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「あのお姉さん、ああやってわざと犯人を油断させてるんじゃないのかな」
えみかが小さく言った。
「いや。残念ながら違うと思う。あいつは善悪とか常識が通用する相手じゃねえんだ」
俺は暗澹たる気分で言った。
二人は「ひゃっほー」とか言いながら缶ビールやチューハイで乾杯し、つまみをかっ食らっている。
唖然と見守る俺たちの視線。シュールなことこの上ない。
宴もたけなわとなったころ、包丁男が時計を見上げて、
「おっと、やべえやべえ。忘れるところだった」
「どうしたんですか、先輩!」
「警察だよ。五億と車用意しろって言ってあったんだ。そろそろ約束の時間だからよ」
携帯を取り出す包丁男の周りで鴇宮は飛びはねる。
「取引ってやつですね!先輩超かっこいいっす!」
「馬鹿、浮かれてんじゃねえ。喜ぶのはこの計画が完遂されてからだ。俺たちは約束の土地にたどりつき、そこで真の自由を得るんだ」
「高飛びとかもいいですね。南の島で豪遊!」
あまりにも馬鹿すぎてほんとに死んだらいいんじゃないだろうか、脳みそにボウフラでも沸いてんのかと、本物の殺意が芽生えそうになる。
「ああん!?何だって?!」
急に携帯片手に包丁男が怒鳴り散らした。
「用意できてないだと?ふざけんな!なめた口きいてんじゃねえよゴミが!糞野郎!」
口から唾を飛ばしてわめくと、昂然とこうべを上げ、
「よーし分かった。そんならもういい。要求が呑めねえっていうんならこれから一時間ごとにひとりずつ殺していく。てめえらとマスコミの目の前でな。
……知るか。全部お前らのせいなんだからな!
俺はちゃんと警告したぞ、要求通りにしないと人質が死ぬってなあ!ひゃは、ひゃははは、ひゃははははははははっ!!!」
狂ったような笑い声をあげ、携帯を床にたたきつける。
『おいっ』と通話口から声がしたが、包丁男は靴底で携帯を踏みつぶした。
ばりん、と骨の折れるような鈍い音がした。
どんどん展開がまずい方向へ進んでいる。
冷や汗がつうと背中をすべった。