていると、早いうちに何とかしてやりたいとは思う。



  ……。


    ……。



 10月7日


 モンテスに着いてから一夜明けた。

結局、昨日のうちにアルドとリコが来ることはなかった。

時間が遅くなってしまったから、勇者パーティーの拠点(ホーム)とやらに一旦戻ったのかな?

何もない部屋で日がな一日、アルド達が来るのを待っていられないので、宿のカウンターでもし、二人が来たら夕食の時間には戻ると伝えてもらうように頼んで街の散策に出かける。


 正直なところ、ドローンを召喚して空撮を行って一気に街の地図を作り上げてしまいたいところだけど、迂闊にドローンを見られるのもマズそうだし、一度召喚すると戻せないので、後で邪魔になるようなら使い捨てになってしまう。

俺一人で持ち歩ける物量には限界があるので、これを実行する選択肢は出てこないな。

今回のところは、あてもなく自分の足で街を徘徊してMAPを広げていくことにしよう。


 まずは、ギルドや俺が泊まっている宿がある大通りから。

そこそこの人通りがあるし、ここに出ている店は屋台ではなく全て店舗を構えているからそれなりの商会や大店が揃ってる感じかな?


 ここはケルトナ王国で三番目の都市らしいから、首都や他国に行けばもっと違った趣があるのかもしれないけど、そこはまた行ってみてのお楽しみだ。


 人類の文明圏で確認しておきたいことは、それこそ掃いて捨てるほどたくさんあるが、最初に見ておきたいものの一つが視界に入ってきた。


 雑貨店だ。

いきなりお目当てのものがここにあるかはわからないけど、手がかりぐらいはあるんじゃないかと思っている。


 店に入るなり、店主と思われる男の目が見開かれた。

大方、ピリカを引っ込めるように言おうか迷っているといったところだろう。

ゆっくり売っているものを見て回りたい気持ちもあるにはあるが、当面は持ち物を増やしたくない。

衝動買いをしないようにするためにも、目的の物の確認だけをさっさと済ませてしまおうか。


「あの~ すいません」


「あ、はい。何かお探しで?」


 ピリカを最大限警戒しつつ、店主が俺の方に近づいてくる。

一応、首にかかっているメダルのおかげでピリカが俺の契約精霊だと認識しているのだろう。(実際は違うけどな)


「この店に【紙】は置いてますか?」


「はい、こちらに」


 店主は店の一角にある商品棚に俺を案内する。

棚に数種類の紙が収められている。

ぱっと目に付く場所に陳列されている紙は、お世辞にも品質の良いものとは言えない。

俺が小学生の頃によく使われていたわら半紙以下だ。

術式を描けなくはないけど、長期間持ち歩くとなると、その間に滲んだり破れたりして使えなくなるな。

俺はポケットから術式を描いた紙を一枚取り出し、店主に見せる


「このぐらいの品質の紙が欲しいのですが……」


店主は紙を受け取り驚愕する。


「な…… 何だこの紙…… 見たことがないぞ。こんな白さと手触り…… それでいてこの薄さ……」


 ですよね~。

そんな反応になりそうな可能性は感じていた。

ギルドでも衛兵の詰め所でもこの水準の紙が使われている様子が無かったからな。


「これを一体どこで?」


「故郷にあったものなんです。家にも残りがあんまりなくて、なんとか手に入ればと……」


 実際はまだ1万5千枚以上残っているので、あんまり残りがないわけじゃないけど、いつかは枯渇するものだ。

精密な術式の記述に耐えうる紙を安定して手に入れる方法があるのなら、そこは押さえておきたい。


「残念ですが、うちではこれ程の紙は取り扱っておりません」


「そうですか。じゃぁ、ここで一番高品質の紙はどれです?」


 店主は鍵がかかっている商品棚を開けて、中から紙を一枚引っ張り出してくる。

大きさ的にはA3ぐらいだな。


「これがうちで一番の品質ですね。こんなのを買っていくのは貴族家ぐらいですが……」


 白さはまぁ、少しくすんだコピー用紙というところか。

ただ厚さがかなりあれだ。

画用紙…… いや、ほとんどボール紙だな。

折り畳んだりはできそうにない。

でもまぁ…… 術式の記述と持ち運びには耐えられそうかな。

かさばりそうだから、運用上のパフォーマンスはコピー用紙の術式に大きく劣るけど……。

一度これで描いた術式が使い物なるのか試しておくのもいいだろう。


「じゃぁ、これを一枚もらいます」


「えっと、貴族家のご子息とお見受けしますが、それでもこれは子供の小遣いで買えるような値段では……」


 店主が子供相手でも低姿勢なのは、俺が貴族の子に見えていたからか。

俺の着ている服のせいかな?

アルド達に渡してやった服もかなり上等の服に見えるような事を言ってもんな。

ちなみにこの甥っ子がかつて着ていたパーカー、確か5,000円してなかったと思うぞ。

記憶に間違いがなければユニワロのセール品だったはず。

いちいち訂正するのも面倒だからこのまま勘違いしていてもらおう。


「えっと、それでいくらですか?」


「小金貨一枚です」


 確かに高いな。

宿屋二食付きで5泊分か。

日本だったら安い所さがして買えば100円でおつりが来るぞ。

でも、これからの術式運用のための実験に必要な投資だ。

仕方がないな……。

俺はリュックから小金貨を取り出して店主に渡す。


「……確かに。ありがとうございます」


 俺は紙が折れ曲がらないよう、くるくると巻いて輪ゴムで止めてピリカに渡す。

輪ゴムも初めて見るようで店主の目が一瞬、クワッっとなっていたけど無視無視。


「ピリカ、すまないけどこれを持っていてくれないか?」


「ん? いいよ」


 ピリカはニカっと微笑んで俺から紙を受け取る。

ピリカに荷物持ちをさせるのも本意ではないけど、リュックに入れるには折り曲げないといけなくなる。

術式を描くまでに折ったり破ったりしたら、その部分は使い物にならなくなる。


 俺はそのまま店を後にする。


 それから俺とピリカは特に目的地を決めるでもなく、ぶらぶらと街を散策した。

途中、露店でパンと果実水を買って昼食代わりにした。

大通りを中心に住宅街や職人街などをさっと流して回ってみた。

まだ、この町に来て二日目だから人通りの少なそうな裏通りや、貧民街らしき区画などは避けるように回った。


 モンテスはこの国で第三の都市って話だったけど、意外と大きいな。

情報が無いから分からないけど、人口は日本の主要都市に比べてずっと少ない印象がある。

感覚的に10万…… いるかいないかぐらいだろうか?

ただし、面積的には結構広い。

一日かけても多分、街の10分の1も回れていない。

ちょっと甘く見てたな。

もう少し時間を掛けて回る必要がありそうだ。

日も傾いてきたことだし、今日の散策はこのぐらいにしておこう。


「ピリカ、今日はこの辺にして宿に戻ろう」


「そうだね」


 紙の筒を抱えたピリカが俺に笑顔を返す。

常時、脳内PCでマッピングしながら歩いているので、道に迷う要素は全くない。

宿までのルートを確認しながら帰路に就く。


 途中、大きい目の水路に掛かっている橋を渡っているとき、橋の下の遊歩道に人だかりができているのが目に止まった。


 人だかりの中心で兵士がそれ以上、人が近づいてこないように野次馬を規制している様子が見える。


「なんだ? 何かあったのか?」


 橋の上からもそこそこの人が立ち止まって、下で起こっている騒ぎの様子を見守っている。

俺は隣にいる二人組の野次馬の話し声に聞き耳を立ててみることにした。

別に急いでいるわけでもないしな。

幸い、この二人は騒ぎの方が気になっているらしく、ピリカの存在には気づいていない。

他の野次馬はピリカを恐れて誰も寄ってこない。


「……ああ、ちょっと下で何があったか聞いてきたよ」


「で、なんだった?」


「死体が上がったってさ。殺しだよ殺し……」


 うわ、ドザエモンか……。

さすが異世界、物騒だな。

やっぱり人の命が軽い、安い世界かな? これは……。

俺も精々気をつけないとな。


「殺しか? 酔って水路に落ちたんじゃないのか?」


「背後から、剣で一突き! 心臓の位置に風穴が開いてるって」


 何それ? 剣が貫通するなんて漫画やアニメかって話だよ……って、ここ異世界か。

もう何でもありだな。


「それはすごいな。……で、身元はもうわかってるのか?」


「それがさっぱりらしい。下着だけで身元の分かるものは何も身に付けていないそうだ。それに全身、魚やカニにかじり取られてひどい有様でさ。顔も分からないほどだって」


「それはひどいな。そんな最期だけは迎えたくないもんだ」


 全く禿同だ。

俺は、異世界でだって心静かに平和な引きオタライフを送るんだ。

こんなきな臭い事件に関わってはいられない。

もういいや、そろそろ帰ろうかな……。


 この場を立ち去ろうとした俺の足を、野次馬の発する次の言葉が完全に縛り付けた。


「何とか獣人の女だってことだけは分かったみたいだけど、着ている下着がえらく上等だから、貴族関係の誰かじゃないかって話だ」




 獣人? 女? 上等な下着?




 俺の心拍数が自分でもはっきりわかるほどに上昇する。




 いやいや…… だって…… 昨日の昼前に別れたばかりだぞ。




 獣人の女だってこの町に何百人いると思うんだ?




 視界の外側にいる魔物の存在を感知するほどの斥候(スカウト)だぞ?




 そんなに容易く背後から心臓に風穴開けさせるほど、敵を接近させるか?




 きっと、獣人の貴族のお嬢様か奥様かそんなのに決まっている。




 俺はリュックからオペラグラスを取り出して、下の遊歩道の様子を覗き見る。

オペラグラスを持つ手がカタカタとふるえているが、自分の意志では止められそうにない。

覚束ない手元で支えるオペラグラスのレンズに、兵士たちが見分している様子が映る。

肝心の水死体は布を被せられていて見えない。


 少しして、兵士たちの指揮官らしき男が野次馬をかき分けてやってきた。

兵士の一人が状況を説明しながら死体の方へ指揮官を案内する。

そして、指揮官に確認してもらうために被せてある布をめくりあげる。


 その下にあった死体は確かにひどい有様だ。

顔の損傷は酷くて、もはや誰なのか確かにわからない。

なんとなくだが、ラライエの科学技術では顔の復元はもう無理だろうと思う。

魔法でならできるのかは分からないが……。

魚やカニにかじられたらしいけど、すでに右腕も無くなっている。

あまりにもむごい。

この位置からではわからないが、心臓の位置には背中まで突き抜けている傷がついているらしい。


 そして、その死体が来ている下着……。




 下着?



 それは下着なんかじゃないんだよ。

それが下着ではないことを知っているのは、この世界で俺とピリカだけだ。



 その死体が着ているものに書かれている物の意味が分かるのも、この世界で俺とピリカだけだ。

その服の柄……。

見間違う要素は完全にゼロだ。

兵士たちが下着と言っているその服、Tシャツに描かれている図柄に俺は見覚えがある。




        (U^ω^)わんわんお!




「リ……コ……。お前………… 何、死んでるんだよ」


 叫んでいるつもりが、消え入りそうな声が喉の奥からわずかに漏れただけだった。


 長くなってすいません。普段の倍の量になってしまいました。

二話に分けようかとも思ったのですが、ここは一気駆けしたかったので……。

でも、日付変わるまでにすべり込めてほっとしました。


 ああ……また社畜化して生きなければいけない一週間が来る……。

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