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店の中が凍りついたように静まり返る。
こちらを見る鴇宮の表情は真顔だった。
「よく言うぜ。人一人も殺せないチキン野郎が」
どこでスイッチが切り変わったのか、自分のものとも思えないような声が言った。
俺は不遜に笑い、包丁男の顔が醜悪に歪むのを見つめていた。
「いい加減むしゃくしゃしてきたわ。あんたの妄想につき合うのはもううんざりだ」
「何だとてめえ、なめてんのか」
「返り血も浴びずに、何が『殺した』だよ。どうせお前の母親、死んでないんだろ?魚か肉でも捌いてるところを、包丁奪い取ってきただけなんじゃねえの」
そのときの包丁男の顔といったら、見ものだった。
真っ青になったかと思うと、見る間に噴火しそうなほど真っ赤になった。
「あんたは結局、自分の作った頑丈な殻に引きこもったまま、現実世界と向き合えないただの臆病者なんだよ。自分を思ってくれる母親の気持ちにも応えられないで、何が悪の道だよ。ネットで唆されて操られておいて、何が復讐だよ。自分を見失って、ただ暴れる大義名分が欲しかっただけだろ。店長も鴇宮も、あんたには殺せねえ。あんたが殺せるとしたら、自分自身くらいなもんだ」
「榎本君」
鴇宮が初めて、切迫した声で言った。
それを見て俺は確信した。
じゃり、という音がして包丁男がこちらへ歩いてくる。
痛いほどの沈黙のなか、全員の視線が突き刺さる。
「てめえ、そんだけの口きいたんだから、死ぬ覚悟できてんだろうな」
うなるように包丁男が言う。
その視線を真っ向から跳ね返し、
「俺を殺せよ」
低い声で俺は呟いた。
「その代わり、他の連中には手ぇ出すな。今すぐ解放してやれ。お前のくだらねえ茶番劇につき合わされるのは俺一人で十分だ」
「あかん、やめとき」
決然と主婦が立ち上がった。
「こんなしょうもないことで、前途ある若い子が死んだらあかん。今ここで一番年くってるんは私や。私が代表で人質になったる。それでええやろ」
「お母さん」
えみかが服の裾を引っ張る。
俺は驚いて主婦のほうを見た。
主婦は先ほどとは違って、鋭利な目つきで犯人をきっと睨み据えている。




