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「おかげで面白い体験ができてよかったです。ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げられ、俺は長いため息をつく。
「なんか、一気に疲れたよ。明日テストとか、もう絶望なんだけど」
「大丈夫だって。何とかなるなるー」
航平の馬鹿面をひねりつぶしたくなる衝動に襲われる。
「この事件を答案に書きましょう。私たちの勇気と友情が事件を解決したと。先生が感激して満点をくれること請け合いです」
きらきらと目を輝かせて鴇宮は言う。
「いや、それないから。絶対ないから」
「そうだとしても、榎本君は優秀だから平気ですよう」
「鴇宮に言われてもな」
この二人はなかなか侮れないのだ。
鴇宮は常に学年十位以内に入る秀才。
航平は馬鹿っぽく見えるが記憶力は桁外れによく、気まぐれにびっくりするほどの好成績をたたき出すことがある。
どいつもこいつも、頭良いんだか悪いんだかはっきりしてほしい。
こういう非日常めいたことはこいつらみたく、ちょっと変わった奴らの領域だ。
俺はそこに踏み入れるつもりはない。ガラスの向こう側から眺めているだけだ。
その、つもりだったんだけど。
「何言ってるんですかあ。強盗追い払えるんだから、テストくらい余裕ですよ」
「そうだよ。一番やばいのはルカだろー。しらっとした顔で人から金巻き上げといてさ」
と、二人が左右から嘴をはさんでくる。
俺はやれやれと首を振った。
「はいはい。分かったから。もう帰るぞ」
「はいよ」と航平。
「はあい」と鴇宮。
歩き出して空を見上げると、薄く白い三日月がかかっていた。
退屈な日常。平凡な生活。
俺には多分、それがお似合いなんだ。
その気持ちは変わっていない。けれど。
もしかしたら、いつかどこかでまた、不意にこんなことと出くわすのかもしれない。
正論も理屈も一切通用しない、あらゆる常識から切り離された出来事と。
俺は多分、その滅茶苦茶に狂った歯車が、誰かが精妙に拵えたこの世界をぶっ壊してくれる日を、心のどこかで待ち望んでいる。
【完】




