08
「犯人さん、犯人さん」
鈴を転がすような鴇宮の声が聞こえて、俺は顔を上げた。
喉に包丁を押し当てられている極限状況で、鴇宮はクラスメイトに話しかけるような気さくさで包丁男に言った。
「犯人さんは、何でこのコンビニを強盗しようと思ったのですか?」
包丁男は鴇宮とあまり背丈が変わらない。振り向けばすぐそこに顔がある。
くりっとした目に覗き込まれた包丁男は、刃を横に滑らせた。
ぷつっ、と紅い血の珠が細い首筋をすべりおちる。
「うるせえ、黙れ。マジで殺すぞ糞アマが」
「くそあまじゃないです、鴇宮朱鞠ですよう。しゅまりちゃんって呼んでくださって構いませんよ。私は犯人さんのこと、何てお呼びしましょうか。はんちゃん?にんちゃん?ホシさんとかどうです」
鈍い音がして鴇宮の頭がレジ台にたたきつけられた。
髪をつかみ上げられたまま、続けて二度三度と、頭をたたきつけられる。
「鴇宮!」
ざあっと身体から血の気が引いた。
だから言わんこっちゃねえんだよ。頼むから黙っててくれよ。
祈るような気分で見つめていると、銃男が怯えたように、
「スーさん。それ以上やったら死」
「ああ死にゃあいいじゃねえかよ!どうせ一人殺ろうが二人殺ろうが変わんねえよ。知ったこっちゃねえんだよ」
銃男は「へ」と間の抜けた掠れ声をもらした。
「な、え?一人って」
「ババア面倒くせえから殺っちまったんだよ」
包丁男は荒々しく吐き捨てる。
いらだっているのか、爪先をとんとんとんとんと激しく打ち鳴らしている。
こいつクスリでもやってるんじゃねえの?
銃男は息を呑んで震え上がっている。
その反応を見て俺はおや、と思った。
どうやら銃男は包丁男の犯罪を知らなかったらしい。
やっぱり殺してやがったのか、ますます面倒なことになってきた。