百四話 勇者ってのは神様か何かか?
「さて、改めて自己紹介をしておこうか。僕の名はティンゼル。この冒険者ギルドの長をやっている。ギルマスでいいからね」
「ハルトです。こっちは精霊のピリカ。緑の泥から出てきました」
「よろしくね。それで、ハルト君はこれからモンテスで生活していくつもりなのかな?」
「それも街を見てから決めようかなと」
「そうかい。なら、まずは当面のお金と宿だね。アルドからの紹介ということで、素材の買取はできるようにしておいてあげるよ」
「ありがとうございます」
話の流れ的に一見さんがここで素材を引き取ってもらうのは無理っぽいな。
「シルティ!」
「お呼びですか?」
すぐにさっきの受付嬢がやってきた。
「ハルト君、追躡竜討伐でもらった君の取り分を……」
俺はリュックからアルド達に渡された素材を取り出してテーブルの上に置く。
「牙と爪だね」
ギルマスがさらさらとメモ書きをしたためて、受付嬢に手渡す。
「この素材を鑑定に回してギルドで買取を……」
受け取ったメモの内容に目を通していた受付嬢が驚きの声を上げる。
「ギルマス…… これ、本当なんですか? この子がアルドさん達と三人だけで?」
「そういうことだ。すぐに頼むよ」
「わかりました」
受付嬢は素材を抱えて部屋を出て行った。
「さて、彼女が戻ってくるまでの間、少しお話をしようか。何か聞きたいことはあるかい?」
折角だからギルマスから話を聞いて情報収集させてもらおうか。
「アルドが向かった【連盟】ってのは?」
「秘境集落出身だと、そこからの話になるのも当然かな。正確には【勇者連盟】って言うんだけどね。勇者の称号を持つ409人の勇者が所属する組織だ。世界で最も力を持つ存在だよ」
「力というのは……武力的な意味で?」
「あらゆる意味でだよ。武力は勿論だけど、権力や財力、人望、信仰さえもね」
何だそりゃ? 信仰さえもって…… 勇者ってのは神様か何かか?
「えっと、ずいぶん話が大きすぎますね」
「どうして勇者連盟がそれ程の存在なのかは話せば長くなるから、また今度、図書館で調べるといいよ」
「わかりました」
これは多分、国やギルドよりも勇者連盟の方が力関係は上だな。
勇者への接し方は十分に注意した方がよさそうだ。
「モンテスには15人の勇者がいるのですよね? 追躡竜討伐はどうして勇者セラスに指名依頼を出したのですか?」
「ギルドとしては別に他の勇者でもよかったんだけど……。セラスが自分たちを指名しろって言ってきたのでね」
何のことはない。
悪い言い方をすれば一種の談合があったわけか。
「言っちゃなんだけど、セラスはここにいる勇者の中では序列が一番低い。ここいらで、実績が欲しかったんだろうと思うよ」
そういえば、リコもやたらとセラスの序列を気にしていたな。
「うちとしては町と地域の安全が確保されれば、どの勇者が依頼を受けてくれても構わなかったからね。セラス達の希望通りに指名依頼したってわけさ」
「そうだったんですね」
「正直、セラス達が失敗した上に、アルドとリコが死んだと言って帰ってきたときはどうしようかと思ったよ。街の安全に関わるギルドの指名依頼だったからね。連盟から依頼相手の人選ミスだって難癖付けられるかとひやひやしたよ」
それは、お気の毒に……。
地方都市のギルマスなら、実質中間管理職だろうからな。
この手の問題が出ると真っ先に板挟みだよな。
「知ってると思うけどね。セラスは序列も低いし、実績や戦力も他の勇者に比べてパッとしない所はある。でも、孤児院上がりで勇者にまで駆け上がったからね。労働者層や貧民街からの支持は絶大なんだ。序列だけで彼の価値は決められないよ」
「リコの話を聞いた限りでは、いい人っぽく聞こえましたね」
リコはどう見てもセラス全肯定だったから、悪く言うはずはないのだが。
「まぁ、勇者だからね。当然、力だけでなく人間性も問われるよ。セラスは駆け出しの冒険者の頃から、損得抜きで本当に困っている人の依頼を率先して受けてくれていたからね。勇者になるまでに、沢山つらい思いもしてきているから……。勇者としても、もっと大きく成長してほしいと思っているよ」
「お待たせしました。素材の買取が終わりました」
受付嬢が硬貨の積まれたトレイを持って戻ってきた。
「今回は勇者セラス様への指名依頼に協力いただいたということで、些少ですが成功報酬の一部も買い取り額に上乗せしています。追躡竜の爪4本と牙6本で、金貨12枚と小金貨4枚です」
「ありがとうございます」
トレイに積まれた硬貨をリュックに放り込んでおく。
こいつがラライエにおいてどのくらいの価値なのかはさっぱりわからんけど……。
アルドが当座の資金にはなるって言っていたから、落胆するような金額ではないだろう。
「あと、これがギルドの紹介状です。同じ大通りにある【モンティノ】という宿で渡してもらえれば、泊めてもらえますよ」
「わかりました」
多分、これが無いと宿に泊まるのも一苦労すると思われる。
ピリカを引っ込めないと、どの宿に行っても宿泊お断りとか言われるんだろうな。
「それじゃ、自分はこれで……」
「アルドとリコが来たらハルト君はモンティノに滞在してるって伝えておくよ」
「お願いします」
「冒険者になりたくなったらいつでも来るといいよ。その時はセラスのパーティーだろうから、いきなり日輪級のギルド証を発行することなる気がするけどね」
「そうならないようにしたいですけどね」
マジでそれだけは全力で回避したい。
どうやればこの異世界で引きオタライフを送ることができるのか……。
そのヒントを見つけるべく、街を見て回る準備を始めようかな。
俺とピリカはギルドを後にして紹介してもらった【モンティノ】という宿に向かうことにした。
大通りを進むこと十数分、受付嬢の言っていた【モンティノ】という宿が見えてきた。
床面積はそれなりにありそうだが、めっちゃお約束の木造二階建ての宿だ。
入口のドアを開けると、取り付けられていたドアベルがカランコロンと音を鳴らし、訪問者が来たことを告げる。
ロビーのカウンターに座っていた恰幅の良い女性が景気よく来客を出迎える……はずだった。
「はいよ! いらっしゃ……」
この宿のおかみさんだろうか。
言葉を最後まで発することなく固まった。
そして数秒後、再起動した。
「ぎゃぁ! あんた、あんた! 助けておくれぇっ!」
予想以上のリアクションだ。
「なんだよ、突然って…… うおぉっ! せ、精霊!?」
俺は自分の首にぶら下がっているメダルをちょんちょんと指さしてみる。
あとから駆け付けた宿屋の親父が声を張り上げる。
「そんなのは見りゃ分かんだよ! これ見よがしに精霊を顕現させて何のつもりだ、坊主! 強盗か!? さては強盗だな!? 精霊をけしかけられたくなかったら金を出せってか?」
「馬鹿なことはおよし! この町の衛兵は精霊が相手でも戦えるし、勇者様が15人もいる街だよ!」
なんか、勝手にどんどん話が飛躍していってるぞ。
これ以上はまずい気がしてきた。
俺は懐から、ギルドで用意してもらった紹介状を取り出してカウンターの上に置いた。
「な…… なんだよこりゃ。おとなしく金を出せとか書いてあるんだろ?」
恐る恐る、紹介状を手に取って内容を確認する。
「なんだ? 冒険者ギルドの紹介状?」
ようやく状況が理解できたようで、二人が落ち着きを取り戻す。
「脅かすんじゃねぇよ、全く……。 ギルマスもえらいのをよこしてくれたもんだ」
「脅かすも何も、まだ一言も話して無いんだけどな」
「わかったよ。ギルドの紹介で勇者様の協力者だってなら、断るわけにもいかねぇ。宿帳に記名してくんな」
俺は、宿帳に名前を記載する。
「宿帳にピリカの分もいるかい?」
「ピリカ?? ああ、坊主の契約精霊か? 要らねえよ。精霊はメシ食わねえしな」
おかみさんが宿帳を確認する。
「えっと、名前はハルトだね? お代は一泊二食付きで銀貨2枚だよ」
銀貨2枚ってどのくらいの価値だ?
ヘンな言葉になってしまったな。
銀貨2枚は宿屋で一泊できるぐらいの価値なのはわかった。
じゃぁ、俺の手持ちで何泊できるんだって話だ。
俺はリュックから小金貨1枚取り出した。
「じゃぁ、これで何泊できる?」
「変なことを聞く坊主だな? 小金貨1枚なら5拍に決まってるだろ」
銀貨10枚で小金貨1枚が確定したか。
「じゃぁ、金貨1枚だったら?」
「25泊だな」
金貨1枚で小金貨5枚か……。
ということは今の手持ちを全て宿泊費にしてしまえば320泊、約11か月はいける計算か……。
確かに当座は何とかなりそうな金額だな。
それじゃ、とりあえず5泊で……。
「はいよ。部屋は二階の奥を使ってくれ」
部屋番号の書かれた木札が付いた鍵を渡された。
「どうも。行くぞピリカ……」
「はーい」
とりあえず、モンテスで寝る場所だけは確保できたみたいだ。
俺とピリカへ部屋に向かって階段を上がる。
土日お休みなので、気力を振り絞って1話分書きました。
何とか、明日、明後日でもう一話行きたいですが……。
次回は衝撃展開回なので、腰を据えて取り組みたいと思います。
引き続きよろしくお願いいたします。




